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 結局、喫茶店アカシア常連の萩野谷、中学生の良太、腐女子の牧野の三人が同行することになり、萩野谷が運転する軽のワンボックスで、桃華は「釜飯屋」という異称のオタクに面会することになった。

 教えられた場所は城南区の一画にあり、いわゆる高級住宅地の中にあった。

 住宅街を低速で走行する軽に乗り込んだ四人は、あまりに場違いな印象にコチコチに緊張していた。

 立ち並ぶ住宅は、どれもこれも大金がかかっていそうで、人の背丈をはるかに超える高い塀が侵入者をことごとく排除する意思を表し、住宅のあちらこちらには監視装置がこれ見よがしに据え付けられていた。

「こんなところにオタクがいるの?」

 緊張に耐えかねたといった表情で、腐女子の牧野が後部座席から運転する萩野谷の背中に噛みつくように話し掛けた。

「ああ、これから会うことになる釜飯屋というのは、親が資産家でね。何もしなくても生活は保障されている。住んでいる家も、親のプレゼントってわけだ」

 牧野は「呆れた」といった様子で、何度も首を振った。

「羨ましいわねえ……」

「ひとつ注意しておくが」

 萩野谷は、ちらっと車内のミラーで牧野の顔を確認して念を押した。

「確かに釜飯屋は金持ちだ。ただし妙な卑下をしたり、あからさまな資産に対する羨望を口にしないほうが良い。対等のオタク同士という態度を取るべきだ。そうでないとあいつは機嫌を悪くする」

 萩野谷の弁舌を、後部座席の、牧野腐女子の横で聞いていた桃華は「相当面倒くさい相手らしいな」と思った。まだ言い足りないのか、萩野谷はさらに言葉を続けた。

「それと、あいつに会っても、決して驚かないように……」

 牧野はぐいっと前へ太った体を乗り出し、尋ねた。

「驚かないようにって、何に驚くというのよ?」

 萩野谷は明らかに逡巡した様子を見せた。

「うーむ……そ、それは会ってみれば判る。とにかく、普通にしていてくれ」

 それきり萩野谷は黙りこくり、無言でハンドルを握った。住宅街にかかわらず、道は広々として、立ち並ぶ豪邸は敷地も個人の住宅としてはド外れて宏大だった。

 やがて萩野谷の運転する軽自動車は、目的地の正門前に停車した。正門は鉄扉で、格子になっていて邸内が隙間から確認できた。正門から建物へは、白い玉砂利の道が続いている。敷地は広大で、道の両脇は芝生が青々として、途中にきちんと刈り込まれた植木が点在していた。

「ここがそうなんですか?」

 助手席の中学生、良太は口をポカンと開け、両目を一杯に見開いて萩野谷に尋ねた。萩野谷は軽く頷いた。

「ホワイトハウスみたい……」

 牧野が小声でつぶやいた。

 まさしく眼前の建物は、アメリカ合衆国大統領官邸の、ホワイトハウスを移築したかのような外観を誇っていた。

 ただし少々、スケールは小さめで、縮小したホワイトハウスの模型のようだ。

 それでも全体から受ける印象は圧倒的で、軽ワゴンの四人は気圧されて言葉を失っていた。

 萩野谷は携帯端末を通話モードにした。

 呼び出し音が数回鳴ると、苛立ったような甲高い声が端末から聞こえてきた。

「何だ?」

「萩野谷です。今、正門に来ています」

「ちょっと待て」

 返事があってすぐ正門の鉄扉が左右に開き始めた。重々しいモーターの音が響き、鉄扉はゆっくりと開いていく。

 萩野谷はアクセルを踏み込み、低速で邸内に軽自動車を進めた。

 正門を通過すると、背後で鉄扉が閉まり始めた。背後を振り返り、良太は呟いた。

「どこで操作しているのかな」

 萩野谷がハンドルを握りながら答えた。

「もちろん、家の中からに決まっている。そら、ついたぞ」

 車は停車し、全員ぞろぞろと外へ出た。車廻しがあって、すぐそこが玄関だった。

 玄関は白い、両開きのドアになっていて、見上げるほど巨大な扉だった。

 ドアに近づくと、横の壁の一部が丸く開き、そこから金属のアームが突き出された。アームの先端には同じ材質の球体が接続されている。蓋がパカッと開くと、スピーカーらしき装置になっていた。

「用件を話せ!」

 スピーカーから、さっきと同じキンキン声が聞こえてきた。

 突き出されたスピーカーを見上げ、良太が目を輝かせた。

「わあ! ジャバ・ザ・ハットの入り口みたいだ!」

 桃華の顔色を見て、萩野谷が小声で説明した。

「〝スター・ウォーズ〟三作目の〝ジェダイの帰還〟に出てくる場面でね。ジャバ・ザ・ハットとは、有名な悪役キャラクターだ」

 桃華は「なるほど」と納得した。良太はSFオタクなのだ。中学生という年齢に関わらず、驚くほど古いSF映画や、小説に詳しい。

 良太はニヤッと笑いを浮かべると、妙に甲高い声でスピーカーに話し掛けた。

「贈り物をしに、参上いたしましたです。ジャバ様によしなに願います……」

 萩野谷が桃華に囁いた。

「同じ場面でC3POが入り口を通過するために言うセリフだ。さて通じるか?」

 萩野谷の言葉が終わる前に、巨大な扉が、静々と内側に開き始めた。萩野谷と良太は顔を見合わせ「やったね!」とばかりに満面の笑みを浮かべて頷き合った。

 二人の様子を見て、桃華は「オタクは面倒臭い」と心底思った。単に訪問するだけで、お互いのオタク知識を確認し合わなければ一歩も進めないのではないか?

