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30. 地下での攻防

 何とかナジマガスの魔の手から逃れ、俺はラウラ、ファンニの2人と共に地上へ脱出するため暗い地下通路を駆けた。


 今走っている伯爵家の地下室は、地上へ続く階段の下から、先程までいた部屋へと廊下が続き、廊下の左右には幾つかの監獄がある構図になっている。

 監獄は空室ばかりで囚人の姿はないようだが、中には血が流れた痕跡も。パパっち子爵は表向きには貴族として権勢をふるっているが、その裏では悪逆非道の限りを尽くしていたというのか。


「あ、ちょっとストップ」


 入口へと走る俺たちだが、俺はとある檻の前でラウラたちに待ったをかけた。

 そんな余裕はないのにと、苛立った様子のファンニがそのワケを問うてくる。


「キリルさん、どうしたんですか?」

「ちょっとね。ニコレッ……ニコニコさん、いますかー?」


 そこは、俺が閉じ込められていた檻の前だった。

 中へ話しかけると、闇の中から女性の声が聞こえてきた。一緒に投獄されていたニコレットさんだ。


「ああ、キリル。仲間たちも無事だったようだな。…………あと、今ちゃんとした名前で呼ぼうとしてたよねっ。いつもニコレットって名前で呼んでよ!」

「ちょっと何言ってるのか……」

「何でよ!? お願いだからっ」

「それはそうと、助けにきましたよ」


 何を言っても無駄だと悟ったのか、それともラウラたちの何かを含んだ視線に気付いたのか、ニコニコさんは自分のキャラを取り戻して言った。


「フッ、君たちも脱走の途中だろ。私に構うな。早く逃げろ」


 そういうわけにもいかない。そう思ったが、当然のことながら牢屋は施錠してある。鍵が無いと開放することはできない。


「えいっ! ぐはぁ!」


 俺は扉を開けようと体当たり。結果、自分がダメージを受けて終わった。

 仕方ない。他のやり方なんて知らないんだもん。


「キリル、何してるのよ……」

「いや~、いけるかなって。ニコニコさん、鍵とか無いですか?」

「あるわけないだろ。……代わりに、こんなものならあるが」


 ニコニコさんが見せたのは、1本の針金だった。

 生憎、この中に空き巣の経験者はいない。ここで彼女を見捨てなければ、再び自分たちが危険にさらされる。


「いやいやいや。さすがにこれじゃ」

「そもそも何で持ってるんですか…………」

「ボクがやります!」

「「「え?」」」


 さすがに無理だろうと思っていると、俺の横からファンニが針金を取った。さもそれが当然であるかのごとく。

 そして、針金を鍵穴に差し込んでゴソゴソと…………。


ガチャ

「「「え?」」」

「あ、開きました」

「「「………………」」」


 ほんの数秒で開錠してみせたファンニに、この場の時間が停止した。

 ただ1人時間が動き続けているファンニは、皆に行動を促す。


「何してるんですか。早く行きましょう」

「あ、ああ…………。ありがとう」


 グズグズしている暇はない。すぐに俺たちも自分を取り戻す。脱獄を果たしたニコニコさんを加えて4人となった一行は、再び地上を目指し始めた。

 だが、階段まであと少しというところで、絶望はやってきた。


「あっ!」


 階段の前では、兵士の一団が待ち構えていた。4人の脱獄を許すまいと剣先を向けてくる。

 その兵士たちは、パパっち子爵が地下室を去る時に付いていった者たちだ。催涙弾の被害から免れた兵士がいて、そいつが連絡でもしたのだろうか。あるいは、先程の地下室から地上への連絡手段でもあったのか。

