Enemy or Sister(6)
月代の制服を着、美しい銀色の髪を夜風になびかせ、無表情で俺を見下ろしている。いつもとは雰囲気が違う。
あの夜、シルシィと始めてあった時のような、その瞳はブラックホールがそこあるかのように漆黒に光を吸収している。それだけではない。
バサバサとはためくスカートの下から光を吸収する漆黒が漏れ出ている。
「シル!! 何をしてる、下りて来い!!」
叫んだ声は夜闇にすぐにかき消され、再び静かになる。
確かに俺の方を見ているが問いかけには無反応、俺の言葉は彼女に届いていない。
カチャッと銃を構える。
今のシルに説得は不可能だ。そう思った時だった。
俺の視界からシルシィが消えた。
焦って周りを見回すがいない。
「……どこだ?」
突如俺の足元の影が大きくなる。
「上か!!」
シルは頭上で片手に漆黒をまとい一直線で俺に向かって来る。
俺は後ろに下がりギリギリのところで直撃を避けたが、シルの右腕はそのまま俺の目の前を通り過ぎ地面に激突する。その衝撃で爆風のような強力な風圧が生じ俺は後ろに下がった勢いがさらに増し数十メートル吹き飛んだ。
それだけではない。地面と拳の衝突地点から漆黒が拡大し地面を大きく抉る球状に広がり、一瞬で漆黒が消失する。地面にはクレーターのような凹みが生じ、消失した瞬間に、まるでそこの空間ごと抉ったように今度はそこに引寄せられるような風圧は生じたが、何とか耐える。
シルに何ら変化はなく。
さらに右手から発生させた漆黒を細い氷柱状に変形させ、槍投げのような態勢に入る。
――――バァーーン!!
防弾制服に向け銃弾を放つ、シルは漆黒の投擲を中止その槍状の漆黒で銃弾を軽く回転起動で弾いた、さらにそのまま回転力を使い投擲してきたのだ。
俺はOFFになっていた能力をONにし、漆黒の弾道計算をして避けるが、あの回転からは想像もつかないような高速で脇をかすめた。
俺の予想、いや腕の振りから計算した速度の数倍近い速度を持っていたため、躱すことはできなかった。
今の攻撃をオーバーに躱していなければあばらに貫通していただろう。
現にかすっただけで防弾制服とさらに中に来ていたワイシャツ、さらにインナーを貫通している。
これは一発でも命中すれば、死ぬ可能性もあるということだ。
さらに銃撃し距離を取るが、銃弾は胴体に命中しているように見えるが、この前教会に向かって狙撃してきたときのように銃弾は潰れて変形し地面に落下した。
やはり銃弾は効かない。効いても少し心が痛むが、そんなことを言っている場合ではない。
逃げるにしてもアッと言う間に距離を詰められてしまう。思考速度を上げて自分だけの時間を稼ぐ。
何か方法はないだろうか。
今更になって姫神先輩の言葉を思い出す。先輩はシルのところに行くなと言った。それは先輩がシルのことを嫌っているからだろうが、それは最終的には正しかった。
シルは自分の能力を制御しきれていない。能力に飲み込まれ能力に完全に支配されている。さっきからの行動はやけに機械的であることからも言えるだろう。
シルが何の能力は知らないが、それがあまりにも強力であることは確かだ。防御にも攻撃にも使える能力、さらに漆黒の瘴気のようなものをまとっていることから、『消滅(Vanish)』属性の能力である可能性が高い。
その系統の能力は名称からもわかる通り非常の攻撃的な能力に付加されている系統であるため、通常兵器では歯が立たない。
よって今は一端引くというのが一番合理的であるが、背を向ければ一瞬でやられる。ここでのやられるは死ぬ方の意味を含まれる。
9mmパラベラム弾を二発は防ぐ防弾性能を誇る制服がまるで紙を切るかのように容易く貫通してしまう。
今の俺は丸腰でいるのと何ら変わりはないのだ。
いくら思考しても勝ことは愚か逃げることもできない。どう足掻いても無理だ。せめて攻撃の予備動作から計算で攻撃軌道が求まるなら何とかなったかもしれない。
思考途中だがいくら引き延ばしての結論はでないまま時間の経過が始まる。
シルは同じモーションで二本、三本と次々に漆黒の槍を飛ばして来る。体を回転させながら槍の生成と発射を繰り返す。
俺は背中を向け闇雲に走り出す。
一か八か、そんな賭け事は今まで経験してこなかった。俺はとても計算高く、奇跡を信じない。
だが今は、その奇跡を信じ一目散に逃げ出す。
凄く恰好が悪い光景だが正面から向かっていって今の俺に止められるわけがない。
都合よく助けに来てくれる奴もいないと言うより、さっき地下の水流に巻き込まれたときにシルが助けに来てくれている。
二度もご都合的に俺を助ける者がいるはずがないのだ。これは単純な確立の問題だ。
だが人が多い所まで逃げ切ることができれば、攻撃対象はそこにいる全員になり、狙わる確率が減る。
さっきの一撃だけで感じたことだが、そこまで正確に狙っているわけではない。
オーバーに躱す方向が逆だったために掠っただけだ。乱雑に動きまわれば命中率はさらに低下するだろう。
後ろを少し振り返るが、シルがその場から動くことはなく漆黒の槍を放ち続けている。
距離は次第に離れ、投擲した一発が前の木に命中しそのまま三本、四本の木々を貫通して消滅した。
――――何て威力だ!!
