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グルメ猫ファンタジー  作者: 万年亀
第八話 最後の冒険の思い出

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ピエールの話①

『龍泉閣』の最上階。

そこは一般の宿泊客が立ち入ることさえ憚られる、隔絶された特別な空間。

専用の回廊を抜け、重厚な扉の向こうに広がっていたのは宿の一室というより異国情緒あふれるスイートルームである。


床は畳張りで、部屋全体をモダンな雰囲気に仕上げている。

壁には名のある画家が描いたであろう水墨画や風景画が飾られ、天井からは魔石をふんだんに使用した室内灯が落ち着いた暖色の光を投げかけていた。


窓の外には温泉街の夜景と、月明かりに照らされた山々の稜線が一望できる絶景が広がっている。


その部屋の中央に置かれた、畳張りの部屋に合うシックなソファセット。

そこに、スフィア一行とラファエルたちは腰を下ろしていた。


「まあ、堅苦しい挨拶は抜きにして、まずは茶でも飲んでくれたまえ」


上座にあたるソファに優雅に座っているのは、この部屋の主であるピエールだ。


スフィアとラファエルは、ピエールの向かいにある長いソファに並んで座っている。


壁際には、ピエールの影のように付き従う執事とメイドたちが、微動だにせずずらりと並んでいる。

彼らの視線は常に主人の挙動に注がれており、ピエールが指一本動かせば即座に反応できる態勢を整えていた。


「お茶をどうぞ」


初老の執事長が音もなく近づき、スフィアたちの前に湯呑みを置く。

陶器に満たされた渋い緑色の液体からは、上品な香りが立ち上っている。


スフィアはその湯呑みを両手で抱えるように持ち上げると舌先でちょろちょろと熱さを確かめながら、ちびちびと飲み始めた。

温度は彼に合わせて少し低めに調整されているようだ。


「ん、うめえ」


「ああ、良い香りだ」


ラファエルも一口飲み、その香りと味わいに少しだけ心を落ち着ける。


ピエールは一口お茶を飲み、喉を潤してから居住まいを正す。

今の彼はそれまでの変人ぶりとは違う王家の者の風格が漂っていた。


「さて、改めて自己紹介をしよう。魔法国メギストス王子、ピエール・アルファトリス・メギストスだ」


「アルファトリスってのはミドルネームだったんだな」


スフィアが感心したように呟く。

以前名乗った「ピエール・アルファトリス」という名は本名の一部だったわけだ。


メリアが聞いたことが無いと言うはずである。

だって家名ではなかったのだから。


そういえば、ピエールは「高貴なる冒険者」を自称してはいたが、出会ってから一度も自身が貴族であるようなことを口にしてはいない。

ただ、周囲が身なりと態度から貴族だと判断していただけだ。


ピエールは申し訳なさそうに眉を下げる。


「流石に家名を名乗るとバレてしまうからね。スフィア君たちには騙すような真似になってすまない」


「いーって。俺たちの仲だろ」


スフィアは軽く手を振って笑う。


彼にとって、相手が王子だろうが平民だろうが関係ない。

一緒に飯を食い、一緒に戦い、一緒に遊んだ。

その事実があれば十分だった。


「ありがとう、スフィア君」


ピエールは嬉しそうに微笑む。

そしてラファエルとスフィアの二人は、ふと部屋の隅に視線を向けた。


そこには頭を抱えて蹲る二つの人影。

冒険者のアレッタとゼノがいた。


「継続契約を結んだ相手が……貴族じゃなくて大国の王族だった……」


「俺たちなんかが契約して良かったのか……? 不敬罪で処刑されたりしないか……?」


アレッタとゼノが何やら深刻な表情で床板を見つめている。


ちなみにこの世界での不敬罪とは、下位の者が上位の者に対して明確に敬意を払わず、侮辱することによって貴族が行う、いわば見せしめ的な処罰であり、主に公的な場で用いられるものだ。

なので彼らは該当しないのであるが、それはともかく。


「あ、お二人とも知らなかったんですね」


二人に声をかけたメリアはソファの端に座り、出されたお菓子をちゃっかりと楽しんでいる。


「そりゃそうですよ! 身なりや身の回り品、たくさんの使用人連れてるからひょっとしてすごいお金持ちなのかなって思いましたけど、まさか魔法国の王子様だなんて思わないじゃないですか!」


