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グルメ猫ファンタジー  作者: 万年亀
第九話 カジノ船の依頼

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捕縛

夕陽が水平線に沈む時間。

空には一番星が輝き始めていた。


カジノ客船『クレセント号』の甲板は、海賊撃退の興奮と安堵に包まれている。


連絡艇から引きずり出された海賊たちが、芋虫のように縛り上げられて甲板に転がされていく。

その光景を眺めながら、副船長ヴァイルは内心でギリギリと歯噛みしていた。


(くそ、くそ、くそ……ッ! 何が悪かったというんだ……!?)


完璧だったはずだ。

内通者として長い年月をかけて信頼を築き、サクラまで用意した。

誰一人として傷つけず、誰にも疑われず、巨万の富を得て優雅に引退する。

そんな美しい計画だったはずなのだ。


(何故こうも上手くいかない!!)


何が悪いかと言えば、間違いなく運だろう。

よりによって規格外の女帝とその身内たちが、たまたまこの船に乗り合わせてしまったこと。

それが全ての敗因だ。


しかし、副船長ヴァイルはまだ諦めてはいなかった。


(だが……俺が主犯だという事実は、まだバレていないはずだ)


海賊たちは口を割っていない。

イグニス子爵は行方不明だが、あのアホ貴族が自分の名前を出す前に見つけて始末すれば、なんとかなるかもしれない。


(そうだ。俺はあくまで海賊に脅されていた被害者であり、あるいは勇敢に交渉しようとした副船長だ。これから来るレナック王国海軍を何とか言いくるめて、このまま副船長として振舞うしか……)


冷や汗を拭い、表情を安堵した被害者のものへと作り変える。

演技力には自信がある。

今までだって、そうやって世間を渡ってきたのだから。


「やあ、副船長殿。海賊の拿捕、お疲れ様です」


背後から鈴を転がすような涼やかな声が掛かった。

心臓が跳ね上がるのを抑え、副船長ヴァイルはゆっくりと振り返る。


「! これは……マーガレット様」


そこには、優雅な笑みを浮かべた真紅のドレスの美女が立っていた。


「マーガレット様はいったいどちらにいらしたのですか? カジノホールにいらっしゃらなかったので、心配しておりました」


「いや、私は私で少々、色々探っておりましてね」


マーガレットは手で口元を隠し、クスクスと笑う。


「例えば……海賊たちの制圧の手筈が、あまりにも鮮やかすぎたこととか」


「……ほう」


副船長ヴァイルの眉がピクリと動く。


「海賊が船の構造を熟知しすぎていた。まるで、内部の詳細な地図を渡した者がいるかのように。そして乗客を一か所に集める手際の良さ。……気になったので少し調べたところ、どうやらイグニス子爵が一枚嚙んでおりましてな」


「イグニス子爵が……? まさか、あの方が……」


驚いたふりをするが内心では罵詈雑言の嵐だ。


(あのアホ貴族……! 行方不明かと思えば、よりによって女帝に捕まっていたのか! 何をしているんだあのバカは!)


「ええ。既に海賊の一味として身柄を拘束いたしました。彼、とても素直な方でしてね。洗いざらい喋ってくれましたよ」


「そ、そうですか。いやはや乗客である貴族の中に裏切り者がいたとは嘆かわしい……」


「それで、彼が言うには『黒幕は他にいる』と」


マーガレットの瞳が、スッと細められる。

獲物を追い詰める蛇の目だ。


「少々気になったので、貴方の部屋を調べさせてもらいました」


マーガレットが懐から取り出したのは一枚の羊皮紙。

そこにはヴァイルの筆跡で海賊船長への指示が詳細に記されていた。


襲撃のタイミング、集合場所、そして事後の分け前の配分まで。

言い逃れのできない決定的な証拠。


副船長ヴァイルの顔色が土気色になる。

確かにそれは自分と部下の海賊とのやり取りの手紙だ。

だが――。


「馬鹿な! それは全部燃やしたはずだ!!」


彼は思わず叫んでいた。


そう、間違いなく燃やしたのだ。

証拠隠滅のために自分の部屋の暖炉に放り込み、灰になるまで見届けたはずだ。

それがなぜ、新品同様の状態でここにあるのか。


「魔法を舐めるな」


マーガレットは呆れたように肩をすくめた。


「灰を復元することくらい造作もない。物質には記憶がある。燃えて形状を失っても、そこに在ったという情報は消えんのだ。時間逆行と物質再構成の複合魔法だが、まあお前には理解できんか」


