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グルメ猫ファンタジー  作者: 万年亀
第九話 カジノ船の依頼

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カジノ船とドレスコード

レナック王国、王都。


その威容を誇る城壁の内側には、王城を中心として幾重にも広がる市街地が存在する。

政治の中枢である貴族街、煌びやかな商店が立ち並ぶ大通り、そして庶民の活気が溢れる下町。


その大通りを抜け、スフィアたちを乗せたゴーレム馬車は港湾へ続く石畳の道をゆっくりと進んでいた。


目指すは王国の物流の心臓部、王都港である。


大通りの喧騒とは一味違う、潮の香りと活気に満ちた空気が馬車の窓から流れ込んでくる。


「賑やかだなー。祭りってわけじゃないよな?」


スフィアが窓枠に肘をつき、興味深そうに外を眺める。

行き交う人々の数もさることながら、その熱気が凄まじい。

荷車を引く男たちの掛け声、露店で魚を焼く匂い、遠くから響く汽笛のような音。


「商業連合も賑やかだったけど、こっちも凄いねー」


対面の席で、ブルもまた目を丸くして外の景色に見入っている。

商業連合が「洗練された商人の街」だとすれば、ここは「雑多で力強い生活の街」といった風情だ。


「そうですね。あっちは市場を中心に物の売買で賑やかでしたけど、こっちは全体的に人が多い感じですね。生活の密度が濃いというか」


メリアが手綱を操作しながら感想を述べる。


王都の人口密度は国内でも随一だ。

特に港周辺は、物資の積み下ろしや船乗りたちの休息所として昼夜を問わず人が絶えないと聞く。


「なんか食い物の面白い店ある?」


スフィアの関心事はやはりそこに行き着く。

景色よりも団子、風情よりも肉である。


「面白いお店かはわからないですけど……」


メリアは片手で手綱を握りつつ、もう片方の手で王都の簡易地図を広げた。

そこには飲食店や宿屋のマークがびっしりと書き込まれている。


「港の近くは肉体労働者向けの食事処が多そうですね。港湾労働は基本的に力仕事ですし、安くて量が多いお店が好まれる傾向にありますから」


「ほう、量が多い。そいつはいい響きだ」


スフィアの耳がピクリと反応する。

上品なコース料理も悪くないが、丼をかき込むような豪快な飯が一番好みに合う。


馬車が進むにつれて、周囲の歩行者の層が変わってきた。

身なりの良い商人や市民の姿が減り、代わりに逞しい筋肉を晒した男たちや荒っぽい雰囲気の冒険者崩れのような連中が目立ち始める。


そして、その中には獣人の姿も多く見られた。


「あっ、見てよ兄さん。僕と同じ牛獣人が増えてきてるみたい」


ブルが嬉しそうに声を上げる。

通りを歩く荷運び人夫の中には立派な角を生やした牛獣人や、剛毛に覆われた熊獣人などの姿が散見される。


「身体が大きくて力持ちだからですかねー。港の仕事は重い荷物を運ぶのが主ですから、獣人の身体能力は重宝されるんですよ」


「なるほどねー。みんな頑張ってるなぁ」


同胞たちの働く姿に、ブルは親近感を抱きながら目を細める。

と、その視線がふと一点に釘付けになった。


「むっ!?」


ブルの穏やかな表情が一変し、何かに吸い寄せられるように窓に張り付く。


「どうした?」


スフィアとメリアが、ブルの視線の先を追う。


そこには、一軒の派手な装飾が施された建物があった。

極彩色の光が輝き、昼間だというのに妖しい魅力を放っている。

そして入り口に掲げられた看板には、ピンク色の文字でこう書かれていた。


『♡ホルスタウロスパブ・ミルクホール♡』


『豊満な癒し、貴方にお届けします』


看板には露出度の高い衣装を身に纏った、筋肉質でグラマラスな牛獣人の女性の絵が描かれている。


「あー……そういうお店の需要もあるんですね……」


メリアが遠い目をして呟く。


港湾労働者の疲れを癒すのは、酒と飯、そして女性だ。

