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「失礼した、若い頃、事故を起こしてね、それ以来視力を失った。だから俺のコレクションは、見えている頃好きだったテレビシリーズとか、映画に関するものばかりだ」
一同が気を呑まれているのを感じ取ったのか、釜飯屋は陽気な口調で話し掛けた。
腐女子の牧野が、萩野谷に囁いた。
「釜飯屋さんが、目が不自由だってのを知っていたの? だから驚くな、って念押ししたのね」
萩野谷は無言で頷いた。
まるで見えているように釜飯屋は桃華に真っ直ぐ向き直ると、椅子に立てかけてあった杖を手に取った。
盲人用の杖にしては長すぎる。ほぼ釜飯屋の身長と同じくらいあった。
「さて、俺を訪ねてきた用件は、オタクたちが自衛する必要がある、とあんたが提案したからだそうだな。あんたは確か、スーツアクターとして活躍しているそうだね」
桃華が頷くと、釜飯屋は杖を持ち上げ、先端を桃華に向けた。
「それにはまず、あんたの腕前を知る必要がある。手合わせを願おうか?」
返事を待たず、釜飯屋はクルリと背を向け、とっとと先に立って歩き出した。
仕方なく、桃華は釜飯屋の後に続き、歩き出す。背後から萩野谷、良太、牧野の順でぞろぞろと従った。
再び廊下に出ると、釜飯屋は扉の一つを押し開け、無言で中へ入った。
釜飯屋の次に入った桃華は、息を呑んだ。
思ったより天井が高い部屋で、一見、和風の道場に見えるが、どことなく〝勘違いした日本風〟に見える。太い木製の柱に、組み格子の天井。床には畳が敷かれていた。
背後で良太が囁いた。
「凄え……。マトリックスで、ネオが修行する道場だ!」
いちいち驚かないで欲しい……と、桃華は思った。第一、桃華は「マトリックス」という映画を観ていない。これからオタクたちと付き合うために、そういったオタク知識必須の映画や、アニメを観賞する必要があるのかも、と桃華は思った。
「好きな武器を取りなさい。あんたはトンファ遣いらしいが」
釜飯屋が杖を壁に振ると、桃華は一面に様々な武器が立てかけられていることに気づいた。
木刀、ヌンチャク、青竜刀、鎖鎌など古風な武器が飾られている。もちろん桃華の得意とするトンファも、素材や大きさなど様々な種類がずらりと並んでいた。
桃華はその中で、小さめで軽い素材でできているものを選んで、素振りをした。
うん、ぴったりだ!
桃華の用意ができると、釜飯屋は道場の中央に進み出て待った。桃華は挑戦を受けて立つため、釜飯屋の前に進んだ。
一礼してすぐ、試合が始まった!
釜飯屋は手にした杖を振りかぶり、真っ向微塵に桃華に襲いかかった。
唸りを上げる釜飯屋の杖を危うく躱した桃華は、内心舌を巻いた。
釜飯屋の目が不自由だとは、絶対に思えない攻撃の鋭さと、確かさだった。桃華が素早く退かないと、確実に釜飯屋の揮った杖先は脳天を直撃していたはずだ。
釜飯屋は攻撃の手を緩めることなく、次の動きに入った。振りかぶった杖は床を打つことなく、素早く横に振り払う。桃華はこれもまた僅かに腰を捻ることで避けることが出来た。
「どうした、どうした? 避けるばかりでは、試合にならんぞ!」
釜飯屋の舌刀に、桃華の頭に血が上った。
唇を真一文字に引き結び、桃華は手にしたトンファを釜飯屋に向かって力一杯、振り下ろした。
トンファには握るための柄がついていて、腕の遠心力と、手首を支点とする回転力が重なり、破壊力は二倍にも三倍にも増加する。
桃華の攻撃を、釜飯屋は杖を振り上げることで受け止めた。
カツーン! と乾いた音が道場に響き渡り、桃華の手が痺れた。
もう桃華には相手が目が不自由だとか、ハンデがあるなどの遠慮は一切、脳裏に浮かばなかった。完全に対等、いや一枚も二枚も上手の敵と渡り合う覚悟が必要だと心底から感じ取っていた。
両腕を風車のように動かし、桃華はトンファのありとあらゆる秘技を駆使して釜飯屋に襲いかかった。
釜飯屋も手にした杖を縦横無尽に動かし、桃華の攻撃を受け止めていた。
カンカンカン……!
道場に杖とトンファが触れ合う、リズミカルな音が響いていた。
まるで演奏をしているかのようだったが、お互いの力量が伯仲しているため、タイミグがぴったりと合って、演奏しているかのように聞こえていた。
「中々やるな……だが、実戦を経験していない哀しさ……それ、これでどうだ!」
釜飯屋はニヤリと桃華に笑いかけると、いきなり手にした杖を下から突き上げてきた。この動きは予想もしなかったもので、桃華は思わず、上体を反らし、仰け反ってしまった。
からからから……。
釜飯屋の杖が桃華のトンファに絡まるような動きになった。桃華の握りしめた右手のトンファが、釜飯屋の突き上げた杖先にからめとられ、指から離れてしまった。
しまった!
悔しさに、桃華は唇を噛みしめた。
残るは左手一本!
右手に持ち替える一瞬も惜しみ、桃華は左手に握りしめたトンファを使って、釜飯屋を攻め立てた。
もう、防御など頭の中からは一切、吹き飛んでいた。悪鬼のように、桃華は無我夢中になって釜飯屋を攻撃していた。
桃華の最大限の攻撃を、釜飯屋は楽々と応対している。桃華は釜飯屋が、小声で何か呟いているのに気づいた。
「〝萌え〟は我と共にあり、我は〝萌え〟と共にあり……」
釜飯屋の呟きを耳にして、桃華はかーっと全身の血が頭に逆流するのを感じた。
こんな時でもオタクでいるのか?
その時桃華は、無意識に動いていた。
桃華の右足先が釜飯屋の踏み込んだ左足の内側にするりと入り込み、強烈に跳ね上げていた。柔道の内股の技だった。
釜飯屋の身体がくるりと回転し、道場の床に叩きつけられ……と思われたが、何と釜飯屋は空中で猫のようにパッと姿勢を整え、ふわりと床に降り立った。
「やるな!」
釜飯屋はニヤッと笑って、白い歯を見せた。
その時、萩野谷が大声を上げた。
「それまで! 引き分け!」
桃華は萩野谷の声に「えっ?」と顔を上げたが、釜飯屋は軽く頷いた。
「そういうことだ。あんたの実力は、よくわかった」
桃華は力を抜いた。何となく、萩野谷の制止の声が有難かった。