そう。

マーガレットはスフィアたちがカジノや控室で暴れている間、悠々と副船長の部屋を訪れ、ゴミ箱や暖炉を漁っていたのだ。


「何かある」と踏んでの単独行動。

これこそが彼女の言う仕事だった。


「そ、そんな……」


副船長ヴァイルは後ずさる。

魔法使いという人種が怖いとは聞いていたが、まさか灰から手紙を復元するなどというデタラメができるとは聞いていない。


「そして今、自白したな? 『燃やしたはずだ』と。つまり、これを書いたのも燃やしたのも自分であると認めたわけだ」


「あっ……」


副船長ヴァイルは口を手で覆う。


しまった。

誘導尋問に引っかかった。


いや、それにしても口が軽すぎる。

普段の自分ならばもっと慎重に言葉を選ぶはずなのに。


マーガレットは楽しげに笑う。


今のマーガレットの言葉には、イグニス子爵にも用いた『おしゃべり毒』が混ぜられていた。

会話という音波に乗せて耳から摂取させ、相手の理性のタガをわずかに緩める情報毒。

ついうっかり口を滑らせやすくするだけの弱い毒だが、こういう切羽詰まった場では覿面に効く。


周囲の視線が変わる。

甲板にいた船員や乗客たちが、副船長ヴァイルを信じられない目で見ていた。


「まさか……」


「副船長が……?」


「海賊とグルだったのか!?」


ざわめきが広がり、疑念が確信へと変わっていく。

副船長ヴァイルは冷や汗を流しながら、なおも見苦しく足掻く。


「い、いや! 違う! 私はハメられたのです! そう、脅されていたんだ! か、家族を人質に取られて仕方なく従っていただけで……!」


「ほほう? 家族を人質に、か。だがイグニス子爵は『副船長ヴァイルこそが計画の発案者であり、海賊の真のボスだ』と言っていたが?」


「あのバカ貴族、何バラしてやがるんだよバカかッ!? ……あっ」


再び口が滑る。

副船長ヴァイルは自分の口を殴りつけたくなる衝動に駆られた。


マーガレットは手紙の内容を、演劇のように朗々と読み上げる。


「何々……『長い時間をかけて上手く上層部に取り入った。もう船長も船員も俺の言う事を疑う者はいない。信頼しきっている愚か者どもだ。このまま略奪計画を実行して、乗客から金品を巻き上げる』……か。なるほどなあ、信頼を利用するとはなかなかの策士だ」


「……っ!!」


周囲の目が疑念から明確な敵意、そして軽蔑へと変わった。

特に彼を信じていた船員たちの視線は冷たい。


「副船長……まさか」


「俺たちを愚か者だと……?」


逃げ場はない。

論理的にも状況的にも完全に詰んでいる。


副船長ヴァイルは血走った目で周囲を見渡す。

何か、何か逆転の手は――。


その時、彼の視界に一人の少女が入った。


蒼いドレスに銀髪の少女、メリアだ。

彼女は少し離れた場所でのんびり海を眺めている。

華奢で非力そうで、人質にはうってつけだ。


(こうなったら、あの娘を人質に取ってこの場を脱出する!)


副船長ヴァイルは隠し持っていたナイフを引き抜き、甲板を蹴った。

女帝は魔法を使うだろうが、人質がいれば手出しはできないはずだ。


「どけぇッ!!」


狂乱の形相でメリアに駆け寄る。


少女は気づいていない。

いける。


「そのガキを人質に――」


ドガッ!!


「ぐべぇッ!?」


メリアに触れる寸前、横から飛んできた丸太のような腕に弾き飛ばされた。


「お触り禁止でーす」


漆黒の鎧を着た牛獣人ブルが仁王立ちで立ち塞がる。

その顔は笑っているが、目は全く笑っていない。


「ぐ、が……!」


副船長ヴァイルがよろめく。

そこへ猫獣人が楽しそうに歩み寄ってくる。


「よう兄ちゃん。俺らの連れに何しようとした? ええ?」


スフィアだ。

手には船員から借りた荒縄が握られている。


「縛り上げろ」


マーガレットが短く命じる。


「よっしゃ」


「はーい」


「や、やめろ! 離せ! くそ、くそおおおおお!!」


抵抗も虚しく副船長ヴァイルはあっという間に簀巻きにされ、甲板に転がされた。


――数分後。


甲板の中央には三人の男が並んで転がされていた。


主犯である副船長ヴァイル。

ボコボコにされた海賊船長。

そして恐怖で顔を引きつらせているイグニス子爵。

子爵の護衛の男クロードは少し離れたところで気絶したまま縛られている。


まさに悪党の博覧会だ。


「副船長、君が……いや、お前が……」


クレセント号の船長が、震える声で歩み寄る。


長年連れ添った部下の裏切り。

そのショックは計り知れない。


「信じていたのに……」


「うむ。こやつが主犯だ。疑う余地はない」


「なんてことだ……」


マーガレットの断言に船長は膝から崩れ落ちそうになり、船員たちが慌てて支える。

その悲痛な姿に乗客たちからも同情と怒りの声が上がる。


しかし、ここで黙っていればいいものを副船長ヴァイルの口はまだ止まらなかった。


「おい、お前ら! 俺を解放しろ!」


副船長ヴァイルが芋虫のように身をよじりながら叫ぶ。


「俺はお前らにとって、いなくてはならない存在だ! そうだろう! 船長もいつも言っていただろうが! 『君がいないとこの船は回らない』と!」


「……あっ」


マーガレットが小さく声を漏らす。


彼女の仕込んだ『おしゃべり毒』の効果はまだ続いていたのだ。

これは魔法毒ではなく脳の伝達物質に作用する情報毒なので、術者の意思で任意解除ができない。

時間経過で抜けるのを待つしかないのである。


(ふむ、効果時間の調整が難しいな。これも改善点か)


