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現実世界がVRMMOの世界と融合して、ぐっちゃぐちゃになった。  作者: 猫


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第8話 公園の死闘 

 甲高い女性の叫び声が響いた方へ、由伸は迷いを振り切って駆け出した。


 公園は、かつて由伸が毎日のように通っていた馴染みの場所だった。

 小学生の頃には、親に連れられて何度も遊びに来た記憶がある。


 だが今、目の前に広がる光景にかつての面影はなかった。

 街路樹の枝は無残に折れ、花壇の花々は踏み荒らされている。


 公園の入り口で、由伸ははっと足を止めた。

 視線の先、滑り台の陰に一人の少女がへたり込んでいた。


 年の頃は由伸と同じくらいだろう。

 腰まで伸びた長い黒髪が、華奢な身体を包み込んでいる。


 その顔を見た瞬間、胸の奥に沈んでいた記憶が一気に浮かび上がった。


「……佐奈、ちゃん……?」


 間違いない。

 浅田佐奈だった。


 小学校が同じで、何度か同じクラスになったこともある。

 親同士の仲も良く、小さい頃はよく一緒に遊んでいた。

 誰にでも分け隔てなく優しく、いつも笑顔を絶やさない子だった。


 由伸がかつて密かに想いを寄せていた、特別な存在

 不登校になってからは、佐奈と顔を合わせることもなくなっていた。


 あれから五年。

 佐奈は記憶の中の少女より、ずっと綺麗になっていた。

 幼さの残っていた顔立ちは、いまでは品のある落ち着きを帯びている。


 胸の奥に、懐かしさと切なさがないまぜになった感情が広がった。


 綺麗になったな――


 そんな思いが胸をよぎる。

 だが、由伸はすぐに意識を引き戻した。

 今は見惚れている場合ではない。


 佐奈はどう見ても危険な状況に置かれていた。

 由伸は周囲を警戒しながら素早く佐奈の前へ出て、庇うように立ちはだかった。


 インベントリから建設用チェーンを取り出し、右手でしっかりと握る。

 そのまま静かに腰を落とし、戦闘態勢を整えた。


 目の前にいたのは、コボルトだった。


 二足歩行で、犬のような頭部を持つモンスター。

 体高はおよそ百五十センチ。

 全身は粗い毛に覆われ、犬と人間を掛け合わせたような異形の姿をしている。


 UUOでは、レベル3から5程度の初心者向けモンスターとして知られていた。

 森や洞窟の浅い階層で遭遇することの多い、比較的弱い敵だ。


 もっとも、目の前にいるのは二体。

 由伸は意識を集中させ、それぞれの詳細を確認する。

 ゲームシステムが機能しているなら、頭上にステータスが表示されるはずだった。


 予想どおり、視界に半透明のウィンドウが浮かび上がる。


 『コボルト・ウォリアー Lv5』


 『コボルト Lv4』


 由伸の心臓が、どくんと強く跳ねた。


 レベル5と4。

 あまり相手にしたくない組み合わせだ。


 いまの由伸はレベル2。

 この二体は、明らかに格上だった。


 レベル差が3もあれば、ゲームの常識では単体でも苦戦は免れない。

 それが二体同時となれば、厳しい戦いになるのは目に見えている。


 コボルト・ウォリアーは、錆びた短剣を右手に構えていた。

 武器を持った敵は、それだけで危険度が跳ね上がる。

 一撃の重さがまるで違う。


 もう一体の通常コボルトは武器こそないが、代わりに敏捷性が高い。

 素早く動き回り、死角から飛びかかってくるタイプだ。


「……由伸、くん?」


 背後から、震え混じりの声が聞こえた。

 佐奈は由伸に気づいたらしい。


 胸の奥に、かすかな温かさが灯る。

 同時に、絶対に守らなければならないという思いも強くなった。


 由伸は振り返らないまま、佐奈へ声をかける。


「……だ、大丈夫。お、俺が、いりゅ……から」


 うまく言えなかった。


 「いるから」と言いたかったのに、緊張で舌がもつれる。

 肝心なところで噛んでしまい、情けなさで頬が熱くなった。


 五年前から何も変わっていない。

 人前では緊張して、言いたいことがうまく言えない。

 大事な場面になるほど、余計に駄目になる。


 コボルトたちは、由伸の乱入に警戒を強めたようだった。

 自然に位置を変え、挟み撃ちの形を作ろうとしている。

 ウォリアーが正面、通常コボルトが左側面へ回る。


 背後では、佐奈の浅い息遣いが聞こえる。

 振り返らなくても、怯えていることは分かった。


 それでも、由伸の心は不思議なほど静かだった。

 恐怖も、押し潰されそうな重圧も感じない。


 戦闘に入った瞬間、思考が切り替わっていた。

 むしろ頭の中は異様なほど冴え渡っていた。

 心拍は速いのに、思考だけが別の次元にあるかのように澄んでいる。


 由伸は一瞬で戦場を見渡した。


 公園の地形。

 ジャングルジム、滑り台、シーソー、ブランコ、砂場。

 子供の頃に何度も遊んだ場所だ。隅々まで頭に入っている。


 遊具の高さや強度、位置関係、現在地からの距離。

 それらが脳内に、立体的な地図のように再現されていく。


 由伸にとって、ここはただの公園ではない。

 地の利を完全に把握した戦場だった。

 環境をうまく使えば、レベル差は十分に覆せる。


 二体の分析も同時に進める。


 レベル5のコボルト・ウォリアー。

 短剣の構え方から見て、攻撃は「突き」から「薙ぎ払い」への連携が本命。

 UUOでは、体重移動の癖から、攻撃後に左へ重心が流れやすかった。


 レベル4の通常コボルト。

 こちらは爪と牙による近接攻撃が主力。

 動き方を見る限り、死角に潜り込んで仕掛ける習性がある。


 そして何より重要なのが、群れとしての性質だった。

 コボルトは社会性の強いモンスターで、一体が劣勢になると残りも動揺しやすい。

 ゲームでは、先にリーダー格を落とすことで群れ全体の戦意を削れた。

 数的不利をひっくり返すなら、そこを突くのが最善だ。


 数レベル程度の差なら、まだどうにでもなる。


 由伸の中で、自信が静かに形を取っていく。

 相手はガーゴイルではない。

 知識と技術があれば、この程度の差は埋められる。

 大事なのは、行動を読み、弱点を突くことだ。


 由伸は先手を取ることにした。

 建設用チェーンを高く振り上げ、そのまま全力で地面に叩きつける。


 ガンッ!


