新たな門出
「手の形になったんだ!」
僕たちの神域に入ってくるなり、縁哭さんはそう言った。
場所は、僕の家のリビング。
でも、カーテンや家具を一新したから、前の名残は殆どない。
お父さんたちの魂は、今も縁哭さんの神域にある。
と言っても、飽きが来ちゃったのか、部屋の隅に転がっているらしい。
一応、自動運転……って言うと変かもしれないけど、そんな感じになっているから、追体験に近い何かを、延々と見させられている、と水恩は言っていた。
僕はそれを聞いても、前と同じで特に何も思わなかった。
まぁ、強いて言うなら「頑張ってね」くらい。
何をどう頑張るのか、終わりがいつ来るのか、全て分からないけど。
もしかしたら、忘れされれてしまう可能性さえある。でも、仕方ない。
だって、前に縁哭さんに、なんでこんなことをするのか理由を聞いて、「俺のことで、息子が山に行ってアンタらと知り合ったってんなら、俺お陰でもあるだろう!?すこしは頭使えよ馬鹿がっ!!」って、言っちゃたし。
初めて聞いた時は笑っちゃったよ。
偶々そうなったってだけなのに、何が『俺のお陰』だって。
それに、こうして平穏な日々を手に入れはしたけど、人間界にはいられなくなったんだから。
よく、お父さんはニュースを見ながら、「結婚しない若者が――」「人間には義務ってもんが――」と僕たちを見ながら冷笑していた。
お母さんも、普段はビクビクしているくせに、調子を合わせていた。
その顔はどこか誇らしげで、お姉ちゃんはそれを見て目を逸らしていた。
早い話が、マウントだ。
ある意味、『義務を果たした者の強み』だったのかもしれない。
でも、僕らにはそれが重荷だった。
あんな夫婦関係を見せられておいて、「義務を果たせ」なんだから。
酷いことをしておいても、義務を果たしていたら許される。
水恩と出会わなければ、二人は、大手を振って死んでいた。
自分たちが犯した罪に、気がつかないまま。
自分たちより後に生まれた人たちを見下して。
「『最近の若いもんは』はずっと昔からある言葉」
……これを免罪符に、家族に「最近の――」を押し付ける。
ああ、それと、虐待死のニュースを見て「可哀想だな」って言うの、あれは地味にムカついた。運が良かっただけなのに……って。
そんな二人が、地獄にも天国にも行っていいはずがない。
だって、地獄に行ったら、いつかは転生してしまう。
自分たちがやったことを、全部忘れて。
罪を償った、という事にされて。
そんなの認めない。
二人は二人のまま、部屋の隅で埃をかぶっている方がいい。
そこまで考えて、僕は縁哭さんに視線を向ける。
今日も今日とて、女子好みしそうな顔と格好だ。
そして、縁哭さんの手には、いつものように、肉塊がいる。
さっきは「嫌だ」と思ったけど、考えてみれば、約三ヶ月ぶりの再会だ。
そう思うと、僕は、少しだけ気分が高揚した。
縁哭さんもお姉ちゃんも、嫌いではないからだ。
水恩がやって来て、「どうしたのよ?」と首を傾げる。
着物が薄すぎるせいで、ハッキリ言って裸とあまり変わらない。
何処にこんな薄手の布があるのか、と何度見ても思う。
でも、裸と違って、妖しい雰囲気が出ているから、僕は好きだ。
水恩は、兄弟的な間柄と言っても、連絡もなしにテリトリーに入ってこられるのは嫌なようで、少しむすっとしていた。
縁哭さんは素直に謝罪すると、金魚鉢をテーブルの上へと置いた。
肉塊の一部から、赤黒い……一、二歳くらいの子供の手が出ている。
骨がないのか、イソギンチャクのように指があっちこっちへ揺れていて、言っちゃあなんだけど気持ちが悪い。正直、テーブルに置かないでほしいくらいだ。
こう、なんて言ったらいいのかな、B級ホラー映画に出て来る、実験に失敗した何かみたいな、生理的嫌悪感が凄まじい。
でも、これくらいのことで、いちいち目くじらを立てるなんて大人げない。
親がああだった分、僕はこういう場面では、『まとも』でいたいと感じた。
僕は、二人に気づかれないように深呼吸をする。
礼儀として、金魚鉢に向かって、「おはよう」と挨拶をした。
返事はないけど、指……らしきものがうねうねと動いた。
……やっぱり、早くどかしてほしいな。
「元に戻る日も……僕の感覚からすれば、まだまだ先に感じるけど、水恩たちからしてみれば、早いのかな?」