特に同種族の女性による接待は、故郷を離れて働く獣人たちにとって至上の安らぎなのだろう。


「パブってなんだ?」


スフィアが純粋な疑問を口にする。


どうやら彼は食い物屋の一種だと思っている節がある。

いや、それも間違いではないのだが。


メリアが言葉を選びながら説明する。


「意味としては大衆酒場ですけど……その、女性と親密に接触してお酒を飲むお店もあるそうで。あそこは多分、そういうサービスを売りにしてる場所ですね」


「あ、そう」


スフィアは一瞬で興味を失った。


皿に乗って出てこないものに用はない。

彼の興味の対象は「食欲」のみであり、色恋沙汰には驚くほど淡白だ。


だが、もう一人の雄は違った。


ブルが、かつてないほどキリッとした顔つきで、ゆっくりとメリアに振り向いた。

その瞳には戦場に赴く戦士のような決意が宿っている。


「メリアさん」


低く、渋い声。


「ダメですよブルさん」


メリアは視線を合わせず、間髪入れずに却下した。


「えっ」


「お仕事に来てるんですから。これから依頼主のところへ行くのに寄り道なんて論外です。せめて仕事終わった後じゃないと」


「……はぁい」


ブルの肩ががっくりと落ちる。

その姿は、おもちゃ売り場で姉に叱られた弟のようだ。


「諦めろブル。仕事が終わったら、いくらでも行っていいからよ」


「うん……我慢するよ……」


スフィアの慰めにブルはしょんぼりと頷き、名残惜しそうに看板を見つめながら窓から離れるのだった。


「そろそろ港に出ますね」


気を取り直したメリアが馬車の速度を落とす。


視界が一気に開けた。

石造りの倉庫群を抜けた先に広がっていたのは、太陽の光を反射して煌めく青い海と、そこに林立する無数のマスト。


潮風が強く吹き込み、カモメの鳴き声が響き渡る。

大小様々な船が停泊し、荷物の積み下ろしや補給作業でごった返している。


「でけー」


「おおー」


この規模の港を見るのは商業連合以来だ。

スフィアとブルから感嘆の声が漏れる。


「えっと、今回の目的地であるカジノ船は……」


メリアが目を凝らして港の奥を探す。


依頼書には『クレセント号』とあった。

魔法国が誇る豪華客船だというが、この無数の船の中から見つけられるだろうか。


「あ、奥の一番大きいのですね」


メリアが指差した先。

港の最深部、大型船専用の埠頭にその船は鎮座していた。


「奥?」


スフィアが目を凝らす。

そして、次の瞬間。


「でけえええええ!?」


「うおおおおおっ!?」


二人の絶叫が重なる。


そこにあったのは船という概念を覆すほどの巨大な構造物。

周囲に停泊している大型の商船が、まるで小舟に見えるほどの威容。


全長は数百メートルにも及ぶだろうか。

船体は白と金を基調とした優美な曲線で描かれ、側面には魔法国メギストスの紋章が輝いている。


甲板の上には、まるで城のような上部構造物がそびえ立ち、その窓の一つ一つから煌びやかな光が漏れていた。


「流石は魔法国メギストスの船。造船技術もすごいですね……」


メリアが呆気にとられたように呟く。

木造船の常識を超えた、おそらくは魔法的な素材と技術の結晶。

海に浮かぶ要塞にして絢爛豪華な海洋上の宮殿だ。


「よし、着いたぞ。降りるか」


スフィアが馬車を降りて伸びをする。

ブルも続いて降り立ち、荷台から全員分の荷物を軽々と担ぎ上げた。


「よいしょっと。全部持ったよ」


「ありがとうございます。じゃあ馬車は……」


メリアは腕にはめた銀色の腕輪――空間収納の魔道具に魔力を送る。

すると、巨大なゴーレム馬車が一瞬で光の粒子となり、腕輪の中へと吸い込まれていった。

これがあれば駐車スペースに悩むこともない。


三人は埠頭を歩き、巨大なカジノ船へと続くタラップへと向かった。

入り口には揃いの制服を着た屈強な船員たちが警備に当たっている。


「お待ちを」


先頭を歩いていたスフィアの前に、一人の女性従業員が立ちはだかった。

彼女は丁寧な口調ながらも、その瞳には困惑の色が見て取れる。


