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14 聖女編②

「ブリーゼ様が聖女様をいじめてるって噂がまわってるんですう!」


キャンディ様のその言葉に、耳を疑う。


「……いま、何て?」

「ですから、ブリーゼ様が聖女様をいじめているって噂がまわってて!」


私が聖女様、つまりユラ様をいじめている、と。キャンディ様が繰り返したとき、アルベルト様が一歩前に出た。


「新興貴族の間で広まっています。おもに子爵家や男爵家の生徒たちですね」

「そんな、どうして……」

「彼らが言うには、……ブリーゼ様が、ユラ様に嫉妬しているんじゃないか、とのことです」


言いづらそうにアルベルト様が言った。あまりの理由に呆けてしまう。私が、ユラ様に嫉妬をしている。どうしてそんな考えに至るのか皆目見当がつかなかった。

ユラ様が転校してきてからのことを思い返すけれど、そもそも私たちに接点はほとんどない。彼女はサリエル様には話しかける一方で、私のことはまるで居ないかのような態度をとるのだ。

そこまで考えて、はっとする。


「……サリエル様とのこと、ですか?」

「どうやら、そのようです」

「でもどうして、私がその、いじめる理由がないじゃないですか」


困惑がやまない。しかし私のそんな感情もわかっているのか、キャンディ様が頷く。


「噂をしてる人たちは、王太子殿下と聖女様が結婚すべきっておもってるみたいなんです」

「……はい?」

「この前ジュディ様が言ってたじゃないですか、あのおとぎ話です。それをどうしてか、信じているみたいで」


『そういえば、言い伝えでは聖女と王太子が結婚した、ってありましたね』


あの日カフェテリアで聞いたジュディ様の言葉を思い出す。それはゲームのメインシナリオでもあったものだ。

数百年ぶりに現れた聖女と、主人公である王太子の結婚。それは誰しもに祝福されてハッピーエンドを迎える。


そのとき、私は婚約を破棄され、その二人を外から見ることしかできない。


ぞっとした。まるで物語の強制力が発動しているようにさえ思えた。これまでのヒロインの物語ですら、ここに収束するための前日譚でしかなかったのではないか。


「わ、私は、いじめなんてしていません……!」

「わかってますよ!」

「多くの生徒は信じていません、安心してください。……ただ、声の大きな生徒たちが居るので、少し厄介です」


アルベルト様のその言葉の意味を理解するのは、それからすぐ後のことだった。



「見て、ブリーゼ様よ」


決まって一人になると、誰かしらに見られるようになった。わざとらしく、聞こえるように指を差される。そちらを見れば、素知らぬ顔をされる。注意をしようにも、ただこそこそと話をされるだけで何に対して注意をしていいかわからなかった。


「貴女達——……」

「きゃっ、いこ」

「失礼しまあす」


それでもあまりにひどいときは声を掛けようとした。しかし、くすくすと笑いながら去っていくのだ。それはやはり、アルベルト様のいうとおり新興貴族家の生徒たちがほとんどだった。

彼女たちの話声には時折「ユラ様」「聖女様」という言葉が紛れていた。間違いなく、キャンディ様が私に伝えてくれたことに関する噂だろう。


これじゃあ、まるで、シナリオ通りに私が彼女をいじめているという既成事実ができつつあるようではないか。




「ブリーゼ様、貴女、件の聖女様に手をだしたりしてませんわよね」

「してません!」

「わかってますよお、ローゼ様、聞き方がいじわるです」

「一応確認しただけですわ。ブリーゼ様がそんなことをしていないというのはわかっています」


ぴしゃり、と言ってのけるローゼ様にキャンディ様がぐぬ、と言葉に詰まっていた。それにイベリア様も頷いた。こうして当たり前に信じてもらえるというのは心強かった。最近はいつも誰かが一緒に居てくれるから、目の前でくすくすと噂されることも少しは減っていた。


「しかし、新興貴族を中心に噂が広まっているようです。どうにも聖女が絡んでいるようで」

「ユラ様が?」


イベリア様の言葉に首を傾げる。


「平民出身の聖女を持ち上げる風潮があります。過去のおとぎ話を持ち出して、『聖女と王太子の恋物語』に夢を見る者もいるようで」

「ふん、お粗末ね」

「……実を言うと、頬を腫らして泣いている聖女を見たという生徒が居るんです」

「頬を……?」

「それが、ブリーゼ様に打たれたんじゃないかと」

「そんな、してないわ」

「もちろんです」


どこからそんな噂がでているのか、私が困惑していると、おずおずとキャンディ様が手をあげた。


「わたしも聞いたことがあって……、教科書を中庭の噴水から拾うユラ様を見たっていう人がいるらしくて……」

「それも、私のせいだと?」

「あの聖女様はこう言うんですって『私、サリエル様に近づきすぎちゃったかな』と」


その言葉に目を見張る。そんなことを言えば、名前を言っていなくてもサリエル様の婚約者である私に目が向くのは当然だ。

しかし、やっぱり私には何の心当たりもない。ほとんどまともに話したこともないのだ。


「ブリーゼ様、貴女はサリエル様の婚約者です。しゃんとなさいませ」

「ローゼ様……」

「いくら平等を謳う学園でも貴女は侯爵令嬢、新興貴族などに言われっぱなしでいいんですの?」

「それ、問題発言ですよお」

「ふん」


それきりつい、とローゼ様は顔を背けてしまった。彼女なりに叱咤激励をしてくれているのだろう。確かに私は、怯えていたのかもしれない。シナリオ通りに話が進むことに。

しかし、私はもうわかっているはずだ。ゲームはあくまでゲームで、私が生きているのはちゃんと現実だと。

何度もシナリオに怯えてきた。でもそのたびにサリエル様が手を取ってくださった。今はそれだけじゃない。信じてくれる友人たちもいる。


「わたしたちはブリーゼ様の味方ですからねっ、ねえ、ジュディ様!……ジュディ様?」

「えっ、あ、はい、……あッ、そうです、私はブリーゼ様を信じております!」


ぼうっとしていたのか、ジュディ様がはっとしたように頷いた。

少し様子がおかしいと思いながらも、みんなにありがとうございます、と伝えた。いつの間にか、彼女たちは私のかけがえのない友人になっていた。


「ブリーゼ、ちょっといいかい」

「はい、何でしょう」


カフェテリアから戻ると、サリエル様に声を掛けられる。そちらに寄れば、ぎゅ、と手を握られる。


「えっ、あっ」


突然のことに戸惑って固まってしまう。温かくて大きな手が、私の手を包む。私の手は冷たくなっていたようで、その熱が伝わってくるようで、同時に心もぽかぽかするような気がした。


「……はぁ……、癒される」


ぽつり、と呟かれた言葉は私には届かなかった。


「サリエル様、どうなさったんですか?」

「……ううん、何でもないよ。それより、ブリーゼ、お願いがあるんだ」

「お願い、ですか」

「うん。……誰に何を言われても、僕の言葉だけを信じてほしい」


その言葉に、どきりとする。きっと、あの噂のことをいっているのだろう。サリエル様の耳にまで届いているのだ。


「僕の婚約者は君だ。君以外を好きになることもない。……だから、僕を信じて」

「っ、はい……」


サリエル様の手の温度と、私の手が同じになる。ぎゅ、とその手を握り返した。

ああ、私は大丈夫だ、このぬくもりがあれば、何だってできる気がした。


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