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現実世界がVRMMOの世界と融合して、ぐっちゃぐちゃになった。  作者: 猫


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第9話 浅田佐奈

 戦闘の熱が、急速に冷めていく。

 由伸は肺に残った熱い空気を吐き出し、額に滲んだ汗を手の甲で乱雑に拭った。


 荒くなった呼吸を整えながら、ゆっくりと振り返る。

 滑り台の陰には、まだ腰を抜かしたままの少女――佐奈がいた。


 五年ぶりに間近で見る顔立ちは、記憶にあるあどけない少女の面影を残しつつも、大人の女性へと近づいていた。

 それでも、その瞳に宿る人を安心させるようなやわらかさだけは、昔のままだった。


「……やっぱり、由伸くん、だよね?」


 佐奈の問いかけは、わずかに震えていた。


 胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。

 五年という歳月が流れてなお、自分のことを覚えていてくれたらしい。

 込み上げてきたのは嬉しさと、それ以上に重い罪悪感だった。

 五年前、由伸は何の説明もなく姿を消した。

 佐奈にとっては、ある日突然いなくなった幼馴染みにすぎない。


「えっと……うん」


 喉が詰まり、絞り出した声は情けないほど小さかった。

 コボルト相手にはあれだけ強気に出られたのに、佐奈を前にすると途端にこうなる。

 対人恐怖に近い緊張が、舌を重くしていた。


 だが、佐奈はそんなぎこちなさを気にする様子もなく、花が咲くように表情を緩ませた。


「私のこと、覚えてるかな? 昔よく遊んだよね」


 その言葉に、由伸は慌てて頷いた。

 佐奈は初恋の相手だった。

 小学校の頃に芽生えた想いは、学校に行けなくなってからもずっと消えなかった。

 それでも、最後まで気持ちを打ち明ける勇気は持てなかった。


「も、もちろん」


 声が裏返った。

 恥ずかしさで頬が熱くなる。

 十六歳にもなって、まだこんな情けない反応しかできない自分が嫌になる。

 それでも佐奈は咎めるどころか、むしろ嬉しそうに目を輝かせた。


「覚えててくれたんだ……良かった」


 張り詰めていた糸が切れたのだろう。

 安堵とともに漏れたその言葉には、ほっとした気持ちがにじんでいた。

「由伸くん、ありがとう。あの時、私もうダメかと思って……」


 一人でモンスターに襲われ、絶望的な状況に追い込まれていた佐奈にとって、由伸の登場はまさに救いだったのだろう。


「大したことじゃないよ……たまたま、運が良かっただけ」


 謙遜して視線を逸らす。

 だが、胸の内にはたしかな熱が残っていた。

 五年間、部屋に引きこもっていただけの自分が、現実の世界で戦い、勝った。

 それに何より――ずっと心残りだった相手を、この手で守ることができた。

 その事実が、小さな自尊心を少しだけ支えてくれる。


 佐奈は滑り台の手すりを掴み、立ち上がろうとした。

 だが、足に力が入らないのか、ふらりとよろめく。

 由伸は思わず手を伸ばしかけ――汚れた自分の手を見て、反射的に引っ込めた。

 佐奈は気丈に体勢を立て直し、スカートについた埃を払う。


「由伸くんも、あの夢を見たの?」


 問いかけられた瞬間、何を指しているのかすぐに分かった。

 夢――あの白い空間での異星人との対話。

 全人類が同時に体験した、あまりにも現実離れした出来事だ。


「ああ、見たよ。本当に、大変なことになった。……世界がゲームになるなんて」


「私、ゲームとか全然わからなくて……何が起きてるのか、さっぱりで」


 率直な言葉を聞き、由伸はあらためて現状の深刻さを思い知らされた。

 佐奈のようにゲーム経験のない人間にとって、この状況は理解するだけでも難しい。

 レベル、HP、スキル、モンスター――そういった概念は、ゲーマーにとっては常識でも、そうでない人にはすぐには理解しづらい。


 少しでも動揺を和らげようと、できるだけ穏やかに言葉を選ぶ。


「でも、基本的なルールを理解すれば、生き残れる……と思う。俺みたいにゲームの知識がある人間が傍にいれば……」


 言い終えた直後、背中に冷たい汗が流れた。

 今の言い方、ひどく気持ち悪くなかったか。

 頼れるところを見せようとして、知識をひけらかすオタクみたいになっていないか。

 自己嫌悪でその場にしゃがみこみたくなったが、そんな内心とは裏腹に、佐奈の顔がぱっと明るくなる。


「ほんと? ……すごく、頼りになる」


 佐奈は由伸の言葉に、わずかな希望を見出したようだった。