確かに魔法国メギストスといえば、世界でも一、二を争う強国である。

その次期国王が国の正式な護衛もつけずに他国をフラフラしているなど、常識では考えられないことだ。


ゼノが胃のあたりを押さえて呻く。


「恐れ多すぎて困る……胃が痛い……」


「継続契約結んだままでいいのかなあ……ついこないだ『是非とも僕が実家に戻っても護衛として契約を続けて欲しい』って打診されたけど、受けちゃっていいのかなあ……」


貴族のご子息の護衛と魔法国の王子の護衛では立場が違いすぎる。

責任重大であった。


その様子を見ていたブルが、心配そうに眉を下げて尋ねる。


「……お二人は、ピエールさんと契約を切りたいんですか?」


「それはないです」


「ないな」


即座に二人の声が重なる。

そこに迷いはなかった。


「ピエール様の人柄は良いし、使用人の皆さんも優しいし、お給金も良さそう……良すぎて腰が引けるレベルだし文句は一点もないです」


アレッタは真剣な表情で語る。


「ただ、身分が身分なので私たちで良いのかなって……」


「俺たちは孤児出身で、実力も第四位。そこそこしかない。もっと相応しい身分と実力の方がいるんじゃないか、とな……」


二人が引け目を感じている時、静かにお茶を飲んでいたエルセインが湯のみを置いて口を開く。


「護衛の選抜は、実力と身分だけで決まるものではないよ」


その答えにアレッタとゼノが思わず顔を上げる。


「そうなんですか?」


「ああ。私は魔法国の王族については詳しくないが……一般論として、護衛の選定というのも面倒なものでね。下手すると貴族同士の力関係にも影響が出てしまうんだ」


エルセインは、まるで講義をするように語り始める。


「王子の護衛の出身家だからと発言力が強まり、各貴族のパワーバランスが崩れることも珍しくはない。そのために護衛を自分の家からどんな手を使っても輩出させようと画策する野心家も多い。ゆえに王族の護衛や側近は選抜が難しいんだよ」


宮廷という場所は魔物が住む森よりも複雑で、剣や魔法よりも鋭い「言葉」と「策謀」が飛び交う戦場だ。


誰を側に置くか、誰を遠ざけるか。

その一つ一つが政治的な意味を持ってしまう。


「その点、君たちは余計な後ろ盾がない孤児で背後関係を気にする必要が無い。ピエール王子が身分を明かす前から重用していたとなれば、王族への叛意や取り入ろうという野心も低いだろうと、そう周囲は判断する」


エルセインの言葉に、二人はハッとした表情を浮かべる。


「多少実力が低くとも背後関係が怪しくなく、個人的な信頼関係が構築されている余計な野心の無い護衛というのは、王族からすれば喉から手が出るほど欲しいのさ。周囲は面白くないから身分がどうとかあれこれ難癖をつけるだろうがね」