まともに当たればやはり死を覚悟しなければならない。
俺は『翠光館』の庭から離れ噴水のある中央に向かって走る。
一瞬だけ振り向くがそこにはシルがいない。
逃げたのか?
いや違う、ガサガサと俺に向かうように直線上の木々が遠くから順に揺れている。
さらに木々の狭間から高速に天に向かって飛びだしたのだ!!
「――――シルだ!!」
月光を浴びた銀色のシルエットが次第に大きくなっていく、かなりの飛距離、俺を優に超えて行き、行く手を妨げるように着地したのだ。
急ブレーキをかけ立ち止まり、銃を向ける。
シルの能力は攻撃以外にも使えるのか!?
身体能力は高い方ではあったが、あれは人間技ではない。何等かの能力が作用しているのだろう。
ここで引き返しても同じように先回りされるか、直接俺を狙って飛んで来るかもしれない。
接近戦で勝ち目はない。
シルの能力の強さを見るにそう長い時間は戦えないように見える。能力の低下によってシルの制御下の自然に戻ってもらうのを待つしかないのか?
だが、そこまでの時間を稼ぐ前に俺が死ぬのは先だ。
姫神先輩が来ることはないだろう。さっきあんなことがあったのだから、御影先輩もユーも来ない。
可能性として一番高いのは風紀の機動部隊か軍事の部隊が近くに展開していてもおかしくはない。
特に風紀はさっきの攻撃で全滅している。
わずかな望みではあるが、何とかしてあの槍を躱し続けなければならない。
そう思った矢先、シルは別のアクションを取ったのだ。
左手を空に突出し、力強く握るとその拳から漆黒が漏れ出し、次第に形が定まっていく。
槍のように見えたが、次第に上が突き出ている十字のような形に成形された。
エストックのような形、接近戦に持ち込むつもりだ。
――――シュン!! ――――シュン!!!
シルは高速で木々を足場にするようにジグザグに移動してくる。それは近づくたびに加速しているのだ。
―――――バァン!! ――――バァン!!
意味もなく銃弾を放つが、もちろん掠りもしない。
2秒で目の前まで距離を詰められる。
俺は太刀を闇雲に抜いて振り上げる。
「――――当たってくれ!!」
太刀と漆黒のエストックは無音でぶつかりあい、火花を散らすこともない。
「シル!! 目を覚ませ!!」
「……」
一端バックステップで再び突撃してくるが、それも太刀で受け止める。
小柄からは想像もできない強力な力で押され、足が滑りジワジワと地面を擦るように体が後退していく。
「頼むから正気に戻ってくれ、シル、シルシィ!!」
「……」
ダメだ、全くこちらの言葉を受け付けていない。
そんなやり取りを何とか三度、四度と繰り返すが、俺の声はシルには届かない。
同じ動作でバックステップし再びぶつかり合うかと思ったが、シルは俺の太刀を高くジャンプし両足で受け、さらにその反力で高く空に舞ったのだ。
漆黒のエストックは槍へと形を変え、シルの体がのけ反り発射態勢に移行したのだ。
やばい、これは躱せない。
ずっと同じ流れで時間が稼げると思ったが、そうはいかなかったのだ。
相手の動きに翻弄され、次の回避動作が間に合わない。
あれを喰らったら終わりだ。
だが、躱すこともできない。
これは本当にダメかもしれない。
俺の能力で体感時間を引き伸ばし精一杯考えるが何も思いつかない。
思いついても普通の方法では防ぐ時間が圧倒的に足りない。
終わった。
せめて急所から外れることを、投擲ミスを、願うまでだ。
最後は神頼みとか情けない限りだが、シルにも情けなどなく、槍は一直線に俺目がけて放たれたのだ。




