第二十八話 乾杯の理由
十二月中旬、商店街の忘年会は毎年ハーフ&ハーフを貸し切って行われる。
丸テーブルをすべてくっつけて、長い一列にする。人間もエルフもドワーフも、店の常連も一見も、この日は特に肩書きなく並んで座る。
千夏は厨房で、串焼きの追加を焼きながら会場を見渡していた。
「今年も賑やかだな」
誠司が生地を伸ばしながら言った。
「毎年同じこと言ってますよ」
「毎年同じくらい賑やかだからな」
金物屋の親父が音頭を取って、乾杯が始まった。二十人以上の声が重なる。
豪太は、隅の席に座っていた。
誰かに話しかけられるでもなく、料理を黙々と食べている。千夏は焼き上がった串を運びながら、その様子に気づいた。
「おい」
「なんだ」
「なんで隅にいるんだよ」
「空いてた」
「他も空いてただろ」
豪太は答えなかった。千夏は串を置いて、隣の椅子を引いた。
「いいか」
「勝手にしろ」
千夏は座った。
「初めての忘年会か」
「そうだ」
「緊張してんのか」
「してない」
「してるだろ」
豪太は黙って串を食べた。千夏はそれを見て、少し笑った。
「別に、話さなくてもいいんだぞ。ここにいるだけでいい」
「なんだそれ」
「私の親父がそうだ。あの人も、こういう場所であんまり喋らない。でも、いないと寂しがられる」
豪太は少し考えるような顔をした。
しばらくして、金物屋の親父が近づいてきた。
「岩田、来てくれたか」
「呼ばれたので」
「堅いなあ。飲んでるか」
「飲んでる」
金物屋はコップを持ち上げた。
「うちのカッター、まだ使ってるぞ。よく切れる」
「そうか」
「お前んとこの店、繁盛してるみたいだな。この間も、うちの女房が包丁研ぎに出してた」
「知ってる」
「知ってるのかよ」
金物屋が笑って、豪太の肩を叩いた。豪太は少しだけ体を硬くしたが、振り払いはしなかった。
誠司が全体に声をかけた。
「今年一年、みんなお世話になりました! 来年もよろしくお願いします!」
拍手が起きた。ドワーフの誰かが「乾杯やり直すぞ!」と言い出して、また全員がグラスを掲げた。
豪太は、その騒ぎを少し離れた場所から見ていた。千夏は彼の様子を見て、思い出した。
「なあ」
「なんだ」
「お前、去年一人で年越ししたんだって?」
豪太の手が止まった。
「誰から聞いた」
「金物屋の親父」
「あの人、喋りすぎだ」
豪太は水を一口飲んだ。
「境見町に来て、まだ半年ちょっとだ。知り合いもいなかった。仕方ないだろう」
「今年は?」
「……知らん」
豪太は視線を落とした。
「一人でも、慣れてる」
千夏は、その言い方に少し引っかかった。
「慣れてるのと、それでいいのは、別だろ」
千夏はそう言った。
豪太が顔を上げた。
「なんだ、急に」
「別になんでもない。ただ、そう思っただけだ」
千夏はコップを傾けた。
「うちの店、大晦日から三が日、毎年やってる。店長が『誰か来るかもしれないから』って理由で開けてる」
「意味が分からん理由だな」
「私も最初はそう思った」
千夏は少し笑った。
「でも、実際来るんだよ。行き場のない客が」
豪太は黙って聞いていた。
「今年、来いよ」
「客としてか」
「客としてでも、なんでもいい」
豪太はしばらく考えていた。
「……鍛冶屋は、大晦日も仕事がある。急ぎの直しとか」
「じゃあ、仕事終わりでいい」
「何時になるか分からんぞ」
「何時でもいい。石窯は年越しまで落とさねえから」
豪太は、それ以上何も言わなかった。ただ、少しだけ肩の力が抜けたように見えた。
忘年会の終わり際、涌井が席を回って挨拶をしていた。
「今年もお世話になりました。役場の忘年会も、来週こちらでお願いします」
「はい、予約入ってます」
千夏がすぐに答えた。
「豪太、お前、役場の忘年会も呼ぶか」
豪太が驚いた顔をした。
「なんで俺が」
「知り合い増やせって話だろ」
「急すぎる」
「急がないと増えねえだろ」
金物屋が横から笑った。
「千夏ちゃん、すっかり世話焼きだな」
「世話焼いてねえです。ただの営業です」
千夏はそう言い張ったが、樹が横で小さく笑っているのに気づいた。
片付けが終わって、店に静けさが戻った。
豪太は最後まで残っていた客の一人だった。会計を済ませて、コートを羽織る。
「今日は、ありがとう」
律儀に頭を下げた。千夏は少し驚いた。
「素直だな、今日は」
「酒のせいだ」
「そういうことにしとくか」
豪太は扉に向かった。それから、振り返らずに言った。
「大晦日、行く」
「おう」
「客としてか、それとも」
「どっちでもいい」
千夏はそう答えた。
扉が閉まって、豪太の足音が遠ざかっていった。
「なあ樹」
閉店作業をしながら、千夏は言った。
「あいつ、来年はもう少し賑やかになるかもな」
「そうですね」
「一人でも慣れてるって言ってたけど」
千夏はグラスを拭きながら続けた。
「慣れてるのと、それでいいのは違うんだよ。前にお前に言ったことと、たぶん同じだ」
樹は少し驚いた顔をした。
「僕にも言いましたっけ」
「言ってねえかもしれん。今思いついただけだ」
千夏は笑って、片付けを続けた。
十二月の夜は冷えるが、店の中はまだ温かい。石窯の余熱が、ゆっくりと冷めていく。
今年もあと少しで終わる。
【境見町 異文化生活マナー帳 第八十条より】
ハーフ&ハーフでは、誰かの奢りは断らない。
次に自分が誰かに返せばいいという空気がある。
今回もお読みいただきありがとうございます(◍•ᴗ•◍)
商店街の忘年会でした。
岩田豪太、隅の席にいました。
「一人でも、慣れてる」
「慣れてるのと、それでいいのは、別だろ」
大晦日、来ることになりました。
客としてか、それとも。
本人にもまだ分からないみたいです。
千夏さん、すっかり世話焼きです。
本人は「ただの営業です」と言い張っていましたね。




