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グルメ猫ファンタジー  作者: 万年亀
第八話 最後の冒険の思い出

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狩人の戦い

夜風が、荒涼とした岩肌を撫でていく。


マッシュ・ボアの巣穴がある森からさらに標高を上げた場所。

木々の植生限界を超えたそこは、ごつごつとした岩と砂利だけが広がる荒野となっていた。

月明かりだけが頼りの世界で、冷たい風がヒューヒューと吹き抜けていく。


山頂近くにある開けた断崖の上。

すり鉢状になった地形の中央に、それはあった。


枯れ木や獣の骨、そして自身の極彩色の羽根を編み込んで作られた巨大な巣。


直径は十メートルを優に超えるだろう。

その中心で月光を浴びながら眠る巨大な影。


極楽鳥だ。


昼間に見た時よりも輝きは抑えられているが、それでも時折、極彩色の羽根が鱗粉のように瞬き幻想的な光を放っている。


「あいつだ」


岩陰に身を潜めながらスフィアが低く呟く。

その視線は鋭く、獲物を値踏みする狩人のそれだ。


「こんな広い場所に巣を作るんですね……」


隣でメリアが息を呑む。

断崖絶壁の上にある広大な平地。

風を遮るものもなく、吹きっ晒しの場所だ。


「ああ。鳥の魔獣ってのは身体がデカいからな。離着陸の滑走路としての空間が必要なんだよ。ついでにこんだけ広けりゃ、敵の接近も気付きやすい」


スフィアは荷物袋から、あるものを取り出した。

それは黒く塗られたガラスが嵌め込まれた眼鏡――サングラス。

昼間、ブルに頼んで街で買ってきてもらった「買い物リスト」の中身の一つである。


敵の様子を伺いながらスフィアはサングラスをかける。


「メリアはいざというときの回復要員だ。絶対に出てくるな。仕留めるのは俺たちでやる」


「わかりました。……ご武運を」


メリアは真剣な表情で頷き、岩の隙間に身を深く沈める。


彼女は戦闘員ではない。

自分が戦闘不能になったり、足手まといになったりしないことが最大の貢献だと理解している。

回復薬の入った鞄を大事そうに抱えて、彼女はごくりと喉を鳴らした。


「よし、いくぜ」


スフィアは短く息を吐き、純白の剣を握りしめた。

そして、躊躇なく岩陰から飛び出す。


ダッ!


