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31. 光る虚言

「パパっち、何してんだよ!? 早くソイツらを殺して!」


 声が聞こえた方を見ると、頭部から血を溢れさせているナジマガス。その目は狂気で満ちている。


 兵士たちが治療のために地上へと運ぼうとしたが、階段下で俺たちが父親と対峙している様子が見えて、当初の目的を果たそうとしていたところか。

 甘々パパが自分の傷を見ればどのような行動をとるか、予想するのは容易だろう。


「ナジマガス、その傷はどうしたんだ!?」

「ソイツにやられたんだっ。早く、早く殺して!」  


 生まれてこの方温厚で、反抗期もなかった俺は、親の前で暴言を吐くなんてことはできなかった。そうしたこともあって、親に向かって人殺ししろという彼の感覚が理解できない。

 一体どのような教育を受けてきたら、こんな子供が出来上がるのだろうか。


「……使徒様ならば、我が愛息を傷付けたりはしないのでは?」

「仲間を傷つけられそうになったので、防衛手段として仕方なくやったんですよ。そもそも、俺たちに難癖付けて不当逮捕したのはそちらでしょうに」


 俺が使徒であろうがなかろうが、可愛い息子に怪我させたんだ。心底殺したいだろうね。

 だけど、俺にはバリアがある。下手に攻撃したところで、同じように防がれるのがオチ。息子の前でみっともない格好を見せるわけにはいかないよね。


「苦しい言い訳だな。もしそれでも使徒だと言い張るのであれば、息子の傷を治してもらおうではないか!」


 子爵は時間稼ぎをして息子をこの場から離れさせようという魂胆なのかね。もっとも、俺の回復魔法をもってすれば、ナジマガスの治療など朝飯前。

 しかし、相手が相手だけに気が乗らない。ここにはファンニもいるのだ。


「お、おいっ。貴様ら……」


 俺たちは頭を寄せ合い、子爵やナジマガスたちには聞こえないように相談した。ちなみに、敵が攻撃してくる恐れがあるので、肩越しに兵士たちを目で牽制することを忘れない。


「ねえ。ああ言ってるけど、どうする?」

「イヤよ。私たちを殺したがってるヤツを助けるようなマネ」

「もしかして回復魔法のことか? だが、それを使えば子爵にキリルを使徒だって思い込ませることができる」

「それは、そうかもしれませんけど……」


 ふと、俺はファンニに尋ねてみた。

 ナジマガスが俺に殺意を持っていることは、半ば身から出た錆であるといえよう。そんな自分たちよりも、ナジマガスによる最大の被害者であるファンニの意思を尊重すべきではないか。そのような思いからだった。


「ファンニはどうなの?」

「………………ボクは、治してあげてもいいんじゃないかなって思います」


 ファンニは、しばし悩んだ末にそう答えた。

 てっきり復讐心を持っていると思っていたので、この返答は意外だった。多くの人間は、自分を苦しめた相手に目に物を見せたいと思うのも無理はない。それでも、ファンニは許す選択をした。


「…………分かった。ファンニがいいならそうするよ。本当にそれでいいんだね?」


 俺が再確認すると、ファンニは頷く。


「だって、そうしないと出られないじゃないですか」

「…………」


 ピンチの時こそ冷静になって合理的な判断ができるのは大事だなことと言える。偽善も善行には変わりないわけで。

 それでも勝手とはいえファンニの心根に感動していただけに、割り切れないものを感じざるを得ない。

 俺は黙って集団から離れ、ナジマガスの方へと歩いていった。


「お、おい。何するつもりだ……!?」

「いやね、パパラッチ子爵が君のケガを治せって言うから」


 だが、俺が近づくほど、それに合わせてナジマガスも後退していく。

 椅子で殴られたことによって、俺がトラウマになったのかな?


