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グルメ猫ファンタジー  作者: 万年亀
第八話 最後の冒険の思い出

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タッキュー②

温泉宿の遊戯室に、野次馬が集まり始めていた。


廊下を通る宿泊客たちが、部屋の中から漏れ聞こえる咆哮と熱気に引き寄せられたのだ。

浴衣姿の人間や、毛並みを整えた獣人たちが、障子の隙間から興味津々で中を覗き込んでいる。


「なんだなんだ?」


「喧嘩か? いや、楽しそうに見えるが……」


そんなギャラリーの視線など意に介さず、卓球台を挟んだ攻防は苛烈を極めていた。


パァンッ!!


乾いた音が響き、白い球が空中で粉々に砕け散った。

破片がキラキラと舞い、台の上に落ちる。

メリアがラケットの柄を握りしめ、プロの実況顔負けの声量で叫ぶ。


「おおっと! 激しい応酬に球が耐えられなかったァ!」


「球の交換で一旦休憩だな」


ラファエルが審判のように手を挙げ、試合の中断を告げた。


ブルは荒い息を吐きながら棚へ向かい、新しい球を取り出す。

その息は荒く、筋肉が熱を持って湯気を上げている。


「流石兄さん。技のキレは衰えてないね……!」


「へへん。だが俺の技はこっからが本番だ」


スフィアは卓球台の上に立ち不敵に鼻を鳴らす。

その尻尾が、まるで意思を持った蛇のようにゆらりと動いた。


「ま、まさか!」


ブルが目を見開く。


スフィアの構え、その気迫。


「そうだ、これが……」


スフィアの姿がブレた。

右へ、左へ。

高速で移動する残像が、卓球台の上に二人のスフィアを作り出す。


「『ダブルス』!」


「おおー!? スフィアさんが増えた!? どういうことだァ――!」


メリアが驚愕の声を上げる。

物理的に増えるなどありえない。

しかし、目の前には確かに二人のスフィアがいる。


「いや違う! 増えたんじゃない!」


ラファエルが冷静な分析を加える。


彼が指差した先、卓球台の上にいる二人のスフィアの足元。

そこが摩擦熱で焦げ、茶色く変色して煙を上げていた。


「あれは増えたのではなく、二人に見えるほどのスピードで繰り出される反復横跳びだ! あの小さな体躯で、卓球台の上を左右に高速移動しているのだ!」


「えっ! そんな素早い反復横跳びを!?」


メリアが驚きに声を上げる。

椅子に座って観戦していたエルセインが、ぽつりと呟いた。


「意味は?」


ぶっちゃけ特にない。

ダブルスと言いつつ、結局打つのは一人である。

分身して見えるほど速く動いたところで、球を打つ瞬間は止まらなければならない。


体力の無駄――否、決して無駄ではない。

だってなんかかっこいいじゃん。


「流石だね兄さん。でも、僕も負ける気はない!」


ブルの瞳に炎が宿る。

彼は両手のラケットを強く握りしめ、全身の筋肉に力を込めた。


グググッ……!


筋肉がさらに隆起し、血管が浮き上がる。

まるで岩盤のような筋肉の鎧が、彼の身体を一回り大きく見せた。


「『魔獣のガントレット・オーバーコート』!」


「凄まじい筋肉の隆起! ブルも本気だ!」


「つまり次の球は今まで以上に強力ってことですね!」


「また球を壊すのかな?」


エルセインが遠い目で予言する。

まあ、先ほど球が壊れた時以上の力ならそうなるだろう。


「いくぞおおおおおお!!!!」


ブルが咆哮と共に球を放り投げる。

そして膨れ上がった筋肉のバネを解放し、両手のラケットで球を叩いた。


空気が爆ぜる音と共に、球が光の矢となってスフィアへ迫る。


「来いやああああああ!!!!」


スフィアが叫ぶ。

そして――彼は前に飛び出した。


反復横跳びで撹乱していたはずの彼が、自ら球の正面へと突っ込んでいく。


「前に出るだと!? 自殺行為だ!!」


ラファエルが叫ぶ。

あのような剛球に対して前に出るということは、威力が減衰する前に受け止めるということだ。

下手をすればラケットごと吹き飛ばされかねない。


「スフィアさん!!」


メリアの悲鳴が響く。


「あれ、反復横跳びは?」


エルセインが首を傾げる。


かっこよかった。

技を出すのにそれ以上の理由は必要ない――!