砂利を蹴る音が、静寂な夜に響き渡った。


スフィアの姿が月光の下に晒される。

彼は一直線に巣へ向かうのではなく、あえて不規則なステップを踏みながら疾走した。


彼が走り出して数秒。

足元の地面が、カッと白く発光した。


「――ッ!」


音もなく、しかし強烈な熱量を持って光が炸裂する。

地面に仕掛けられた魔法的な地雷だ。


だがスフィアはその予兆、地面が発光する瞬間を肌で感じ取り、爆発の瞬間に身体を捻って回避していた。


熱風がスフィアの頬を撫で、少し遅れて焦げ臭い匂いが鼻をつく。


「やっぱ地雷式の罠を仕掛けていやがったな」


スフィアはサングラス越しに爆発跡を一瞥し、ニヤリと笑う。


極楽鳥は巣の周囲に自らの魔力を込めた羽根を埋め込み、接近する外敵を感知して爆発させる罠を張る習性を持つ。


何も知らない敵がこの地雷を踏めば強烈な閃光で目が潰れ、同時に発生する熱で足を焼かれる。

目と足を奪われた獲物はそのまま極楽鳥の餌となるのだ。


だが、この罠には欠点がある。

あくまで簡易的な自動防衛術式であり、感知から発動までに一瞬タイムラグがあることだ。

あらかじめ「ある」と分かっていれば、スフィアほどの駿足なら見てから避けることも不可能ではない。

そして最大の脅威である閃光による目潰しも、このサングラスがあれば無効化できるというわけだ。


「ギャァァァッ!!」


罠の発動を感知し、巣の中で眠っていた極楽鳥が目を覚ます。

けたたましい鳴き声と共に巨体が起き上がった。


極彩色の羽根が逆立ち、威嚇するように大きく広げられる。

その美しさは夜闇の中でも圧倒的で、見る者を畏怖させるには十分すぎる迫力だ。


極楽鳥の宝石のような瞳が走り回る小さな影――スフィアを捉えた。


「ほらほら! こっちだぜ鶏肉野郎!」


スフィアは挑発するように声を上げ、更に激しく動き回る。


右へ、左へ、急停止、急加速。

ジグザグに動くその軌道に合わせて次々と地面が発光し、爆発していく。


まるで光の絨毯の上を踊っているようだ。


極楽鳥は苛立ったように首を振り、翼を大きく広げる。

羽根が輝き、光が収束していく。


「来るか……!」


スフィアが警戒を強める。

昼間、岩をも貫いたあの熱線だ。


ヒュン!


一条の光が闇を切り裂いて放たれる。


だが、スフィアは止まらない。

着弾予測地点を本能的に悟り、身体を低くしてスライディングするように回避する。


ジュッ!


熱線はスフィアの頭上を通過し、背後の岩に直撃した。

しかし、昼間のような貫通は起きない。

岩の表面が赤熱し、黒く焦げただけだ。


「なるほど、やっぱりな。エルセインの読みは当たったか」


スフィアは回避行動をとりながら、心の中で魔術師長の慧眼に舌を巻く。


『おそらく極楽鳥は太陽光を操っているタイプだろう』


作戦会議でのエルセインの言葉が蘇る。


『強力な竜などは自前の魔力で高出力の魔法を操ることもあるが、極楽鳥にそこまで強力な体内魔力は感じなかった。つまり奴は、自身の極彩色の羽根で太陽光を吸収・増幅し、光の魔力をブーストしている』


『なるほど。だからあんなデタラメな威力の熱線が撃てたのか』


『そうだね。逆に言えば太陽のない夜ならばブーストは掛からない。貯蔵した魔力を使うしかないため、熱線の威力は大幅に下がるはずさ』


その推測通りだ。

今の熱線なら、もし直撃しても自分ならば即死はしない。

リヴァイアサンの鎧で受け流せるレベルだ。


「ギャッ! ギャァッ!」


極楽鳥は焦れたように、次々と熱線を放つ。

だが、スフィアは罠を誘発させながら巧みに射線を切り、決して足を止めない。

光と爆発の中を縫うようにして少しずつ、しかし確実に巣との距離を詰めていく。


極楽鳥は少しずつ焦れていく。

地上の罠は躱され、熱線も当たらない。

ならば上空から広範囲を焼き払うしかない。


極楽鳥が身体を沈め、大きく翼を広げた。

飛翔の構えだ。


その瞬間をスフィアは待っていた。


「今だ! やれ、二人とも!」


スフィアの裂帛の気合いが響く。


それに応えるように、巣の左右にある岩陰から二つの影が飛び出した。

頭から黒い外套をすっぽりと被り、闇に同化していた二人――アレッタとゼノだ。


二人はスフィアが囮になっている間に大きく側面へ回り込み、極楽鳥の死角である斜め後方にまで忍び寄っていたのだ。


「いけぇっ!!」


アレッタとゼノが同時に、手に持っていた「布のようなもの」を投擲した。

それは広がりながら空を舞い、飛び立とうとしていた極楽鳥の左右の翼に覆い被さる。


極楽鳥が翼にかかる異物に気づいた瞬間、二人は同時に叫んだ。


「「鉄のスクロール発動!」」


極楽鳥の翼にかけられた布が、一瞬にして重厚な鉄へと変質する。


それもただの鉄ではない。

布だった時のまま翼の形状に沿ってへばりつき、可動域をロックする拘束具だ。


「ギャァァッ!?」


飛び上がろうとした極楽鳥の身体が翼にかかった突発的な重量に耐え切れず、バランスを崩す。


「うおおおおおっ! 引けェ!!」


ゼノが咆哮し、アレッタが歯を食いしばる。

鉄に変化したスクロール、二人はそれを全体重をかけて地面へと引き下ろした。


ドシャアアッ!!


