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現実世界がVRMMOの世界と融合して、ぐっちゃぐちゃになった。  作者: 猫


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第16話 大パニック 

 由伸は弾かれるようにインベントリを開き、建設用チェーンを取り出した。

 目の前では、白布の下から這い出したリビングデッドが三体、ぎこちない動きで距離を詰めてきていた。


 腐りかけた肉を引きずる音が床を擦り、開いた口から濁った液が糸を引く。

 見た目の悍ましさに反して、動きは鈍い。

 死体からリビングデッドに変化した直後だからだろうと、由伸は瞬時に判断した。


「フッ!」


 踏み込みと同時に、鎖が低く唸る。


 一撃目で一体目の脚を払って体勢を崩し、そのまま返す動きで二体目の首元を打ち抜く。

 最後の一体が腕を伸ばすより早く、由伸は鎖の先端を振り抜いた。

 乾いた破砕音とともに、三体のリビングデッドはポリゴン状の破片へ変わって散っていく。


 血も肉片も残らない。

 そういう意味では、まだゲームの延長線上にある光景だった。

 元になったのが人間の死体であっても、この世界のシステムはきっちりモンスターとして処理しているらしい。


 視界の端に浮かんだ情報を見る限り、すべてレベルは一。

 いま生まれたばかりの個体なら、能力も大したことはない。


 だが、取得した経験値は妙に多かった。


 リビングデッドはUUOでも数の少ないモンスターで、見つければ経験値効率のいい相手として知られていた。

 まともに狩ろうとしてもそう簡単には遭遇できない。

 それが、こんな形で目の前に大量に湧いている。


 そこでさらに一体、白布を跳ねのけて起き上がった個体へ鎖を叩き込んだところで、甲高い電子音が鳴った。


 由伸のレベルアップではない。


「え……?」


 隣で佐奈が息を呑む。


 薄暗い体育館の中で、佐奈の前にだけウィンドウが浮かび上がっていた。

 驚きに目を見開いたまま、何が起きたのか分からず硬直している。


 由伸は一瞬で察した。

 パーティボーナスだ。

 由伸が倒したリビングデッドの経験値が、同じパーティである佐奈にも分配されたのだろう。


 だが、そのことを説明している余裕はなかった。


 床のあちこちで、また別の異音がし始めていたからだ。

 白布がずるりと滑り、骨ばった腕が床を掻き、喉の奥で潰れた空気が湿った呼気のように鳴る。



 白布の列が、まるで波打つように揺れていた。

 一枚が持ち上がり、その下から青黒い指がのぞく。

 別の一枚がずるりと落ち、半ば崩れた顔が天井を向く。さらに奥では、布ごと持ち上がるようにして上体を起こす影がある。


 静まり返っていたはずの遺体安置所が、いまや巨大な孵化場みたいに変わっていく。



 この世界では、人は死んでも跡形もなく消えたりしない。

 ならば体育館いっぱいに遺体を集めたこの状況は、UUOのルールで言えば最悪の発生源だ。



「浅田さん、行くよ!」


 由伸は佐奈の手首を掴み、半ば引き寄せるようにして駆け出した。

 佐奈もようやく我に返り、転びそうになりながらついてくる。

 背後では、白布の列が次々と崩れ、起き上がった死体たちが不揃いに身体を揺らしていた。


 二人は体育館の扉を押し開け、冷たい夜気の中へ飛び出した。


 校庭にも、あちこちに人が横になっている。

 毛布にくるまり、段ボールを敷き、寒さをしのぐように身を寄せ合って眠っていた。体育館に入りきれなかった者もいるだろうし、遺体のそばで休むのを嫌がって外を選んだ者もいたのだろう。


