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グルメ猫ファンタジー  作者: 万年亀
第八話 最後の冒険の思い出

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鳥と豚の実食

冒険の後の空気というのは、独特の浮揚感を含んでいるものだ。

死線を潜り抜けた安堵と、成果を得た充足感。

それらが混ざり合い、人の心を饒舌にさせる。


温泉街イドラの中心にある宿『龍泉閣』の広間では、まさに今、その空気が最高潮に達していた。


「そこで! 僕の一撃が弾かれてしまい、すわ絶体絶命となった瞬間! 我が友スフィア君の投げ渡してくれた剣を僕は咄嗟に掴み!」


ピエールが椅子から立ち上がり、身振り手振りを交えて熱弁を振るっている。

その顔は紅潮し、目は少年のように輝いていた。


「それを振り下ろして、にっくき極楽鳥のそっ首を斬り落としたというわけだよ!」


ピエールの背後に控えるメイドや執事たちが、主人の武勇伝に惜しみない拍手と歓声を送る。


「素晴らしいです坊ちゃま!」「流石でございます!」という声が飛び交い、ピエールは満更でもなさそうに胸を張る。


「よく喋るなあ……もうあれ三回目じゃなかったか?」


ラファエルが呆れたように、しかし温かい目で見守りながら酒を煽る。

同じ話を何度も聞かされるのは閉口ものだが、今のピエールの様子を見れば無粋なツッコミを入れる気にはなれない。


「まあまあ。よほど冒険が楽しかったのだろうさ。好きにさせてあげよう」


エルセインも微笑ましげに頷く。

王族としての責務を背負う彼にとって、この無邪気な時間は何よりも貴重なものだろう。


二手に別れた討伐戦は無事、終わりを迎えていた。

ギルドへの報告は既に済ませており、持ち込まれた獲物は冒険者たちの度肝を抜いた。


「流石は高位冒険者だ」


「評判通りの腕前だな」


などなど、ギルド職員や他の冒険者たちが漏らした感嘆の声は、まだ耳に新しい。


特に極楽鳥の状態は見事なもので、首を斬り落とした以外に目立った外傷がほぼなく、羽根一枚に至るまで「美品」として高く評価されることとなる。

マッシュ・ボアも同様で、傷の少ない極上の王冠キノコ付き肉として高値がついた。


「しかし、話を聞くに確かにブルは例の作戦に不向きだったな」


ラファエルが、厨房の方をちらりと見ながら言う。

そこでは今、スフィアとブル、そしてメリアが何やら忙しなく動いている。


「そうだね。陽動をするには鎧が黒いと夜闇に溶け込んで目立たず、かといって隠密行動をするには巨漢過ぎて忍びにくい。まさに『外套に足らず手拭きに余る』といったところか」


