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グルメ猫ファンタジー  作者: 万年亀
第九話 カジノ船の依頼

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逃げる海賊

ホールでの戦いが決着した直後。


『海賊ども! お前たちの船長はこちらが撃破し、身柄を拘束した! もはや勝ち目はない、抵抗は無駄だ! 観念せよ!』


カジノ船『クレセント号』のスピーカーから、カジノ船船長の威厳ある勝利宣言が響き渡る。


「な、なんだとォ!?」


「船長がやられた!?」


「嘘だろオイ! あの船長が負けたってのかよ!」


船内に残っていた海賊たちはパニックに陥った。

指揮官を失った軍隊ほど脆いものはない。


ましてや彼らは規律は最低限に、主に暴力と恐怖で統率されていた荒くれ者の集団だ。

タガが外れれば、そこにあるのは恐怖と保身だけである。


「逃げろ! 捕まったら縛り首だ!」


「船に戻れ! 出航だ!」


蜘蛛の子を散らすように海賊たちは我先にと船べりからロープを伝い、接舷していた自分たちの海賊船へと逃げ込んでいく。


もはや略奪品を抱える余裕すらない。

命からがら、といった敗走だった。


やがて海賊船は係留ロープを断ち切り、逃げるように全力でクレセント号から離れていった。


夕闇が迫る甲板。

その様子を解放された乗客たちが固唾を呑んで見守っていた。


海賊船が遠ざかっていく。

その事実が彼らにようやく実感を伴って浸透していく。


「……行った」


「やったぞ! 海賊たちが逃げていく!」


「助かったのね!」


ワァァァァッ!!


歓声が上がる。

抱き合って喜ぶ者、安堵の涙を流す者。

甲板は一転して祝祭のような空気に包まれた。


その喧騒から少し離れた場所で、メリアは海賊船を見送っていた。

彼女の元へ仕事を終えた二人の英雄が歩み寄ってくる。


「おーっす」


「メリアさん、お疲れー」


蒼鱗の鎧姿をした猫獣人と、漆黒の鎧を纏った牛獣人。

スフィアとブルだ。


多少の返り血や煤汚れはあるものの、二人とも怪我一つない涼しい顔をしている。


「あ、お二人ともお疲れ様です。海賊、やっつけたんですね」


メリアが労うように微笑む。


「おうよ。ひとまず飯の仇は討てたぜ。海賊の船長もボコボコにして縛り上げておいた」


スフィアは肩を回しながら満足げに鼻を鳴らす。


失われたローストビーフたちへの未練はまだあるものの、その元凶を自らの手で粉砕したことで多少溜飲は下がったようだ。


「ざっと見た感じ、船に海賊はもういないみたい。クレセント号の船員の人たちが念のため残党が隠れてないか見回ってるよ」


ブルも兜を脱ぎ、爽やかな笑みを浮かべる。


そこへ、船内からもう一人の影が現れた。

真紅のドレスを優雅に着こなし、戦場にいたとは思えないほど優雅な足取りで歩み寄る銀髪の美女。

マーガレットだ。


「見事な手並みだったぞ、お前たち」


「あ、お母さん」


「どうにもならなければ私が出張ろうと思ったが、必要なかったようだな。私の出番を奪うとは中々いい度胸だ」


口ではそう言いながらも、マーガレットの表情は晴れやかだ。

愛娘の見込んだ仲間たちが期待以上の働きをしたことが誇らしいのだろう。


彼女は手すりに歩み寄り、水平線の彼方へと逃げていく海賊船に冷ややかな視線を向けた。


「しかし……このまま見逃すのもなんだな」


彼女が右手をスッと海に向ける。

指先に、禍々しいほどの魔力が収束していく。


「逃がして別の被害者が出ても困る。奴らは懲りずにまた別の船を襲うだろう。ならば、ここはひとつ……海の藻屑にしてやろうか」


極大魔法の詠唱が始まる気配。

海賊船どころか、周囲の海水ごと蒸発させかねない出力だ。


「おっと、まあ待てよメリアの母ちゃん」


スフィアが慌ててマーガレットの手を抑える。


「ここは俺らに任せちゃくれねーか」


「うん? まだ何かするつもりか?」


マーガレットが怪訝そうに眉を上げる。


「ああ。ただ沈めるだけじゃあ俺の気が済まねえ。もっとこう……面白い方法がある」


スフィアはニヤリと悪戯小僧のような笑みを浮かべると、三人に向けて手招きをした。


「作戦はこうだ……」


スフィアは小声でごにょごにょと、とんでもない作戦を説明し始める。

それを聞いた三人の反応は様々だった。


マーガレットは楽しげに笑う。


「なるほど。ただ魔法を撃って船を沈めるより面白そうだ。協力しよう」


「大丈夫だけど、僕の重さで船が沈まないかな?」


ブルは物理的な心配をし、メリアがフォローする。


「ちょっと船員さんに聞いてきます。この大きさの船なら買い出しとか連絡用に使うもっと小回りの利く船が積んであるはずです。ブルさんが乗れるサイズだと良いんですが……」