「こちらは魔法国メギストスのカジノ船クレセント号ですが、皆様は……?」


彼女の視線の先には猫獣人を先頭に、巨漢の牛獣人、そして旅装の少女。


どう見ても豪華客船に相応しいVIP客には見えない。

むしろ迷い込んだ観光客か、あるいは揉め事を起こしそうな荒くれ者に見えたのだろう。


「あ、依頼で来た冒険者です。これが依頼書の控えで」


メリアが慣れた様子で懐から封筒を取り出し、差し出す。

従業員は訝しげにそれを受け取り、中身を確認した瞬間に背筋を伸ばした。


「VIPのマーガレット様から……? 失礼いたしました! こちらへどうぞ」


態度は一変し、恭しい敬礼と共に案内を始める。

メリアの母、マーガレットの名前はこの船においても絶大な効力を持っているらしい。

どれだけ魔法国のカジノで名前を売っているのだろうか。


「通常の入場口とは別の場所にご案内いたします」


連れて行かれたのは一般客用のゲートではなく、関係者や特別ゲスト専用の入り口。


長い廊下を抜け、通されたのは広々とした部屋。

壁一面に鏡が張られ、数多くの衣装が並べられた高級な衣装室のようだ。


「護衛でいらしたのは承知いたしましたが、こちらとしてもドレスコードがございますので服装をこちらでお着換えください」


従業員がにこやかに、しかし有無を言わせぬ圧で告げる。


「ドレスコードってなんだ?」


スフィアが首を傾げる。

新しい必殺技の名前だろうか。


「その場所に入れる服装にしてほしいってことです。ほら、貴族のパーティに平民の普段着で入っちゃダメみたいなことですよ」


メリアが噛み砕いて説明する。


カジノとは社交場だ。

場にそぐわない格好はそれだけで周囲の空気を乱し、依頼主の顔に泥を塗ることになる。


「なるほどー。TPOってやつだね」


ブルが知ったかぶりをして頷く。


「なるほどー。てぃーぴーおーってやつか」


スフィアは多分よくわかってない。


従業員がルールを説明する。


「護衛なので武器の持ち込みは許可しますが、武器は布で梱包した一本のみで願います。すぐに抜ける状態で武器を複数持ち歩くのは、お客様への威圧感となりますし安全上よろしくありませんので」


「俺は元々一本だからいいな」


スフィアは背中の剣をポンと叩く。


純白の愛剣は彼の半身だ。

それを布で巻くくらいなら許容範囲だろう。


「それなら僕はむしろ武器持ち込みなしにしようかな。斧も棍棒も布で梱包しただけじゃ威圧感あるし、僕なら素手でも十分戦えるしね」


ブルが自分の荷物を見下ろす。


巨大な斧や金属の棍棒は布で隠しても大きさで威圧してしまうだろう。

カジノの客がそれを見たらゲームどころではなくなってしまうかもしれない。


「ご配慮ありがとうございます。他の荷はこちらでお預かりいたします」


従業員が安堵したように微笑む。

数メートル級の巨漢が武装してうろつくのは、警備側としても心臓に悪い。


「では、お好きな衣装をお選びください。サイズは魔法で調整されますので」


従業員に促され、三人はそれぞれ衣装選びを始めた。


「ん? これは……」


スフィアがある一角で足を止める。


一方、メリアは手際よくドレスを選んでいた。


「私は普通にドレスにして、と……これでよし」


試着室のカーテンを開け、メリアが姿を現す。


彼女が選んだのは自身の銀髪に映える、深い蒼色のシンプルなドレスだ。

派手な装飾はないが、生地の上質さとカッティングの美しさが彼女の可憐さを引き立てている。


メリアが鏡で細部の調整をしていると、背後から弾んだ声が掛かった。


「メリアー。見て見て」


「ん?」


メリアが振り返る。

そこには見慣れない、しかし妙にキマっている猫獣人の姿があった。


スフィアだ。

しかし、いつもの姿ではない。


黒を基調としたスリーピースのスーツ――ジャケット・ベスト・スラックスがすべて同じ生地で仕立てられた三点セットのスーツだ――に加え、足元まであるロングコートを肩に羽織っている。


