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グルメ猫ファンタジー  作者: 万年亀
第十話 邪神竜ヴァルノス

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ミザリー商会

夕陽が西の空にすっかり沈み、王都が黄昏の薄闇に包まれ始めた頃。

王城にほど近い一角、古びた倉庫街にある『ミザリー商会』の周辺は異様な緊張感に包まれていた。


表通りからは見えないように配置された王城騎士団の精鋭たちが商会の建物を完全包囲している。

静寂の中、鎧の擦れる微かな音だけが響く。


「……行くぞ」


隊長格の騎士が短く合図を出して商会の扉の前に立った。

彼は懐から捜査令状を取り出し、重厚な木製の扉をノックする。


ドン、ドン、ドン。


乾いた音が静寂を破る。

しばらくの沈黙の後、扉がゆっくりと内側へ開かれた。


隙間から覗いたのは青白い顔をした痩せこけた男。

目は落ち窪み、どこか生気がない。


「はい……? なんですかぁ……?」


男は不気味なほど間延びした声で尋ねる。


「ミザリー商会の者だな。王城騎士団だ」


騎士が名乗ると、男はわざとらしいほどゆっくりと目を瞬かせた。


「はぁ……? 王城騎士団の方が、何故こんなところにィ……?」


「ミザリー商会の帳簿が改竄されている疑いがある。また、禁制品の取り扱いに関する密告もあった。取り調べを行うので責任者を出せ」


騎士は令状を突きつけて事務的に告げる。


これはあくまで表向きの口実だ。

真の目的は、この地下に潜む邪教団の制圧である。


「はぁい……責任者ですねぇ……今、呼んできますぅ……」


男はそう言って扉の奥へと引っ込み、再び扉が閉ざされた。


部下の騎士が小声で囁く。


「……今のところ、問題はありませんな」


「油断するな。ここは邪教団の本拠地だぞ。何が出てくるかわからん」


隊長は剣の柄に手をかけ、周囲に警戒を促した。


後方で指揮を執る赤髪の青年、ラファエル王子はその様子をじっと見守っていた。

隣には宮廷魔術師長エルセインが控えている。


エルセインが呟く。


「静かすぎるね」


「ああ。嵐の前の静けさというやつか」


ラファエルも頷いた、その時だった。


ズズズ……ッ。


足元の石畳が微かに震えた気がした。

地震か? いや、違う。

もっと局所的な、そして生物的な震動のようだ。


ラファエルの視線が商会の扉の足元へと向く。


地面の揺れが大きくなる。

そして扉の向こうから獣の唸り声のような重低音が響いてきた。


ラファエルの叫びが響き渡る。


「いかん! 全員扉から離れろ!!」


「え?」


騎士たちが反応する間もなかった。


ドゴオォォォォォン!!


