六本木の街の隙間で聞こえた音
コロナの前の夏頃のお話です
私は幽霊を信じてはいるが、「自分にだけ見える」という自称・霊感持ちは一切信じない。
「あそこに侍がいる」「花魁が見える」…自分一人にしか見えていない存在で騒ぐ人間は、信用に値しないからだ。
その場にいる全員が同時に体感できる客観的な現象しか、私は心霊現象と認めない。
数年前、仕事仲間数人と六本木の繁華街にある裏路地を歩いていた時のこと。
夜中でも街の騒音は消えず
人の声、車の音など賑やかな街だ。
コインパーキング前を通りかかった時、奥から小さな子供の笑い声が聞こえてきた。水遊びでもしているかのような、楽しそうな甲高いキャッキャという声だ。
「0時を過ぎてるのに、最近の親はどうなってるんだ」
子供好きのタクマが半ば呆れて吐き捨て、ジュンも「迷子なら後で後悔しそうだし」と、駐車場の奥へ様子を見に行くことになった。私とタクマもなんとなくその後ろについて行く。
駐車場の奥まで来て、私は違和感を覚えた。子供などどこにもいない。
しかし、さらに不可解な事態が起きた。子供の笑い声は、今も確かに聞こえている。それも、私たちが先ほどまでいた入口の方から。
まばらに停まった車で見落としたのかと思い、三人で広がって探索を始める。
「キャッキャ」
また、楽しげな笑い声が響く。私がふとその方向を向くと、タクマがこちらを見ていた。さらに右側を見ると、ジュンもまた、タクマと私の間にある何かに視線を固定している。
幽霊の三角測量。
あぁ、あそこにいるんだな――と、三人は無言で確信し、即座に出口へ向かった。
前を歩いていたジュンが、弾かれたように突如立ち止まり、背後の私を振り返った。
その瞬間、何かが滑り込んできた。
言葉は不明瞭だが、確かに日本語で何かを喋っている。低く呻くような、生々しい女性の声だ。怒りではない。ただネガティブな不満をひたすら呟き続ける様な声が、私の前を、そして私の真横を通り過ぎていった。
移動するに釣られて私が振り返ると、タクマがゆっくり自分の背後へ進む何かを凝視している最中だった。
私たちは駐車場から出るため、三人がくの字に並んで歩いていた。
ジュンの左、私の右、そしてタクマの左と、そのわずかな「人間と人間の隙間」を、姿のない女性のブツブツという呟き声だけが、明確にすり抜けていったのだ。
最後に、あの子供の声が「ママ」と呼んだ気がした。
霊感なんて曖昧なものは必要なかった。
立ち並ぶビルの谷間、その窮屈な駐車場という街の隙間で、そこにいた全員の鼓膜に、あの女性の呪詛のような呟きは、間違いなく同時に刻み込まれていたのだから。
あなたが日常で聞いてる音
聞き流してるだけの可能性、ありませんか?