極楽鳥の巨体が、地面に叩きつけられた。

離陸直前、最も無防備で姿勢制御が効かないタイミングでの強制墜落。

その衝撃は計り知れない。


スフィアの作戦指示が、二人の脳裏をよぎる。


『二人には回り込んでもらって、背後から極楽鳥に忍び寄ってもらいたい』


『背後に……ですか? バレませんか?』


『ああ。昼行性の鳥は夜目が利きにくくなって色彩識別能力が落ちる。特に暗色を捉えにくい。ブルが買ってきた黒い外套を被って貰って、地面に這いつくばるように側面から背後に回り込むんだ』


『……そんな上手くいくものなのか?』


『いく。鳥ってのは視力は良いが、一度「敵」と認識したものに集中する傾向がある。純白の剣を持ってド派手に動き回る俺を間違いなく注視して、他に目は行かなくなるだろう。そんで俺が罠を踏み終わったところを這って回り込んで、そこでこれだ』


スフィアが取り出したのは、外套と同じくブルが買った二枚の長い布切れ。


『鉄のスクロール。紋章に触れて布に魔力を通すと一瞬で鉄の硬さと重さに変化する魔道具だ。こいつを翼にかける。鳥は飛ぶために骨を空洞にして身体を軽量化してるし、特に離陸直前は揚力を得るために無防備になる。そこで翼に重りを付けられれば、絶対に落ちる』


作戦は見事に嵌った。

極楽鳥は地面に突っ伏し、羽根を散らしながら苦悶の声を上げている。


「ナイスだお前ら! 完璧だ!」


スフィアはサングラスをかなぐり捨て、一気に加速した。

落下のダメージで硬直し、身動きが取れない今こそが最大の好機。


彼は純白の剣を振りかぶり、極楽鳥の懐へと滑り込む。

狙うは首でも心臓でもない。

この巨体を支え、空へと運ぶための動力源。


「『対獣解体術』」


スフィアの目が、食材を見る料理人のそれに変わる。


「『手羽先』!!」


銀閃が走った。

左右の翼の付け根、筋肉と骨が複雑に絡み合う一点を斬撃が切り裂く。


「ギャアアアアアアッ!!」


極楽鳥が絶叫する。

それは痛みによる悲鳴であると同時に、空を失ったことによる叫びにも聞こえる。


「っし! これでお前はもう飛べない鳥だ!」


スフィアが着地し、剣を振るって血糊を払う。

翼の腱を断てば即座に空を飛ぶことは不可能だ。

これで最大の脅威である、空からの爆撃は封じられた。


だが。


「ギシャアアアアッ!!」


窮鼠猫を噛む。

手負いの獣ほど恐ろしいものはない。


極楽鳥は翼が使えないと悟るや否や、のたうち回りながらも太い首を鞭のようにしならせ、スフィアへと反撃を繰り出した。


巨大な嘴が槍のように突き出される。


スフィアは反応したが躱しきることはできなかった。

避けようとした胴体に、鋼鉄のような嘴が直撃する。


「ギニャッ……!」


鈍い音が響き、スフィアの身体がボールのように吹き飛ばされた。

リヴァイアサンの鎧が衝撃を受け止めたが、中の身体には強烈な振動が伝わる。

彼は地面を数回転がり、岩に背中を打ち付けて止まった。


「スフィアさん!」


アレッタが悲鳴を上げる。

彼らはまだ鉄を引いているため援護に入れない。


「ケホッ……! 痛ってぇな……!」


スフィアは苦痛に顔を歪めながらも、すぐに顔を上げた。

ダメージは受けたが致命傷ではない。

むしろ、この一撃を誘っていた節さえある。


極楽鳥はスフィアを吹き飛ばしたことで目前の敵を排除したと判断したのか、あるいは怒りの矛先を彼に固定したのか、体勢を立て直してスフィアの方へと身体を向けようとする。


その時、極楽鳥の首元が無防備に晒された。


「出番だぜ! いけぇっ……!!」


スフィアが叫ぶ。

その視線の先、極楽鳥のすぐ横にある岩陰から。


黒い外套を羽織った、最後の一人が飛び出した。


「ピエール!!」


「ウオオオオオオオオッ!!」


ピエールが雄叫びを上げ、外套を脱ぎ捨てる。

月光の下、彼の金髪が、そして手にした剣が煌めいた。


彼はずっと待っていたのだ。

スフィアが囮になり、アレッタとゼノが翼を封じ、そしてスフィアが再び注意を引きつけて隙を作る、その瞬間を。


「覚悟ォォォッ!!」


ピエールは全身全霊の力を込め、無防備な極楽鳥の首へと剣を振り下ろした。


ガキンッ!!