 理由がどのようなものであれ、脱走の可能性が潰えたと皆が思っていた。


「囚人どもを捕らえろ!」

「ニコレットさん、そこから離れないでください」


 兵長の合図で、兵士たちが襲い掛かってくる。元憲兵のニコニコさんも抵抗を試みようとしたが、そんな彼女を俺は引き留めた。


「おい、諦めるのか!?」

「そうじゃありません」

「いいから黙って見てなさいっ」


 はじめて出会った日、ニコニコさんはナジマガスが魔法を放ちまくった後に現場へ駆けつけた。そのため、彼女は俺のバリアについて知らない。

 ただ、あれこれ説明している暇はない。ラウラの言葉で何か策でもあるのかと思い、大人しく従った。それでも迫りくる敵に、手ぶらながらも戦闘の構えを見せる。


 だが、兵士たちはいつまでたっても近づいて来ない。否、ある部分を堺に足踏みしており、こちらへ近づくことができないようだ。


「んなっ!?」

「何だ。どうなってる!?」


 兵士たちと同様に、何が何だかとなんっているニコニコさんにラウラが説明する。


「ど、どうなってるんだ…………?」

「キリルの魔法です。これせあれば、もう安心ですよ!」


 だと良いんだけどね~。

 彼女は笑顔を見せるが、とても安心できる状況ではない。階段の前で立ち止まっている内に、催涙弾から立ち直った兵士たちが後ろへとやってきた。

 残念ながら、バリアは障害物を押しのけてまで進める仕様になっていない。兵士たちが諦めるのが早いか、俺たちが降参するのが早いか。

 伯爵の命令とあっては、兵士たちが早々に諦めることはないだろう。

 そして、すぐに異変はやってくる。


「ん、何だか気分が悪いわ。キリル、回復魔法をお願い…………」

「すまない。……私も頼む」

「ボ、ボクも……」

「いや、これは無理です」


 バリアの中いるのは4人。その分だけ、中の酸素が減る時間は早くなる。

 しかし、いつも自分だけのためにバリアを使っていた俺は、そのことが頭から抜け落ちていた。


「何でよ!?」

「叫ばないで。余計に苦しくなるから」


 俺さえも辛そうにしているのが分かったのか、ラウラはそれ以上詰問してくることはなかった。

 万全の状態であれば闘って逃げることができたかもしれないが、こうなっては後の祭り。自分の能力を過信した結果と言えよう。どこかの慎重すぎる勇者を見習うべきだ。


「何事だ!?」


 どこからか声が届き、攻撃を停止される。すると、兵士たちが壁際に寄り、階段から誰かが降りてきた。

 ダーニエル・ウィベルメシュ子爵だ。


 俺は今の隙にとバリアを解除し、酸素を取り込む。そして、敵が攻撃してくる時には教えるよう、ラウラとファンニにこっそり耳打ちした。


「説明しろ。ここで何が起きている!?」

「はっ。囚人共が脱獄を謀った次第です!」


 兵長が子爵の前で跪き、彼にとっての事実を伝える。

 子爵はジロリと4人を見ると、兵長に言った。


「ならば速やかに捕らえろ。それが貴様らの仕事だろうが。虫けら4匹、すぐに叩き潰せ」

「そ、それが、何やら怪しげな術を使っておりまして…………」

「くだらん。儂が直々に殺してやる。ナジマガスには、また新しい玩具でも買っておこう」


 吐き捨てるように言い放った子爵。次の瞬間、彼から不吉なオーラが発せられるように感じた。


「キリル、来るわよ!」

「分かってる!」


 子爵は両腕を上げ、呪文を唱え始めた。


「〈火の神・アータルよ 邪悪を排除するため 我に力を貸したまえ ホーリーフレイム〉!!」


 大きな炎が巻き起こり、脇にいた兵士をも巻き込んで地下室の廊下を包み込む。

 だが、どんなに強力な攻撃魔法であっても結果はいつもと同じ。


「――――何だと!?」


 炎が止んだ廊下には、平然と佇む4人の姿が……。平然と…………?


「ニコニコさん、大丈夫ですよ。そんなにビックリしなくても」

「そ、そう言うお前こそ……、脚が震えてるぞ…………」

「やだな~。むむむ武者ぶっ、震いででですよ~」

「全く、しっかりしなさい」


 絶対的な魔法だったのに、届くことすらできなかった。

 悔しそうに歪めた顔は、バカ息子のナジマガスにそっくりだ。


 このまま解放してくれないかな、なんて呑気に考えていると、気を取り直したニコニコさんが伯爵たちに向かって大声で叫んだ。


「お前たち、控えろーー!! ここにおわすキリル様は、癒しの神・ヤヴィシャ様の使徒であらせられるぞ!」

「「「ええええええええええええ!!??」」」


 一体全体、何を言い出すんだこの人は。

 ちなみにニコニコさん、子爵が魔法を放った時には床にしゃがみこんで頭を抱えていた。


「(小声で)ちょっとニコニコさん、何てこと言っちゃうんですか!」

「(小声で)大丈夫。キリルならできる。任せた!」


 この世界の人々は、迷信深い傾向にある。だからこそ、神の名代を名乗る教会は思いのままにしており、国王ですら教皇には頭が上がらないらしい。

 なお、以前の俺やファンニのような戦闘能力に乏しい者は、神から見放された者と見なされて、迫害の大義名分が与えられていた。


「し、使徒様であらせられると言うのであれば、その証拠を見せてもらいたい」

「先程お使いになられた摩訶不思議な魔法が何よりの証拠であろう。まさか、使徒様を疑われるのか」

「し、しかし…………」

「いくら子爵様といえど、神の上に立てるとでも?」


 ニコニコさんは振り返り、使徒っぽいことを話すように紫色の目で伝えてくる。

 ええい、ままよ! と、俺は自棄になりながら挨拶した。


「あ、はい。使徒で~す」

「「「「……………………」」」」


 それはまるでコンビニの女性店員を相手にテンパる陰キャ男子のようで、一気に胡散臭さが強まる。さすがにそれはないだろうと、ラウラたちも白い眼だ。

 いやね、転生後の父親であるガーボル・スラクシン男爵を想起させるから、すんなりと言葉が出ないんよ。


「パパっち、何してんだよ!? 早くソイツらを殺して!」


 ふと、子爵とは反対側から悲痛な叫び声が聞こえた。




【読者の皆様へ】

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