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グルメ猫ファンタジー  作者: 万年亀
第八話 最後の冒険の思い出

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二正面作戦

太陽が西の地平線に沈み、月が空を支配する時間帯。


極楽鳥と遭遇してから既に半日が経過していた。


昼間の喧騒と混乱が嘘のように夜の山は深い静寂に包まれている。

時折、風が木々の枝を揺らす音や、夜行性の虫たちが奏でる羽音が響く程度だ。


そんな闇に沈んだ獣道を、三つの影が進んでいた。


先頭を行くのは、巨漢のミノタウロス、ブル。


彼はその巨体からは想像もできないほど慎重かつ静謐な足取りで進んでいる。

漆黒のアダマンタイトの鎧は闇夜に溶け込み、注意して見なければそこに岩があるのか生物がいるのか判別がつかないほどだ。


その後ろに続くのはレナック王国の王子ラファエルと宮廷魔術師長エルセイン。

二人もまた気配を殺し、静かに歩を進めていた。


「……」


ラファエルは前を行くブルの背中を見つめながら、昼間のスフィアの言葉を反芻していた。


『合流させると不味いなら、合流させねえ』


『人数が多い利点を生かして二つの隊に分かれ、各個撃破だ』


それがスフィアの出した結論だった。


極楽鳥とマッシュ・ボア。


二体の魔獣が同時に相手では戦力が分散し、幻覚と空からの攻撃という二重の脅威に晒されることになる。

ならば分断し、各個に集中して叩くのが定石だ。


そして、決行の時間は「夜」。


どんな生物であれ、寝込みを襲われれば不利なのは明らかだ。

そこを強襲し、逃げ場のない状態で確実に仕留める。

それが今回の作戦概要だった。


「俺たちがマッシュ・ボア相手で、本当に大丈夫なんだろうか……」


ラファエルが、押し殺した声で不安を吐露する。


彼が不安なのは自分の実力ではない。

スフィアという、このパーティにおける最大の火力を欠いた状態で厄介な幻覚使いを相手にすることへの懸念。


そして何より、向こうの主要戦力はスフィアたった一人。

その状態で、あの凶悪な極楽鳥を相手にするという事実に対する心配だった。


「大丈夫ですよ」


先頭を歩くブルが振り返らずに小声で答える。

その声には微塵の揺らぎもない。


「兄さんは鳥の魔獣相手は慣れてますし、何より食べ物が絡んだ時の兄さんは無敵ですから」


「……それは否定しないが」


ラファエルは苦笑する。

確かに、あの食欲はあらゆる常識を凌駕するエネルギー源だ。


「それに、戦力配分としてもこれが最適解だよ」


後ろを歩くエルセインが、冷静な口調で補足する。


「極楽鳥は厄介だ。聞いた話では魔力を吸収して自分のものにする性質を持つらしいからね。魔法使いである私が極楽鳥と対峙しても、下手をすれば魔力を吸われて敵を強化するだけの餌になりかねない」


それが極楽鳥の特性。

魔力を吸収し、己の力に変える。

強力な魔力を持つエルセインにとって、これほど相性の悪い相手はいない。


「だから、私はあっちよりこっちの方がいいだろう。マッシュ・ボアの胞子は風や火、水で対処できる。魔法が有効な相手だ」


「なるほど……相性の問題か」


ラファエルは納得して頷く。


適材適所。

これもまた、集団戦における基本戦術だ。


「それにエルセインさんとラファエルさんはコンビでしょ? ずっと一緒に旅をしてきたんだから、こっちで連携した方が戦力になるだろうし」


ブルが枝を避けながら言う。


「逆に、僕はあっちじゃ多分あまり役立てないから」


「そうなのか? ブルは戦力としてとても優秀だと思うんだが……」


ラファエルは首を傾げる。

ブルの怪力とタフネス、そしてタッキューで見せた動体視力があれば極楽鳥相手でも十分に渡り合えるように思える。


「そう言ってもらえるのは嬉しいんですけど、今回はダメなんです」


ブルは、闇の中で白く歯を見せて笑った。


「僕の鎧は黒いから」


「……? それが何か関係あるのか?」


ラファエルは眉をひそめる。


鎧の色?