エルセインが的確な表現で評する。

ブルが自分の適性を理解し、マッシュ・ボアの側で戦おうとした判断は正しかったといえるだろう。


「今回の討伐で、ピエール王子の冒険者ランクも上がるのかな?」


エルセインがアレッタに尋ねる。

これだけの大物を仕留めたのだから昇格は間違いないはずだ。


「あ、そうですね。元々上昇まで秒読み段階だったところに極楽鳥という大物を持ち込んだので、ランクアップは確実だと言われました」


「……なんだかんだで一年近く実績は積んでいたらしいからな、ピエール様は」


アレッタが嬉しそうに報告し、ゼノもしみじみと頷く。


主君の功績は従者にとっても誇らしいもの。

ただの道楽ではなく、地道に本気で依頼をこなしてきた積み重ねがあったからこその結果だ。

ピエールは紛れもなく「一人前の冒険者」になったのだ。


ふと、ラファエルは厨房から漂ってくる香ばしい匂いに鼻をひくつかせた。


「ところでスフィアたちは厨房で料理を作っているようだが、何を出す気なんだ?」


肉の焼ける匂いと、甘辛いタレのような香り。

それに、どこか懐かしいような出汁の香りが混ざり合っている。


「さて? ピエール王子に是非食べて欲しい料理があるとか言っていたが」


エルセインも興味深そうに首を傾げる。


ギルドで極楽鳥とマッシュ・ボアの肉の一部をわざわざ買い戻し、自分たちで調理したいと申し出ていた。

食いしん坊のスフィアのことだ、間違いなく美味いものが出てくるだろうが。


ほどなくして、厨房の扉が開いた。


「お待たせー」


スフィアが両手にお盆を持って現れる。

その上には、湯気を立てる大きな丼がいくつも載っていた。


「器は厨房のやつ借りちゃった。サイズちょうどよかったし」


ブルも続く。

彼の手には漬物が盛られた小皿と、お吸い物の椀が載ったお盆がある。


「はい、どうぞ。出来立てで熱いですよ」


メリアは手際よくラファエル、エルセイン、ピエール、アレッタ、ゼノの前に料理を並べていく。


ドン、と置かれたのは深みのある陶器の丼。

蓋がついているが、その隙間からは抗いがたいほどの芳香が漏れ出している。


ピエールがゴクリと喉を鳴らす。


「これは……」


「おう、開けてみろよ。名付けて『極楽鳥とマッシュ・ボアの特製鳥豚肉丼』だ!」


スフィアが自信満々に宣言する。


ピエールが恐る恐る蓋に手をかけ、ゆっくりと持ち上げた。


フワァッ……!


