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グルメ猫ファンタジー  作者: 万年亀
第十話 邪神竜ヴァルノス

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竜狩り

時間はレナック王国の王城に、津波接近の伝令が走る数分前のこと。


王都近郊の海岸。

そこは今、異様な熱気と常識を無視した光景に支配されていた。


広大な海原に浮かぶのは見渡す限りの艦隊。

大小様々な形状の船が所狭しと並び、その全てに商業連合の紋章や各傭兵団の旗が掲げられている。


その中心に鎮座するのは、ひときわ豪華で巨大な船。

魔法国メギストスの技術の粋を集めた変形馬車『ピエール号』の船舶形態だ。


これだけの数の船が、どうやってこの短時間で王都近海に集結したのか。

その答えは、ピエール号の甲板に立つ一人の女性にある。


「すんげー……」


「うわー……」


スフィアとブルが目の前の光景に口を開けて呆けている。

彼らの視線の先では虚空に巨大な魔法陣が展開され、そこから次々と新しい船が吐き出されるように召喚され続けていた。


空間転移魔法『ゲート』。

本来であれば数人の人間を移動させるだけでも高等技術とされる魔法を、彼女はあろうことか艦隊規模で行使していた。


「やれやれ、流石にこの数は骨が折れる」


額に少しばかり汗を流しながらも涼しい顔でそう言い放つのは、第一位冒険者『女帝』マーガレット。

魔法国出身であり、商業連合で長く暮らした彼女だからこそ座標を完全に把握し、成すことができる規格外の輸送術だ。


「お母さん最高! 凄い!」


メリアがぴょんぴょんと飛び跳ねて称賛し、マーガレットは満更でもなさそうに笑う。


「ふふふ。そうだろう、そうだろう。もっと褒めても良いぞ」


娘の前での母親は、いつだって最強でなければならない。

周囲の傭兵たちもまた、興奮を隠せない様子だ。


「おい見ろよ! あれが『女帝』マーガレット様の魔法か!?」


「すげえ……船ごと転移させやがった!」


「お嬢たちの指揮で戦えるんなら、こりゃ大儲けできそうだ!」


「マーガレット様がいるんなら負けはありえねえ! 絶好の儲けどころだぜ!」


「てめえら! 稼ぎ時を見失うなよ! 獲物は逃がすな!」


彼らはロゼによってかき集められた、商業連合でも選りすぐりの傭兵たちだ。

金のためなら地獄の釜の底へも行くという彼らにとって、最強の女帝の援護と金払いの良い雇い主の存在は勝利と報酬が約束されたも同然の状況だろう。


甲板の手すりに寄りかかり、スフィアが尋ねる。


「ところでメリアの母ちゃんよ。船で待機しろって言われたからここにいるけど、どうやって船で突っ込むんだ? 相手は陸の向こうだぜ? 船じゃ陸には上がれねえぞ」


当然の疑問だ。

船は海を行くもの。

いくら大艦隊を揃えたところで上陸して進軍するには時間がかかるし、黒竜は待ってはくれない。


「それは当然だな。普通の船ならば、な」


マーガレットは不敵に笑う。


「まあ見ていろ。私の魔法があれば陸などただの通過点に過ぎん」


マーガレットが手を大きく掲げた。

その瞬間、大気がビリビリと震えるほどの強大な魔力が練り上げられる。


「『海よ、唸れ。大地を飲み込む顎となれ』」


彼女の言葉に呼応するように、海面が不気味に盛り上がる。


「『タイダルウェイブ』」


ズゴオォォォォォォォン!!!!!


スフィアとブルが目を見開く。


「おお……!?」


海が、持ち上がった。

それは波などという生易しいものではない。

巨大な水の壁、あるいは動く水の山脈だ。


数百メートルの高さまで隆起した海水は、その上に浮かぶ艦隊ごと持ち上げて陸地へと向かって進み始めた。


「こ、これは……津波!?」


「その通り。この魔法の本質は大量の水に指向性を与え、質量兵器として叩きつけることにある。だが、今回は攻撃ではなく輸送に使う」


マーガレットが解説する。


「単に押し流すだけでなく波の頂点に船を固定し、サーフィンのように運ぶのさ。陸の上では普通はやらんがな」


「陸に人がいたら大惨事では?」


ブルが青ざめる。

いくら緊急事態とはいえ、一般市民を巻き込むわけにはいかない。


「安心しろ。事前に広域生命探知の魔法を行い、航路上に誰もいないのを確認済みだ。あの黒竜の瘴気に当てられて住民たちは既に避難済みだろうよ」


マーガレットの準備に抜かりはない。


「そして津波は私の魔力で完全に制御している。通り過ぎた後の大量の海水は役目を終えれば霧散させて消すことができる。水害や塩害は起きん」


「すごーい……」


ブルが感嘆の声を漏らす。


災害級の魔法を、ただの移動手段として使う豪快さ。

これぞ『女帝』の所以か。


「つまり、戦う準備はできたってわけだ」


スフィアはニカっと笑い、背中の聖剣アスティオンを抜き放った。

純白の剣身が煌めき、口の端から一筋のよだれが垂れる。


「待ってろよ、肉! 最高の火力で美味しく調理してやるぜ!!」


彼にとって、あの黒竜は恐怖の対象ではない。

極上のメインディッシュだ。


ズズズンッ……!


