新宿伊勢丹の館内放送
ある日、友人の付き添いで新宿伊勢丹へ向かった。恋人へのプレゼントを買いたいという相談を受け、香水を一緒に選ぶことになった。自分が好きな香りか、恋人が好む香りか。正直、どちらでもいいと思っていた。
最終的に、お互いの愛用品とは異なる新しい香水をそれぞれ選んだ。満足げな顔の友人に釣られ、なぜか私も同じ香水を購入した。
東日本大震災の自粛ムードが明け、東京に少しずつ活気が戻り始めた頃の話だ。
「お昼も近いし、何を食べようか。ランチ時は混むから時間をずらす?」
そんな会話をしながら、服でも見ようとエスカレーターへ向かった。その時、友人がふと足を止めた。
「今の館内放送で、私、呼ばれなかった?」
さっきの支払いで、お釣りを貰い忘れたのか。どんな内容で呼ばれたのかと聞くと、「名前しか聞き取れなかったけれど、何かを言っていたと思う」と答える。
デパート特有の喧騒の裏で、館内放送はうっすらと流れている。気になってサービスカウンターへ向かったが、調べてもらっても記録はなかった。レジや売り場を確認しても何もない。
「聞き間違いだったのかな。恥ずかしいことをしたね」
笑い合ってすぐに、友人が言った。
「……今、また呼ばれた」
念のため、再度サービスカウンターへ向かう。答えは同じだ。
カウンターの係員と話している最中にも、館内放送が流れる。何と言っているのか判然としないが、店員同士の連絡のようなトーンに聞こえる。友人は青ざめて繰り返す。
「また呼ばれたんだけど」
私も、カウンターのお姉さんも、困惑するしかなかった。
「今の放送、私も聞いていたけれど名前は呼ばれていないよ。なんて聞こえたの?」
友人は小声で答えた。
「『私の名前と、何かが発見されました。お越しください』と言っていた」
空耳に違いないと、その日は食事をして解散した。
一ヶ月後、友人から連絡があった。あの日の、あの時間。かつての恋人が遺体となって発見されたという知らせを受けたそうだ。
身寄りのない人だったため、友人が身元の確認に向かった。彼は車の中で見つかったという。車のミラーには、昔二人で買った交通安全のお守りがぶら下がっていた。
そのお守りを授かった神社の駐車場が津波で流され、ようやく彼が見つかったのだと。
「幽霊がいるなら、神様がいてもいい。不思議なことだけど、何かが私に知らせてくれた気がする」
後日、友人はそう呟いていた。