解き放たれた湯気と共に飴色の輝きが目に飛び込んでくる。


「おお……!」


全員から感嘆の声が漏れた。


丼の中には飴色に輝くタレを纏った肉が、これでもかというほど山盛りにされていた。

表面をカリッと香ばしく焼かれ、中はジューシーに肉汁を湛えた極楽鳥の肉。

そして、じっくりと煮込まれてとろけるような柔らかさになったマッシュ・ボアの角煮。

二種類の肉が互いの存在を主張しつつも調和し、ひとつの丼という料理を形成している。


さらに中央にはマッシュ・ボアの背中に生えていた「王冠キノコ」の素揚げが添えられ、彩りと香りを添えていた。


「僕の自家製漬物もセットです」


ブルが小皿を指差す。

そこには以前の旅で作った色鮮やかな野菜の漬物が綺麗に盛り付けられている。


「ついでにレシピを貰って『黄金キノコのお吸い物』も作ってみました。キノコの軸の部分から良い出汁が出たんですよ」


メリアがお椀の蓋を開ける。

透き通ったスープの中に薄くスライスされたキノコと三つ葉が浮かび、上品な湯気を立てている。


「これはまたなんというか……食欲をそそるというか、山のような肉が嬉しいな! 見ているだけで力が湧いてくるようだ!」


ピエールが目を輝かせる。

冒険の後の空腹に、このボリューム感はたまらない。


「おかわりはいくらでもあるから好きなだけ食え! 俺たちのおごりだ! 今日は無礼講だぜ!」


スフィアが豪快に笑う。


「では……いただきます!」


ピエールは用意されたレンゲを手に取り、まずは極楽鳥の肉へと狙いを定めた。


表面はタレが絡んで艶やかに光っている。

レンゲで持ち上げると、ずしりとした重量感がある。

そのまま口へと運ぶ。


カリッ。

ジュワァ……。


ピエールの目が大きく見開かれた。

噛んだ瞬間に香ばしい皮目が弾け、中から濃厚な肉汁が溢れ出したのだ。


極楽鳥の肉は鶏肉というよりは上質な仔牛の肉に近い弾力がありながら、歯を入れるとほろりと崩れる柔らかさを持っている。


そして何より、その味が濃い。

噛むほどに広がる旨味はかつて食べた高級料理のどれとも違う、野生の力強さと繊細さを併せ持っていた。


「これは……なんと濃厚な肉の味! 脂が甘いのにしつこくない! 噛むたびに旨味が爆発するようだ!」


甘辛いタレが肉の味を引き立て、焦げた醤油の香りが鼻腔をくすぐる。

これは反則的な美味さだ。


「マッシュ・ボアも相当だな。これは美味い」


ラファエルもマッシュ・ボアの角煮を口にし、唸り声を上げる。


煮込まれた豚肉はレンゲで切れるほど柔らかい。

口の中で脂身がとろけ、赤身の部分からは凝縮された肉の旨味が染み出してくる。

どんぐりや木の実を主食としているからか肉質はきめ細やかで臭みは一切ない。


「ほのかに香るキノコの風味が良いね。それも芳醇で前面に出すぎていない。肉の脂をキノコの香りが上品にまとめている」


エルセインも舌鼓を打つ。


マッシュ・ボアの肉には共生していたキノコの成分が染み込んでいるのだろう。

独特の香りが、こってりとした肉料理に深みを与えている。


「肉単体だと味付けが濃いめだから下のライスと一緒に食べるんだ。ほら、そこ掘ってみ?」


スフィアが肉の下を指し示す。


「ライス?」


ピエールが言われた通りに肉を少しよけてみると、そこには純白の粒が輝いていた。

湯気を纏い、ふっくらと炊き上がった米。

肉汁とタレが染み込み、部分的に黄金色に染まっている。


「ライスとは珍しいな……これも宿のものを?」


ラファエルが尋ねる。

王国では基本的にパン食が主流で、ライスは別大陸か一部の地域でしか食べられないものだ。


「あ、いえ。福引きで当ててこっちに持ってきてたんです」


ブルが照れくさそうに頭を掻く。

彼が当てた景品で、かなり重い米俵をゴーレム馬車で運んできていたのだ。


「使う機会があってよかったですねえ。土鍋での炊き方、厨房の方に教えてもらって正解でした」


メリアが満足げに頷く。

ふっくらと炊き上げるのは至難の業だったが、苦労した甲斐があった。


「これを一緒に食べるのかい? どれどれ……」


ピエールは、肉とタレの染みたライスを一緒にレンゲに載せ、大きく口を開けて放り込んだ。


「……ッ!!」


言葉が出なかった。


濃いめの味付けの肉が淡泊で甘みのあるライスと混ざり合うことで、完璧なバランスへと昇華される。

肉の脂をライスが受け止め、ライスの甘みを肉が引き立てる。

口の中で起きる味の相乗効果。


ピエールは思わず無言で、次の一口を運んでしまう。

止まらない。

本能が「もっと食わせろ」と叫んでいる。


「この、お吸い物というスープも美味しいですね。口の中がすっきりする感じ」


アレッタがお椀を持ち上げ、ほっと息をつく。


濃厚な丼の合間に飲むお吸い物は、キノコの出汁が五臓六腑に染み渡る優しさだ。

口の中の脂を洗い流し、また次の一口を美味しくさせる。


「漬物もよく漬かっていて美味い。ポリポリとした食感がいいアクセントだ。いくらでも食えるな」


ゼノも漬物を噛み締め、丼をかきこむ。

ブルの漬物は塩加減が絶妙で、野菜本来の味が活きている。


「この丼、という料理は美味いし面白いな。主食とおかずが一体になっているのか。満足感が高い」


「私も小耳に挟む程度だが、別の国では労働者向けの手早く提供できる料理だと聞いているね。忙しい合間に一杯で活力を満たすための食事だと」


ラファエルは感心しきりで、エルセインは己が知識を披露する。


「ああ。そんでこの丼料理ってのは、『頑張ったやつへのご褒美』って意味があるんだ」


スフィアが真剣な眼差しでピエールを見た。


「デカい仕事の後に細かいこと気にせずいっぱい食える飯。丼ってのはそういう料理だそうだ。そんでもうひとつ……『次も頑張れ』って意味もある」


ピエールのレンゲを持つ手が止まる。


「頑張ったやつにいっぱい食ってもらって、体力をつけて、次の仕事も頑張ってほしいって送り出すための食事なんだ」


スフィアの言葉が静かに広間に響く。


「立派な冒険者になったお前は、次は王様っていう大変な仕事をするんだろ? だからピエール。是非お前にこの料理を食って欲しかった」


スフィアはニカっと笑った。

そこには別れの寂しさよりも、友人の門出を祝う力強いエールが込められていた。


「頑張ったなピエール。お前は最高の冒険者だった。次はもっと大変だろうけど、次も頑張ってくれ。友達として俺たちはいつだって応援してるぜ」


ピエールの視界が滲んだ。

丼から立ち上る湯気のせいだけではない。


彼は食べかけの丼をテーブルに置き、震える手で目元を覆った。


「ありがとう……ありがとう、スフィア君……」


ただの美味しい料理ではない。

これは友人からの最大級の賛辞と、未来への激励が詰まった料理なのだ。


スフィアは少し照れくさそうに鼻をこすり、わざと明るい声で言った。


「よし、湿っぽいのはナシだ! 食え食え! まだ肉も米もいっぱいあるからな! どんどん食ってデカい男になれ!」


「ああ! たくさん食べるぞ! おかわりもするからな!」


ピエールは涙を拭い、再びレンゲを握りしめた。

その顔には満面の笑みが戻っている。


「ううっ……ピエール様……良かったですね……」


「……俺たちも、鼻が高いです……」


アレッタとゼノは主君の晴れ姿とスフィアの友情に感動して、ボロボロと泣きながら丼をかきこんでいる。

塩味が加わってしょっぱいかもしれないが、それもまた格別の味だろう。


「では我々もご相伴に与るとするか。冷めてしまっては勿体ない」


ラファエルも微笑み、丼に向き合う。


「ふふ、そうだね。この幸せな時間を噛み締めようか」


エルセインも優雅に、しかし嬉しそうにレンゲを運ぶ。


広間には食器が触れ合う音と「美味い!」という声、そして絶えることのない笑い声が響き渡った。

そして賑やかな食事会は夜が更けるまで続いた。


それは彼らの冒険の終わりを告げると同時にそれぞれの新しい旅立ちを祝う、温かく忘れられない夜となったのだった――。

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