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10 優等生編①

「サリエル殿下、次の期末試験で勝負です」


ぴしゃり、と言い放たれた言葉は、私が恐れていた言葉だった。


ことの始まりは、そう、6月の中間試験の結果が張り出された時だった。サリエル様は相変わらず成績が優秀で、どの教科も掲示板に貼り出された成績表の一番上に名前があった。


私はというと、けして悪くはないけれど、いつも5番前後をうろうろしていた。そんなサリエル様でも、一つだけ一位を取れない教科があった。それが魔法学だった。

しかし、今回は違った。魔法学の成績表の一番上にも、サリエル様の名前があった。


まずい。


咄嗟にそう思ってしまった。

全ての教科で一位を取ったサリエル様を祝福すべきなのだろうけれど、それよりも、条件を達成してしまったことの方に、気を取られてしまった。


「ブリーゼ、どうかした?」

「い、いいえ。サリエル様、全ての教科で一位を取られるなんてすごいです。おめでとうございます」

「ありがとう。ブリーゼに褒められるなら、頑張った甲斐があったな」


その微笑みに、ときめいてしまう。嬉しいのに、この先に起こるかもしれないイベントに怯えている自分がいた。いや、大丈夫、必ず起こるって決まったわけじゃない。大丈夫。そう、自分に言い聞かせていた時だった。


「サリエル殿下」


私たちの後ろから、凛とした声が聞こえた。

思わず振り向くと、そこにいたのは、綺麗な黒髪をおさげにしてメガネをかけた女子生徒だった。——やっぱり、来てしまった。


「君は……」

「ジュディ・トリルヤードと申します」

「ああ、トリルヤード伯爵家の。どうしたんだい?」

「殿下、今回、魔法学で一位を取られましたね」


その言葉は、どこか恨めしそうな響きを持っていた。平均よりも低いであろう身長でサリエル様を見上げる姿は、さながら小動物のようだった。そういえば、一部のファンからは、彼女は「子リスちゃん」と呼ばれていた。

——そう、彼女、ジュディ・トリルヤード伯爵令嬢は「君花」の四人めのヒロインだった。


「そうだね、運が良かったみたいだ」

「運?運で私が二位になったと仰るんですか」

「そうは言っていないよ。いつもは君が一位だけれど、今回は僕だった。それだけだよ」


その言葉に納得しなかったらしいジュディ様は、きっと殿下を睨みつけた。そして冒頭のセリフである。


「勝負?魔法学でかい?」

「はい。次回は私が一位を取り返してみせます」


そう言い放ったジュディ様、これまでの方と反応が全然違うように見えるだろう。前の三人は明らかにサリエル様に好意を持っていた。しかし、ジュディ様はいまだにサリエル様を睨んでいる。


「しかし、お互いメリットがないだろう」

「メリット? っ、じゃ、じゃあ、私が勝ったら、その、勉強を教えてください……っ」

「勉強?君が勝ったのに?」

「い、いいんです!約束ですからね!」


そう言い捨ててジュディ様は走っていってしまった。去り際、耳が真っ赤だった。そう、そうなのである。ジュディ様は、いわゆる「ツンデレ」と言うやつなのである。

シナリオでは、ジュディ様はサリエル様に成績で負けた時点で好きになっている。「自分より賢い人がいるなんて」と。しかしそれを表に出すことができず、ああして勝負を持ちかけてくるのだ。


このルートでサリエル様は、ジュディ様を「興味深い少女」と認定する。そして、このルートを攻略するためにはジュディ様が勝つ必要があるのだ。プレイヤーは成績を伸ばさなければいいだけなので、本当にチョロいゲームである。


「あの、サリエル様……」

「勝負だって」

「え、あ、はい」

「不思議な子だったね」


くすくすと笑いながら、サリエル様が歩き出す。その隣に並んで、様子を伺う。それは、どちらなのだろう。興味を持ったのか、それとも本当にただ不思議だと思っているだけなのか。

それを測りかねていると、不意にサリエル様が振り返った。


「どうせだから、ブリーゼも一緒に勉強しようか」

「私もですか?」

「僕はどうやら勝たなくてはいけないみたいだし、勉強の時間をとらなくちゃいけない。ブリーゼも一緒に勉強してくれるならやる気も出るし」


にこ、と笑顔で告げられる。

そうなのかしら、と首をかしげるけれど、勉強の時間といえどサリエル様と一緒にいることができるのならば、それは嬉しいことだった。


「はい、……では、私も頑張りますね」

「うん。どうせなら僕達で上位を占めてしまってもいいね」


冗談めかしてウインクをするサリエル様に、思わず笑ってしまう。


「やっと笑ってくれたね」

「え……?」

「さっきから難しい顔をしていたから。やっぱりブリーゼには笑顔が似合うよ」


つん、と眉間をつつかれる。

そうか、私はジュディ様に気を取られ過ぎていてサリエル様を見ることが出来ていなかった。いくら不安だからって、これじゃあ信じていないみたいだ。ふる、と小さく首を振る。私たちなら、大丈夫。


「突然のことに驚いてしまったんです。……頑張りましょうね、サリエル様」

「うん、わからないところは何でも聞いてね」


人のいない廊下、サリエル様が私の手を取った。教室までの短い時間、私たちは手を繋いで歩いた。このぬくもりを大切にしたいと、切にそう思った。


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