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グルメ猫ファンタジー  作者: 万年亀
第十話 邪神竜ヴァルノス

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メギストスの防御兵装

王都近郊の海岸線は、さながら虐殺の宴会場と化していた。


空を覆いつくす黒い影――邪神竜ヴァルノスの眷属である上位竜たちが、まるで羽虫のように次々と叩き落されていく。


メリアの扇動とマーガレットの強化魔法を受けた商業連合の傭兵たちは、もはや人の形をした蝗害。

人類悪と言っても差し支えない。

金への執着という名の牙で、竜という生態系の頂点を貪り食っている。


その光景を空から見下ろすヴァルノスの内心は、怒りや驚愕を通り越してドン引きの一言だった。


『なんなんだ、あいつらは……』


念話能力を持つ彼には、空中で蠢く人間たちの思考や声が嫌でも耳に入ってくる。


「金だ金だァ!」


「鱗一枚も逃がすなよ!」


「俺たちのボーナスだァ!」


あろうことか、彼らは神たる竜の眷属を単なる換金アイテムとして狩っているのだ。

恐怖? 畏敬? そんなものは欠片もない。

あるのは剥き出しの欲望だけだ。


『不遜。あまりにも不遜……』


ヴァルノスのプライドが軋みを上げる。


自分は邪神竜だ。

世界を恐怖に陥れる存在だ。

それが金目当ての雑魚に舐められているなど、あってはならない。


『竜というものの恐ろしさを、骨の髄まで知らしめる必要があるか……』


ヴァルノスは口を大きく開けた。

喉の奥で膨大な魔力が圧縮され始める。

眷属ごときでは足りぬなら自らの最強の一撃で、あのふざけた艦隊ごと消し飛ばしてやる。


その頃、津波に乗って進撃するピエール号の甲板では全く別の意味で盛り上がりを見せていた。


「見ろ! 竜がゴミのようだ!」


マーガレットが高らかに笑う。

彼女の視線の先では撃墜された黒竜たちがボトボトと雨あられのように降り注いでいる。


「あっはっはっはっは! これが金の力です! 資本主義の勝利!」


メリアも負けじと高笑いしている。

彼女の瞳には落ちてくる黒い塊が全て金貨の山に見えているのだろう。


「……金の亡者こっわ」


ブルが若干引き気味に呟く。

大人しい彼には、この二人のテンションは少々刺激が強すぎるようだ。


「あいつ嫁の貰い手出るの?」


スフィアが心底不思議そうに尋ねる。

あの父親にしてこの娘あり、である。


「なあ、あれボトボト落ちてるけど回収しなくていいのか? せっかくの肉が痛むぞ」


スフィアにとっては金よりも鮮度が重要だ。

地面に叩きつけられれば肉が潰れるし放置すれば腐敗が進む。


「ああ、心配するな。この津波があるだろう?」


マーガレットは余裕の笑みで答える。


「この津波の水を操作して、通過した直後に死骸を瞬間冷凍して氷漬けにし、保存している」


スフィアたちが振り返ると、そこには異様な光景が広がっていた。

津波が通り過ぎた後の湿った地面に無数の氷塊が点在している。

その中には苦悶の表情を浮かべた黒竜たちの死骸が綺麗にパッキングされていた。


「まさに氷の轍だな。これなら盗もうとしても凍っていて手が出せんし、解凍できるのは術式を組んだ私だけだ。後でゆっくり回収すればいい」


「すげえ……」


「傭兵どもも、自分の獲物には何かしら魔法なりでマーキングして判別できるようにしているようだしな。誰がどれを狩ったかわからん奴は後で山分けでよかろう」


「まあ、乱戦中に自分の獲物にマーキングすんのは狩人の鉄則だがよ。よく考えてんなー」


スフィアが感心する。

この女帝、戦闘だけでなく事後処理まで完璧だ。


「あの格の竜が取り巻き不在とは思えんからな。召喚するとは思わなかったが。意外とあの竜は知能が高い……っと」


マーガレットの表情が、ふと険しくなった。

彼女の鋭敏な魔力感知能力がヴァルノスの口元に集束する異常なエネルギーを捉えたのだ。


「いかん! メリア、傭兵どもを退避させろ! ブレスだ!」


「えっ!?」


メリアが弾かれたように拡声魔道具を構える。


「傭兵の皆さん! ブレスです! 今すぐ射線から退避! 船の防御結界の内側へ!」


『遅い! 島ひとつ消し飛ばす竜の吐息を受けるがいい!!』


ヴァルノスの魔力が物理的な破壊力となって解き放たれる。


カッッッ!!!!


