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グルメ猫ファンタジー  作者: 万年亀
第八話 最後の冒険の思い出

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別れと未来

陽が高く昇り、温泉街イドラを包んでいた朝霧がすっかり晴れた頃。


街の入り口にある大門の前には、一つの冒険者パーティーと呼ぶにはあまりに個性的で、そして騒がしい集団が集まっていた。


冒険の終わりは、いつだって唐突で少しだけ寂しい味がする。

だが、彼らの間に湿っぽい空気はない。

あるのは心地よい達成感と、未来への希望だけだ。


「じゃあな、ピエール。王様頑張れよ」


スフィアが、ぶっきらぼうながらも温かみのある声で切り出した。

背中の剣を担ぎ直し、真っ直ぐに友人を見据える。


その視線の先には華美な冒険者服を綺麗に整えた金髪の青年――魔法国メギストスの王子、ピエールが立っている。


「もちろん。良い王になれるように頑張るよ」


ピエールは力強く頷く。


その言葉に嘘偽りはない。

この短い冒険の日々で、彼はただの世間知らずの王子から、痛みを知り、仲間を信じ、自らの手で未来を切り拓く一人の男へと成長したのだ。


「なんかあったら絶対呼べよ? 何とかして行くからよ」


スフィアがニカっと笑い、右手を差し出す。


国境があろうが身分差があろうが関係ない。

友達の危機には駆けつける。

スフィアなら本当にやりかねないし、実際にやるだろう。


「ははは、それは頼もしいな」


ピエールも笑い、差し出された手を強く握り返す。


固い握手。

種族も立場も超えた男同士の約束だ。


その時、スフィアは掌に硬質な何かが押し付けられたのを感じた。


「ん?」


スフィアが手を開くと、そこには親指の先ほどの大きさの青く透き通る宝玉が握らされていた。

微かに魔力を帯びており、内部で複雑な術式が刻まれているのが見て取れる。


「それは魔法国の小型通信魔道具だ」


ピエールが小声で明かす。

本来なら一介の冒険者が持てるようなものではないが、スフィアにならば渡しても構わないだろうと判断する。


「僕の専用通信機に直通になってる。そっちも何かあったらすぐに呼んでくれ。絶対に力になる」


王子直通のホットライン。

これがあれば大国である魔法国メギストス王子、ピエールの支援をいつでも要請できるというわけだ。

とてつもないアイテムだが、スフィアはそれを友からの信頼の証として受け取った。


「そりゃ頼もしいな。期待してるぜ」


スフィアは宝玉を懐にしまい、ふと思い出したように言った。


「そういや、そっちは大事にしまっとけよ」


スフィアが顎でしゃくった先、ピエールの手には一枚のプレートが握られていた。

今朝、ギルドから発行されたばかりの真新しい冒険者カードだ。


そこに刻まれているのは『第五位』の文字。


本来なら第六位から準五位への昇格のはずだったが、元々の実績が昇格間近だったことに加え、極楽鳥という強力な魔獣討伐が高く評価され、特例の二階級昇進を果たしたのだ。


第五位。

それは誰が見ても「一人前」と認める冒険者の証。

「冒険者として認められたい」という彼の夢は、最後の最後で最高の形で果たされたのだ。


「冒険者登録そのものは消えるけど、カード自体は記念に持ってっていいってよ。登録証としての機能は停止して、ただの板になるらしいけどな」


スフィアがギルドからの伝言を伝える。

本来は返却義務があるものだが、そもそも登録が無ければ悪用すらできない板でしかない。

今回の件は温泉街イドラのギルドの粋な計らいだろう。


「そうなのか……。それは嬉しいな」


ピエールはカードの感触を確かめるように指でなぞり、破顔した。


「記憶だけじゃなく、何か形になるものが欲しいと思っていたからね」


