32. 思わぬ窮地
「あー、太陽が眩しい!」
子爵家の地下牢から解放され、俺たち4人は再び陽光を浴びることができた。
4人の顔は、太陽のように輝いて…………、輝いて…………?
「キリル、覚えてなさい…………」
「キリルさん、ヒドイです…………」
「さすがに私もアレはないかと…………」
3人、特にラウラの表情は、地下牢のように暗かった。
黒歴史のシンボルが他人の手に渡り、崇拝するために祀られるのだ。
「いいですか。本来ならば、キリル様(笑)が使徒であることは知られてはいけないのです。
今回は命の危機にさらされたので仕方なく白状しましたが、決して他人に話してはいけません。特に、その絵を誰かに見せたら神罰が下ることでしょう」
と、去り際にラウラがウィベルメシュ伯爵に釘を刺してはいたが、そもそも手前味噌が大好きな貴族様のことだ。使徒から神の絵をもらったと吹聴するに違いない。
それに、あの場には兵士たちもいた。人の口には戸が立てられないから、早々に【マショディック】から撤退しなければならない。
「王宮に献上されるかもしれませんよ」
ファンニのため息が含まれた呟きは、ラウラの顔からいっそう血の気を奪った。
「いや、下手に見せびらかしたら王様とかに取り上げられるから、そんなことしないんじゃないの」
「キリル。貴族という生き物は他の貴族を上回り、国王の関心を買うことに躍起になっているんだ。むしろ進んで差し出すだろうよ」
「「「………………」」」
「神罰って言われても、あの伯爵なら息子を身代わりにすれば済むとか思ってそうだし」
ニコニコさんがファンニに同調すると、さすがのキリルも顔がひきつった。
「キ~リ~ル~!!」
すかさずラウラが俺の胸倉をつかみ、脚が地面から離れる。
「ラウラ、落ち着いて! 魔法を使っても俺には効かないよ!!」
「残念でしたー。ここからなら当てられるって知ってるのよ! それに、アンタには回復魔法があるから、死なない程度で止めれば永遠に続けられるわ!!」
何その新手の拷問。
生憎というか、俺はマゾヒストではないので痛いのは嫌いだ。何とか攻撃を回避しようと、持っていた袋をラウラに見せつけるようにした。
「ほら見てよ! ラウラの絵が400万フォートになったんだよ。それだけ君が評価されたということじゃないか!」
すると、ラウラがパッと手を放し、俺は地面に尻もちをついた。
「そうだったわね。じゃあ、これを皆で分けましょう。もちろん、キリル以外の3人で」
「いいですね」
「私までもらっていいのか?」
ニコニコさんは遠慮して言うが、その顔はニヤ付いている。ニコニコさん改めニヤニヤさんの誕生か。
ラウラは俺から伯爵家の家紋が描かれた袋をひったくり、中を確認する。
「なんでだよっ。そもそも俺の頑張りじゃないか! なんのために400万にしたと思ってんだ!?」
「大丈夫よ。金貨400枚を3人で分けるから1枚余るじゃない。それをあげるわ」
「そんなっ――」
「お〜い、無事だったか〜!」
俺が反論しようとしたところで、聞きなれた声が。
ふと見ると、道の向こうから二足歩行の熊さんが、ゲフンゲフン……メドベさんがやってくる。
「お父ちゃん!」
「「「お父ちゃん?」」」
♦
「まさか、ニコニコさんがメドベさんの娘だったとは…………」
「ハッハッハ! 妻に似て美人だろ」
本当に。父親そっくりになってたら、ニコニコさんは引き籠りになっていたかもしれない。
美女と野獣カップルの子供は、どっちに転ぶかで人生が大きく左右される。
「それにしても、伯爵の差し金だったか。よくぞ娘を助けてくれた。3人には本当に感謝している」
「いやあ、俺は威風堂々がモットーなんで」
(((うそつけ…………)))
ともに死地をかいくぐった3人が、なぜか俺を冷ややかな目で見てくる。
ちなみに、今いるのはギルド内の談話室。他に会話が聞かれないようにと、ギルド職員のメドベさんが押さえてくれた。
「まあ、伯爵の命令なら普通の市民は逆らえないからな。宿の連中を恨んでやるなよ。もう俺がさんざん怒鳴っちまったからな。
そうそう、お前たちの荷物はギルドで預かってる。あとで取りに来な」
「ありがとうございます、何から何まで」
俺たちがまた『満腹の美学』を訪れれば、職員たちが良い顔をするはずがない。こちらとしても、わざわざ顔を合わせたいとも思わない。
この【マショディック】の町に来た時から、この人には世話になりっぱなしだ。彼に頼まれれば反乱に加わることもあり得るかも。
「あ、お父ちゃん。私、冒険者になるから」
「ダメだ! お父ちゃんは許しません! だいたい、今の憲兵という仕事だって危険だらけでウンウン、クドクド云々」
K(愛が重い)
R(ステキなお父さん!)