 だが、今はそんな事情を考えている場合ではない。


 由伸は肺が裂けそうなほど息を吸い込み、叫んだ。


「逃げてください! 中から死体が動いてきます!」


 眠たげな目で顔を上げた人々は、何を言われたのか理解できず、呆然と由伸を見るだけだった。


 死体が動く。

 そんな言葉を、いきなり信じられるはずがない。


 由伸は苛立ちに近い焦りを押し殺し、さらに声を張る。


「モンスターに噛まれたら終わりです! 早く離れて!」


 由伸は自分の言葉がどれだけ届いていないかを、周囲の目線で理解してしまう。

 疲れ切った避難民たちは、突然飛び出してきた少年が、夜中に意味不明なことを怒鳴っているようにしか見えていない


 無理もない。

 普通は、死体がモンスターになるなんて発想に至らない。

 しかも避難所だ。

 ここまで辿り着いた人間にとって、ようやく見つけた休息の場所なのだ。

 そこが安全ではないと言われても、心が拒否する。



「本当です! 体育館の中にあった遺体が、全部、モンスターになってる! 噛まれたら感染します!」


 “感染”という単語に、何人かがびくりと反応した。

 だがそれでも、すぐに全体が動き出すほどではない。

 誰もが、隣の誰かが先に判断してくれるのを待っている。

 そんな数秒が、ひどく長く感じられた。


 体育館の入口から、何体ものリビングデッドがよろめきながら現れた。

 近くにいた老夫婦が立ち上がる間もなく、一体が老人の肩に食らいつき、もう一体が妻の腕へ噛みつく。


「ぎゃああっ!」


 夜の校庭に悲鳴が弾けた。


「くそっ!」


 由伸は鎖を振るい、老夫婦に群がった二体をまとめて吹き飛ばす。

 だが、もう遅い。

 噛まれた箇所から血がにじみ、皮膚の色がどす黒く変わり始めているのが見えた。


  老人は尻餅をついたまま、自分の肩を押さえて震えていた。噛みちぎられた肉の断面からはどこか濁った色の血が滲んでいる。


  妻の方は腕を押さえながら声にならない悲鳴を漏らしている。目は大きく見開かれ、自分の身に何が起きたのか受け止めきれていない。



 リビングデッドは、見た目だけの怪物ではない。


 噛み付くことで感染し、仲間を増やし続けるモンスターだ。

 唾液が血に入れば、ほぼ終わりだ。

 発症までの時間にはばらつきがあり、早ければ十分、遅くても数時間。

 その頃には新しいリビングデッドが一体増える。


 対処法がないわけではない。

 UUOには浄化薬というアイテムが存在する。

 呪いや穢れを打ち消す高級薬で、リビングデッドの感染にも有効だ。


 だが、あれは序盤で手に入る代物ではない。

 高レベルモンスターのレアドロップか、希少素材を使った配合が必要になる。

 少なくとも、この場に今すぐ用意できるものではなかった。


 つまり、現状では噛まれた時点で手遅れに近い。


 しかも、リビングデッドは生きた肉を食えば食うほど強くなる。


 人を喰らった個体は、最初に体育館で倒したものより動きが明らかに良くなっていた。

 肩を噛みちぎられた老人へ群がっていた三体が、獣じみた速さで顔を上げる。

 目の濁りは変わらないのに、飢えだけが濃くなっていくのが分かった。


 由伸は足の裏から嫌な汗が噴き出すのを感じた。

 リビングデッドは本来、発生直後ならただの鈍足ゾンビに近い。

 低レベル帯でも対処できる、見た目倒しのモンスターだ。

 だが“餌”を得た個体は話が違う。筋力、敏捷、攻撃性、その全部が段階的に底上げされる。


「みんな、逃げて!」


 叫びながら、由伸はすぐに気づく。


 逃げろと言って、どこへ逃げる。


 校門の外に出ればモンスターがいる。

 しかもUUOでは、夜にしか出ない敵が存在する。

 昼間に現れるモンスターよりも凶暴性が高い。

 中に残っても地獄、外へ出ても地獄だった。


 どうする。


 答えが出ないまま、状況だけが悪くなっていく。


 問題は、校庭という開けた場所に数百人規模の避難民が密集していることだった。

 統制が取れないまま出口に殺到すれば、門で詰まる。