「えっ」


期待された肉を断つ音ではなく、硬い何かが弾かれる音が響いた。


ピエールの手から剣が弾き飛ばされ、クルクルと回って地面に突き刺さる。

極楽鳥の首には浅い傷一つついただけ。


「なっ……!」


ピエールは自分の手を見つめ、そして地面に刺さった剣を見る。

その剣先は無惨にも刃こぼれしていた。


ピエールは思い出す。

昼間のマッシュ・ボアで、自分が岩に対して何度も剣を打ち付けていたことを。

あの時、彼の愛剣は斬れ味を失っていた。


「しまっ……」


血の気が引く。

絶好の機会が、自分の不手際で最悪のピンチに変わった。


極楽鳥がゆっくりとピエールに顔を向けた。

嘴が開き、奥で光が収束し始める。


至近距離での熱線。

今のピエールには避ける術も、防ぐ武器もない。


死。

その一文字が脳裏をよぎる。


「ピエール!」


スフィアの声が響いた。

ピエールが反射的に声の方を向くと、何かが回転しながら飛んでくるのが見えた。


月光を受けて輝く、純白の軌跡。


ピエールは無我夢中で手を伸ばし、それを空中で掴み取った。


ずしりとした重み。

不思議と手になじむ柄。

そして何より、恐ろしいほどに美しい白き刃。


それはスフィアの愛剣。

岩に背中を預け、座り込んだままのスフィアが不敵な笑みを浮かべて叫ぶ。


「かませピエール!」


その言葉にピエールの全身に電流が走った。


そうだ。

自分はここで終わる男ではない。

憧れの冒険者になるために、ここに来たのだ。


「オオオオオオオオッッッ!!」


ピエールは咆哮した。

恐怖も、迷いも、王族としてのしがらみも、全てを声に乗せて吐き出す。

そして手にした純白の剣を、渾身の力で振り抜いた。


ザンッ!!


空気が鳴いた。

スフィアの剣は極楽鳥の硬い羽毛も、強靭な筋肉も、骨さえも、まるで水面を斬るかのように抵抗なく両断する。


光の収束が途絶える。


極楽鳥の首が、ゆっくりとずれて落ちた。

少し遅れて鮮血が噴水のように噴き上がる。

巨大な身体が、どうっと音を立てて崩れ落ちた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


ピエールは肩で息をしながら立ち尽くしていた。

手には血濡れた純白の剣。

足元には自分が討ち取った強力な魔獣。


静寂が、荒野を満たす。

風の音さえも止まったかのようだ。


アレッタとゼノが鉄のスクロールを放し、へなへなと座り込む。

メリアが岩陰から恐る恐る顔を出す。


スフィアが痛む身体をさすりながらゆっくりと歩いてきた。


「ピエール」


名前を呼ばれ、ピエールは我に返ったように振り返る。

そこにはニカっと白い歯を見せて笑う相棒の姿があった。


「紙一重の勝利だったな」


ピエールは自分の手を見つめる。

震えは止まっていた。

代わりに胸の奥から熱いものがこみ上げてくる。


これが戦い。

これが冒険。

そしてこれが、勝利。


「……ああ」


ピエールは顔をくしゃくしゃにして笑った。


「紙一重の、勝利だった……!」


その夜、山頂の風は心地よく彼らの火照った頬を撫でていく。

ピエールは今、紛れもなく物語の中の英雄と同じ場所に立っていたのだった――。

こちらも、ここまで対策されたら詰みます。

極楽鳥側はもうどうしようもないですね。

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