それは彼が自らの力で勝ち取った、何よりも価値のある勲章だ。


「ピエール様、そろそろ出発のお時間です」


御者台に座った執事が、恭しく声をかける。

彼らの後ろには馬車「ピエール号」が待機していた。

魔法国の最新技術の粋を集め、無駄に多機能で、無駄に豪華なスーパー馬車。


「ああ、分かっている」


ピエールは一度だけ振り返り、仲間たちの顔を一人一人目に焼き付けるように見渡した。


スフィア、ブル、メリア。

そして少し離れたところで見守るラファエルとエルセイン。


「行ってくるよ」


ピエールは踵を返し、馬車へと乗り込む。


号令と共に馬車が動き出す。

車輪が滑らかに回転し、徐々に速度を上げていく。


そして、いつかのように。

初めて出会った、あの草原で別れた時のように。


ピエールは窓を全開にして身を乗り出した。


「では、我々はこれで! スフィア君、ブル君、メリア君! ラファエル君! エルセイン君! また会おう! 我が友たちよ!!」


風になびく金髪。

全力で振られる手。

王族としての品位よりも、友人としての情熱を優先させたその姿。


「もし機会があれば我が家に来てくれ! 歓迎するぞー!」


遠ざかる馬車から、ピエールの叫び声がこだまする。


スフィアとブルとメリアは顔を見合わせて笑い、ピエールに向かって大きく手を振り返した。


「ああ! 魔法国に行くときは行くよ!」


スフィアが笑顔で叫ぶ。


「また会いましょー! お元気でー!」


ブルが野太い声で叫び、ブンブンと手を振る。


「アレッタさんとゼノさんもお元気でー! ピエールさんを頼みましたよー!」


メリアも負けじと声を張り上げる。


馬車は砂煙を上げ、街道の向こうへと小さくなっていく。


『絆の深さと、絆を育んだ時間は関係ない』


かつてピエールが言った言葉だ。


短い冒険だったかもしれない。

だが、共に死線を潜り抜け、同じ釜の飯を食い、バカ騒ぎをした記憶は何十年一緒にいた時間よりも濃密だ。


この別れは生涯の別れではない。


きっとまた会おう。

いや、会う。

彼らはそう確信していた。



◆◆◆◆



走り去る馬車、ピエール号の中。


外の喧騒が遠ざかり、車内には静寂が戻っていた。

だが、その静けさは重苦しいものではなく心地よい余韻を含んでいる。


ピエールは窓から身を引き、シートに深く座り直した。

その顔からは先ほどまでの破顔した笑顔が消え、真剣な眼差しが戻っている。


正面の席には彼の護衛として正式に雇用されたアレッタとゼノが座っていた。

二人は緊張した面持ちで、主君の言葉を待っている。


「二人とも、聞いてくれ」


ピエールが静かに切り出す。


「僕は……今回の旅で、自分の無力さを知った。そして同時に、人の絆の強さも知った」


彼は自分の手のひらを見つめる。


極楽鳥の首を斬り落とした、その感触がまだ残っている。

それはスフィアが繋いでくれたチャンスであり、仲間が支えてくれたからこそ成し得た勝利だ。


「僕は立派な王になる。スフィア君たちに、そして人々に恥じない立派な王に。……ついてきて、くれるかい?」


それは王命ではない。

一人の人間としての願い。

過酷な運命と重責が待つ茨の道へ、共に歩んでほしいという懇願だ。


その言葉を聞いた瞬間、アレッタとゼノの表情がふわりと緩んだ。


「……今更ですね!」


アレッタが笑って答える。

そんなことは、とっくに決めていたことだと言わんばかりに。


「俺たちはピエール様について行きますよ。ずっと」


ゼノも力強く頷く。


彼らはピエールが王子だからついてゆくのではない。

その志に惚れ込んだ、仲間なのだ。


「ありがとう……」


ピエールは目元を拭い、噛みしめるように呟いた。


「僕は本当に、人の縁に恵まれたな」


窓の外には、どこまでも広がる青空。