マーガレットは研究者としての冷静な分析をするが、状況はヒートアップしていく。


「俺を解放すれば海賊の隠し財産から分け前をやるぞ! 良い思いをさせてやらんこともない! バカは俺に黙って従っていればいいんだよ!!」


「き、貴様……!」


「俺はこの船の頭脳だぞ!? 俺がいなくなって、お前らみたいな無能だけでやっていけると思っているのか!?」


副船長ヴァイルの口から次々と飛び出す本音。

それは彼を信じていた者たちの心を逆なでするには十分すぎた。


「……ふざけるな」


一人の船員が拳を握りしめて飛び出した。


「こいつ、言いたい放題言いやがって! 船長の恩をなんだと思ってるんだ!」


「そうだ! 許せねえ!」


船員たちが殺到しようとする。

リンチの始まりだ。


「待て! 落ち着け!」


マーガレットが両手を広げ、彼らの前を塞ぐように止める。


副船長ヴァイルが勘違いして叫ぶ。


「いいぞ女帝! さすが話が分かるな! お前も俺の役に立て! 金ならやるぞ!」


「止めないでくださいマーガレット様! こいつは俺たちを……船長を裏切って、あんな暴言を……!」


「そうだ! 一発殴らせろ!」


船員たちの怒りは頂点に達している。


「お前たちの気持ちはわかる。痛いほどにな」


マーガレットは神妙な顔で頷く。


「だが、こいつは無傷で海軍に引き渡さねばならん。法による裁きを受けさせるために。だからこそ落ち着いて私の言葉を聞くんだ」


「そ、そんな……」


船員たちが悔しさに歯噛みする。

副船長ヴァイルは「へっ、ざまあみろ」と勝ち誇った顔をする。


しかしマーガレットはニヤリと口角を上げた。


「いいか、諸君。私は最高位の治癒魔法を使える」


「……は?」


副船長ヴァイルの笑顔が固まる。


「どんなに生存の息が細くとも首が繋がっていて心臓さえ動いていれば……どんな傷も一瞬で完治させてみせよう。骨折だろうが内臓破裂だろうが元通りだ」


マーガレットは慈悲深い聖女の如き悪魔の笑顔で告げた。


「そしてレナック王国海軍がここに到着するまで、あと十分足らずだろう。彼らが来た時に無傷であれば何の問題もない。そう思わないか?」


「ひっ」


副船長ヴァイルが短い悲鳴を上げる。


「つまり、何が言いたいかと言うと……」


マーガレットは船員たちの道を開けて手を高く掲げ――振り下ろした。


「十分間制限勝負! ラウンドワン、ファイッ!!」


「うおおおおおおおお!!!!!!」


船員たちの怒りが爆発した。

ダムが決壊したように三人に殺到する。


「うわあああああ!!!???」


「クソボスてめえふざけんな! 巻き添えじゃねえかあああああ!!!!」


「なんでわしまでええええええ!!!???」


副船長ヴァイル、海賊船長、イグニス子爵の絶叫が重なる。

船員たちの拳、蹴り、そして罵声が雨あられと降り注ぐ。


実はマーガレットは船員を止めた時に自分の言葉に『微弱な興奮毒』を仕込んでいた。

聴覚を通じて集団心理の高揚感と攻撃性をほんの少しブーストさせる、お祭り用のスパイスだ。

弱い毒なので後遺症はなく、今この状況では劇薬となる。


「やれやれー!」


「俺たちを騙しやがって!」


その様子を見ていた乗客たちも顔を見合わせる。


「……てことは、じゃあ俺たちが危ない目に遭ったのは全部あいつらのせいってことか?」


「我々も……殴っていいのかな?」


「……やるか!」


更にタガが外れた。

恐怖から解放された反動とマーガレットの興奮毒が、善良な市民をバーサーカーへと変える。


「俺も混ぜろ!」


「私だって怖かったんだぞ!」


乗客たちも便乗し、悪党三人組への制裁に参加し始める。

もはや人の山だ。


「じゃあ俺も行こっと」


鎧姿からスーツ姿に戻ったスフィアが袖をまくる。


彼には明確な理由がある。

カルパッチョやローストビーフの恨みだ。

先ほど海賊船長は倒したが、主犯格である副船長ヴァイルとイグニス子爵にはまだ一発も入れていない。


「特に理由ないけど、僕も」


ブルもニコニコしながら参加する。

特に恨みはないが皆が楽しそうだし、という理由だ。


「せっかくだし、私も」


メリアもスカートの裾を払いながらノリで参加を決める。

だってなんかお祭りみたいで楽しそうだし。


マーガレットは高笑いしながら時折治癒魔法をかけている。

殴られてボロボロになった端から回復し、また殴られる。


まさに無限地獄。

死ぬことは許されない。


こうしてクレセント号の海賊騒動は、加害者の精神的被害を除いて人的被害ゼロという奇跡的な結果で幕を閉じたのであった――。

お祭り状態。

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