2 公爵令嬢編②
「お待ちしていましたわ、ブリーゼ様」
校舎裏の四阿で私を待っていたのは、ローゼ様だった。
四阿にはお茶のセットが準備されていて、しかし周りには誰もいなかった。準備だけして、下がらせたのだろう。
「おかけになって」
「は、はい……」
ローゼ様の向かいに座ると、ティーカップに紅茶が注がれる。ローゼ様自らされて、私は慌てて立ち上がる。
「い、いけませんっ」
「構いません。座って」
「はい……」
ピシャリ、と言われてしまい、すごすごと座るしかなくなってしまった。改めてローゼ様と向かい合って、その様子を伺う。ピンと伸びた背筋に、指先まで気品に溢れている。私も王太子妃教育を受けて、それなりになったと思うけれど、やはりその差は感じてしまう。
「単刀直入に言います。貴女、王太子殿下の婚約者を降りてくださいまし」
「……っ」
その話だと思っていた。
事もなげに言うローゼ様に、ごくり、と息を呑む。
「……できません」
「あら、どうして?」
「どうして、って」
「貴方は侯爵家、わたくしは筆頭公爵家、わたくしの方が王太子妃にふさわしいと思わなくて?」
ローゼ様の家系は先先代の王の血筋を引いていて、筆頭公爵家として王家に次いで身分の高い家だった。その方がサリエル様に嫁げば、強力な後ろ盾になるだろう。それはわかっている、わかっている、けど。
「私は、サリエル様の婚約者を降りるつもりはありません。それに、……決められたのは、王妃様です」
六歳の頃、私とサリエル様を引き合わせたのは王妃様とお母様だった。学園の頃からの友人ということで、身分も年齢も釣り合うからと決められた婚約だった。ただの口約束から始まったものかもしれないけれど、それを、易々と手放すわけにはいかない。
「貴女、生意気ね。王妃様の名前を出すなんて」
「すみません」
「まあいいわ。これは宣戦布告です。最終的にその座を得るのはわたくしよ。覚えておきなさい」
そう言ってローゼ様は立ち上がり、四阿を出ていった。それからすぐに、どこに控えていたのか、メイドが現れて、全ての片付けをしていった。一人ぽつん、と残されてため息を吐くしかなかった。
教室に帰ると、授業の準備をしていたサリエル様が私に気づいて手を上げた。
「ブリーゼ、どうしたの、ため息を吐いていたけど」
「いえ、なんでもないです、サリエル様こそお疲れの様子ですが……」
「それがね……」
「サリエル様!今日こそはわたくしとランチをとっていただきますわ!」
スパン!と教室のドアが開いて、ローゼ様が声を上げた。隣のクラスのはずなのに、我が物顔で入ってくるのは流石だと思う。
「何度も言うけれど、ランチはブリーゼととると決めているんだ」
「一度や二度よろしいじゃありませんの。きっと後悔させませんわ!」
「うーん」
困ったようにサリエル様が眉を下げる。ローゼ様は引き下がるつもりはないらしい。
「……仕方ないね、それじゃあブリーゼ、ごめんね、今日は他の友人とランチをとってくれる?」
「えっ……、は、はい」
「まあ嬉しい!では、お昼にお迎えに参りますわ!」
ローゼ様は大喜びをして教室を出ていった。
そして昼休み、意気揚々と迎えにきたローゼ様は「行こうか」と歩き出したサリエル様のあとをついて行った。教室を出る直前、サリエル様は微笑んでくださったけど、私の心中は穏やかではなかった。
だってこれは、ローゼ様ルートのイベントの一つだったから。
ローゼ様の度重なる誘いに折れる形で、サリエル様がランチをとりに行く。婚約者以外との初めてのランチ。そこで、二人は意気投合して仲良くなるのだ。
「ブリーゼ様?参りましょう」
「あっ、はい」
一緒にランチをとってくれるという友人に声をかけられ、後ろ髪を引かれながら教室を後にする。どうか、私の杞憂でありますように。そう願いながら。
昼休みももう終わる頃、サリエル様は教室に戻ってきた。なんだか機嫌がよさそうに見えて、心臓が跳ねた。もしかすると、本当に……。
「やあブリーゼ、ランチは楽しかったかい?」
「ええ、……サリエル様も」
「そうだね、いい刺激になったよ」
そう言って席に着くサリエル様は、鞄から授業の道具をとりだした。聞いてもいいのだろうか。どんなお話をしましたか、楽しかったですか、……ローゼ様のことを、気に入りましたか。
ぐるぐると思考が巡る。何も言えないままに私も授業の準備をしようと、鞄を手に取った時だった。
「ああ、そういえば、ローゼ嬢はきっともう君に何も言ってこないと思うよ」
「え?」
「ランチの時に話してね、彼女は王太子妃としてではなく、公爵家として国を支えたいと言ってくれたよ。だから安心してね」
さらりと告げられた事実に、混乱する。
「王太子妃としてではなく、公爵家として」それはつまり、サリエル様の婚約者になるのを諦めると言うことだ。つい数時間前まで、私に「婚約者を降りろ」と言っていた人がそんなふうに意見を変えるなんて、何があったのだろう。
「心配かけてごめんね、ブリーゼ。明日からはまた一緒にランチをとろう」
「……はい」
それからというもの、本当にローゼ様はサリエル様のもとを訪れなくなった。そんなある日、また、机の中に手紙が入っていた。それはやはり、ローゼ様からのものだった。
次回更新は20時ころの予定です。