スフィアは空中で両手のラケットと尻尾のラケットを重ね合わせた。

三枚の板が重なり一枚の分厚い盾となる。


「うおおおおおおおお!!!!」


スフィアのラケットが、ブルの剛球を捉えた。


ガギィィィン!!


凄まじい衝撃音が響き、スフィアの身体が後方へ押される。


だが彼は踏ん張った。

いや、気合で耐えた。


「俺のラケットを三つ重ね合わせて三倍パワー!!」


スフィアが叫ぶ。


「ダブルスの力をひとつに合わせることで二倍パワー!!」


スフィアの瞳が金色に輝く。


「さらに、前に出ることで覚悟が決まり四倍パワー!!」


謎の計算式が彼の脳内で成立し、肉体に力を与えていく。


「そして! ブル、お前のパワーが乗った球を打ち返すことで十倍パワー!!」


「なんだって!?」


ブルが驚愕に目を見開く。

自分の力が利用されるなど想定外だったのだ。


「合計で……」


スフィアがラケットを振り抜く。


「五百倍のパワー!! お前に打ち返してやるぜ!!!」


「パワー計算間違ってないかい?」


エルセインのツッコミは光の彼方へ消え去る。


どう計算しても二百四十倍だが、スフィアの中では五百倍なので何も問題はない。


スフィアのラケットから放たれた球は、もはや球体ではなかった。

破壊のエネルギーそのものと化した光弾がブルの腹部に直撃する。

それ人に向けて撃っていいものなんでしょうかね。


「ぐわあああああああ!!!!」


ブルの巨体が宙を舞った。

そのまま後方へと吹き飛ばされ遊戯室の壁に激突する。


壁にブルの形をした亀裂が走り、彼はそのまま壁にめり込む。

そして、ぐらりと前に倒れる。


ズシンッ……。


巨体が地響きを立てて倒れ伏した。


もう動かない。

ノックアウトだ。


静まり返る遊戯室。

スフィアはラケットを下ろし、荒い息を整えながら倒れた弟分を見下ろした。


「ブル……お前は強かったよ……だが、俺の方が強かった……」


勝者の台詞をキメるスフィア。

その姿は、夕陽を背負ったヒーローのように輝いて見えた。

実際に輝いているのは室内灯だが。


メリアが高らかに宣言する。


「勝者! スフィアさん!」


「ブルも健闘したな! 良い戦いだった!」


ラファエルが拍手を送る。


周囲の観客たちも、何が起きたのかよくわからないながらも、その熱量に当てられて歓声を上げた。


「おおー! やったな猫の人!」


「すげえもん見たぞ!」


拍手喝采。

熱狂の渦。


「なんだこれ」


エルセインの冷静な一言は誰の耳にも届くことなく、歓声の波に飲まれて消えていった――。



◆◆◆◆



遊戯室近くにある休憩室。

祭りの後のような静けさの中で、五人は椅子に座って休息を取っていた。


「ブルさん、お腹大丈夫ですか?」


メリアが心配そうに尋ねる。

ブルの腹部には、くっきりと球の焦げ跡が残っている。


「うん、大丈夫だよメリアさん。僕頑丈だから」


ブルは腹をさすりながら、にこやかに答えた。

あれだけの衝撃を受けておきながらケロリとしているあたり、さすがはミノタウロスと言うべきか。


「いやあ、卓球とはなかなか激しいスポーツだな! まるで戦場にいるような高揚感だった!」


ラファエルが、まだ興奮冷めやらぬ様子で語る。

剣術の達人である彼にとっても、あの攻防は見応えがあったようだ。


「あれは卓球じゃなくて『タッキュー』だと思うよ、うん」


エルセインが静かに訂正を入れる。


彼の知る卓球とはルールも物理法則も、そして何よりジャンルが違う。


あれはスポーツではない。

格闘技、あるいはいわゆる『テーブルテニヌ』と呼ばれる何かだ。


「俺、喉乾いたしミルク買ってこよっと」


スフィアが立ち上がった。


激しい運動の後だ。

水分と栄養を欲しているのだろう。


「あ、僕もー」


ブルが手を挙げる。


