15 聖女編③
気にしない、と心がけていても、やはり視線は私に向けられていた。日に日にその数が増えているような気がした。
幸いクラスメイトや友人たちは私を信じてくれている。それでも、いよいよ私のもとにも私がユラ様をいじめているという噂が回ってくるようになった。
それを何より証明するのが、ユラ様の態度だった。
サリエル様に話しかける一方で、私の姿に怯えるのだ。それはもう、わざとらしいほどに。
どうしてそんなことをするのか、と一度話を聞こうと思った。しかし、「ご、ごめんなさい」なんて謝られてしまった。
そのときはサリエル様が間に入ってくださったけれど、それ以来、関わることは得策ではないと思い、距離を取っている。
しかし、一度だけ、サリエル様の側にいるユラ様がこちらを見て笑っているのが見えた。
それで、私は、ある可能性に気付いた。
——もしかして、ユラ様にも前世の記憶があるのではないか、という。
私、——ブリーゼが聖女であるユラ様をいじめるというのは、聖女ルートのシナリオのなかにある。そのいじめからサリエル様が聖女を庇い、絆を深めていくのだ。しかし私は当然いじめていない。ならば、そのシナリオは思うように進んでいないだろう。
ただでさえ、転入が遅れて複数のイベントを逃しているはずだ。焦っているのかもしれない。それで、ない事実を作り上げている、と。
全ては私の想像でしかないけれど、そうであれば、つじつまが合う。
しかし、それを誰に言うこともできない。そもそも、信じてもらえないだろう。ここがもともとはゲームの世界で、私には前世の記憶がある、なんて。
当然、ユラ様に直接問いかけることもできない。そうすればきっと、もっと彼女の動きを過激化させる恐れがあるからだ。
「ブリーゼ様?」
どうしたものか、と考えていると、隣に座っていたジュディ様に声を掛けられた。いけない、考えこんでいた。
「ごめんなさい、少し考え事を」
「ユラ様のことですか?」
「……隠し事は出来ませんね」
思わず苦笑いを浮かべる。
今日はサリエル様が先生に呼ばれていてランチを一緒にできないから、とジュディ様とランチを取っていた。カフェテリアや食堂では視線が痛いので、日向ぼっこも兼ねて中庭でランチボックスを広げていた。
「あの、あの、……きっと、大丈夫ですから」
「ジュディ様?」
「えーっと……、とにかく!サリエル様を信じましょう!」
言葉を選びながら言うジュディ様に、首を傾げながらも頷く。彼女なりに気にかけてくれているのだろう。こうして一緒に居てくれるのが何よりの証拠だ。
今も、渡り廊下を歩く生徒の一部はこちらをちらちらと見てくる。居心地が悪いけれど、せっかくジュディ様が選んでくれた場所だし、ここが一番陽が当たってぽかぽかする。少し肌寒い季節だけれど、風が吹いてなければまだ心地よい。
「私たちはブリーゼ様の味方ですからねっ」
「ふふ、ありがとうございます」
王太子妃教育も進み、学園での最後の試験も終わった。
いよいよ卒業が見えてきたというところで、その事件は起こった。
「大変です!ユラ様が……!」
その言葉に、教室が騒然とした。ユラ様が、保健室に運ばれたというのだ。
そしてその理由が、階段から落ちたというものらしい。それを聞いて、ぞっとした。
——聖女ルートでの、一番大きなイベントじゃないか。
本来ならば私がユラ様を階段の踊り場に呼び出し、口論の末に突き落としてしまう。それが公になり、婚約破棄の決め手となるとともに、サリエル様とユラ様の絆が強くなる。
心臓がどくどくと鳴る。間違いない、ユラ様は、前世の記憶があるのだ。
ユラ様が教室に戻ってくると、その足には包帯が巻かれていた。幸い大きなけがはなかったみたいだけれど、彼女は私を見るなり泣き出し、サリエル様に駆け寄った。
「ブリーゼ様、ひどい……っ、いくら私がサリエル様と仲良くしてるからって、突き落とすなんて……!」
その言葉に、教室内が騒然とした。ついに、彼女は強硬手段に出たのだ。
「やっぱり……」
誰かが呟いた。びく、と肩が跳ねる。
「ブリーゼ様がやったってこと?」
「でもユラ様がそう言ってるわよ」
「そんな方だったなんて……」
こそこそと、でも聞こえるように言われる言葉にはっとする。否定しなければ。
「私は、そんなことしていません、ユラ様、嘘をつくのはやめてください……!」
「きゃあっ、こわい……!」
私の言葉に、ユラ様はサリエル様の腕に抱き着いた。
頭に血が上りそうになる。サリエル様に、触らないで。しかしそれを口に出すよりも先に、サリエル様が私たちの間に入った。
「ストップ」
「サリエル様……!」
「ユラ嬢、君は本当にブリーゼに突き落とされたのかい?」
「はい、呼び出されて、それで……」
「そう。ブリーゼ、君はしていないと言ったね」
「誓って、そのようなことはしていません」
声が震えそうになるのを抑えて、頷く。サリエル様も、それを見て頷いた。
「じゃあこの件は僕が預かろう。解決するまで二人の接近は禁止としよう」
「そんな……!私、ブリーゼ様が悪いのに……!」
「君のためでもあるんだよ、ユラ嬢。事実がわかるまでそうした方がいい。わかったね」
「……はい」
ユラ様は不満そうだったけれど、頷いた。
それから、サリエル様が先生に進言し、私とユラ様のクラスが分けられることになった。公平を期すために、二人とも別のクラスに移動になった。私も、ランチをサリエル様と取ることはできなくなった。
しかし、王太子妃教育のあとの、お茶会は変わらず続いていた。
「なんというか、お粗末だね」
「サリエル様……」
「ブリーゼがそんなことをするわけないって、どうしてわからないのかな」
紅茶を飲みながらサリエル様が言った。本気で呆れているようだった。
「ですが、少なからず信じる人は居ます」
「そうだね。ブリーゼと関わりが少ないと、そう思ってしまうことはあるかもしれない」
「はい……」
紅茶に、自分の顔が映る。酷い顔をしていた。
「大丈夫だよブリーゼ、言っただろう、僕を信じて」
サリエル様の手が、私の手に重なった。
それは魔法の言葉だった。サリエル様がそういうだけで、心の澱が流れていく。小さいころからそうだ。私が不安になったとき、こうしていつもそばに居てくれた。
「きっと、解決するから」
その言葉に頷いた。卒業式典は、すぐそこまで迫っていた。