「信頼関係……」


ゼノがその言葉を噛みしめるように繰り返す。


「特に次期王として気苦労が絶えないピエール王子からすれば、君たちのような損得勘定抜きの存在は何よりの癒しになるかもしれないね」


「な、なるほど……」


「……身分が低く、実力がそこそこでも、ピエール様のお役に立てるのか……」


二人の表情から迷いが晴れていくのが見て取れる。

自分たちの「持たざる者」としての出自が逆に強みになるという視点は、彼らにとって目から鱗だった。


「良ければ、私から貴族の難癖のやり過ごし方や応対の仕方を教えよう。これからの君たちには値千金だろう?」


彼からしても、魔法国上層部の護衛とパイプを作れることは大きな利益だ。

今後、ヴァルノスの件に限らず魔法国と連携を取る必要が出てきた時、彼らの存在は大きな助けとなるだろう。


これはWIN-WINの関係であった。


「そう、ですね! よろしくお願いします! 私はアレッタといいます、親切な方!」


「俺はゼノです。よろしくおねがいします」


アレッタが目を輝かせて頭を下げ、ゼノも深々と一礼する。


彼らには目の前の彼が自分たちにとっての救世主に見えている。

なんと親切な人なんだろう。


「私はレナック王国宮廷魔術師長エルセインだ。よろしく」


「「…………」」


アレッタとゼノの動きが止まった。


数秒後。


「……はい?」


アレッタが、壊れたブリキのおもちゃのような動きで首を傾げる。


レナック王国宮廷魔術師長。

それは、この国の魔術師の頂点に立つ存在。


そんな人物が、なぜこんなところで自分たちのような一介の冒険者にアドバイスをしているのか。


「……雲の上の人じゃないですか!!」


アレッタの絶叫が室内に響き渡る。


「君たちもこれからその仲間入りだ、やったね」


エルセインは悪戯っぽくウインクしてみせる。


「本当に大丈夫か俺たち!」


ゼノが頭を抱えて叫ぶ。


魔法国の王子に、レナック王国の宮廷魔術師長。

自分たちの周りの人間関係が急激にインフレを起こしていることに眩暈を覚えているらしい。


そんな二人が悲鳴をあげている様子を、ラファエルが微笑ましそうに見つめていた。


「良い護衛だな。実直で、主君を想う心がある」


「そうだろう? 二人とも、とても大切な友人だとも」


ピエールは胸を張り、我が事のように自慢げに答える。

そうしてラファエルが鋭い視線で問いかけた。


「それでは、まず聞きたいのが何故御身がレナック王国に身分を隠して訪れているのかだが」


ラファエルは、この事態の政治的な意味を重く受け止めている。

他国の次期国王が、お忍びで自国内を徘徊しているのだ。

理由次第では国際問題に発展しかねない。


「そうだね、そこから話そう」


ピエールは一度目を閉じ、過去を回想するように語り始めた。


「昔、国にいた時の僕はなんというか……理想ばかり先行して物事を深く考えなくて……とにかく、あまり良い王子とは言えなくてね。よく周囲を困らせていたものさ」


彼は自嘲気味に笑う。


「『もっと民のために!』とか『華やかに!』とか言って、現実を無視した政策を提案したり、予算を無視したイベントを企画したりしてね。まあ、今思えばただのわがままな子供だったよ」


「……なんとなく想像つくわ」


スフィアが呟く。

今の大げさな言動を見るに、想像に難くない。


「それを見かねた父が『次期国王ならば広い世界を見て見識を広めてこい』と言って、僕を外遊に出したんだ。それがおよそ一年前」


「……そういえばピエール王子の噂は、その、あまり良いものではなかったが……一年近く前からぱったりと聞かなくなっていたな……」


ラファエルが顎に手を当てて記憶を手繰る。


外交ルートで流れてくる噂話は当然ラファエルの耳にも入っている。

派手好きで浪費家、奇行が目立つといった噂があったが、ここ最近はなりを潜めていた。

病気療養説や幽閉説まで流れていたが、まさか国外で武者修行していたとは。


「城にいなかったんだな」


スフィアが納得したように頷く。


「しかし外遊と言っても自国では僕の顔は知られているし、下手をすると厄介ごとになりそうだったんで他国に行くことにしたんだ。それで友好国のレナック王国にこっそりと」


「こっそりと来ないでいただきたい。うちの国で何かあったら外交問題なんだが?」


ラファエルがこめかみを押さえる。

頭が痛い、といった表情だ。


自国領内で他国の王子が野垂れ死にでもしたら、どんな言いがかりをつけられるかわかったものではない。


「でも、知ったら僕に護衛を付けようとするだろう?」


ピエールは悪びれることなく言った。


「当たり前だ。何か大怪我でもしたら大問題だからな。国を挙げて警護するに決まっている」


「それだと困るんだ。何故なら僕は、憧れの冒険者生活をしたかったのだから!」


ピエールは両手を広げてキラキラとした瞳で力説し、スフィアが首を傾げる。


「憧れ?」


「その通り! 血沸き肉躍る冒険! 未知なる魔獣との熱い戦い! そして現地の人々からの感謝! 僕は、物語に描かれるような『冒険者』というものに憧れていたんだ!」


そう、彼は物語の主人公のような冒険に憧れていたのだ。

窮屈な王城での生活から抜け出し、己の力で世界を切り拓く英雄に。


ピエールの背後に、幻の薔薇が咲き乱れているのが見えるようだ。


いや、実際に咲いていた。

いつの間にか背後に使用人たちが忍び寄って、たくさんの薔薇の花束で主君を飾っている。

主君の意向をいつでもくみ取るプロフェッショナルである。


「スフィア君たちとの出会い、黒鉄牛との戦い、そしてリヴァイアサン討伐! まさに僕が夢見ていた冒険そのものだ!」


「なんかちょっと美化されてませんかね……」


メリアが小声でツッコミを入れるが、ピエールの耳には届いていない。


「そういう生活してるやつらはごく一部だと思うけどなあ……」


スフィアはよく知っている。

冒険者の大半は日銭を稼ぐために地味な採取依頼をこなしたり下水道の掃除をしたりする、その日暮らしの不安定生活である。


キラキラした冒険など砂金の中の砂金のようなもの。

ピエールの語るそれは、あくまで物語の中の綺麗な部分だけを切り取った理想像に過ぎない。


ラファエルは深いため息をついた。

その表情には疲労感が漂っている。


「それで冒険者に……なんというか、ある日突然、地雷が自分から俺の足元にスライディングしてきた気分だ……」


ラファエルからすればたまったものではない。

知らないうちに自分の国に、触れれば爆発する特大の地雷たる他国の次期国王が飛び込んできていて、しかも自分から危険地帯に突っ込んでいっていたことが発覚したのである。

もしもを考えただけで胃に穴が開きそうだ。


しかもその地雷は今、自分の目の前にて満面の笑みで「冒険楽しかったよ!」と言っているのだ。


なんだこれ。

どうなっているのだ。


「まあまあ、結果的に無事だったんだし、いいんじゃね?」


「君は気楽でいいな……」


スフィアの気楽な発言に、ラファエルは遠い目をするのだった――。

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