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グルメ猫ファンタジー  作者: 万年亀
第十話 邪神竜ヴァルノス

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邪神竜討伐戦

戦場は動いた。


邪神竜ヴァルノスはマーガレットの魔法『ミョルニル・四重螺旋クワドラプルアクセル』の衝撃で王都近郊から引き離され、遥か彼方の荒野へと押し出されている。

その隙に王国軍は息を吹き返し、必死の立て直しを図っていた。


「救護班を呼べ! 負傷者の手当てをさせろ! 軽傷者は重傷者を運べ!」


ラファエルの指示が飛ぶ。

王都を守るための魔力障壁で満身創痍になっていた魔術師たちが、次々と後送されていく。


「ラファエル、あれはやはり……」


エルセインが杖を支えに立ち上がり、遥か遠くの戦場――津波と黒竜が激突した地点を見つめる。


「ああ、きっと間違いない。彼らだ」


ラファエルは確信を持って頷く。


あのデタラメな登場。

あの常識を無視した戦い方。

そして何より絶望的な状況を一瞬でひっくり返す強さ。


間違いない。

スフィアたちだ。


「俺たちの窮地を救いに来てくれたのか……?」


ラファエルの胸に熱いものが込み上げる。


自分たちは何も返せていない。

美味しい肉も、もてなしも。

なのに彼らは国の危機に命懸けで駆けつけてくれたのだ。


――実は、彼らがただ「美味そうな竜肉」と「自分の行くパブ」のために駆けつけただけで王国のことは二の次だったとは露知らず。


「商業連合の傭兵団を連れてくるなんて……」


エルセインが呆れたように呟く。


「そういえばメリア嬢は商業連合の……前グランディア商会のご令嬢だったか。伝手はあったというわけだ。だが、あれだけの数を動かすには莫大な金がかかるはず。わざわざ竜を倒すために、こんな大金を……」


――実は、ロゼが商売上の打算と魔法国の王室御用達商人ロイヤルワラント目当てで全財産を突っ込んだ結果であり、メリアが「竜を狩って素材で儲ける」気満々であるとは露知らず。


「それに、まさかこの魔力は……『女帝』か……?」


エルセインの表情が強張る。

彼ほどの高位魔術師であれば、あの魔法の気配だけで術者が誰か察しがつく。

世界最強の魔法使い『女帝』マーガレット。


「いったいどういう伝手で彼女を連れてきたんだ……? 彼女は昔、魔法国を離れてから行方知れずと聞いているが」


レナック王国は王都に港こそあれ内陸寄りの国家であり、海上の商業連合との繋がりは魔法国ほど強くはない。


そのため、かの『女帝』が商業連合の商人に嫁入りしており、そしてメリアという一人娘を産んでいたという事実を王国上層部は把握していなかった。

話題になることを嫌った『女帝』とその夫が、その事実を商業連合外から徹底的に隠すように情報操作していたことも一因だろう。


「私たちも手伝いたいが魔力は枯渇し、兵も限界だ。今の状態で行っても、きっと足手纏いになる……」


エルセインが悔しげに拳を握る。


「ああ。今は彼らを信じるしかない」


ラファエルは空を見上げる。

そこではマーガレットの魔法によって形成された巨大な岩の檻が邪神竜を閉じ込めていた。


「勝ったら城を挙げて戦勝会かな。今度こそ、最高の肉を用意しないとな」


ラファエルは祈るように呟いた。


「生きて戻れよ、スフィアたち……」



◆◆◆◆



邪神竜ヴァルノスの周囲。

そこはまさに人工の異界と化していた。


荒野の大地そのものが捲れ上がり、巨大な岩塊となってヴァルノスを取り囲んでいる。

それらはただ浮いているのではない。

複雑な魔法術式によって物理法則を書き換えられ、絶対的な檻として機能していた。


「『アースクエイク』による地形破壊、『グラビティフィールド』による重力操作、そして『ディメンションロック』による岩場の空間固定」


ピエール号の甲板でマーガレットが指揮者のごとく腕を振るう。

その顔には玉の汗が浮かんでいた。


「この一帯の重力と空間は私が支配した。奴はもう簡単には飛べんし逃げられん」


彼女は息を整えながらスフィアとブルに告げる。


「とはいえ流石に『英雄作成・天の総軍ヴァルハラナイツ・エインヘリヤル』を数千人規模で維持発動中に、さらに戦略級の大魔法を三つ同時展開するのは骨が折れる。これ以上の援護魔法は期待するな! 私の魔力も無限ではない!」