頭には中折れ帽を目深に被り、目元には温泉街イドラで購入したあの黒いサングラス。

首元には赤いネクタイがアクセントとして結ばれている。


全体的に裏社会の幹部、あるいはハードボイルドな探偵を意識したコーディネートだ。


だが。


「かっ……!」


メリアは口元を押さえ、必死に笑い――いや、萌えを堪えた。


小柄な猫獣人が大人びたスーツを着込み、サングラスをかけている。

その姿は「かっこいい」というより背伸びをした子供のような、あるいはマスコットキャラクターのような破壊的な愛らしさがあった。


「わあー、兄さんかっこいいー」


ブルが素直に感嘆の声を上げる。

彼の視点ではかっこいいらしい。


「だろ?」


スフィアはニヤリと笑い、懐から一本の棒状のものを取り出す。

それを口にくわえ、葉巻のように紫煙をくゆらせる――ふりをする。


「どうよメリア。渋いだろ?」


くわえているのは荷物に紛れていたロングビスケットだ。

本人はハードボイルドに決めているつもりだが、どう見てもおやつを食べているだけの可愛い猫ちゃんである。


「かっ……こいいですね! すっごく!」


メリアは震える声で賛同する。

ここで「可愛い」と言ってしまえば彼の男心が傷つくことを知っているからだ。


「かっ……こいいと思います。大変、お似合いですよ、ええ」


女性従業員もまた、プロ根性で表情筋を制御し、同意した。

メリアと従業員は一瞬視線を交わし、無言の会話を行う。


――可愛いですよね。


――超可愛いですね。最高に。


彼女たち二人の心は通じ合った。


「へへへ、だろ」


スフィアはご機嫌である。

尻尾がコートの裾から出て、左右にブンブンと振られている。


「僕もエージェント風にしてみた!」


カーテンが開き、ブルが登場する。


こちらはスフィアとは対照的に、本物の迫力があった。


特注サイズの黒いスーツに身を包んだ巨体は、まるで黒い壁だ。

スフィアと同様にサングラスをかけ、元々あった威圧感が増している。

要人の警護を専門とする凄腕のシークレットサービスそのものだ。


「おお、いいじゃねえか! 強そうだ!」


「でしょー。メリアさんも同じようなの着て、三人で秘密エージェントになろうよ!」


「そりゃいいな!」


スフィアとブルが目をキラキラさせて提案する。

先ほどの馬車の中での妄想ごっこがまだ続いているらしい。


「えっ」


メリアは困惑した。

せっかくドレスに着替えたのにまた着替えるのは面倒だし、何よりスーツはあまり趣味ではない。


だが、二人の期待に満ちた眼差しを無下にするのも心が痛む。

メリアは一瞬だけ思考を巡らせて言い訳をひねり出した。


「……甘いですね、二人とも」


メリアはふっと笑みを浮かべ、髪をかき上げる。


「へ?」


「女性のエージェントといえば、ドレス姿と相場が決まってるんですよ。敵のアジトに潜入する女スパイは美貌とドレスを武器にするものです」


彼女は咄嗟にそれっぽい設定をでっち上げた。

この女、相変わらず口が回る。


「! 言われてみればそうかも……?」


ブルが目を見開く。

物語の中で、確かにそんなシーンがあったような気がしてくる。


「なるほど、男と女で恰好が違うのか。深いな、エージェント道」


スフィアも単純に納得した。


「じゃあ、これで!」


ブルがスフィアの横に並ぶ。

メリアも苦笑しながら、二人の真ん中に立った。


「秘密エージェント三人衆! ここに見参!」


ブルの号令と共に三人で鏡の前でバシィッ! とポーズを決める。

スフィアはビスケットをくわえて斜に構え、ブルは腕組みをして仁王立ち、メリアは優雅にスカートの裾をつまんで微笑む。


奇妙な取り合わせだが妙にバランスの取れた、絵になる三人組だった。


「ええっと……仲がおよろしいんですね……?」


一部始終を見ていた従業員が困惑気味に声をかける。

こいつら確か護衛のはずだが、まるで旅行に来た学生のようなノリである。


「……お恥ずかしいところを……」


我に返ったメリアが、カッと顔を赤らめて俯く。

ついノリでやってしまったが、客観的に見れば大の大人が何をやっているんだという話だ。


「よし、行くぞ! 待ってろよカジノ船!」


スフィアがコートを翻し、意気揚々と歩き出す。


三人は従業員に案内され、煌びやかな光に包まれたカジノ客船『クレセント号』へと、その第一歩を踏み入れるのであった――。

スフィアさん可愛い。

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