第二十七話 十二月の仕込み
十二月に入ると、境見町は一気に慌ただしくなる。
商店街の電飾が灯り、駅前にはツリーが立った。ハーフ&ハーフも例外ではない。年末は稼ぎ時で、稼ぎ時は準備が要る。
「よし、今日から年末仕込み開始な」
誠司が朝礼のように宣言した。カウンターには、千夏が作った発注ノートが広げてある。
「小麦粉、先週の粉屋の話通り二回に分けてもらいました。第一便が明日」
「おう」
「チーズは倍量発注済み。トマト缶も同じく」
「早いな、対応が」
「数えてますから」
千夏はノートを閉じた。去年までの誠司なら、この時期になってから慌てて発注していたはずだ。
「樹、シフトどうする」
誠司が聞くと、樹は手帳を出した。
「冬休みは基本フルで入れます。二十九日から三十一日は、実家の手伝いがあるので休みたいです」
「餅つきか」
「そうです」
「じゃあその三日は俺と千夏で回すか」
「回りますか、それ」
千夏が眉をひそめた。
「回すしかないだろ」
「無理だと思います」
「じゃあ誰か助っ人呼ぶか」
その日の午後、商店街の福引きの準備で、金物屋の親父が顔を出した。
「おう、年末の忘年会、今年もうちでやるか」
「毎年やってますね」
誠司が答えた。
「今年は何人来ます?」
「去年と同じくらいだろ。二十人前後」
「二十人分の席、確保しときます」
千夏が手帳にメモを取った。この手の予約管理も、今は彼女の仕事になっている。
「あ、そうだ千夏ちゃん」
金物屋がふと言った。
「岩田のとこ、忘年会呼んだか」
「呼んでねえです」
「呼んでやれよ。あいつ、去年一人で年越ししたらしいぞ」
千夏は少し驚いた。
「一人でですか」
「知り合いいねえからな、まだ」
千夏はメモに「岩田」と書き足した。
夕方、豪太が店に現れた。今度は用もなく、ふらりと立ち寄った様子だった。
「なんだ、珍しいな」
「暇だった」
「鍛冶屋が暇でいいのか」
「年末は道具の手入れ依頼が多い。今日は少ない」
豪太はカウンターに座って、いつものマルゲリータを頼んだ。
「あのさ」
千夏が焼き上がりを待つ間に言った。
「今月末、商店街の忘年会あるんだけど」
「知ってる」
「来るか」
豪太は少し黙った。
「呼ばれてない」
「今呼んでる」
「……そうか」
豪太は水を飲んだ。
「行っていいのか」
「行っていいから呼んでんだよ」
「分かった」
それだけだった。千夏はそれ以上何も言わず、焼き上がったピザを運んだ。
閉店後、樹が帳面の整理をしていると、涌井が改訂版の見本を持ってきた。
「第百四条まで入りました」
刷り上がったばかりの、まだインクの匂いがする冊子だった。
「これで、今年の改訂は終わりですか」
「そうですね。年明けにまた新しいのが来るかもしれませんが」
涌井は冊子をぱらぱらとめくった。
「百一条から百四条まで、全部この店に関わってますね」
「そうですね」
「不思議なもんです」
涌井はそう言って、冊子を鞄にしまった。
「あ、そうだ」
思い出したように、涌井が続けた。
「役場の忘年会、今年もここでどうですか」
「予約入れますか」
千夏がすぐに手帳を出した。
「役場は何人です」
「十五人くらいです」
「金物屋さんの忘年会と日がかぶらないようにしますね」
千夏はてきぱきと調整していく。誠司が横でそれを見ていた。
「お前、すっかり店回してるな」
「回してねえです。予約取ってるだけです」
「それが回すってことだろ」
夜、店じまいの前に、千夏は今年最後の発注メモを見直していた。
十二月は例年の倍近い量になる。粉、チーズ、肉、野菜。数字を書き並べていくと、この店が一年でいちばん動く月が見えてくる。
「千夏さん」
樹が帳面棚から声をかけた。
「新しい帳面、まだ一頁も埋まってないですね」
「最初の頁は空けとけって言われたからな」
「二頁目からは書いていいはずですけど」
「誰か書くだろ、そのうち」
千夏はメモから顔を上げずに答えた。
「急いで埋めるもんじゃねえだろ、あれ」
樹はそれ以上言わなかった。棚に帳面を戻して、閉店作業を続けた。
十二月の風が、閉めた扉の隙間から少し入ってくる。
「さて」
誠司が伸びをした。
「今年もあと少しだな」
「そうですね」
「来年もよろしく頼むわ、二人とも」
千夏と樹は、特に何も言わずに頷いた。当たり前のことを、当たり前に確認しただけだった。
石窯の火が落ちていく。年末の予定が、少しずつ埋まっていく。
誰も焦っていない。ただ、必要なことを、必要な分だけ進めているだけだった。
【境見町 異文化生活マナー帳 第四十七条より】
商店街の店主同士は、種族が違っても「同業者」としての結束が強い。
よそ者が一軒を悪く言うと、全店から睨まれる。
今回もお読みいただきありがとうございます(๑ᵔ⌣ᵔ๑)
十二月、境見町が一番忙しくなる月です。
岩田豪太、忘年会に呼ばれました。
去年は一人で年越ししたそうです。
今年はどうなるでしょうね。
マナー帳の改訂版、第百四条まで収録されました。
百一条から百四条、全部この店が関わっています。
涌井さん曰く「不思議なもんです」。
新しい帳面は、まだ一頁も埋まっていません。
「急いで埋めるもんじゃねえだろ」と千夏さん。
次回も年末が続きます。




