邪教団拠点襲撃
場面は変わり、地下拠点の一室。
そこには無数の水晶玉が並べられ、拠点内の各所を映し出していた。
教主ディオスは、水晶に映る戦況を苦々しい表情で見つめている。
「嫌な流れですな」
王国軍の動きは慎重かつ的確だった。
人形兵による奇襲や自爆攻撃も最初の数回以降は見破られ、被害を最小限に抑えられている。
そして何より、信者たちが殺されずに捕獲されているのが痛手だ。
「思ったより互いに損耗が少ない。魔獣や人形兵はやられ、こちらの人員は次々と無力化されて捕縛されていく」
ディオスは独りごちる。
「信者たちの大部分は闇魔法で精神を侵しておりますからな。単純な命令には従いますが、敵の臨機応変な動きには対応できない」
洗脳された信者は恐怖を感じず、命令通りに動く便利な駒だ。
だが、それは同時に柔軟性を欠くということでもある。
拘束魔法で絡めとられて猿轡を噛まされれば、もはやただの荷物でしかない。
『ふむ……』
脳内に重厚な声が響く。
拠点内にいればどこであろうと届く邪神竜ヴァルノスの念話だ。
ヴァルノスの声に、愉悦の色が混じる。
『とはいえ、周到なお前のことだ。このような状況にも手は打ってあるのであろう?』
「無論です」
ディオスは口元を歪め、邪悪な笑みを浮かべた。
「私が勝っても負けても、事前の仕込みは作動するよう手配済みです。奴らがどう足掻こうとも結末は変わりません」
『ならばよい。お前に任せる。我は復活の刻を待つとしよう』
「はっ」
ヴァルノスの気配が消える。
ディオスは立ち上がり、ローブを翻して部屋を出た。
向かう先は最奥、祭壇の間。
そこが最後の舞台となる。
「もう少しだ。もう少し魂を集めれば、そのエネルギーを使ってヴァルノス様が復活する……邪魔はさせんぞ、勇者ラファエル……!」
彼の背中には、狂信者の暗い情熱が燃え上がっていた。
◆◆◆◆
地下通路の奥深く。
そこは他の場所とは明らかに空気の質が異なっていた。
肌にまとわりつくような濃密な魔力。
そして鼻をつく血と香の匂い。
「おそらく、闇の魔力の濃さからこの奥が祭壇の間だ」
エルセインが杖の先で前方を指し示す。
そこには禍々しいレリーフが刻まれた巨大な両開きの扉があった。
「教主ディオスと、ヴァルノスが封印された宝玉もきっとそこに……」
「ああ。いよいよだな」
ラファエルは剣の柄を強く握りしめる。
緊張で掌に汗が滲む。
「では、教主ディオスが現れたら、事前の手筈通りに」
「了解した。やつは手強いからね。まともにやり合えば、こちらの被害も甚大になるだろう」
ラファエルの確認にエルセインが頷く。
温泉街イドラでの戦いで、彼らはディオスの実力を身をもって知っている。
高位の闇魔法と雷魔法を使いこなし、強力な体術まで操る難敵だ。
正攻法で挑めば負ける可能性も相応にあり、勝てたとしても相打ちか、あるいは逃げられる可能性が高い。
「ああ。だから……」
ラファエルは決意を込めて言った。
「騎士ではなく、狩人のやり方で決着をつける」
「ふふ、頼もしいね」
ラファエルとエルセインの脳裏に、頼もしくも変わった友人である猫獣人と牛獣人、そして銀髪の少女の姿が浮かぶ。
二人は目を見合わせ、扉に手をかけた。
ギィィィィ……。
重い音を立てて扉が開く。
中はドーム状の空間だった。
壁には無数の松明が燃え、奥には巨大な魔法陣が描かれた祭壇が鎮座している。
そして、その祭壇の上に一人の男が立っていた。
「久しいな、勇者ラファエル。そしてエルセインよ」
教主ディオスがゆっくりと振り返る。
その顔には余裕の笑みが浮かんでいる。
「出たな、教主ディオス……!」
ラファエルが一歩踏み出し、剣を構える。
「よくここまで来たものだ。だが、貴様らの健闘もここまでだ」
ディオスは両手を広げ、演説するように語りかける。
「ヴァルノス様は貴様らの愚行にお怒りだ。何故大人しく生贄にならないのか、とな。大人しく死を受け入れれば、苦しまずに済んだものを」
「生憎だが、俺たちは生きることに執着しているんでね」
「愚かな。だがヴァルノス様は慈悲深い。その魂を献上すれば許されるとのことだ。よって、愚行に対する罰を与える。この教主ディオスがな!」
ディオスが杖を掲げ、強大な魔力を練り上げる。
空間がビリビリと震え、紫電が迸る。
一触即発の空気。
ラファエルはディオスを睨みつけ、そして叫んだ。
「よし、帰るぞ!」
「は?」
ディオスの思考が停止した。
ラファエルとエルセインは、なんと踵を返して全速力で扉の外へと走り出した。
バタンッ!!