確かに彼のアダマンタイトの鎧は光を吸い込むような漆黒だが、それがなぜ「ダメ」な理由になるのか。

夜間の隠密行動には最適ではないか。


「まあ、兄さんの作戦があるんですよ。僕みたいな巨体が黒いと都合が悪い作戦がね」


ブルはそれ以上詳しくは語らず、意味深に笑うだけだ。

おそらくスフィアとブルの間だけで通じる何かがあるのだろう。


「二人とも、お喋りはそこまでだ」


エルセインが鋭く囁く。

その視線は、前方の闇を射抜いていた。


「目的地に着いたよ」


三人は足を止め、木々の陰に身を隠す。


視線の先、小高い丘の斜面にぽっかりと口を開けた闇があった。

周囲の木々に覆い隠されるようにして存在する、それなりに大きな洞穴だ。

中からは湿った空気と、むっとするような濃密なキノコの匂いが漂ってくる。


「洞穴……?」


ラファエルが目を凝らす。


「猪は地表に巣を作るものだろう? てっきり藪の中や窪地に寝床を作るとばかり思っていたが」


一般的な猪の生態知識として、洞窟を住処にするというのはあまり聞かない。


ブルが小声で解説する。


「普通の猪はそうなんですけど、マッシュ・ボアは違うんです」


「キノコ側の都合だね」


エルセインが指先で洞穴の入り口を指し示す。


「キノコの生育環境に適しているのは、適度な湿度があり、風雨を凌げる閉所だ。キノコにとってはこの洞穴のような地中空間の方が乾燥を防げて都合が良いんだろう」


「なるほど……本体の猪よりも、寄生しているキノコの生態が優先されるのか」


「ついでに言えば、外敵から視認されにくくして身を守りやすくするためでもありますかね。地面の中に巣を作る獣は臆病で慎重なので、マッシュ・ボアもそうなんだと思います」


ブルが補足する。


「それに、閉所ならキノコの胞子を滞留させて籠城しやすくなりますからね。入り口に近づく敵を濃縮した胞子で幻惑して追い払う。天然の毒ガス室みたいなもんです」


「……合理的だな。敵ながら」


ラファエルは感心と警戒が入り混じった溜息をつく。

開けた場所で戦うよりも、遥かに厄介なフィールドだ。


「なので、洞穴内は胞子が充満してると思います。普通に入れば即座に幻惑されて同士討ちか、あるいは楽しい夢を見ながら昏睡状態でしょう」


「そこで……私の出番というわけだね」


エルセインが杖を構える。


「『水の加護よ――アクアエンチャント』」


静かな詠唱と共に三人の身体を薄い水の膜が包み込む。


昼間にもかけた『水の加護』だ。

これがフィルターとなり、空気中に漂う微細な胞子を吸い込む前に洗い流してくれるだろう。


「効果時間は三十分ほどだ。戦闘には十分だろう」


「感謝する、エルセイン」


ラファエルが剣の柄に手をかける。


「たぶん出入口は逃走用に複数あると思います。地下に潜むなら逃走ルートは複数用意するもんですからね。獣の巣ってのはそういうもんです」


ブルが洞穴の地形を観察しながら指示を出す。


「エルセインさんには、ここ以外の出入り口――おそらく裏側の斜面と、上部の通気口あたりを氷で塞いでいってください」


「了解した。袋のネズミならぬ、袋のイノシシにするわけだね」


エルセインが頷き、音もなく闇へと消えていく。

彼の魔法技術なら気づかれることなく退路を断つことなど造作もないだろう。


「あとは俺とブルで追い込む、だな」


ラファエルは洞穴の入り口を見据え、覚悟を決める。


「しかし、これが狩人の戦いか……」


「ええ」


ブルが棍棒を構える。


「敵の特性を把握し、合理的な生態を理解してから敵の強みを潰す。寝込みを襲い、逃げ道を塞ぎ、毒を無効化して一方的に狩る。それが狩りです」


「……騎士の戦いとは違うな」


ラファエルは自嘲気味に笑った。


騎士道において寝込みを襲うことや、相手の逃げ道を塞いで嬲るような戦い方はあまり推奨されるものではない。

正々堂々と名乗りを上げ、正面から剣を交えることこそが美徳とされる。


だが、ここは戦場ではなく狩り場だ。

そして相手は生きるためにあらゆる進化を遂げた魔獣。

綺麗事など言っていれば食われるのは自分たちの方だ。


「合理性を理解する、か。なるほど、我々にはない視点だ」


戻ってきたエルセインが、ラファエルの言葉に応じるように言った。

彼は既に裏口の封鎖を完了していたようだ。


「僕たちは騎士じゃないですからね」


ブルは、どこか誇らしげに胸を張る。


「狩るため……勝利するために、あらゆる手を尽くします。卑怯と思われようが生き残って美味い飯を食った方が勝ちなんです」


それは辺境の過酷な自然の中で生き抜いてきた彼らの哲学。


スフィアも、ブルも。

彼らは生きるプロフェッショナルなのだ。


「……違いない」


ラファエルは、目を閉じて納得したように微笑む。


そうだ。

自分は今、王子でも騎士でもない。

ただの一人の「スフィア一行」のメンバーだ。


ならば狩人の流儀で、最高の結果を持ち帰ろうではないか。


「行きましょう。兄さんたちは極楽鳥を必ず仕留める。ならば僕たちもマッシュ・ボアをここで確実に仕留めます」


ブルの言葉に、ラファエルとエルセインは力強く頷いた。


「ああ」


「了解だ。詰めといこう」


月が雲に隠れ、世界がさらなる闇に沈む。


三人は淀んだ空気が漂う洞穴の中へと静かに、しかし確実な戦意を持って足を踏み入れた。


準備は整った。

その先にあるのは戦いというよりは一方的な蹂躙。


あとは、狩るだけである――。

ここまで対策されるとマッシュ・ボア側はどうしようもないです。

戦う前に勝負がついている状態。

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