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13 聖女編①

「そういえば、転校生が来るらしいですよ」


放課後、カフェテリアでお茶をしているとキャンディ様がそう言った。

その言葉にどきりとする。


「ああ聞いたわ、『聖女』とやら、らしいわね」

「聖女って伝説上の存在じゃないんですか?」


ローゼ様の言葉にジュディ様が首を傾げる。それに、イベリア様も頷いた。

何故か今、ここにヒロインの皆さんが集まっている。ローゼ様に声を掛けられたと思ったら、キャンディ様とジュディ様、そしてイベリア様も集まっていて、五人でお茶をすることになったのだ。


「なんでも元平民で、たまたま教会で宝玉を光らせたみたいよ。それで力が顕現したから、サマリー子爵家に引き取られたんですって」

「お詳しいですね」

「我が家は公爵家よ。そういう情報が集まってくるの」


聖女、——それは、「君花」のメインヒロインだ。本来ならば最高学年になってほどなくして転入してくるのだけど、いなくて不思議には思っていた。しかし、卒業まで三か月をきったところで現れるなんて。

正直に言うと、もう、全てのシナリオは終わったんじゃないかと思っていた。それは甘かったらしい。


「そういえば、言い伝えでは聖女と王太子が結婚した、ってありましたね」


ジュディ様が言う。一瞬、沈黙が走った。何か言わなければ、と口を開いた瞬間のことだった。


「ありえないわ」

「ないですねえ」

「論外だな」


三人が同時に言った。あまりにもぴったり揃っているものだから、私が何かを言うことはできなかった。

ジュディ様もそれにはびっくりしたのか、「わかってますよお……」と呟いた。


「まあでも、特に気にすることもないでしょう。ただ転校生がくるだけですわ」


ローゼ様のその言葉で、聖女のお話は切り上げられた。それからは最近の流行のお話や、卒業式典の話に移行した。楽しく過ごしたのに、どこか、不安が残った。



「ユラ・サマリーです、よろしくおねがいしますっ」


聖女、ユラ様は私たちのクラスに転校してきた。可愛らしい笑顔で、優しそうな姿に誰もが好感を抱く。やっぱり、ユラ様はかわいい。実を言うと、一番好きな登場人物だったのだ。お話が出来たらいいな、なんて考えていた。

そして、昼休みになったときだった。


「こんにちは!」


ランチに向かおうとしたところで、ユラ様が声を掛けてきた。それに返事をしようとすると、ユラ様の視線はすいっとサリエル様に移った。


「王太子殿下、なんですよね、サリエル様って呼んでもいいですか?」

「ああ、そう呼ぶ人もいるね。構わないよ」

「やったあ、仲良くしてくださいねっ」


ユラ様が嬉しそうに笑う。まるで私なんてその場にいないかのように。


「それじゃあ、僕たちはランチに行くから。これで失礼するよ」

「僕『たち』?」

「ああ、僕の婚約者だ。ブリーゼ、行こうか」

「は、はい」


歩き出したサリエル様の隣に並んで歩きだす。ちらり、と後ろを覗き見ると、ユラ様は何かを考えこんでいるように見えた。


それからというもの、ユラ様は頻繁にサリエル様に話しかけてくるようになった。楽しげに話す姿は、もうすでに好感度が高いように見えた。まだ出会って数日しか経っていないのに。

でも、そもそも転入時期が違うことがイレギュラーなのだ。ユラ様がサリエル様を好きになるきっかけが本来と違っても何もおかしいことはないのかもしれない。


「ブリーゼ、何か心配事かい?」


ランチの途中に考え込んでしまっていたらしい。慌てて首を振る。


「いいえっ、大丈夫です」

「そうかい?何かあったら何でも言ってね」

「……ありがとうございます」


優しく微笑むサリエル様に、心がほっと落ち着く。これまで、ヒロインである彼女たちとのこともちゃんと乗り越えられてきた。今度だって同じ。サリエル様はこうして私を気にかけてくださるし、私だって婚約者として恥ずかしくないようにこれまで頑張ってきた。

私たちなら、きっと大丈夫。


その次の日、薬学の授業の時のことだった。

くじでペアが決められて実験をするという授業で、サリエル様とユラ様がペアになった。そこで、あっと思う。

これは、ユラ様のシナリオの始まりだ。


「よろしくお願いしますねっ、サリエル様!」

「ああ、よろしくね」


薬学に慣れていないユラ様が調合を間違えて、危うく薬剤を溢れさせてしまうというときにサリエル様に庇われる。そこがスタートなのだ。どうしよう、と考えても、それを止める術は、席も離れてしまった私にはなかった。


「ブリーゼ様、どうなさいました?」

「あっ、いいえ、ごめんなさい、続けましょう」


あちらの心配ばかりしていて、自分の方がおろそかになっていた。ペアのクラスメイトに謝って、実験を進める。

私たちの方は滞りなく進んだけれど、あちらはどうかしら、と視線を送る。


「すごいな、とても初めてとは思えない手際だ」

「ありがとうございますっ」


薬学の先生が、ユラ様を褒めていた。どうやら、薬剤の扱いについてのことらしい。

——やっぱり、ユラ様のシナリオは、イレギュラーだ。


予想もつかないことの連続で、不安になりはじめる。不安になってはいけないと何度も自分に言い聞かせているのに、どうしてか拭えなかった。


そんなある日のことだった。

廊下を歩いていると、こそこそと、こちらを見て何かを言っている人たちが目についた。そちらに視線を送ると、慌てたように去っていく。それが、何度か続いた。

何か気持ち悪い、と思っていると、教室の前にアルベルト様とキャンディ様が立っていた。

そして私を見つけると、二人してとても凄い勢いでこちらに走ってきた。


「お、お二人とも、どうなさったんですか」

「どうなさったんですか、じゃないですよお!ブリーゼ様、大変なことになってるんですからっ!」

「え?」

「キャンディ、声を抑えるんだ。……詳しいことはこちらで」


アルベルト様とキャンディ様に連れられて、教室から少し離れた階段の踊り場へと行く。人気がなく、しんとしている。


「大変なんです!ブリーゼ様!」

「あの、ですから、何が……」

「実は……」

「ブリーゼ様が聖女様をいじめてるって噂がまわってるんですう!」


アルベルト様の言葉を遮って、キャンディ様が、泣きそうな顔でそう言った。


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