数分後。

メリアが船員と何やら話し、戻ってきた。


「いけそうです! 連絡艇を一隻貸してくれるって!」


「よーし、作戦開始!」


スフィアがパンと手を叩く。


「船はこっちです! 急ぎましょう!」


メリア、ブル、そしてマーガレットは船内を通って下層の搬出口へと向かう。

そしてスフィアは一人甲板の手すりに足をかけた。


「さて、と」


蒼鱗の鎧が夕陽を受けて神秘的な輝きを放つ。


「行ってくるぜ!」


ザパァァァン!!


スフィアは躊躇なく、数十メートル下の海面へと飛び込んだ。

水しぶきが高く上がる。


「えっ!?」


「あの子、飛び込んだぞ!?」


事情を知らない乗客たちが驚愕の声を上げるがスフィアは気にする様子もなく、まるで矢のように海中を突き進んでいった。



◆◆◆◆



場面は変わり、逃走中の海賊船。


船内は重苦しい空気に包まれていたが、同時に奇妙な熱気も帯び始めていた。

生き残った海賊たちが甲板に集まって言い争っていたのだ。


「くそ、船長がやられて作戦も上手くいかねえ! 踏んだり蹴ったりだ!」


「ヴァイルの野郎、偉そうにしてた癖に作戦失敗してんじゃねえか! 何がボスだ!」


「そうだ! むしろ丁度いいじゃねえか! あのボスと船長がいなくなりゃ、分け前は増えるし俺たちは自由だ!」


「おうよ! このまま俺らは独立して、好き勝手やるぞ!」


「ヒャッハー! 新生海賊団の結成だ!」


彼らは反省などしていなかった。

むしろ恐怖の対象だった二人のボス、ヴァイルと船長がいなくなったことでタガが外れ、さらなる悪行へと突き進もうとしていたのだ。


その時。


ズドンッ!!!


船底から、突き上げるような衝撃が走った。


「な、何があった!?」


「座礁か!?」


「馬鹿野郎、ここは外洋だぞ!」


「おい、船の左舷だ! 何かぶつかったぞ!」


海賊たちが慌てて左舷の船倉へと駆け降りる。

そこには信じられない光景があった。


分厚い船板が内側へめくり上がるように破壊され、ぽっかりと大穴が開いている。

そして、そこから海水と共に一匹の蒼い鎧を着た猫獣人が入り込んでいた。


「よう。お邪魔します」


スフィアだ。

彼は全身ずぶ濡れ――ではなかった。

リヴァイアサンの鎧の加護のひとつ『濡れずの加護』のおかげで、水滴ひとつついていない。


「てめえ! さっきの猫野郎!」


「追ってきやがったのか!?」


「乗り込んでくるとはいい度胸だ! 袋叩きにしてやる!」


海賊たちがカトラスを構えて殺到する。


狭い船倉だ。

多勢に無勢、逃げ場はない。


しかしスフィアは戦う素振りを見せなかった。


「ほんじゃ、また後でな!」


「は?」


スフィアは即座に踵を返すと、自ら空けた穴から再び海へと飛び込んだ。


ドボンッ!


「……ん?」


「海に飛び込んだ? なんで?」


「あいつ何しに来たんだ……?」


「自殺志願者か?」


海賊たちが穴から海面を覗き込むが、蒼い影は既に深海へと消えている。

浸水が始まり、彼らが慌てて穴を塞ごうとした、その時。


ズドンッ!!!


再び激しい衝撃が船を揺さぶった。


「今度はなんだよ!?」


「右舷だ! 反対側だ!」


海賊たちが右舷側へ走る。

そこにはやはり同じように大穴が開けられており、そこには――。


「おっす。じゃあまたな!」


スフィアが手を振って、再び穴から海へダイブしていった。

海賊たちの顔色が恐怖へと変わっていく。


「まさか……」


そう。

スフィアはリヴァイアサンの鎧に備わった『水中動作の加護』と『水中呼吸の加護』をフル活用し、海の中から矢となって船を攻撃しているのだ。


鎧を装備した水中での彼の動きは、地上よりも遥かに速い。

海中から加速をつけて突撃し、その運動エネルギーと鎧の硬度で船体に穴を穿つ。

そして即座に離脱し、また別の場所を狙う。


これは戦いではない。

一方的な破壊工作だ。


ズドンッ!!

