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現実世界がVRMMOの世界と融合して、ぐっちゃぐちゃになった。  作者: 猫


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第6話 地獄絵図 

 画面の端では『緊急特別報道』のテロップが赤く点滅し、通常より大きな文字が異常事態を告げていた。

 画面下部にも『速報』『臨時ニュース』の文字がひっきりなしに流れ、放送現場の混乱ぶりがそのまま伝わってくる。


「繰り返しお伝えします。午前十二時頃より、国内各地で正体不明の生物による被害が報告されています!」


 アナウンサーの緊迫した声がスピーカーから響く。


「現在確認されているだけで、東京都内では新宿区、渋谷区、池袋を中心に甚大な被害が発生しております。これらの生物は従来の動物とは明らかに異なる特徴を持っており……」


 アナウンサーの言葉が一瞬途切れた。

 おそらく、モニターに映った惨状に息を呑んだのだろう。


「申し訳ありません。現在、政府は緊急事態宣言を発令しており、自衛隊の派遣も決定されました。国民の皆様は、不要不急の外出を控え、屋内に避難してください。また、現在日本のみならず、各国でも同様の被害が報告されており、国連では緊急安全保障理事会が────」


 日本だけの問題ではない。

 世界規模の大災害だった。

 異星人の言葉どおり、地球全土が巻き込まれている。


「めちゃくちゃだ……」


 見慣れた東京の街並みが、完全に変わり果てていた。

 普段なら人であふれているはずの新宿の繁華街が、戦場のような様相を呈している。


 画面に映っているのは、間違いなく新宿の高層ビル群だった。

 だが、その多くが損壊している。

 窓ガラスは粉々に砕け、外壁に巨大な穴が開いた建物まであった。

 立ちのぼる煙の多さから見ても、複数箇所で火災が起きているのは明らかだった。


 消防車のサイレンは聞こえる。

 しかし現場には近づけずにいるようだった。


 映像にモンスターの姿は映っていない。

 それでも、これが連中の仕業であることに疑いの余地はなかった。


 画面は次々に切り替わり、世界各国の惨状を映し出していく。

 ニューヨークのタイムズスクエアでは巨大なビルボードが破壊され、映画のポスターが半ば裂けたまま垂れ下がっていた。

 自由の女神も、松明を掲げた右腕が何かに破壊されて欠けている。


 ロンドンではビッグベンの文字盤に大穴が開き、タワーブリッジの一部が崩落していた。

 路上にいたはずの赤い二階建てバスが横転し、その周囲には見慣れない巨大な足跡が残されている。


 上海もパリも、同じような惨状だった。

 どの映像も、パニック映画の一場面にしか見えない。


 そして、画面下部に表示された数字を見た瞬間、由伸の血の気が引いた。


『推定死者数 三百万人』


 白抜きの文字で表示されたその数字は、あまりにも現実離れしていた。


「……都市ひとつが消えたみたいな数字じゃないか……」


 しかも、これはまだ推定だ。

 実際の数はもっと多いかもしれない。

 通信が遮断された地域、報告が上がらない僻地、海外の情報が届いていない国々。

 そうした要素を考えれば、死者数はさらに膨れ上がる可能性がある。


 数字が大きすぎて、現実感が追いつかない。

 ゲームが始まってまだ一時間ほどしか経っていないのに、すでにそれだけの命が失われたというのか。

 由伸がワイルドピッグ一匹と格闘していたあいだに、世界では大規模な虐殺が進んでいた。

 画面に映る惨状を見れば、それを否定することはできなかった。


「……ん?」


 その時だった。

 カメラがズームした拍子に、モンスターらしき影が一瞬だけ映り込む。


 黒い影。

 だが、あの特徴的なシルエットを見間違えるはずがない。