 だが、その直後、別の心配事を思い出したのか、また影が差した。


「実は私……妹を探してるの」


 表情が曇る。

 妹――美希ちゃんか。

 二歳下で、いつも佐奈の後ろをついて歩いていた女の子だ。


「美希が……昨日から友達の家にお泊まりに行ってたの。でも、あの宇宙人が現れてから、連絡が取れなくて……」


 由伸もポケットからスマホを取り出して確認してみる。

 だが、やはり圏外のままだった。


 通信網そのものが混乱している可能性は高い。

 連絡が取れないからといって即座に最悪の事態だと決めつけるべきではない。

 それでも、不安になる気持ちは痛いほど分かる。

 由伸自身、両親からの連絡は何もない。


「それで、美希を迎えに行こうと家を出たんだけど……途中でモンスターに襲われて……」


 それで状況が繋がった。

 佐奈は妹の安否を確かめるために一人で動き、その途中でコボルトに遭遇したのだ。


「そうだったんだね……」


 今度は、自分の事情も話す必要があると思った。

 互いの目的を共有しておかなければ、ここから先の行動は決められない。


「俺も……母さんの無事を確かめるために、スーパーへ行こうとしてた。母さん、今もパート先にいるはずなんだ。でも、この状況だと……心配で」


 佐奈は心配そうに眉を寄せた。

 家族を案じる気持ちは、佐奈にも痛いほど分かるはずだ。


 公園の周囲を見回しても、人影はない。

 時おり遠くから悲鳴が聞こえてくる。

 住宅街が安全地帯などではないことを、あらためて思い知らされる。


 由伸はそこで、一つの決断を下した。

 一人で動き続ける危険性を考えれば、佐奈と行動を共にした方がいい。


「とりあえず、一人で行動するのは危ないから……一緒に行動しよう」


 そう言うと、佐奈は不安げな表情を浮かべた。


「本当に? でも、私じゃ足手まといになると思う……」


 遠慮がちな言葉に、由伸は即座に首を横に振った。


「そんなことない。一人より二人の方が、絶対に安全だから」


 これまでの由伸は、人との関わりを徹底して避け、一人で全部を抱え込むように生きてきた。

 五年以上も学校に通わず、友人も作らず、家族との会話すら最小限に留めてきた引きこもりだ。


 だが、この新しい世界では、そんな生き方はもう通用しない。


 脳裏に、やり込んだUUOでの鉄則が浮かぶ。

 どれほどプレイヤースキルが高くても、ソロプレイには限界がある。

 高難度ダンジョンやレイドボスを攻略するには、複数人の連携が不可欠だった。

 役割を分け、情報を共有し、互いの死角を補い合う。

 一人では不可能な戦術も、仲間がいれば実現できる。


 現実でも同じだ。

 この過酷な環境で生き延びるには、他者との協力がどうしても必要になる。

 孤立したままでは、いずれ限界が来る。

 もう、殻に閉じこもった孤高のソロプレイヤー気取りでいられる状況ではなかった。


 だからこそ、自分に言い聞かせるように、そして佐奈を安心させるように続ける。


「ゲームでも、パーティーを組んだ方が生存率は高いんだ。役割分担もできるし、情報も共有できる。だから浅田さんがいてくれるだけで助かる」


 佐奈はその提案を受け入れてくれた。

 安堵の色を浮かべながら、小さく頷く。


「ありがとう。由伸くんが居るなら、すごく心強い」


 誰かに必要とされる感覚。

 久しく忘れていたものが、胸の奥で少しずつ満たされていくのを感じた。


「まずは由伸くんのお母さんのところへ行こう。私の都合で由伸くんに付き合わせるわけにはいかないから」


 その気遣いに、由伸はあらためて佐奈の優しさを思い出した。

 妹のことで頭がいっぱいなはずなのに、自分の事情を先に考えてくれる。

 昔から惹かれていた理由の一つが、まさにこういうところだった。


「ありがとう。母さんの安否が分かったら、すぐに美希ちゃんを探しに行くよ」


 二人は公園を後にし、スーパーへ向かって歩き始めた。


 もちろん、周囲への警戒は怠らない。

 由伸はいつでも鎖を取り出せるよう意識を向け、佐奈は一歩後ろを歩きながら周囲をうかがっていた。


 歩きながら、由伸はゲームの基本的なルールを佐奈へ説明することにした。

 少しでも生存率を上げるには、最低限の知識を共有しておく必要がある。


 佐奈は真剣に耳を傾けていた。

 ときどき小さく頷きながら、教えられたことを必死に頭へ入れようとしている。


 こうして由伸と佐奈は、危険に満ちた新しい世界で、行動を共にすることになった。

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