邪神竜ヴァルノスの口から、漆黒の極光が放たれた。

その密度、速度、そして破壊の純度は先ほどラファエルたちに向けて放った牽制の一撃とは比較にならない。


正真正銘、本気のブレス。

直撃すればピエール号どころか艦隊ごと蒸発しかねない威力だ。


「来るぞ! 衝撃に備えろ!」


スフィアが叫ぶ。

だが、その時。


ピエール号のブリッジにて冷静な声が響いた。


「執事長! 敵性高エネルギー反応接近! 防御兵装展開準備完了!」


「うむ。竜よ! もはやその力にただ屈する時代は過ぎた! これが人の叡智、現代魔法技術の結晶だ! 『ピエールバリア』起動!!」


「『ピエールバリア』起動!」


ブリッジのクルーたち――ピエール直属の精鋭使用人たちが、一斉にコンソールを操作する。


ブゥンッ!!


その瞬間、ピエール号を中心に艦隊全体を覆うようにして半透明の巨大なドーム状障壁が展開された。

それは幾何学的な魔法陣と機械的なハニカム構造が融合した、見るからに強固な魔力障壁。


ズガァァァァァァァァァン!!!!!


漆黒のブレスが障壁に直撃する。

空が裂けるような轟音と、視界を埋め尽くす閃光。


だが。


「……耐えてる?」


ブルが目を見開く。

障壁は激しくスパークを散らしながらも、その漆黒の奔流を完全に受け止めていた。

ヒビ一つ入っていない。


『バカな……人の武装ごときが、我が最強のブレスを受け切るだとォ!?』


ヴァルノスは、ブレスを放ち続けながら驚愕に目を見開いていた。


あり得ない。

かつて人間たちは自分のブレス一つで国ごと滅んだではないか。

それが、たかが船一隻の障壁に防がれるなど。


彼は知らなかったのだ。

封印されていた三百年の間に人類がどれほど進歩したかを。

度重なる竜害の脅威に対抗するために、魔法国メギストスが心血を注いで開発した最新鋭の防御システム。

それが今、実戦で証明されたのだ。


「流石の私も驚嘆せざるを得ん……」


マーガレットが感嘆の息を漏らす。


「すげえ……」


「すごすぎる……」


「信じられませんね……」


スフィアとブル、そしてメリアもまた、その魔力障壁に目を奪われていた。

なお、彼らが唖然としている理由は障壁の堅牢さではない。


「……なあ、あれ」


スフィアが指差す。

ブレスを受け止めている魔力障壁の内側に何かが映し出されている。


「……うん」


ブルが頷く。


そこには金髪の王子――ピエールが、バックダンサーを従えて激しいダンスを踊っている映像が大写しになっていた。


「なんつーアホな事してんだよあいつ」


「思わず見ちゃうよねコレ」


「魔力障壁の内側に映像を流すって発想が意味わかんないです」


メリアが茫然と見入る。

竜との攻防の最中に、なぜ王子のダンスを見せられなければならないのか。


「映写機のように外部から光を当てている……というわけではないな。まさか内部の術式に映像情報を仕込んでいるのか? 一見アホだが洗練された術式だな……魔力パターンの変調を利用して映像化していると見た。色々応用ができそうだ」