 門で詰まれば外のモンスターも寄ってくる。中に残ればリビングデッドの餌になる。


 最悪だ。選択肢のどれを取っても死人が出る。

 由伸は自分が、この場の誰よりUUOを知っているのだと理解していた。だからこそ、判断を他人に委ねられない。


 だが知っているだけで、すべてに正解を出せるわけじゃない。むしろ知識がある分だけ、どの選択肢にも明確な破滅が見えてしまう。


 何が起きているのか分からない人々は、悲鳴につられて一斉に動き始めた。

 逃げようとしても、狭い校庭にこれだけの人数がいれば簡単には動けない。


 誰かが転び、誰かが押し、誰かが怒鳴る。

 立ち止まった者から順にリビングデッドが食らいつく。


「押すな!」


「子どもがいるのよ!」


「開けろ、門を開けろ!」


 叫び声が飛び交う中、噛まれた者がまた一人、また一人と増えていく。

 転んだ拍子に腕をひっかかれた女が泣き叫び、助け起こそうとした男の脚に別の個体が噛みついた。


 群衆は一度恐慌に入ると、もう個人の理性では止まらない。

 誰かが走れば周囲も走る。理由が分からなくても、前が押せば後ろも押す。倒れた人間を跨いでいく足音が連なり、怒号が怒号を呼ぶ。


 校庭の一角だけで済まない。

 体育館から出てきた群れの一部は、そのまま校舎の方へ流れ始めている。

 あちらにも大勢の避難民がいるはずだ。

 入り込まれたら被害はさらに広がる。



 由伸は反射的に校舎へ向かう群れの数を数えた。

 五体、七体、いや、もっといる。

 体育館の影になって見えない個体もある。


 今ならまだ、先頭を削れば流入を遅らせられるかもしれない。

 だがそうしている間に、逃げようとする群衆がさらに崩れる。


  手が足りない。

 圧倒的に。


 自分一人が強くても、戦場が広すぎる。

 守る対象が多すぎる。

 どれだけ一人で戦えても限界があることを、これでもかと突きつけられていた。


「由伸くん……!」


 振り向くと、佐奈の顔は青ざめていた。

 だが足は止まっていない。

 逃げ惑う人にぶつかられながらも、必死に由伸を見失うまいとしている。


 その姿に、由伸の胸が痛んだ。

 守ると決めた相手を、こんな地獄のど真ん中へ連れてきてしまった。

 いや、避難所へ来る判断自体は間違っていなかったはずだ。


 少なくとも、昼の時点では他に現実的な選択肢がなかった。

 そう頭では分かっている。

 分かっているのに、結果として佐奈をまた危険へ晒している事実が、己を苛む。


 それに黒原の姿も見えない。

 体育館の中にいるのか、別の場所で寝ていたのか、もう校庭へ出ているのかも分からない。

 状況確認すらできない混乱の中で、由伸は自分の呼吸が浅くなっていくのを感じた。


 由伸は唇を噛む。


 どうしたらいいのか、本当に分からなかった。


 それでも、迷っている間にも噛まれる人間は増えていく。

 体育館の入口からは、また新しいリビングデッドが這い出してきた。

 校舎の方へ向かった群れも、もう止められそうにない。


 耳の奥で、自分の鼓動がやたらとうるさく響く。

 鎖を握る手には汗が滲み、金属の感触がぬるついていた。

 由伸は一度だけ大きく息を吸い、無理やり思考を整えようとする。


 全部は救えない。

 全部を同時に止めることもできない。

 なら、優先順位を決めるしかない。


 校庭のパニックを少しでも抑えること。

 校舎への流入を防ぐこと。

 佐奈を死なせないこと。

 できれば、噛まれた人間を隔離すること。


 口にすれば簡単だが、どれも人手がいる。

 指示を通す声と、従う人間と、戦える人間が必要だ。


 由伸は歯を食いしばった。

 こういう時に、自分の声の弱さが嫌になる。

 黒原のように人を動かす話し方も、飯田のように場をまとめる力も、自分にはない。

 あるのはUUOの知識と、少しばかり戦える腕だけだ。


 けれど、それでもやるしかない。

 誰かが最初の一手を打たなければ、この場は本当に終わる。


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