「あれは……ガーゴイル」


 脳裏に、ガーゴイルの情報が即座に蘇る。

 石像めいた外見に、コウモリのような翼。鋭い爪と牙を備えたモンスター。

 レベル帯は56から59程度。


 高い機動力を持ち、空中戦を得意とする厄介な敵だった。

 単体でも危険だが、群れで行動することが多く、複数同時に相手をすると一気に苦しくなる。


 UUOでは中級から上級ダンジョンの番人として配置されることが多い。

 特に古城や遺跡系のダンジョンでは、定番と言っていいほど出現するモンスターだった。


 ということは、ガーゴイルが出現している一帯には、さらに強力なボスモンスターが潜んでいる可能性が高い。

 ガーゴイルは上位モンスターの配下として動くことが多いからだ。


 都市部には、レベル80を超えるような高難度の敵まで出現していると考えるべきだった。

 アークドラゴン、デーモンロード、リッチキング――そうした強敵が都会に出現していても、おかしくはない。


 由伸は東京都心部からおよそ三十キロ離れた住宅街に住んでいる。

 電車なら都心まで一時間ほどの距離だ。

 決して安全圏と呼べるほど遠い場所ではない。


 都市部の被害状況を見ているうちに、一つの傾向が見えてきた。

 人口密度の高い大都市ほど、強力なモンスターが配置されているのではないか。

 由伸の住む住宅街に現れたのは、比較的弱いモンスターだった。


 異星人どもの実験の意図が、ぼんやりと見え始める。

 連中の目的は、人類の行動パターンを観察することだ。

 だとすれば、多くの人間が集まる場所で得られるデータほど価値が高い。


 年齢も性別も職業も違う人間が、極限状況でどんな行動を取るのか。

 それを観察するには、人口密集地ほど都合がいい。

 だからこそ、意図的に大都市へ強力なモンスターを配置したのだろう。


 そして都心部にいた人々は、成すすべもなく蹂躙され、命を落とした。

 初期装備もない初心者が、いきなりラスボスの前に放り込まれるようなものだ。


 どれだけ足掻いても、勝率などゼロに近い。

 こんなもの、ゲームとしては完全にバランスが破綻している。

 いや、クソゲーですらない。

 ただ一方的に殺すための虐殺だ。


 だが、これは観察実験であって、公平なゲームではない。

 参加者の楽しみも、バランス調整の義務も、異星人には関係ないのだろう。


「……俺、本当に運が良かったんだな……」


 初めての相手が、ワイルドピッグで本当に良かった。


 もし家に現れたのがガーゴイルだったなら、間違いなく即死していたはずだ。

 レベル1の状態で、レベル50以上の敵と戦うなど、どれほどゲーム知識があっても無謀すぎる。

 さすがに五十レベル近い差までは覆せない。


 とはいえ、この幸運がいつまで続くかは分からない。

 予想が外れ、この地域にもさらに強力なモンスターが現れるかもしれない。

 そうなった時、自分は生き残れるのか。


 由伸はソファへ背中から倒れ込み、天井を見上げた。

 不意に、家族のことが頭に浮かぶ。

 両親は、今どうしているのだろう。


 テレビで見た惨状が現実なら、両親も同じ危険の中にいるはずだった。

 母親はパート先のスーパーにいるはずで、父親は会社にいる。

 どちらもゲーム経験なんてほとんどない。

 この異常事態にうまく対処できるとは思えなかった。


 ワイルドピッグとの戦闘を思い出すと、今でも手が震える。

 あの時は台所に武器があったから助かっただけだ。

 素手だったら確実に殺されていた。


 このまま家にいても、両親の無事は確認できない。

 一刻も早く、安否を確かめに行きたかった。

 携帯を確認したが、なぜか圏外になっていた。

 大規模な通信障害が起きているらしい。


 直接会いに行くしかない。


 由伸は窓の外を、恐る恐るのぞいた。

 一見すると、いつもの静かな住宅街が広がっている。

 だが、どこに危険が潜んでいるのか分からない。