F(こっちが子供みたい……)
領主に雇われ、市民のために行動した結果が投獄だ。それよりは、あまり拘束を受けない冒険者になって自分の意志で動き回る方が良いということに思い至ったのであろう。
一連の出来事を考えれば当然の決断かもしれないが、唐突なニコニコさんの報告に、メドベさんは明らかに動揺してみせる。
「何でよ!? お兄ちゃんは好き勝手やってるのに。……お父ちゃんは私が憲兵になる時だって町から出ないことを条件にしてたし」
メドベさんは言い返してくる娘の肩に手を置き、説き伏せるように言った。
「いいかニコレット。父親にとって娘は天使で、息子はクソヤロウなんだ」
「ちょっと意味が分かんない」
ニコニコさんの言葉にも決め顔を崩さず、今度は俺にその顔を向けてくる。
なぜだろう。目玉を指で突き刺したい衝動に駆られる。
「キリル。もしウチの可愛いニコレットたんに手を出したら、地獄に堕ちるより苦しい思いを味わってもらうからな」
「…………大丈夫ですよ。今のところ、その予定はないんで」
「お前、俺のニコレットたんをバカにしてるのか!!」
なんでだよー!?
イエスでもノーでもアウト。冗談交じりに“お義父さん”とでも呼べば、半殺しコースは間違いない。
「いいか。もし冒険者になって依頼を受けるというなら、Sランクのパーティーを護衛に付けなさい。ただし、男はダメだ。ニコレットたんに色目を使うからな。しかし、Sランクの女性冒険者は滅多にいない。うん、やっぱり冒険者になんかならなくていい」
「これ以上お父ちゃんが反対するって言うなら私、もう二度と家には帰らないから!」
その時、メドベさんから表情が消え失せた。
抜け殻のようになり、指でちょっと押せば難なく潰れてしまいそうに。
「あ、や……別に、お母ちゃんには会いに行く時には帰るわけで、そんな顔しなくても…………」
ニコニコさんが父を励まそうとするが、効果はいまひとつのようだ。
メドベさんは観念したように声を絞り出す。
「3日に1回は、…………ダメだ。毎日手紙を出しなさい。それなら許さんこともない」
「う、うん……。いやいや、年に数回なら考えておくから」
何かを言いかけたメドベさんだったが、談話室のドアが開いて受付嬢がひょっこりと顔を覗かせてきた。
「マスター。ちょっと来てもらってもいいですか?」
(((マスター!?)))
ギルドマスターであることが発覚したメドベさん。ものすごく嫌そうな顔をして重い脚を引っ張りながら出ていった。
「…………ニコレットをよろしく頼む」
「いや、パーティー組むわけじゃないから!」
ニコニコさんは父を押し出し、扉をバタンと閉めた。
メドベさんがいなくなったということで、ラウラは彼に隠していた金貨袋を取り出した。
テーブルに乗せたら、ずっしりと重みが伝わってくる。
「今の内に、これを分配したいと思います」
「「わー!」」
テーブルの隅で腕を組み、ふくれっ面をしているキリルを置いて、ラウラが金貨を配り始めた。
お金の魔力とは凄まじいもので、彼女たちの表情の変化に恐怖する。もし除け者にされていなかったら、自分もこんな顔をしていたのだろうか。
「…………あれ、もう無いわよ」
「え? まだ100枚しかもらってませんよ」
「……300枚しか無かったってこと?」
金貨400枚と言ってたのに、実際には100枚足りなかった。
そりゃね、一般ピーポーは硬貨をたくさん持つようなことは滅多に無いですからね。袋を持っただけじゃ数量は分からないよ。
とはいえ、まんまと子爵に一杯食わされたわけでして。
「じゃあ、俺の金貨は?」
「無いわよ。それよりキリル。足りない分の33万、3人分ちょーだい」
金貨100枚を手に入れたことよりも、33枚損したという気持ちの方が大きいらしい。
3人そろって掌を向けてくる。
「あ、じゃあ、俺はこれで…………」
「待ちなさい」
立ち上がろうとしたキリルの腕を、ラウラとファンニがつかむ。振りほどこうにも、唯一の脱出口はニコニコさんによって塞がれた。
「ファンニ、今の内にキリルの荷物を確保しておいて」
「分かりました」
「いやー! ダメーーー!!」
俺のバッグの中には、布団の押し売りをしていたケルテースや、ファンニの同級生たちから稼ぎ取った金銭が大量に入っている。
ラウラたちには嘘の収支を報告して、密かに貯めていたのだ。
もし発覚すればどうなるか…………。
「うぎゃーーーーー!!!」
絶望を悟った俺の悲鳴が、ギルドの奥から響き渡った。
これにて一旦完結です。ブックマーク、評価、そして何よりお読みいただきありがとうございました。
ひょっとしたら、そのうち続きを投稿するかもしれません。
それでは♪( ̄▽ ̄)ノ