その先にある祖国を見据え、若き王子の瞳は希望に燃えていた。



――余談ではあるが。


数年後に魔法国メギストスの国王となったピエール・アルファトリス・メギストス。

彼は、大国ゆえの無価値となりながらも続けられる慣例や、意味の失った伝統で縛られた国政を改革し、民や臣下の声によく耳を傾け、他国との交流を積極的に推し進めた。


その治世において彼は理想を掲げつつも決して夢物語には終わらせず、常に現実的な解決法を泥臭く模索し続けた。


その姿は多くの民に愛され、魔法国メギストス中興の祖として称えられる「賢王」となり、歴史に名を残すこととなる。


晩年、彼は臣下に「偉大な賢王となる秘訣」を聞かれた際、かつての冒険の日々を思い出しながらこう答えたという。


「私は友に恥じぬ王になりたいと願い、その通りに行動しただけだ」


その友が、どこの誰であったのか。

王は決して語らなかったが、その瞳はいつも楽しそうに細められていたという。


だが、それはまだ遥か未来の話である――。



◆◆◆◆



再び、イドラの街の入り口。


ピエールの馬車が見えなくなり、スフィアたちは残った二人――ラファエルとエルセインに向き直った。


「ラファエルとエルセインもまたな。なんか忙しそうだけど頑張れよ」


スフィアが気楽に声をかける。

彼らの正体を知っていても、スフィアの態度は変わらない。

彼にとっては「一緒に戦って飯を食った連れ」であることに変わりはないからだ。


「ああ。俺たちも良いリフレッシュになったよ」


ラファエルが清々しい顔で答える。

お忍びの調査任務だったとはいえスフィアたちとの破天荒な旅は、宮廷での堅苦しい生活とは違う刺激のある日々であった。


「この後は、そっちはどこに行くんです?」


ブルが尋ねる。


「ひとまず王城に戻ろうと思っているよ。今回の竜についてもそうだし、色々報告することがあるからね」


エルセインが笑って答える。


邪教団の暗躍、人為的な竜害、そして魔法国王子の極秘来訪と、その解決。

報告書を作るだけで数日は徹夜になりそうな分量だ。


メリアはお偉いさんは大変だなあと思いつつ激励を贈る。


「極秘任務頑張ってくださいね!」


「ははは、ありがとう。……そっちは?」


ラファエルがスフィアたちに問い返す。

彼らはこれからどこへ行くのか。


「変わんねーよ。また美味いものを探すだけだ」


スフィアが即答する。


世界は広い。

まだ見ぬ食材、まだ見ぬ料理が彼らを待っている。

その探求こそが彼らの旅のすべてだ。


「やれやれ、相変わらずだな……」


ラファエルは苦笑し、ふと思い出したように口を開いた。


「そういえば、気になっていたのだが」


「どした?」


ラファエルは隣に立つエルセインをちらりと見ながら、少し言い淀むように尋ねた。


「いや、その、なんだ。君は美味い肉のために格の高い竜を探していただろう?」


「ん? おう。まあな」


スフィアは何の気なしに頷く。

高位の竜ほどその肉は美味であるというのが彼の持論だ。

昔、故郷の狩人のあんちゃんがそう言っていた。


「それで少し疑問に思ったのだが……仮にその竜が意思疎通できた場合、その竜はどうするんだ? まさか……食べるとか?」


ラファエルの問いに、その場の空気が一瞬止まった。


全員の視線がスフィアに集まる。

ブルとメリアも、固唾を飲んでスフィアの口元を見つめる。


数秒の沈黙の後。


スフィアは心底心外だという顔で眉を吊り上げて怒鳴った。


「いくら何でも意思疎通できるやつを食いはしねーよ! 俺を何だと思ってんだ!」


「あ、うん。そうだよな! すまない!」


ラファエルは慌てて謝罪する。

スフィアの剣幕に押されたのもあるが、その答えを聞いて心の底から安堵したからだ。


隣のエルセインも、表情には出さないが内心で盛大に胸を撫で下ろしていた。