「充分すぎるぜ。サンキューな、メリアの母ちゃん!」


スフィアがニカっと笑い、岩場へと飛び移る。


「いってきます!」


ブルも続く。

二匹の獣人が、ヴァルノスの周囲に浮かぶ岩場に到着する。

そこはマーガレットが作り出した空中の闘技場だ。


ヴァルノスは苛立っていた。


『おのれ……我が身体が重い……飛ぶに飛べぬ!』


翼を羽ばたかせようとするが空気が鉛のように重い。

重力魔法によって、通常の数倍の負荷がかかっているのだ。

これでは自慢の飛翔力が活かせない。


『小賢しい! ならば、まずはこの岩から破壊してくれるわ!』


ヴァルノスは大きく腕を振り上げ、魔力を込めた爪を用いて全力で目の前の岩塊を破壊しようとした。

邪神竜の膂力ならば岩など簡単に砕けるはずだ。


だが。


カンッ。


軽い。

あまりにも手応えが軽すぎる。

爪は岩に突き刺さり、表面を少し削っただけで止まってしまった。

本来なら粉々に砕け散るはずの衝撃が発生しない。


『何ィッ!?』


ヴァルノスは己の手を見つめる。

力は入れたはずだ。

なのに、まるで綿で殴ったかのような手応えのなさ。


「なんかあいつ身体が重そうなのに、攻撃が軽い?」


ブルが首を傾げる。

普通、重いものは破壊力も増すはずだ。


「どういうことだメリアの母ちゃん!」


スフィアが叫ぶとマーガレットが不敵に笑った。


「バカめ。私が一帯に重力魔法を掛けているのだぞ? よもや重くしっぱなし、軽くしっぱなしの単調な手抜き魔法と思ったか?」


彼女は手に指揮棒を持っているかのように腕を振るい続ける。


「物体の破壊力は『重さ』と『速度』に比例する。奴の身体には常に一定以上の重力負荷を掛けて動きを鈍らせつつ、攻撃の瞬間だけ奴の腕や爪にかかる重力を極限まで軽くして『自重』を削っているのだ」


つまり、ヴァルノスは常に重りをつけて動いているような状態で、いざ殴ろうとすると拳が風船のように軽くなってしまうということだ。


「今の奴の攻撃は軽石で殴っているようなものだ。破壊力は激減している。これなら直撃しても即死はするまいよ」


『バカな……人の子如きがそこまで精密な魔法操作を……!?』


ヴァルノスは戦慄する。


広範囲の重力操作を行いながら特定の対象の特定の部位だけ、しかも攻撃の瞬間に合わせて重力を反転させる?

それも、いくつもの大魔法を行使しながら片手間で?

そんな神業、人の魔術師に可能なわけがない。


「ただし爪の鋭さや魔力そのものによる破壊力は変わらん! 斬られれば死ぬし魔力のブレスを撃たれれば消し飛ぶぞ! 油断するな!」


「オッケーだぜ! おりゃあああああ!!」


スフィアが岩場を蹴る。


速い。

弾丸のような速度でヴァルノスの懐に飛び込む。


「喰らえッ!! 『対獣解体術』――!!」


純白の剣、聖剣アスティオンを一閃。


「『厚切り』!!」


重い衝撃音と共にヴァルノスの硬質な鱗に剣が食い込む。


「うおおおおッ!!」


ブルも続く。

彼は両手に持った大きな手斧と金属棍棒を振り回し、ヴァルノスの脚を狙って叩きつける。

凄まじい重低音と共に鱗と甲殻が砕け散った。


「すげー良い感じに武器がヒット直前に重くなるな!」


「うん! いつもより手応えがある! 斧が深く入るよ!」


スフィアとブルが歓声を上げる。

振るう時は軽いが当たる瞬間にズシリと重みが増し、攻撃力が跳ね上がっているのだ。


「手動重力操作でお前らの武器に逐次重力加速をつけているからな! 飛び回る時も身体の重力を制御してジャンプ力を上げてやる! 遠慮なくいけ! 私が全サポートしてやる!」