祭壇の間の扉が勢いよく閉められる。
室内にはディオス一人が取り残された。
「……」
沈黙が流れる。
魔法を撃とうと構えていたディオスは振り上げた拳の下ろしどころを失い、ポカンとしていた。
「……ん?」
数秒後、ようやく事態を理解した。
逃げた。
勇者が敵の親玉を前にして戦わずに逃げたのだ。
「ま、待て! くそっ! なんだあいつらは!」
ディオスは慌てて追いかける。
魔法を解除し、扉を蹴り開けて通路へと飛び出す。
「逃がさんぞ! 卑怯者め!」
ディオスは暗い通路を走りながら思考を巡らせる。
(あいつら何故逃げた!? ヴァルノス様の封印維持が目的じゃないのか!? ここで私を倒さねばならんはずだろ!? くそ、祭壇の間に仕掛けた色々な迎撃用魔術式や罠が無駄になったではないか!)
彼はこの部屋で戦うことを前提に床や壁に無数の罠を張り巡らせていたのだ。
地の利を生かし、有利に戦うつもりだった。
それを完全に無視された形になる。
「おのれ、罠を見破り、誘い出して撃破するつもりか! だがその手には乗ら……」
ディオスが十字路に差し掛かった、その瞬間。
「今だ!」
背後からラファエルの声が響いた。
「!?」
カッ!!
ディオスの足元に巨大な魔法陣が展開される。
それは彼が踏み込んだ瞬間に発動するように設置されていた、高密度の捕縛陣。
「ぐっ!?」
見えない鎖がディオスの四肢を縛り上げ、動きを封じる。
同時に周囲の壁や天井から、先ほどまでいなかった魔術師たちが突然姿を現した。
彼らの手によって拘束魔法が起動したのだと悟る。
「これは……! く、そ……!」
ディオスが拘束を解除しようと魔力を走らせるが、魔力が言う事を聞かない。
「封印魔法だ」
ディオスが通ってきた通路の影から、ラファエルとエルセインが姿を見せる。
「なに!? 貴様ら、どこに隠れて……」
「姿隠しの魔法さ」
エルセインが種明かしをする。
「完全に透明化させて気配も隠す魔法で君をやり過ごした。動けばすぐに術が解けるため戦闘中の不意打ちには使えないが、待ち伏せてやり過ごすには使える。それを魔術師の彼らにも使って、この十字路で待機させておいたんだよ」
「なっ……」
「以前イドラで戦った時に、お前の力量は把握している。まともに戦えば絶対に苦戦するからな」
ラファエルが冷徹に告げる。
「だから、こうやって罠にハメさせてもらった。俺たちが姿を見せてすぐいなくなれば、お前は必ず追ってくると踏んでな。プライドの高いお前なら背を向けた敵を見逃しはしないだろう?」
「ぐ、くそ……図ったな……!」
ディオスは歯ぎしりをする。
完全に心理を読まれていた。
勇者との決戦という高揚感が冷静な判断力を鈍らせていたのだ。
「無駄だ。お前の動きを封じ、魔力の流れも固着させて宝玉にする魔法を発動させている」
エルセインが杖をかざす。
魔法陣の輝きが増し、ディオスの身体が光の粒子に分解され始める。
「遥か昔、ヴァルノスにも使われた封印魔法だ。規模は対人間用に縮小した小規模なものだが、お前が抗えるものじゃない」
「お、のれ……!」
身体が動かない。
魔力も練れない。
意識が遠のいていく。
ディオスは最後の悪あがきに罵倒を叫んだ。
「勇者ラファエル! 貴様、こんなやり方が勇者のやり口か!?」
「……」
「勇者とは人々の希望となる存在! 堂々とした勇士のはずだ! それをこんな不意打ちだの騙し討ちだの……恥と思わんのか!? ここにいる部下たちが何と思う!? お前はただの卑怯者だ!」
王族として、そして勇者としてあるまじき戦法。
それを指摘すれば少しは心が揺らぐと思ったのか。