ブルが同意するように大きく頷く。


「そうだよね、いくら何でも意思疎通できるのは食べないよね! 常識あるよね!」


「ですよね! 私は信じてました! スフィアさんは最低限の倫理観はお持ちだって!」


メリアも追従する。


だが、その反応がかえってスフィアの疑惑を招いた。


「おい、お前らなんでちょっと目が泳いでんの? なあ、おいちょっと」


スフィアがジト目で二人を睨み、ブルとメリアは視線を逸らす。


「もしかして」と一瞬でも思ったのは否めない。

それほどまでにスフィアの食への執着は凄いのだ。


スフィアはずいっと二人に詰め寄る。

その光景を見て、ラファエルとエルセインは声を上げて笑った。


そして、別れの時が来た。


「ではな、スフィア、ブル、メリアさん」


ラファエルが手を差し出す。


「おう。達者でな」


スフィアも強く握り返す。


「世話になったね。王城に来たら歓迎……は忙しくてできるかはわからないが、できるだけもてなそう。美味しい茶菓子くらいは用意するよ」


エルセインも穏やかに微笑む。


「おう。忙しいなら無理にとは言わねえよ。むしろ手が欲しいなら言えよ? ギルドを通して連絡くれればわかるから」


スフィアが親指で自分を指して言う。

困ったときはお互い様だ。


「国家機密だしなあ……まあ、もし本当に必要になったらその時は頼むよ」


ラファエルは苦笑しながら曖昧に頷いた。


国の中枢に関わる問題に一般の冒険者を巻き込むわけにはいかないという建前と、彼らなら何とかしてくれそうという本音の間で揺れているようだ。


「じゃあな!」


スフィアたちはメリア自慢のゴーレム馬車に乗り込む。

御者台にはブルが座り、スフィアとメリアが窓から顔を出す。


「出発進行ー!」


ブルの号令でゴーレム馬車が動き出す。

石畳を蹴る重い足音が響き、馬車は街道を進み始めた。


「またなー!」


大きく手を振るスフィアたち。

ラファエルとエルセインは馬車が街道の向こうへ見えなくなるまで、ずっと手を振り続けていた。


やがて馬車の影が完全に消えると、ラファエルはゆっくりと腕を下ろした。

その表情からは先ほどまでの柔らかさが消え、王子としての鋭い色が戻っていた。


「良い子たちだったね」


エルセインがポツリと言う。


「ああ。……彼らの生活を守るためにも、ヴァルノスと邪教団は野放しにはできない。俺は今回、そう強く思ったよ」


ラファエルは拳を握りしめる。


スフィアたちが笑って旅を続けられる世界。

「美味いもの」を探して自由に生きられる平和。

それを守るのが、王族である自分の責務だ。


「彼らを巻き込まないためにも、我々が動かねばならないな」


「そうだね。全力で叩き潰そう」


エルセインも瞳を細め、冷徹な光を宿す。


「本当にいざという時は彼らの手を借りることも視野に入れよう。少々申し訳ないけどね」


エルセインが補足する。

戦力として彼らが破格であることは間違いない。


「そうだな。その時は王城で食事会でもするか? 報酬は極上の肉と野菜で」


「ははは、賑やかになりそうだ。厨房が悲鳴を上げるかもしれないね」


二人は笑い合い、王都の方角へと歩き出した。

その背中には国の未来を背負う覚悟が滲んでいる。


彼らは決意した。

スフィアたちに助けを求めるような事態にはさせない、と。

自分たちの力で、この国を守り抜くのだ、と。


そして――。


彼らが正式にスフィアたちに助けを求める機会は、終ぞ訪れることはなかった。


太陽は高く、道はどこまでも続いている。

スフィア一行の美味なるものを求めての旅は、まだ終わらない――。

第八話了


面白かったら評価、ブクマ、感想お願いします!

続きを書くモチベにもなりますので!

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