ごっごっ
「きゃーっ、あはははは!」
「…………うるさ」
子供特有の甲高い笑い声をあげるお姉ちゃんを見て、僕は溜息を吐く。
正直、『お姉ちゃん』って感じもしないけど。
そもそも、僕らに「きゃーっ」なんて笑い声をあげる権利はなかった。
直ぐに「うるさいっ!!」って怒鳴られたから。
お姉ちゃんなんかは、もっとだったんじゃないかなって思う。
その分を取り戻していると思えば、……まぁ、いいのかな。
でも、僕の知っているお姉ちゃんは、こんな風に笑わない。
精々が、どうすれば怒鳴られないかを考えた、控えめな笑みだ。
パパ活をしていたときのお姉ちゃんの笑みは、縋るような媚びるような笑み。……目の前の子供のように、無邪気に目を輝かせて笑ったりしない。
ああ、家族で何処かに出かけて、写真を撮っているときは満面の笑みだったかな。そうしないと、「ふざけた顔をするなっ!!」って怒られるから。
幼稚園に入学するときとかの写真だってそうだ。
あまり覚えてはいないけど、幼心には理解していたんだと思う。
一度だけ見たアルバムの僕は、歪に笑っていた。
全部、人間界に置いてきたから、もう見ることはないけど。
「お兄ちゃん、これで、あそぼ」
どう見ても飾っておく用の手毬を手に、お姉ちゃんが笑う。
サッカーボールくらいの大きさがある、細かな模様の入った手毬。
その手の店で買えば、十数万はしそうな代物だ。
持ち主である縁哭さんは、水恩と人間界に行っているため不在だ。
育児放棄じゃないのか、と僕は思う。
けど、本当の育児と違って、何してもなかなか死ねないし丈夫だ。
それなら、これくらいでいいのかな。僕も、暇だから相手をするし。
僕は手毬を手に取ると、ぽーん、とお姉ちゃんに向かって投げた。
何が楽しいのか、終始、きゃっきゃっ、と笑っている。
「もーいっかい!」
「はいはい……」
お父さんとお母さん、このお姉ちゃんの笑顔を見たら、どう思うかな?
きっと、『自分の娘』と違いすぎるから、分からないだろうな。
そんなお父さんとお母さんは、もういない。
いつだったか、縁哭さんが黄泉路へと放り出したから。
理由は、お姉ちゃんが「このキラキラ嫌ー!」と言ったからだ。
すると、あっさりと捨ててしまった。
……結局、二人から謝罪の言葉が出ることはなかった。
いや、一応は出た。
けど、「酷い目に遭わされているから仕方なく言った」って感じで、「我が子に酷いことをしてしまった。申し訳ない」っていうのではない。
今頃、どうしているのやら。
流石に、黄泉路を歩き終えたかな。
解放されたとき、すごく嬉しそうに魂が光っていたらしいけど、まだ何も始まっていないことに気づいたら、どんな顔をするんだろう。
地獄行は確定だろうし。
お父さんとお母さん、どっちの刑期の方が長いんだろうな。
お父さんは、暴力暴言モラハラだったけど、お母さんも大概だ。
ぱっと見は、気の毒な立場だけど、結局は同じ穴の狢で似たもの夫婦。
……二人とも、地獄で『修行』をして、また生まれ変わるのかな?
僕には、地獄も天国も、よく分からないけど。
でも、僕たちが考えているような地獄ではないとは思っている。
だって、炎で浄化とかされる割には、世の中こんなだし。
本当に『浄化』とやらがされているなら、僕みたいなひねくれ者は生まれない。……昔は、そう思っていたけど、今は違う。
だって、『悪人』がゼロになってしまったら、地獄はなくなる。
そうすると、地獄で働いている人たちの仕事がなくなる。
だから、微妙に焼いているんじゃないか、と思うんだ。
ウェルダンじゃなくてミディアムくらい。
中途半端に浄化した魂を、再び人として生まれ変わらせる。
そして、周囲を巻き込んで『悪』を増やす。
こうやって、地獄を回しているんじゃないか、と思ってしまう。
それに、『不幸』がないと『幸せ』だってありはしない。
比較対象には、いてもらわないと。
その割を食ったのが、僕やお姉ちゃんというわけだ。
Tさんだってそうかな。
……はぁ、考えれば考えるほど、虚しくなってきた。
「ねぇ!お兄ちゃんってばぁ!!」
「…………僕は、『お兄ちゃん』じゃないよ」
「これ、どうやって使うの?」
化粧道具を手にしたお姉ちゃんが、こてん、と首を傾げる。
化粧道具、とはいっても、ファンデーションや口紅ではない。
黒漆の地に、金の蒔絵が施された、時代劇に出てきそうなやつ。
縁哭さんが、ちょっと前に作り上げた物だった。
流石に、それが壊されてしまうのは気の毒だ。
僕はお姉ちゃんに、「それは、まだ使っちゃダメ」と言った。
遠い未来で、お姉ちゃんが結婚したときに使うんだから、と。
ま、形だけのものだろうから、実際に使うかは分からないけどね。
話を聞き終えたお姉ちゃんは、見るからに不機嫌になった。
「結婚嫌ー!」
ぶんぶん、と首を横に振るお姉ちゃんを見て、僕は「おや」と思った。
「どうして?」
「嫌なものは嫌なの!!」
はぁ、もっと、具体的なことを言ってほしいんだけどな。
頬を振らませたお姉ちゃんに、僕は言った。
「相手は縁哭さんだよ?……イケメンだし、優しいよ?」
「だれでも嫌!!」
頑ななお姉ちゃんの態度を見て、僕はハッとする。
そして、にっ、と口角を上げた。
「…………お姉ちゃんのほうが、立場は上……一番なんだよ」
「……いちばん?」
僕の言葉に、お姉ちゃんは考え込むような仕草をした。
何度か口を開閉させ、ぱっと顔を上げる。
「じゃあ、ごっごっ、していいの?」
ごっごっ、……相手を「ゴッ!」っと殴ること。
昔、お姉ちゃんが言っていた「家のトップになれば、家族を殴ってもいいんだと思っていた(言葉尻は違うけど)」という言葉を思い出す。
それを聞いて、僕は久しぶりに大笑いをした。
いや、もしかすると、人生初と言える大笑いかもしれない。
結局、記憶が無くなっても、逃れられやしないのだ。
魂だとか、スピリチュアルな部分に、深く深く染み込んでしまっている。
あーあ、ここまで来ると、お父さんとお母さんってすごいな。
いろんな意味で、だけど。
腹を抱えて笑う僕を、お姉ちゃんは「?」を浮かべて見つめている。
ひとしきり笑い終えると、僕はどうにか言葉を吐き出す。
「ごっごっ、は駄目だよ」
「どうして?」
「……お姉ちゃんは、縁哭さんにごっごっしたい?それほどまでに嫌い?」
「……ううん。ゆーのことは好き」
お姉ちゃんは首を横に振り、「でも、しないと」と呟いた。
終わってるなぁ、と思う。
「好きな人……というか、人としてごっごっは駄目なんだよ」
「ふぅん」
分かっているのかいないのか、お姉ちゃんは首を傾げる。
そして、何かが切り替わるように「絵本読んで」と言った。
抱きしめ合って和解、なんてものはない、バッドエンドな絵本。
そういうのが、お姉ちゃんの好みのようだ。
面倒くさいけど、気持ちよく笑えたお礼に、何冊でも読もう。
ソファーに腰かけ、絵本を開く。
どこにも笑う要素はないけど、お姉ちゃんは楽し気に笑っていた。