マーガレットだけが技術的な観点から真面目に分析している。


しかも、いつの間にか甲板にはピエールの使用人楽団が現れ、映像に合わせて生演奏を始めているではないか。

どうやら映像には音声がないため現地でBGMを合わせる仕様らしい。

無駄に臨場感がある。


映像の中のピエールはノリノリで腰を振っている。

その動きはキレッキレで、見ているこちらの身体まで無意識にリズムを刻んでしまいそうだ。


「だんだん盛り上がってきたぞ!」


「いけーっ!!」


傭兵たちの中にもブレスの恐怖を忘れて手拍子を始める者が出てきた。

そして曲がサビに突入し、ピエールが決めポーズを取った、その瞬間。


フッ。


魔力障壁が消えた。


「「「ああー!!!」」」


傭兵含めた全員が、失望の声を上げる。


「なんで消えるんだよ!!」


「良いところだったのに!!」


スフィアが抗議し、ブルも地団駄を踏む。


「……あ、ブレスが消えたからじゃないです?」


メリアが冷静に指摘する。

見上げれば黒竜はブレスを吐き終えていた。

脅威が去ったため、自動的に障壁も解除されたのだろう。


「そういえばブレスを防ぐために展開されたんだったな。映像のインパクトと、あとダンスに見入って忘れていた」


マーガレットが我に返る。


あの『女帝』ですら目的を忘れさせるピエールのダンス。

ある意味で凄い精神攻撃だ。


「おーい竜! もう一回ブレス撃ってくれー!」


スフィアが空に向かって手を振る。


「アンコール! アンコール!」


ブルも続く。

傭兵たちからも「続きが見たいぞー!」とアンコールの声が上がる。


『貴様らァ……! 我をコケにしおってェ……!!』


ヴァルノスの怒りは頂点に達していた。


渾身の一撃を防がれた挙句、見世物のように扱われる屈辱。

許さぬ。

絶対に許さぬ。


『殺す! 全員殺す! 眷属どもよ、もっとだ! もっと出てこい!』


ヴァルノスが叫び、影からさらに大量の眷属を召喚しようとする。


だが、それと同時に。

船から放たれる桁外れの魔力の高まりを感じ取った。


『なんだ……?』


「無視してすまんな。詫び代わりに、とっておきをくれてやる」


マーガレットが右手を天に突き上げていた。

彼女の周囲にはバチバチと青白い電撃が奔っている。


「『トゥオーノ・ラアド・トゥルエノ・ユルドゥルム』」


「あ、それ聞いたことある」


スフィアが反応する。

そう、かつて温泉街イドラで邪教団教主ディオスが彼に向かって撃った雷撃魔法『ミョルニル』だ。


だが、マーガレットが放つそれは規模も洗練度も桁違い。

彼女なりのアレンジが加えられているのだ。


「面倒だ以下略。『ミョルニル』」


天が割れた。

四本の巨大な雷柱がピエール号の遥か後方の海上に突き刺さる。

だが、それは落ちて終わりではない。


ギィィィンッ!


四本の雷は意思を持った蛇のように軌道を変え、海面スレスレを這うようにして真横に走り出した。

そしてピエール号を追い越し、ヴァルノスへ向かう空中で螺旋を描きながら融合していく。


バリバリバリバリッ!!


四本の巨雷が一本の極大の雷の螺旋槍へと収束する。

その輝きは太陽よりも眩しく、そのエネルギーは戦略級魔法をも凌駕する。


マーガレットが右手を巨竜に向かって突き出す。


「名付けて『ミョルニル・四重螺旋クワドラプルアクセル』。受け取れ」


雷の槍が、音速を超えてヴァルノスに直撃した。


『ぬ、おおおおおおおおおッッッ!!!???』


光が弾ける。

衝撃波が空を揺るがす。


ヴァルノスの巨体が、その衝撃によって吹き飛ばされた。

王都近郊から遥か彼方の山岳地帯付近へと押し出されていく。


だが。


『ハッ!』


土煙の中からヴァルノスの嘲笑が響いた。


『人の子にしては強力な魔法が使えるようだがなァ! 我に魔法は効かんのだ! 残念だったなァ!』


無傷。

魔法完全耐性の鱗が雷のエネルギーを完全に遮断し、無効化していたのだ。

ダメージはゼロ。


ヴァルノスは余裕を見せつけ、再び大量の眷属を召喚し始めた。

それを見た傭兵たちが「おかわり来たァ!」「ボーナス確定演出!」と歓喜の声を上げて群がっていく。


「む、ダメージが無いか。魔法が完全に効かないタイプだな」


マーガレットが眉をひそめる。

だが落胆の色はない。


「だが、衝撃で押し出せたという事は無効化できるのは魔力によるダメージのみ。物理的な運動エネルギーまでは殺しきれていない、と」


彼女の目は既に次の手を読んでいた。


「ならば、これならどうだ」


マーガレットは指をパチンと弾いた。


ズズズズズズ……ッ!


ヴァルノスが吹き飛ばされた山岳地帯の大地が生き物のように隆起し浮遊する。

岩盤がめくれ上がり、巨大な檻となってヴァルノスの周囲を取り囲む。

それは一瞬にして、浮遊する岩場によって巨大な竜を閉じ込める岩の檻を形成した。


『な、なんだこれは!』


ヴァルノスが周囲を見回す。


土魔法による地形操作だ。

直接攻撃ではないため耐性で防ぐことはできない。

逃げようにも四方を巨大な岩場に囲まれ、翼を広げるほどの広さもない。


「お膳立てはしてやった」


マーガレットがスフィアとブルを振り返る。


「魔法が効かん相手だ。あとは、お前たちの仕事だぞ」


「おう!!!」


「任せて!!!」


スフィアとブルが力強く応える。


スフィアは純白の剣を構え、ブルは拳を打ち鳴らす。

二つの影が甲板を蹴って飛び出した。


ついに本命が激突する。

食欲と、煩悩と、ほんの少しの正義を背負って。

獣の狩人たちが最強の竜に挑む――。

内側スクリーンは音声が無いのでまだ発展途上段階の新技術。

ピエールが面白がって映像を実装した。

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