だが、ラファエルは寂しげに笑っただけだった。
「……悪いな、教主ディオス」
シュゥゥゥ……。
ディオスの身体が完全に光となり、一つの小さな宝玉へと凝縮されていく。
カラン、と乾いた音を立てて床に落ちたそれをラファエルが拾い上げた。
「俺は勇者じゃないんだ」
ラファエルは手の中の宝玉を見つめながら呟く。
「運命に選ばれなかった、ただの人間だ。だから使える手はなんでも使う。それが騎士道に則ったものじゃないとしても、守るべきものを守れるなら俺は泥にでもまみれてやるさ」
その言葉には、かつての彼にはなかった強さと覚悟が宿っていた。
形式に囚われず、結果を掴み取る強さ。
それは旅の中で出会った自由奔放な冒険者たちから学んだことかもしれない。
エルセインは何も言わず、ただ優しげにラファエルを見守っていた。
「君、この宝玉を持って地上へ。厳重に封印保管して絶対に割るなよ」
ラファエルが部下の魔術師に宝玉を手渡す。
「了解いたしました。直ちに!」
魔術師が敬礼し、宝玉を持って走り去る。
これで敵の首魁は無力化された。
あとは祭壇の奥にあると思しきヴァルノスの宝玉を回収し、残党を処理すれば終わりだ。
「さて、では祭壇の間の奥へ……」
ラファエルが安堵のため息をつきかけた、その時。
ズズズズズズズ……!!!
強大な魔力の奔流と凄まじい気配が地下空間全体を揺るがした。
先ほどの比ではない。
空間そのものが悲鳴を上げているような圧迫感。
「なんだ!? いったい何が……」
ラファエルが体勢を崩しかける。
「ラファエル王子! 大変です!」
通路の奥から騎士が血相を変えて走ってきた。
捕縛した信者たちを監視していた班の者だ。
「どうした!?」
「それが……捕縛した信者どもが、先ほど突然死にました! ほぼ全員です!」
「なんだと!?」
ラファエルが目を見開く。
「何の前触れもなく、いきなり胸を押さえて苦しみだし……次々と! 自殺用の毒か何かを飲んだ形跡もありません!」
「エルセイン! どういうことかわかるか!?」
「わからない! いったい何故……?」
エルセインも困惑する。
捕縛して動きを封じていたはずだ。
魔法も使えない状態で、どうやって集団自殺など。
――彼らは知らない。
教主ディオスが信者たちに施していた最悪の仕掛けを。
彼の操る雷系の魔法で、己の魔力によって任意に発動できる『遅延式心停止魔法』。
信者たちの心臓にあらかじめ微弱な電流の楔を打ち込んでおき、合図一つでショック死させる術式だ。
そしてこれは任意発動の他にも、ディオスの意識が絶たれた時――つまり彼が死ぬか、あるいは気絶するなりして魔力制御を失った時、安全装置が外れて自動発動するよう組まれていたのだ。
『私が勝っても負けても、事前の仕込みは作動する』
ヴァルノスに向けたディオスの言葉はハッタリではなかった。
彼が封印された瞬間に意識は途絶え、トリガーが引かれたのだ。
地下に集められていた数百人の信者たちが同時に命を落とす。
その膨大な量の「死」と「魂」が行き場を失って彷徨い――そして、唯一の受け皿である祭壇の宝玉へと雪崩れ込む。
「まさか……!」
エルセインが顔面蒼白になる。
地下に充満する魔力の渦が祭壇の間へと収束していくのを感じ取ったのだ。
「魂が……集まっている!? ヴァルノスにか!」
「いかん! ラファエル、全員退避させろ!」
エルセインが叫ぶ。
「邪神竜ヴァルノスの復活だ!!」
ドオォォォォォォォォォォン!!!!!
祭壇の間から、漆黒の柱が天を衝くように噴き上がった。
地下の天井を突き破り、土砂を巻き上げ、王都の夜空へと突き抜ける。
ついに、絶望の刻が訪れた――。