爆音と共にミザリー商会の扉が内側から弾け飛んだ。

木片と砂塵が舞い散る中、巨大な影が飛び出してくる。


「ぐわぁっ!?」


「な、なんだ!?」


扉の近くにいた数人の騎士が、その衝撃波と巨体によって吹き飛ばされる。

現れたのは全身が黒い体毛に覆われ、鋭い牙と爪を持つ異形の魔獣。

体高は二メートルを超え、その目は赤く爛々と輝いている。


「魔獣!?」


「こんな街中に!?」


「やはり黒か!」


騎士たちが動揺する中、ラファエルは即座に指示を飛ばした。


「怯むな! 騎士団は囲んで対魔獣用陣形を組め! 前衛に大盾、中衛に槍兵、後衛に魔術師と弓兵だ! 急げ!」


王城騎士団は伊達ではない。

ラファエルの指示で混乱は一瞬で収束し、日頃の訓練通りに迅速な動きで魔獣を取り囲む。


「シィィィィッ!」


魔獣が威嚇の声を上げ、前衛の盾兵に飛びかかる。

だが重厚な大盾の壁は揺るがない。

その隙を突いて槍兵たちが一斉に突きを入れる。


エルセインが杖を構えながら苦笑する。


「向こうは隠すことをやめたようだね」


「ああ。邪教団が絡んでなくとも魔獣が出てくれば商会の捕縛は免れん。突入してくれと言っているようなものだ。令状はいらなかったかな」


ラファエルは剣を抜き放ち、エルセインも杖を構える。


「何事も建前は必要だよ。たとえ敵の本拠地でもね」


「それもそうか」


数分後、魔獣は騎士団の連携によって討ち取られた。

黒い血を流して倒れる巨躯。


「魔獣討伐、完了しました!」


「よし、突入! 敵の本拠地だ、何が出ても油断するな!」


「はっ!」


ラファエルの号令と共に、騎士団が雪崩を打って商会の中へと突入する。


商会の一階は、がらんとした倉庫のようだった。

商品はほとんど置かれておらず代わりに大量の木箱や樽が積まれている。

そして、その奥には地下へと続く階段が口を開けていた。


「地下だ! 進め!」


先頭の騎士が階段を駆け下りる。

地下空間は広く薄暗い魔道具の灯りが灯されていた。

石造りの壁と床、そして独特の湿った空気が漂っている。


「誰かいないか! 王城騎士団だ!」


騎士が声を張り上げる。

すると暗がりから一人の女性らしき影がよろよろと歩み出てきた。

衣服はボロボロで髪は乱れ、恐怖に顔を引きつらせているようだ。


「た、助けてください! 攫われてきたんです!」


彼女は涙ながらに訴え、騎士に縋り付こうとする。


「なんと、もう大丈夫ですよ。我々が助けに……」


騎士が安堵させようと手を差し伸べた、その瞬間。


ドガッ!!


横合いから強烈な蹴りが放たれ、女性の身体がボールのように吹き飛ばされる。


「エルセイン様!? 何を……」


騎士が驚愕して振り返る。

蹴ったのは宮廷魔術師長エルセイン。

普段の温厚な彼からは想像もできないほどの暴力的な行為だ。


だが、次の瞬間。

吹き飛ばされた女性の身体が赤く発光し、膨張した。


ドゴオォォォォォン!!


凄まじい爆発音が地下空間を揺るがす。

爆風と熱波が騎士たちを襲う。


「うわあああ!!」


「なんだあ!?」


騎士たちは盾を構えて衝撃に耐える。

もうもうと立ち込める黒煙。

それが薄らぐと女性がいた場所の壁や床が大きく抉れ、残骸となっていた。


「危なかった……。魔力の収縮を感じたから咄嗟に引き離したんだが」


エルセインが冷や汗を拭う。

もしあのまま騎士が抱きとめていれば、至近距離での自爆に巻き込まれて即死していただろう。


「え、エルセイン様。ありがとうございます……しかし今の女性、まさか……」


騎士が震える声で問う。

まさか、助けを求めてきた被害者を爆弾として使ったのか。

邪教団ならばやりかねない非道だ。


「いや」


エルセインは爆心地へと歩み寄り、瓦礫の中に転がっていた「それ」を拾い上げた。


先ほどの女性の頭部だ。

だが、その断面からは血ではなく歯車や魔石のような部品が覗いている。


「助けてください、攫われてきたんです。助けてください……」


首だけになっても尚、その唇は同じ言葉を壊れた機械のように繰り返していた。


「人形……?」


「ああ。どうやら人に扮した自爆用の人形兵がいるようだ。精巧にできているが魔力の流れが人に比べ単調すぎるし、よく見ると造形も甘い」


エルセインは無造作に頭部を床に落とし、足で踏み砕いた。

壊れた機械のような声が止む。


「明るいところではすぐ判別できるが、こう暗いと造形の判別が難しいな。出会うものは基本的に敵と思って接したまえ。同情は命取りになるよ」


「了解!」


騎士たちが表情を引き締める。


ここは敵地だ。

慈悲や油断が入る隙間はない。


「エルセイン」


ラファエルが近づいてくる。


「今の自爆を見てちょっと思ったんだが、敵が自爆して魂をヴァルノスに捧げるという事はあり得ると思うか?」


「……無い、とは言い切れないのが嫌だな」


エルセインが苦虫を噛み潰したような顔をする。


人形兵ならただの兵器だが、もし生身の人間――信者たちが自ら命を絶ち、その魂をエネルギーとして献上する手段に出たら。

それを止めるのは容易ではない。


「念のため、生かして捕縛する方が良いかな?」


エルセインの言葉にラファエルが頷く。


「そうだな。死なせれば敵の糧になる可能性がある。騎士と魔術師の二人ずつ、フォーマンセルで探索させよう。人影を見たら魔術師が捕縛魔法で動きを止め、騎士が物理的に拘束する方針で」


「人は捕縛して身体検査、人形ならば即破壊、魔獣なら問答無用で討伐だね。そうしよう」


エルセインが部下たちに指示を出す。


「君たち、探索班の編成を変更する! 騎士と魔術師で組んで行動せよ! そして捕縛した者は直ちに地上へ搬送し、入り口付近に集めるんだ!」


「了解しました!」


騎士と魔術師たちが頷き、各通路へと散っていく。


「これでなんとかなればいいが……」


ラファエルが不安げに呟く。


「ヴァルノスの復活は何としても阻止せねばね。我々も行こう、ラファエル」


「ああ。本丸へ」


二人は地下迷宮の最深部、邪悪な気配が漂う方角へと足を進めた。



しばらくシリアスパートが続きます。

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