津波に乗った大艦隊が海岸線を越え、陸地へと侵攻を開始する。

その光景は、まさに神話の具現。

あるいは新たな伝説の幕開けだった。



一方、王都近郊。

邪神竜ヴァルノスは接近してくる津波と艦隊の気配を感じ取っていた。


『フン、援軍か』


ヴァルノスは鼻を鳴らす。


彼は人間ごときの船が何隻集まろうと神に等しい自分に傷一つ付けられるわけがないと思っている。

ましてや、その援軍の先頭に立つ者が自分を「殺して食う」つもりでいるなどとは夢にも思っていないだろう。


『我が出るまでもない。雑兵には雑兵をぶつけてやろう』


ヴァルノスの巨体が落とす影がボコボコと沸騰するように蠢いた。


『出でよ、我が影より生まれし眷属ども』


影の中から黒い翼を持つ竜たちが次々と這い出してくる。

ワイバーンだ。


だが、通常のそれとは違う。

全身が漆黒の鱗に覆われ、目は赤く爛々と輝き、身体からはヴァルノスと同じ禍々しい瘴気を発している。


その数は数百、いや数千。

一体一体が、温泉街イドラを襲った竜よりも格上の上位竜クラスだ。

それが群れを成して空を埋め尽くす様は終わりの始まりを告げる悪夢となるだろう。


『ゆけ、眷属どもよ。あの援軍とやらを始末せよ。海の……いや、陸の藻屑にしてくれるわ』


眷属たちが一斉に咆哮し、津波に向かって突撃を開始する。

黒い雲が押し寄せてくるかのような圧迫感。


ピエール号の甲板でスフィアたちはその光景を見ていた。


「なんかすげー出てきたな」


「うわあ、真っ黒だ。こっち来るね」


スフィアとブルは動じることなく冷静に感想を述べる。


「このままいけばぶつかるな。……ふむ、少しばかりテコ入れが必要か」


マーガレットの瞳に、真剣な光が宿る。


「ではまず、ここにいる全員に加護をかけよう」


そして普段から短縮詠唱や、ほぼ無詠唱でとんでもない魔法を連発するマーガレットが、わざわざ目を閉じて精神統一を始めた。


「『開戦の号砲を鳴らせ』」


静かな、しかしよく通る声で詠唱が始まる。


「『勝利の女神よ。栄光の導き手よ。我らは一騎当千の勇士なり』」


大気が振動する。


マーガレットを中心に、金色の粒子が舞い上がり始めた。

それはただの光ではない。

濃密な魔力が視覚化されたものだ。


メリアは息を呑む。


彼女の記憶にある限り、マーガレットがここまで長い詠唱を行うのは初めてだ。

それはつまり、これから発動する魔法が今までのものとは次元が違う高等魔法であることを意味している。


「『集いし総軍はまさに天軍なれば。神の威光をこの世に余さず示すだろう』」


光の粒子が広がり、艦隊全体を包み込んでいく。

傭兵たちも異変に気付き、ざわめきが静まる。

全員の視線が甲板に立つ一人の女帝に注がれる。


「『英雄なり。天命なり。審判なり。敵対者よ、その罪を贖い滅ぶべし』」


マーガレットの声が朗々と響き渡る。

それは祈りのようであり、宣言のようでもあった。


「『我らは汝を誅する者。汝を滅ぼす光なれば』」


カッッッ!!!!


