3 公爵令嬢編③
放課後、あの四阿に呼ばれた。
今度はお茶の準備はない。ベンチに座ったローゼ様が私を待っていた。
「……わたくしは、シュゼラウト公爵令嬢としてこの国を支えたいと思いますわ」
「あ、あの、急にどうしたんですか?」
「文句がありますの?」
「ありません。それは、その、ありがたいのですが、突然ご意見を変えられたので……」
ローゼ様が王太子妃を諦めてくださるというのなら、こんなに安心できることはない。譲るつもりはなかったけれど、今後現れるヒロインたちのことを考えると、ライバルとなる方は少ない方がいいから。
それでも、何故そんなことになったのかがわからなくて、聞かずにはいられなかった。
「……貴女、サリエル様とは何年の付き合いだったかしら」
「六歳のころからなので、十二年になります」
「そう」
短くそう返して、ローゼ様は黙り込んでしまった。
それからしばらく沈黙が続いた。
「あの、……サリエル様とのランチでは、どんな話をしたんですか?」
いたたまれなくて、声を上げたのは私だった。立ち去らないということは、何か思うところがあるのだろう。
あのランチの時間がきっかけなのは明らかだ。本来のシナリオでは、そこで二人は意気投合するはずだ。でもそれがなかったということは、きっとローゼ様のルートに入らなかったということなのだろう。それでも、主人公であるサリエル様からではなく、ローゼ様から引くというのは、考えづらかった。
「それは、……いえ、話すようなことではないわね」
「え?」
「とにかく、わたくしは降りるわ」
ひら、とローゼ様が手を振って、歩き出した。
去り際に、
「わたくしには、荷が重いわ」
そう言った。
結局何があったのかわからなくて、もやもやしたまま家に帰ることになった。それでも、心配事が一つ減ったのは嬉しかった。これから先、またメインヒロインたちが現れるかもしれない。それでも、私ができることは、サリエル様を信じることだけだ。
***
わたくしは、とても浮かれていました。
当たり前でしょう、ようやくランチにこぎつけたんですもの。
「サリエル様!こちら我が家のシェフが……」
「ローゼ嬢」
家に連絡をして急遽呼び寄せたシェフにランチを作らせた。フルコースとはいかないけれど、もてなしとしては十分なもので、自信を持っていた。
「……サ、サリエル様?」
「座って」
向かいの席に腰かけたサリエル様の顔には、いつもの柔和な笑顔はなかった。
言われるままに席につけば、「さて」という声が聞こえた。それは、とても冷たい声だった。
「ブリーゼが世話になったみたいだね」
「っ……!」
すぐにそれが、彼女を四阿に呼び出したことだと理解した。あの子、まさかサリエル様に。
「ああ、ブリーゼは何も言っていないよ。彼女はそんな人じゃない」
「で、では何故」
「それを君が知る必要はないよ」
取り付く島もない、というのはこういうことを言うのだろう。何を話しても、その心に届くことはないのだろうと、思わされてしまう。
にこりとも笑わないサリエル様に、周囲の温度が数度下がったような感覚に陥る。
「君が僕を慕うのは勝手だけれどね」
ゆっくりと紡がれる言葉に、心臓がばくばくと跳ねる。知らない、こんなサリエル様を、わたくしは知らない。
「ブリーゼに手を出すのなら、話は別だよ。彼女は僕の大切な人だからね」
絶対零度、そんな言葉が浮かぶほどに、冷たい言葉だった。
ああ、わたくしは、何を勘違いしていたのだろう。この方は、優しく、理想の王子様なんかじゃない。
「わかってくれるね?ローゼ嬢」
そう言って、サリエル様は初めて笑った。
否、笑っているのは口元だけだった。目は、真っすぐわたくしを見据え、見定めているようだった。
「し、承知、いたしました……」
そう返事することしか、できなかった。感じたこともないほどの重圧に、頭を垂れ、頷いた。
「わかってくれたならいいんだ。さあ、ランチをとろう。君の家の自慢のシェフだと言ったね?」
「……はい」
ぱっとサリエル様の表情が明るいものに変わる。それが、わたくしの知っているいつもの彼だった。しかしもう、普通に見れそうもなかった。
「わたくしには、荷が重いわ」
あんな人に愛されたなんて、ブリーゼ様も大変ですこと。
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