「そう……ね。なんて言ったらいいのやら、が本音ではあるけど」
「とにかくさ、お祝いしようよ」
昨日は、水恩と一日の殆どをベッドの上で過ごしていた。
だから今日は、抱き合って眠っていたかったんだけどなぁ。
でも、そういうことなら仕方がない。
僕は椅子から立ち上がると、服を取りに部屋へと向かった。
×××
「今、人間界ってどうなってるの?」
シャインモールのフードコートで、僕は縁哭さんに聞いた。
お客さんはみんな『良い子ちゃん』だから、すごく平和だ。
程よく騒がしくて、それでいて、怒鳴り声や迷惑行為をする客はいない。
水恩という神様によって作られた人形たち。
心地よい空間を満喫する僕に、縁哭さんは「普通だ」と言った。
その顔は、どこか憎々し気に歪んでいた。
「俺たちの『親』の息がかかった奴らは、ろくな生を歩まないだろうが、それでも、死んではいないからな。鬱屈としつつも、毎日を送っているし、無関係な者たちは、それこそ『いつも通り』だ。はっきり言って、俺は『親』に、少しがっかりした。もっと、天地がひっくり返るようなことをしてほしかったのに」
「仕方ないわよぉ。封じられていた期間が長すぎるんだもん。……むしろ、『我が子供たちよ!』とか言って、従うように言ってこないだけマシ!!」
水恩の言葉に、縁哭さんは不満気に眉を寄せた。
でも、一理ある、と思ったのか、直ぐにいつも表情に戻る。
僕はと言うと、どちらの意見にも賛成だった。
水恩は保守的な感じだけど、目は縁哭さんと同じ光が宿ってるし。
「ふーん、普通……かぁ。まっ、何事もないのが一番だよね」
僕は興味なさげに呟くと、良く焼けた肉を咀嚼する。
神域で作られた、何の肉か分からない……肉なのかすら分からない何か。
でも、味は人間界のやつと変わらないし、なにより、美味しい。
水恩も縁哭さんも、各々、好きなものを食べている。
そうして、だらだら喋って一時間が経過した頃――。
「彼女は、何の色が好きなんだ?」
唐突に、縁哭さんは僕にそう尋ねてきた。
「いや、その、婚礼衣装を用意しようかと思って……」
下を向き、照れくさそうにそう言った。
「…………縁哭さんって、お姉ちゃんに一目惚れしたんですよね?」
「ああ」
「つまり、顔と体を見て決めたんですよね?」
「……そういうことになる……のか?良くは分からないが」
首を傾げる縁哭さんに、なぜかすごく苛立ちを覚えた。
それをぐっと堪え、金魚鉢を見る。
「今のお姉ちゃんには、なにもないですよ。遠い未来でもとに戻ったとしても、それが、縁哭さんが一目惚れしたお姉ちゃんかどうかの保証はない」
「それでもいいさ。彼女であることに変わりはない」
縁哭さんの言葉に、僕は心底、ゾッとした。
『結婚は人生の墓場だな』
以前、ネットを見ながらお父さんが吐き捨てた言葉が脳裏をよぎる。
お姉ちゃんを愛するのは勝手だけど、目が覚めたとき困るんじゃないだろうか。一目惚れだから、色々な時間を育んだ訳じゃないし。
それを伝えると、予想した通り「構わない」と返ってきた。
怖いくらいに真剣な目と共に。
「時間を育んだ者たちだけが、正しいとは限らないだろう?……それは、よく分かっているんじゃないか?」
「……まぁ、ね」
お父さんとお母さんは、それなりの時間をかけて一緒になった。
でも、結果はアレ。なんか、『結婚は人生の墓場』というよりは、『墓場で生まれ育って、墓場で結婚した』って感じだ。
「『結婚は人生の墓場』というのなら、好きな相手と墓場に入れているということ、こんなに嬉しいことはないさ」
……ああ、ウザいくらいに笑顔が眩しい。
それなら、もう好きにして、としか言いようがない。
「…………さっきの話に戻るけど、お姉ちゃんの好きな色は良く知らない。……色どころか、何が好きなのか、全体的に分からない。強いて言うなら、お父さんを不快にさせない色、かな?お婆ちゃんにも、『最近の子は、派手だ、地味だ』って、詰みゲーなこと言われてたし。縁哭さんの好きな色でいいと思うよ」
「そ、そうか」
僕の話を聞き終え、縁哭さんはあからさまに顔を顰めた。
「……まだ、足りないな」
……ああ、お父さんたちの懲役が伸びた。どんまい。
「はぁ、お前の好きな色で、新たな門出を祝いたかったのに」