目も眩むような閃光が迸る。


「『英雄作成・天の総軍ヴァルハラナイツ・エインヘリヤル』――往くがいい、勇者たちよ」


光が弾けた。


スフィアたち、そして各船に乗る数千の傭兵たち。

その場に集う全員が温かく力強い光に包まれる。


身体の奥底から無限の力が湧き上がってくる感覚。

恐怖心が消え失せ、代わりに燃えるような闘志と絶対に負けないという確信が満ちてくる。


――『英雄作成・天の総軍ヴァルハラナイツ・エインヘリヤル』。


それはマーガレットが開発した、彼女のオリジナル支援魔法にして最大最強の魔法だ。

効果は劇的かつ広範囲。


身体能力の爆発的な向上。


魔力回復速度の超加速。


精神干渉完全耐性付与。


士気の限界突破。


最強の魔法が支援魔法であることに首を傾げる者もいるだろう。

だが、この魔法にかかれば、ただの村人ですら竜を素手で殴り殺せるほどの英雄へと変貌する。

あまりにも効果が強力すぎて封印していた禁断の魔法だ。


それを今、彼女は解き放った。

しかも対象は、ただの村人ではない。

対象は単独で竜を狩れる実力を持つ商業連合最強の傭兵団と、規格外の獣人冒険者一行だ。


「うおおおおおおっ!! なんだこれ! 力が溢れてきやがる!」


「身体が軽い! 剣が羽毛みたいだ!」


「いける! あの黒い竜ども、全部叩き落とせるぞ!」


傭兵たちが吼える。

強化されたその力量は、もはや人間のそれではない。

神話の軍勢のような圧倒的な覇気を纏っている。


更に、畳みかけるように声が響く。


「皆さん、あの竜の群れをご覧ください」


メリアだ。

彼女は拡声魔道具を手に各船に向かって語り掛ける。

その声は冷静で、しかし聞く者の欲望を的確に刺激する悪魔の囁きだ。


「あの雲や霧のように大量に湧いて出るあれは、何だと思いますか? 敵? 竜? ……いいえ、違います」


メリアはニッコリと笑った。


「あれは――『お金』です」


その一言で傭兵たちの目の色が変わった。

戦意が、明確な「殺意」と「欲望」へと変換される。


「あれらはデカい親玉らしき竜が影から出してきたものです。つまり、この近辺に生息しているものではない。生態系もへったくれもありません」


メリアは言葉を続ける。


「なので、狩れば狩っただけ我々の取り分です。竜を過剰に狩ると冒険者ギルドがうるさいですよね? 環境破壊になると言われますよね? でも今回は違います」


彼女は黒竜の群れを指差す。


「環境を破壊する害獣は、むしろあちらです。狩れば狩るだけ人々に喜ばれ、国に感謝され、そして何より――狩れば狩るだけ、お金になります」


ゴクリ。

傭兵たちが喉を鳴らす音が聞こえるようだ。

彼らの目は既に空を埋め尽くす黒竜の群れを敵としてではなく、空飛ぶ金貨袋として認識し始めていた。


口が上手いメリアが、そのトークスキルを最大活用して煽る。

その姿は可憐な少女などではない。

金を求める怪物たちを統べる、冷酷で強欲な「扇動者」の如き演説。


「狩りつくしましょう。おかわりは自由。フルコースのバイキングです。懐がはちきれるまで――いいえ。はちきれても殺しつくしましょう」


メリアの声が熱を帯びる。


「今この場では、それこそが求められるもの。求められている『正義』です」


正義とは何か。

それは敵を倒すことか?


否。

金を稼ぐことだ。


「殺せ! すべて狩りつくすのです!! 世のため人のため、そして何より――金のために!!」


「「「オオオオオオオオオッッッ!!!!!」」」


数千の傭兵たちが、一斉に咆哮した。

その声圧だけで迫りくる黒竜の群れが怯んだように見えた。


そして、次の瞬間。

信じられない光景が繰り広げられた。


「いくぞ野郎どもぉッ!!」


傭兵たちは甲板を蹴った。

そして、そのまま空へと舞い上がる。


彼らは、飛んだ。

一糸乱れぬ編隊を組み、矢のように空へ飛び出して黒竜の群れへと突っ込んでいく。


彼らは人間だ。

翼などない。

だが、彼らは商業連合の傭兵団だ。


かつてロゼが言った言葉が思い出される。


『移転予定の魔法国メギストスじゃ、騎士は飛行魔法をよく使う』


魔法国では飛行魔法による空中戦が一般的だ。

ならば、その魔法国と頻繁に取引をして技術交流のある商業連合に、そのノウハウが伝わっていないはずがない。


そう、商業連合の傭兵たちは当然のように高位術式である飛行魔法を全員が行使できるのである。


『空飛ぶ竜に遭遇すれば、狩りとって商品にしてしまう』


その噂は誇張でも比喩でもない。

彼らは文字通り「空を飛んで竜を狩る」ことができる、対空戦闘のエキスパート集団なのだ。


その彼らがマーガレットの『英雄作成・天の総軍ヴァルハラナイツ・エインヘリヤル』による超強化と、メリアの演説による欲望ブーストの相乗効果を得た状態で突撃する。

その破壊力は、もはや災害と呼ぶにふさわしい。


「ヒャッハァァァァァ!! 金だ金だ金だァ!!」


「どけぇ雑魚ども! 俺の財布の中身になるんだよォ!」


「首を置いてけぇぇぇ!!」


「おかわりはいくらでも受付中だぜぇ!!」


黒竜たちが悲鳴を上げる。


上位竜?

温泉街の竜より強い?

そんなものは関係ない。


今の傭兵たちにとって、彼らはただの空飛ぶ札束でしかない。

人類悪がここに顕現した。


ズバァンッ!! ドゴォォォォン!!


熱く熱した鉄板にバターを押し当てるように竜の総数は瞬く間に減少していく。

傭兵たちの剣と魔法が黒竜の鱗を紙のように切り裂き、粉砕していく。

次々と撃墜され、陸へと落ちていく黒い影。


一方的な蹂躙。

虐殺。

狩り。


そして、この地獄絵図を作り出して満足げに笑う銀髪の少女。

この戦いが終わった時、彼女は広くこう呼ばれることになるだろう。


金と欲望を操り、竜さえも食い物にする怪物を生み出し、従える支配者。

『モンスターマスター』と――。

名実ともに最強キャラのマーガレットさんと、作品を通して戦闘力皆無なのに口の上手さと交渉術で強キャラ感出してるメリアさん。

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