「私もお願いします。実況で喉乾いちゃって」


メリアも頼む。


「俺も貰おうか」


「じゃあついでに私も頼もう」


ラファエルとエルセインも便乗する。


「はいはい。全員分な。金はメリア持ちでいいか?」


「ええ、今日は私の奢りにしておきましょう。楽しかったですし」


メリアが財布から小銭を渡す。

スフィアはそれを受け取ると、軽い足取りで休憩室を出て行った。


売店に向かい、冷えたミルクの瓶を五本購入する。

両手で抱えるようにして戻る道すがら、スフィアは鼻歌交じりに廊下を歩いていた。


そして休憩室に戻ろうとした時、ふと廊下の突き当たりにある別の休憩スペースが目に入った。

そこには一人の男が椅子に深く腰掛け、項垂れている。


「……ん? あれ?」


見覚えのある金髪。

これまた見覚えのある華美な服装。


なんと、ピエールだった。


「はぁ……」


彼は何かの紙――手紙のようなものを読みながら深く、重いため息をついている。


「ピエールじゃん! なんでここにいんだ?」


スフィアが声をかけるとピエールはビクリと肩を震わせ、ゆっくりと顔を上げた。


「……スフィア君?」


「おう! 商業連合以来だな! 元気にして――」


スフィアは明るく挨拶しようとして言葉を止めた。

そして何かに気付いたように、真剣な表情でピエールを見つめる。


「お前、なんかあったのか?」


「どうしてそう思うんだい?」


ピエールが笑う。


「いつもの大仰なポーズがねえし、声も元気なさそうだ。それに、なんか……しぼんでるぞ」


その通りだ。

ピエールといえば無駄にキラキラとした演出と、根拠のない自信がトレードマーク。

それが無いということは異常事態である。


ピエールは苦笑し、手紙を懐にしまう。


「スフィア君はよく気が付くなあ」


スフィアは隣の椅子にミルクを置き、ピエールの隣に座る。


「なんかあったんなら言えよ。どうしたんだ? 腹減ってんのか?」


スフィアなりの気遣いだった。

彼にとって最大の悩みは空腹であり、最大の解決策は食事である。


だがピエールは首を振った。


「ありがとう。でも空腹ではないんだ」


ピエールは顎に手を当て、天井を仰いで遠い目をする。


「そうだね……どこから話したものか……」


彼が語り始めようとした、その時。


「おーい、スフィア!」


廊下の向こうからラファエルの声が聞こえてきた。


「遅いからどうしたのかと思ったぞ。よく考えたらミルク五本持ってくるの大変だろう? 俺も手伝いを――」


ラファエルが角を曲がり、スフィアの元へ歩み寄ってくる。

そして、スフィアの隣に座っている人物に気づき、足を止めた。


ピエールもまた、声の主に顔を向ける。


二人の視線が交差した。

時が止まったような静寂が流れる。


ラファエルの目が見開かれ、ピエールの顔もまた驚愕に染まる。


「――ひょっとして、ラファエル王子? 何故ここに……」


ピエールの口から漏れた言葉に、スフィアが反応する。


「王子?」


スフィアがラファエルを見る。

ラファエルはピエールを凝視したまま、信じられないものを見るような目で呟いた。


「御身こそ、何故ここにいるのですか!」


驚きと共にラファエルは姿勢を正し、ピエールに向き直る。


「魔法国メギストス次期国王、ピエール王子!」


「――王子?」


素性をバラされたピエールは苦笑する。

その表情はラファエルの言葉を肯定するもので――。


ラファエルの口から明らかになったピエールの素性は、スフィアの思考を止めるには充分な衝撃の事実であった――。

第二話の初登場時から決まっていた正体。

第五話で馬車が飛んで行って船になったのも魔法国王子の乗り物だからです。

技術レベルが基本中世の中で極一部近未来に近い。

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