「う、うぅ…………く、来るなー!」

「ファンニをいじめてたくせにビビりなんだね」

「違っ、俺っちはやってない! 全部他のヤツらなんだ! アイツらが勝手に……」

「黙認してたんでしょ。止めない時点で同罪だから」


 なおも後退し続けるナジマガスにしびれを切らし、俺はその場で回復魔法を使った。


「もういいや。君なんて相手にする価値もない。はい」

「う、う、う……………………ん? んんんんん?」


 ふと、痛みを感じ続けていた頭部に違和感が生じたようで、少年は傷口に触れてみた。

 洗ったわけではないので出血で手が汚れるが、そこに痛みはないはずだ。


「ナジマガス、どうした。何かされたのか?」


 気付かないうちに息子に何かあったと悟り、子爵がナジマガスに尋ねる。


「け、怪我が…………治ってる」

「何だと!?」


 子爵は俺たちの間を通り抜け、息子のところへ駆け寄った。

 たしかに血が流れてはいる。だが、恐る恐る撫でてみると、血の下に傷口らしきものは無い。


「まさか、本当に…………!?」


 子爵は何を考えたのか、顔を蝋のように青くしていった。


「パパっち、今度こそアイツを――」

「うるさい! このバカ息子が!!」


 これまで自分が望む物は全て与えてくれた。そんな甘やかし放題の父親がいきなり豹変したことで、ナジマガスが何が起こったのか理解できずに子爵をまじまじと見た。

 しかし、子爵はもう息子を見ることなく、こちらに向かって深々と頭を下げる。


「使徒様。これまでの数々の無礼、どうかお許しください」


 ニコニコさんの思惑通りに子爵が俺を使徒と思い込んだことで、ラウラなんか鳩が豆鉄砲を食ったような顔に。まあ、俺も似たような顔になっていると思う。


「不肖の息子は儂の方で処分しておくので、ウィベルメシュ家はご容赦を」


 息子を犠牲にして、自分だけは助かろうという魂胆か。親バカのくせに、自分の方が可愛いと見える。反吐が出そうになるよ、全く。

 後ろの方でも、ラウラたちが呆れたように何かを呟いている。


「殺すのですか? 私たちにしようとしたことを、あれほど可愛がっていた息子にするつもりで?」

「はっ。使徒様に仇成した者など、死して償うべきかと」

「それはアナタも同じでは?」

「……………………」


 子爵だって、俺たちを殺すつもりで魔法を放った。

 あの炎に巻き込まれた兵士だっているのだ。彼らは今も床の上に横たわっている。また襲われる可能性があったので放置しているが。あとで治しとこ。

 自分のことを棚に上げるという、誰かさんのような姿勢に俺は舌打ちしそうになる。


「命とは尊い物。それを害することは、これすなわち神への冒涜であり、最も重い罪業のひとつ。死後は地獄の最も深い場所へ墜ち、永久に火焔の中で苦しむことになるでしょう」


 どこかで聞いたようなセリフだが、初耳の子爵は俺を見上げて問う。


「では、どうすればよいですか!?」

「幸い、アナタにはまだ余生があります。自分のこれまでの行いを悔い改めなさい。

 頭の中で思うだけで行動が伴わないのであれば、それは意味を成さない。偽善ではなく、心から弱き者のために行動しなさい。権力や財産を持つあなたが力を尽くせば、多くの人々を救うことができるでしょう」


 王侯貴族でなければ人にあらず。税を治めるためだけに存在する平民に手を差し伸べるくらいなら、ゴブリンをペットする方がマシというもの。

 俺の言葉は、子爵にとっての常識に反するものに違いない。


「弱き者とは、平民のことですか?」

「天は人の上に人を作らず。人の下に人を作らず。貴族だの平民だの、身分は愚かな人間が神の意向に反して勝手に作り出したものです。

 差別は、殺人ほどではないとはいえ罪業に当たります。たしか、差別をした人間の数に応じて鞭を打たれたような。1人ごとに1万回とか」


 傲慢さが消えない子爵に対する殺意が、背後からヒシヒシと伝わってくる。自然と背筋が伸びた時、俺の中に遊び心がやってきた。


「まあ、これまでのアナタの所業から、今になって更生したところで、せいぜい地獄の上の方が限度でしょうね。希望がない無の中に世界が終わるまで閉じ込められるんですよ」

「そんな!? それでは、悔い改める意味がないのでは……!」

「いやあ。あの苦しみを想えば、身体の痛みがないだけマシだと思いますよ。…………あれは本当にきつかった」


 まるで実際に苦痛を体験してきたような物言いは、子爵をさらに絶望へと追いやった。

 子爵がワナワナと肩を震わせていると、俺はポケットから折りたたまれた紙切れを取り出した。


「あ、それは! ダメよ、ダメよキリル!」


 ラウラだけは、その紙が何であるか理解したらしい。

 後ろから聞こえるラウラの悲鳴みたいな声も無視して、俺は紙切れを広げて子爵父子の頭上へと掲げた。


「いやーーーーー!!」

「これは、もう何年も前に神との邂逅(かいこう)を果たした少女が、その御姿を描いたものです。決して落書きではない。この絵を飾り、毎日祈りを捧げなさい。さすればアナタも救われるかもしれません」


 ラウラは地面に突っ伏し、ファンニも気まずそうな表情。

 それは、グリータさんの店を宣伝するためのビラの失敗作だ。文字はないが、女の子(?)の絵が描いてある。

 絵の作者はラウラ。グリータさんが作った服を着たファンニをモデルにしていた。

 それは形容しがたいものだが、言うなればオークとゴブリンを足して2で割り、さらにオーガの要素を加えたものであろうか。


 ニコニコさんも俺が何をしたのかを悟ったようで、非難がましい眼を向けてくる。


「おおっ! それさえあれば…………!!」


 子爵は起き上がってビラへと手を伸ばしたが、俺は触らせまいと彼を躱す。ちゃんとファンニたちのいない方へと。


「タダで譲るわけにもいきません。我々には、地上で民を救済する使命があり、どうしてもお金が入用です。協力される気持ちがあるならば、特別に400万フォートでお譲りしますよ」

「は、払います! おい、そこのお前。すぐに金をもってこい!」

「はっ」


 階段の下で待機していた兵士が、命令を受けて地上へと走っていった。

 平等を訴えたばかりだというのに、兵士を見下す態度は相変わらず。これでは、「弱者を救済するため」と称して、市民から財産を取り上げるのが目に見えるようだ。




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