マーガレットの指先が目まぐるしく動く。

彼女は戦況を俯瞰し、リアルタイムで戦場の物理法則を書き換えている。

まさに魔法を統べる『女帝』の名にふさわしい支配力。


「どうだメリア! お前のお母さんは凄いだろう!!」


マーガレットがドヤ顔で娘を見ると、メリアが手を叩いて喜んでいた。


「うん! お母さんすごーい! こんな魔法見たことない! 世界一だね!」


「そうだろう、そうだろう! ははははははは!」


マーガレットは高笑いする。

娘に褒められて超ご機嫌である。


テンションに比例して魔力が沸き上がり、魔法の精度がさらに向上していく。

実に現金な母親であった。


対するヴァルノスは焦っていた。


(牛の方はいい。攻撃は重いうえ鎧は固いが、所詮は物理攻撃。致命傷には至らん。問題は……この猫だ!)


ヴァルノスの赤い瞳が、スフィアを捉える。


あの猫獣人が持っている剣。

あれはただの剣ではない。


あの禍々しいまでの神聖な輝き。

見間違うはずもない。


(聖剣……アスティオンだと!?)


かつて自分を封印した勇者アルトリウスが持っていた、忌まわしき光の剣。

なぜ、あんな獣人が持っている?


『猫獣人、貴様ァ! 何故聖剣アスティオンを持っている!?』


ヴァルノスの絶叫に近い念話が、離れた場所にいるラファエルとエルセインの脳内に響く。


「は!?」


「なんだって!?」


二人は顔を見合わせる。


聖剣アスティオン。

王国が血眼になって探し求めていた伝説の剣。

それを、スフィアが持っている?


『貴様のような勇者ですらない猫獣人如きが勇者の真似事か!? 聖人のつもりか!? 正義を振るうつもりか!?』


ヴァルノスの怒りは頂点に達していた。


聖剣は選ばれし勇者のみが持つもの。

高潔な魂と世界を救う覚悟を持った、真に心清き勇者の持つべき剣だ。

それを下等な獣人風情が振り回しているなど冒涜にも程がある。


『勇者ラファエルが持つならばいざ知らず、おこがましいと思わんのか、ただの猫獣人如きがァ!! それは貴様の汚れた手で触れていいものではない!!』


己を討った神聖なる剣への怒り。

先代勇者アルトリウスへの無意識の敬意。

そして自らの封印の記憶への恐怖。

ヴァルノスは吠える。


その咆哮を受けたスフィアは――。


耳をふさぎ、顔をしかめ、そしてキレた。


「うるせえええええ!!」


ヴァルノスの言葉は彼には届かない。

ただ雑音が鬱陶しい――!


「さっきからギャアギャアと!! うるせえんだよォ!!」


スフィアの叫びと共に彼の手の中にある純白の剣身が呼応する。


カッッッ!!!!


まばゆい光が溢れ出す。

光は実体を伴い、スフィアの身の丈を遥かに超える半透明に輝く巨大な刃を形成していく。

聖なる力によって構成された、実体を持つ光の大剣。


「大人しく死んで肉になれやァ!! 『対獣解体術』――!!」


スフィアが光の巨剣を振り下ろす。


「『肩ロース』!! いただきだぜェ!!」


空間ごと断ち切るような一撃。

それはヴァルノスの強固な鱗の防御や魔法耐性、全てを無視して通り抜ける。


『グ、ガアアアアアッ!?』


鮮血が舞う。

邪神竜ヴァルノスの左腕が肩口から綺麗に斬り飛ばされ、宙を舞う。


それは、ただの食いしん坊の猫が伝説の聖剣で神の腕を斬り落とした瞬間だった――。

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