第四十四話 鍛冶屋の護符
二月下旬、千夏は部屋の掃除中に、あの鉄飾りを見つけた。
大晦日に豪太からもらった土産だ。棚の奥に置いたまま、しばらく忘れていた。手に取って、改めて眺めてみる。小さな円盤に、幾何学的な模様が刻まれている。粗削りに見えて、よく見ると線は均等だった。
「これ、なんの形だったんだろうな」
独り言のつもりだったが、気になり始めると止まらなかった。
その日の夕方、店の仕込みの合間に、豪太が顔を出した。最近は、こうしてふらりと来ることが増えている。
「おい」
「なんだ」
「これ、大晦日にもらったやつ」
千夏は鉄飾りをカウンターに置いた。豪太は一瞬だけ目を細めた。
「まだ持ってたのか」
「捨てるわけねえだろ」
「そうか」
「これ、なんの形だ」
豪太は少し黙った。答えるかどうか迷っているような沈黙だった。
「故郷の、印だ」
「印?」
「鍛冶屋が、世話になった相手に打つ。向こうじゃそういう習わしがある」
「世話になった相手って、私か」
「そうだ」
豪太はそっけなく答えた。
「祭りで、通路を一緒に整理した。忘年会にも呼んでもらった。大晦日にも、店を開けてくれた」
「それだけのことだろ」
「それだけじゃない」
豪太は珍しく、言葉を続けた。
「故郷じゃ、誰もこんなことしなかった。ここに来て、初めてだった」
千夏は、鉄飾りを見つめた。粗削りに見えた模様が、急に違って見えてきた。
「これ、誰にでも打つのか」
「打たない」
「打ったことあるのか、他に」
「ない」
豪太は短く言い切った。それ以上の説明はなかった。だが、それで十分だった。
「……大事にする」
「別に、そんな大層なもんじゃない」
「大層だよ」
千夏はそう言って、鉄飾りをポケットにしまった。豪太は何も言わず、視線を逸らした。耳の先が、少し赤くなっている気がした。
夜、店に千夏が戻ると、樹が片付けをしていた。
「千夏さん、今日、豪太さんと何話してたんですか」
「別に、大したことじゃねえよ」
「そうですか」
樹はそれ以上聞かなかった。石窯の火が、いつも通り店を照らしている。ポケットの中の鉄飾りが、わずかに重みを増した気がした。境見町の二月は、まだ終わらない。
【境見町 異文化生活マナー帳 第六十七条より】
ドワーフの職人が誰かに道具を打つのは、単なる商売ではないことが多い。
理由を聞いても、素直には答えてくれない。
今回もお読みいただきありがとうございます(๑•̀ㅂ•́)و
フォーカスを当てる部分が可愛らしいところだったので、ちょっと短い内容になってしまいましたね。
大晦日の鉄飾りには、ちゃんと意味がありました。
「故郷の、印だ」
「打ったことあるのか、他に」
「ない」
豪太さんらしい、不器用な答え方でしたね。