 鎖が地面を打ち、乾いた衝突音が公園に響き渡った。

 重い鎖が生む音は、想像以上の威圧感があった。


 狙ったのは足元ではない。

 コボルトの移動経路だ。


 案の定、通常コボルトは左から回り込もうとしていた。

 鎖のリーチが、その進路を正確に塞ぐ。

 鎖の先端が前足を打ち、コボルトの動きが止まった。


「ギャウ!」


『12ダメージ』


 悲鳴を上げ、コボルトが体勢を崩す。

 これで挟撃は崩れた。


 同時に、ウォリアーの攻撃にも対処する。

 短剣が胸へ突き出される瞬間、由伸は身体をわずかに左へひねった。

 切っ先を紙一重でかわし、すかさず鎖の中ほどを短剣に巻きつけた。


「!?」


 金属同士がぶつかる甲高い音が鳴る。

 刃が鎖に食い込み、動きが鈍った。

 由伸は強く引いて、ウォリアーの体勢を崩しながら後ろへ下がる。


 誘導先は、ジャングルジムの入り口だった。

 勢いのついたウォリアーは、そのまま鉄格子の迷路へ踏み込んでしまう。


 狭い空間は、人間が短剣を使うなら悪くない。

 だが、体格がよく、低い姿勢で動くコボルトには勝手が違う。

 複雑に入り組んだ鉄格子は、檻に近かった。


「グルァッ!?」


 ウォリアーが短剣を振るう。

 だが、切っ先はジャングルジムのパイプに当たり、火花を散らす。

 思うように振れず、苛立ちから動きが荒くなった。


 由伸はその隙を逃さない。

 ジャングルジムの外側から、格子の隙間を通して鎖を突き入れる。


「チェーン・スラスト!」


 鎖の先端を槍のように一点へ集める、中距離突き。

 UUOのスキルは、システムが動作を補正し、威力や速度を底上げしてくれる。

 発動時には固有のエフェクトも生じ、人間の限界を超える動きすら可能になる。


 ただし、本来スキルが正式に使えるのは職業取得後だ。


 今の由伸がやっているのは、ゲーム内の感覚を頼りに動作をなぞっているだけにすぎない。

 システムの補助はなく、必要なのは純粋な筋力と精密な操作だ。

 それでも、何万回と繰り返した動きは身体に染みついている。

 補正がなくても、ただの突きで終わらせないだけの精度があった。


『15ダメージ』


 ダメージ表示がウォリアーの頭上に浮かぶ。


 鼻先を打たれ、ウォリアーがよろめいて後退した。

 その背が、ジャングルジムの出口側の隙間にぶつかる。


 ウォリアーはそこから転がるように外へ出た。

 狭所での不利を悟り、開けた場所へ逃れようとしたのだ。


 だが、それも読みのうちだった。

 ウォリアーが外へ出るのと同時に、由伸はジャングルジムを駆け上がっていた。

 高低差を利用するためだ。

 約二メートルの頂上から、這い出たばかりのウォリアーを見下ろす。


「チェーン・ウィップ!」


 手首のスナップで鎖の先端に遠心力を乗せる。

 重力も加わった一撃が、唸りを上げて頭上へ叩き落とされた。


『18ダメージ』


 鈍い音が響き、ウォリアーが地面に這いつくばる。

 HPバーが大きく削れ、黄色の警告色に変わった。


 その時、体勢を立て直した通常コボルトが、ジャングルジムの下から登ってくるのが見えた。

 鋭い爪を使い、骨組みを器用によじ登ってくる。


 由伸はジャングルジムから飛び降り、すぐにブランコの方へ走った。

 コボルトは追いすがり、着地の勢いのまま飛びかかってくる。


 由伸はブランコの座板を背にして待ち構えた。

 コボルトが跳び、空中で爪を振りかざした瞬間、由伸は低く身を沈める。

 そして背後のブランコを強く押し出した。


 重いゴム製の座板が、鎖とともに振り子の軌道で跳ね上がる。


 次の瞬間、座板がコボルトの腹をまともに打ち抜いた。


『22ダメージ』


「ギャフッ!」


 コボルトは弾き飛ばされ、砂場の方へ転がっていく。

 由伸はすぐさま追撃に移った。