バキベキッ!!


「ひいいいッ! また穴が開いた!」


「今度は船尾だ!」


「おいどうすんだこれ! 沈むぞ!」


「俺が知るか!」


海賊たちはパニックに陥った。


相手は海の中にいる。

視認できず、攻撃も届かない。

いつ、どこから衝撃が来るかもわからない恐怖。


「爆弾投げろ! 水中爆弾だ!」


「当たるわけねーだろ馬鹿か! 船の近くで爆発させたらこっちが沈むわ!」


「矢ァ持ってこい! 銛でもいい!」


「今あの猫にバリスタ壊されたよ! さっきの衝撃で!」


指揮系統の崩壊が事態を悪化させていた。

船長がいれば何かしらの指示が出せたかもしれない。


だが今の彼らは、ただの烏合の衆。

右往左往し、浸水を止めることもできず、ただ恐怖に叫ぶことしかできない。


船が徐々に傾き始める。

もうだめだ。


そこに天の助けのような声が響いて来た。


『おーい。そこの船。なにやらダメージを受けてるようだが、大丈夫かー?』


「あ?」


海賊たちが慌てて甲板に上がる。

夕闇の海上に、一隻の船が近づいてきていた。


中型の商船らしき船だ。

甲板には人影も見える。


「船だ……!」


「助かった……!」


海賊たちは安堵すると同時に卑しい笑みを浮かべた。


あの船を奪えばいい。

この沈みかけの船を捨てて、あの船を乗っ取る。

そうすれば自分たちは助かる上に新しい船も手に入る。


海賊たちが演技がかった声で叫ぶ。


「おーい! 助けてくれ! 襲われてるんだ!」


「新種の海の魔獣だ! 凶暴なやつなんだよ!」


「そうだ! 魔獣の名前はえーっと……『海猫』! 海の中からこっちを狙い撃ちにしてくる恐ろしい猫型魔獣だ!」


ある意味間違ってはいない。

むしろ的確な表現ですらある。


船上の真紅の影が拡声器を使って答える。


『それは大変だな! 今そっちに船を着けるから乗り込んで来い! 救助する!』


「しめた!」


「バカな商船だぜ!」


海賊たちは舌を出して武器を握りしめる。

沈みゆく海賊船から救助に来た商船へとタラップが渡される。


「よし、いくぞ!」


「船を奪え!」


海賊たちは雪崩を打って商船の甲板へと乗り込んだ。

そして全員が乗り移った瞬間、彼らは本性を現した。


「へへへ、運が無かったな! 俺たちは海賊さ!」


「命が惜しけりゃ、この船を……」


海賊たちがカトラスを抜き威嚇しようとした、その時。


ガチンッ!!


重厚な金属音が響いた。

彼らの前に立ちはだかったのは両の拳を打ち付けた、漆黒の巨大な牛獣人戦士。


「いらっしゃい」


ブルが威圧感たっぷりの満面の笑みで出迎える。


「げっ、お前は……!」


「船を見回ってた悪魔!」


さらに、その背後には武装したクレセント号の船員たちが剣を構えて包囲網を敷いている。

そして拡声器を持って出てくる『女帝』の姿。


「武器は棄ててもらおうか」


マーガレットが冷ややかに告げる。


「な、なんだと! やっちまえ!」


一人の海賊が矢を放とうとし、別の海賊が斬りかかろうとする。


パチンッ。


マーガレットが指を鳴らした。


「あつっ!?」


「えっ!?」


その瞬間、海賊たちが持っていたカトラスの刀身が錆びついて砕け散り、弓の弦が焼き切れ、木製部分が腐食して崩れ落ちた。


武器破壊の魔法。

しかも、広範囲かつ瞬時に。


「……は?」


海賊たちは手の中に残ったゴミ屑を呆然と見つめる。


「それでも抵抗をする勇敢な者は全身バラバラにしたうえで魚の餌とする。どうするね?」


マーガレットの瞳が深淵のような暗い輝きを放つ。

背後にはブルが、いつでも殴れるように拳を回している。

海からは仕事を終えたスフィアがザパーンと上がってきた。


「ふー、良い仕事したぜ。……お、全員揃ってるな?」


海から上がってきた猫獣人が不敵に笑う。


前門の牛獣人、後門の猫獣人。

そして女帝。

逃げ場は魚の胃袋のみ。


海賊たちの心が、ポッキリと折れる音がした。


「……降伏します……」


「賢明だな」


マーガレットは満足げに頷く。


こうして逃亡を図った海賊たちは船を沈められ、希望を与えられ、そして絶望の底に叩き落とされて一網打尽にされたのであった――。

海中猫ミサイル。無限に再利用可。

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