クローンハラスメント
「ありがとうござ――」
僕は水を操って、コンビニの店員さんの首を切り裂いた。
別に、時にこれと言った理由はない。
何となく、刺激が欲しい」と思っただけだ。
どさっ、ベチャ、と嫌な音が耳に届く。
転がった首からは、「ありがとうございます!」の声。
一時間もすれば、血で汚れた床や壁、店員さんも元に戻る。
はぁ、つまらない。
外に出て、青く澄み切った空を仰ぐ。
水恩の神域に来て、早いもので百年以上経過した。
それでも、あまりに周囲の変化がなさすぎるからか、僕の思考も価値観も、神域に来た時と、あまり変わっていない。
変わったのは、水恩と縁哭さんたちの立場。
それと、二人の祠があった山。
僕が神域で暮らし始めてから、十年ほど経ったとき、あの山で、人気ロべチューバ―の人が首を吊って、胡散臭いけど人気のある霊媒師の人が、「この二つの祠の所為だ」的なことを言ったから、見に来る人が後を絶たなくなった。
あっという間に、山は綺麗にされ、今では立派な社が建っている。
ついでに、よく分からない&何の効果もないお守りも売られているらしい。
流れとしては、かなり不謹慎に思える。
けど、世の中そんなもんなんだろうな、とも思う。
『まっ、言ったもんやったもん勝ちよね、こういうのは。でも、祈ってくれる人が多ければ多いほど、神ってのは力をつけるからね。そこは感謝しているわ♪』
いつだったか、水恩は僕にそう話してくれた。
そして、言葉の通り、水恩の力は増した。
神域のエリアはさらに広がり、水族館や動物園もできた。
……二、三回しか、行ってないけど。
しかし、熱心に祈りを捧げている人には何もなくて、祈ったお陰で増した力は、みんな僕に使われるって、考えてみたら凄く理不尽だ。
僕は、遠くに建っているシャインモールを見て、小さく溜息を吐く。
シャインモールも、最近は映画を観るくらいにしか使っていない。
それだって、大昔(僕が人間界にいた時代)の映画ばかりだ。
見ようと思えば、最新の映画が観れる。
でも、前に学園モノのやつを一本観て、それっきり。
ああ、ドラマも少し見たかな。……でも、それだけ。
最初は、「何年たっても、映画館は廃れずにあるんだ」と感動したけど、内容を見て、感覚のズレが拭えなくて、何とも言えない気持ちになったから。
結局、僕は『時間の止まった存在』なんだなって思った。
見えない釘で打ち付けられたように、何もかもが昔のまま。
ただ、今の世の中が全く気にならない、と言えば嘘になる。
だから、定期的に、水恩や縁哭さんから話は聞く。
といっても、技術が進歩しただけで、昔とあまり変わらない。
少子化だなんだも、クローンが出てきて、少し複雑化しているそうだ。
数十年前、反対運動はあったけど、それをねじ伏せ、世界中で(色々と厳しい審査は必要だけど)クローン人間を作れるようになった。
最初は、一握りの大金持ちや地位が高い人たちだけだった。けど、少し経って、小金持ちの人なら、クローン人間を作れるようになった。
さらに時は進み、お金を上乗せすれば、『亡くなったときの年齢』にまで、クローンを急成長させることが可能になった。
成長の過程をすっ飛ばして、死んだ人にまた会える。
でも、それは大きな問題も生んだ。
『前の子は、こんなんじゃなかった』
『ったく、作り直したいよ』
『なんでできないんだ?クローンだろ?』
『えっ、クローンなのに知らないの?』
あまりクローンに詳しくない人からすると、『特別に作られた凄い人間』という認識になってしまうのか、じわじわと、こんな言葉が飛び出してきてしまったらしい。
加えて、クローン人間が大怪我をしたときは、特殊な血液を入れないといけないらしく、医療機関など、様々な場所に伝えておく必要があった。
でも、『クローンの人格を無視して、亡くなった人の代わりにしている』『命を冒涜する奴ら』と一部の声が強く、隠す人も中にはいる。
クローンもクローンで『へぇ、クローン人間なんだぁ』と奇異の目で見られるのが嫌で、黙っている人もいる。
結果、最悪の事態が起こってしまい、ネットを中心に、日夜論争が巻き起こっているらしい。
他にも、クローン系ロべチューバ―が出て来たり、クローンだという事がバレて婚約を解消されたり、クローンを排除しようとする団体も出てきたそうだ。
程なく、『クローンハラスメント、略してクロハラ』という言葉が生まれた。
当然、過度にクローン人間に気を遣う人もでてくる。
そして、溜まった不満を、サイレントにネットにぶちまけるのだ。
『職場のクローンがウザい』『気を遣うのが苦痛』と。
クローン人間を貶す、ネットスラングも多く生まれた。
その逆、普通の人間を貶すネットスラングも。
AIがどれだけ頑張っても、どれだけ進歩しても無駄。
倫理の網をかいくぐって、互いを貶し合う。
直接的な暴言は使わない。
そう思うあなたの根性が悪い、と言えるような言葉を作る。
『純人間に、こんな酷いことをされた!』
『クローン人間に、こんな酷いことをされた!』
こうなってくると、貶し合いで私腹を肥やす者たちも現れる。
互いの怒りを煽り、自分は向こう岸でそれを眺める存在。
そして、普通の人たちは『余計なことをしないでください』と祈りながら、無差別に向けられる怒りに怯え、嵐が過ぎるのをやり過ごしている。
もちろん、この騒動を知らない人たちだっている。
ある意味で幸せな人たちだ。
でも、ふとしたときに知ってしまう。
ネットニュースや、ロべチューブのコメントで。
この一連の話を聞いたとき、僕は鼻で嗤ってしまった。
叩く存在が変わっただけで、結局は何も変わっちゃいない。
便利で快適で幸せで平和な世界を(一応)は目指しているはずなのに、いざって時は、不幸がどれだけあるかで勝負するんだ。
まぁ、仕方ないか。僕と同年代だった人たちも、結局は「最近の若いもんは――」からの呪縛から、逃れることができなかったんだから。
ああ、もう一つ話題があったんだっけ。
感情を持ったAIができた、という話。
まだ、研究所にいる段階らしいけど、できたらしい。
でも、噂の域を出ない話だ。
やっぱり、感情を持たせたくなっちゃうものなのかなぁ?
僕には関係のないことだけど、やめておいた方がいいと思う。
ストレスが溜まって自殺しそうだ。
何も感じないことの方が、楽な時だってある。
そんなことを考えながら、僕は家のドアを開けた。
ずる、ずる、と何かが廊下を這うような音が聞こえてくる。
「おかえりー!」
お姉ちゃんがやって来て、僕に笑いかけた。
といっても、見た目は三、四歳だし、お腹から下は、まだ金魚鉢の中……つまりは肉塊の状態だ。
いい感じに言えば、……ヤドカリかな?
何も覚えていない、お姉ちゃんの肉を潰して新たに生まれた存在。
その事実に、僕は、どうしようもない鬱屈とした気持ちを抱えていた。