 鎖の先端を砂場へ投げつける。

 先端が深く刺さり、大量の砂を巻き上げながら引き戻された。


 由伸はそのまま鎖を大きく振り、砂の塊をコボルトへ浴びせた。

 塊は空中で崩れ、細かな砂粒となって広く散る。

 視界を奪うには十分だった。


 さらに低く鎖を構え、砂場の上を薙ぐように振るう。

 視界を乱され、コボルトの動きが鈍る。


 滑り台の支柱は金属製で、鎖を巻き付けるには都合がよかった。

 由伸はコボルトを滑り台の下へ誘い込み、そこで足を取るつもりだった。


「こっちだ」


 鎖を振って注意を引く。

 コボルトはまんまと反応し、由伸を追って滑り台の方へ走ってきた。

 四つの足音が地面を細かく打ち、距離を詰めてくる。


 由伸は鎖の長さを調整し、滑り台の両側の支柱を使って罠を張った。

 右側の支柱へ一度巻きつけ、そこから左側へ渡す。

 地面から三十センチほどの位置に、鎖のラインが生まれる。


 コボルトは由伸を追い、滑り台の下を潜り抜けようとした。

 前足が鎖に引っかかった瞬間、由伸は反対側を一気に引き上げる。


「スネア・トラップ」


 口にしたのはスキル名だが、実際にシステムが発動したわけではない。

 あくまでゲームの記憶を頼りにした手作業の再現だ。


 それでも、効果は十分だった。

 鎖が足に絡みつき、コボルトの重心が大きく崩れる。

 突進の勢いのまま前のめりに倒れ、地面へ叩きつけられた。


「ギャウウ!」


 コボルトは必死にもがき、鎖を解こうと暴れる。


 由伸は無力化した一体を後回しにし、視線を戻した。

 ウォリアーが怒りに任せて突進してくる。

 だが、動きはすでに粗い。

 冷静さを失い、ただ短剣を振り回しているだけだった。


 由伸は静かに鎖を構える。

 これで終わりだ。


 ウォリアーが間合いへ入った瞬間、由伸は鎖を放った。

 ゲーム内で何度も磨いた長距離精密攻撃。


「チェーン・スラスト!」


 鎖の先端が、喉元へ寸分違わず突き刺さる。


『56ダメージ(クリティカル!)』


「グガァ……ッ!」


 喉を砕かれたウォリアーが膝から崩れ落ちた。

 身体は青い光の粒となって宙に散り、数秒後には完全に消えた。


『コボルト・ウォリアーを倒しました』

『経験値 203を獲得しました』

『レベルがアップしました Lv2→Lv3』

『レベルがアップしました Lv3→Lv4』

『108ゴールド を獲得しました』

『錆びた短剣 を獲得しました』


 残るは一体。

 だが、通常コボルトはもう戦意を失っていた。


 自分より強い仲間が倒されたことで、群れの均衡が崩れたのだ。

 恐怖に怯え、由伸から距離を取ろうとしている。


 逃がすつもりはなかった。

 由伸は約3メートルのリーチを活かし、逃走に入るコボルトを射程へ捉える。

 放たれた鎖の先端が背中を打ち、コボルトは前のめりに倒れた。


『28ダメージ』


「ギャアア……」


 断末魔とともに、二体目のコボルトも青い粒子となって消えていく。


『コボルトを倒しました』


『経験値 161を獲得しました』

『レベルがアップしました Lv4→Lv5』

『97ゴールド を獲得しました』

『獣の爪 を獲得しました』


 戦闘は終わった。


 完全勝利だった。

 しかもノーダメージ。

 一気に三レベル上がったことで、最大HPも大きく伸びている。


 由伸はゆっくりと鎖をインベントリへ収め、背後を振り返った。


 そこには、腰を抜かしたまま動けずにいる佐奈がいた。

 大きく見開かれた瞳は小さく揺れ、半開きになった唇は言葉を失っている。


 現実でも、自分の戦闘技術は通用する。

 その手応えが、由伸の胸に確かな自信を灯してくれた。

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