 それに、自宅が完全な安全地帯というわけでもなかった。

 ワイルドピッグの侵入を許したという事実が、自宅は安全だという認識を根底から打ち砕いていた。

 窓ガラスを割って入られた以上、同じことがまた起こる可能性は十分にあった。


「パート先のスーパーは人が大勢いるから、少なくとも、ここよりは安全なはずだ……」


 母親の職場であるスーパーには、従業員と客を合わせれば数十人はいるはずだ。

 それだけ人数がいれば、モンスターが現れても集団で対処できるかもしれない。


「……行くか、スーパーに」


 家に閉じこもって一人で震えているより、動いて母親の安否を確かめる方がまだましだった。

 危険はある。

 だが、何もしなければ状況は何一つ良くならない。


 由伸は玄関へ向かった。

 扉に手をかけた瞬間、心臓の鼓動が急に速くなる。

 外の世界へ足を踏み出すことの重みが、あらためて全身にのしかかってきた。


 外へ出るのは、いったいいつ以来だろう。

 食料品は母親が買ってきてくれる。

 必要なものは、父親のカードが紐づいたアカウントで注文すれば配達してもらえた。


 外の世界は、由伸にとってずっと脅威だった。

 人の視線。社会の圧力。会話を求められる場面。

 そうしたものすべてから逃げるために、由伸は自室という安全な檻へ閉じこもり続けてきた。


 だが今は、その檻から出なければならない。

 手のひらには汗がにじみ、喉もひどく乾いている。

 外出そのものへの不安なのか、モンスターへの恐怖なのか、自分でも区別がつかなかった。


 由伸はドアノブを握ったまま、しばらく立ち尽くした。

 今さらになって、自分の情けなさに嫌気が差す。

 何年も外へ出ていない人間が、モンスターの跋扈する世界に出ようとしているのだ。


 まともな判断力があるなら、家に留まるべきなのかもしれない。

 だが、また母親の顔が浮かんだ。

 いつも食事を作ってくれた母親。

 由伸が部屋に籠もっていても、見放さずに世話をしてくれた母親。

 失望した顔を見せることはあっても、最後まで由伸を切り捨てなかった。


 その母親が、今どこかで危険にさらされているかもしれない。

 自分がこうして立ち止まっている間にも、モンスターに襲われているかもしれない。

 そう考えると、自分の不安など些細なものに思えてきた。


「……よし」


 由伸は深呼吸を一つして、ドアノブを回した。

 ガチャリ、と乾いた音が鳴る。

 まずは玄関の扉を少しだけ開け、外の様子をうかがう。


 隙間から見えた景色は、異様なほど静かだった。


 住宅街の道路はしんと静まり返り、人影も車の通行も見えない。

 午後なら、小学生の下校で子供たちの賑やかな声が響いている時間帯のはずだった。

 車だって、もっと頻繁に通っているはずだ。


 それなのに今は、世界そのものから音が失われたかのような静けさが広がっていた。


 みんなどこへ行ってしまったのか。

 家の中へ避難しているのか。

 それとも、もうすでに――。

 考えたくもない想像が頭をよぎる。


 由伸は包丁とフライパンをインベントリから取り出した。

 意識するだけで、武器がそれぞれの手に現れる。


 足音を立てないよう慎重に歩く。

 靴音が響けば、モンスターに居場所を知られるかもしれない。

 呼吸を浅く抑え、少しでも気配を消そうとする。


 家の角を曲がるたび、心拍数が上がった。

 向こう側に何がいるのか分からない。


 それでも由伸は、慎重に、だが確実に歩みを進めていく。

 母親の職場であるスーパーまでは、徒歩でおよそ十五分。


 何でもないはずの距離が、由伸には途方もなく遠く感じられた。


 さまざまな不安を胸に抱えたまま、由伸は人生で最も困難な旅路の第一歩を踏み出した。

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