 開いた扉を通り過ぎ、四人は室内に踏み込んだ。

 目が暗さに慣れると同時に、桃華を除く三人は歓声を上げた。

「おおっ! 凄え!」

 と、これは萩野谷の声。

「ビョーキよ! この家の主人は、完全におビョーキなのよ!」

 腐女子の牧野が捲し立てた。

 中学生の良太は、最初に歓声を上げたまま完全に茫然としていた。

 桃華は良太に話し掛けた。

「何が凄いのよ? ちょっと変わっている内装だけど」

 良太は呆れたように桃華を見た。

「君、〝スター・ウォーズ〟を観ていないのか?」

 良太のタメ口に、ちょっとムッとなったが、堪えて、桃華は首を横に振った。見かけが小中学生に見えるため、良太はついつい桃華に対し、同世代のような口調になる。

「ここはスター・ウォーズのデス・スター内部そっくりに作ってあるんだ。まるで映画のセットみたいだ……」

 説明する良太はうっとりとなっていた。

 全体に金属質の壁に、床は光沢のある同じく黒々とした材質だった。壁には間隔を置いて白く光る照明を配置し、メカニックな雰囲気を放っている。

 スター・ウォーズという映画を知らなくとも、この家の中がひどく金をかけ凝った作りになっていることは、桃華には判った。

 廊下の一方には、デス・スターにミレミアム・ファルコン号が強制着陸されたハンガー・デッキが再現されていた。もちろんミニチュアではあるが、巧みな遠近感の再現により、迫真のセットとなっていた。

 ハンガー・デッキに着陸したミレミアム・ファルコン号の周りには、帝国のストーム・トルーパーが、真っ白な装甲を身に着け、ずらりと整列している。無論、ミニチュアではあるが、精巧な作りで、まるで本物のデッキを覗きこんでいるように見えた。

 牧野は萩野谷に質問していた。

「あんた、釜飯屋と知り合いなんでしょ? ここのことは知らなかったの?」

 萩野谷は、茫然と首を細かく左右に振って答えた。

「名前を知っているだけだ。ここのことも、知り合いの知り合いを通じて、教えて貰ったんだ……」

 四人が立ち止まっていると、どこかに仕掛けられているスピーカーから、外でも聞こえた甲高いキンキン声が響いてきた。

「何しているんだ。さっさと進まないか!」

 四人は苛立った声にびくっとなって、視線を奥へと動かした。

 玄関からは長々とした通路になっていて、正面にもう一つの扉が見えていた。

 四人はおずおずと扉に向かった。

 近づくと、扉は静かに開き始めた。

 扉の向こうは円形の部屋になっていて、ここもまた映画のセットのようになっていた。

 良太が歓声を上げた。

「宇宙大作戦のエンタープライズ号、ブリッジだ! 凄え、オリジナルシリーズそのままだ!」

「宇宙大作戦」とは、「スター・トレック」の日本でのテレビ放映時のタイトルである。アメリカでは3シーズン放映された後、再放送で人気が出て、映画や新シリーズが制作された。

 四人が目にしているのは、オリジナル・シリーズのエンタープライズ号ブリッジを再現した部屋だった。

 部屋の中央に船長が座る椅子が設え、そこに一人の人物が座っていた。

 頭をツルツルに剃りあげていることは判るが、背中をこちらに向けているので、顔までは判らなかった。

 その人物は、何事か呟いていた。桃華は耳を澄ませた。

「〝萌え〟は我と共にあり……我は〝萌え〟と共にあり……」

 それを何度も、口の中で繰り返し呟いているようだった。

「ようこそ! 萩野谷さんの名前は聞いているよ。それにそのお嬢さんの噂も」

 甲高い声がして、椅子に座っていた人物が立ち上がり、四人に向き直った。

 背はそれほど高くはない。

 いや、平均からすると、かなり低い。おそらく百六十センチに僅かに足りない。その分、体つきはガッチリとしていて、柔道着に似た服の上からも、鍛え上げられた筋肉はハッキリと判った。

 が、全員の目を惹いたのは、その人物が顔に架けている真っ黒な眼鏡だった。

 桃華は進み出て、話し掛けた。

「釜飯屋さんですか?」

 釜飯屋、とおぼしき人物はニヤリと笑った。

「左様、そう世間からは呼ばれているな」

 声は甲高いが、口調は妙に老成していて、ちょっと年齢の見当が付きにくい話し方をしていた。

 釜飯屋は右手を上げると、顔に架かっている眼鏡をちょいとずらした。

 桃華は息を呑んだ。

 なぜなら眼鏡の真っ黒なレンズの奥から覗いた両目には、白く膜が掛かり、何も見えていないことは明白だったからだ。

 釜飯屋は失明しているのだ!

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