29. 望まぬ再会
「おい小僧、出てこい」
俺の元に兵士が来たのは、地上ではとっくに陽が昇っているであろう頃だった。
「う……ん。ムニャムニャ…………」
「寝ぼけてないで早く起きろっ」
「うがっ」
新しい宿でのはじめての朝は、ひどく不快な物だった。
腹部に衝撃を感じて目覚めると、目の前には数人の兵士。同室のニコレットさんは、暴れたり脱獄を試みたりしないように2人がかりで取り押さえられている。
「子爵様がお呼びだ。来い」
子爵という地位のある人物が、一般市民を秘密裏に誘拐したことを隠そうともしない。
告発されても権力で揉み消すのか、はたまた生きて地上へ帰すつもりはないのか。平和ボケしている俺には、皆目見当もつかなかった。
兵士に連れて牢から出されるとき、他の兵士たちにガッチリと両腕をつかまれているニコニコさんと目が合った。
彼女は言葉を発さずに視線だけで何かを伝えようとし、ゆっくりと頷いた。
俺も彼女に頷き返し、牢から出ていくのだった。
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別室へ連れられた俺は、手枷を外されて両手は離れた。と思ったら、今度は椅子に座らされ、背もたれの後ろで手首を縛られた。
木製の座面は固く、お尻から腸へと何かがこみ上げてきそうな感じがする。
やれやれと、ため息をひとつ。
俺の手を縛っているのは、荷造りヒモのようだった。どうにかしてほどけないかと手首を曲げるも、ヒモの端を捕らえるのが精いっぱい。それでも諦めずに手をバタつかせるが、簡単にほどけるものではなかった。
手を動かしつつ、薄暗い部屋にも目が慣れてきたので、天井を見上げてシミでも数える。やがて物々しい鎧の音と共に、10人はいる兵士の一団がやってきた。
部屋の入り口で整列すると、中央から真っ二つに分かれる。
その向こうかや登場したのは、父子らしき2人。
子供の方には見覚えがある。いつぞやの無差別傷害犯だ。
日本の刑法では14歳未満の行為は罰しないとされているが、ここは日本どころか地球ですらない。基本的には子供だろうが処罰は免れない。特権階級でない限りは。
その子供と並んでいるということは、大人の方はウィベルメシュ子爵と思われる。
バカ息子の年齢から30歳は超えていると思われるが、整ったな容姿のオジサマは色っぽい大人のオーラを醸し出している。
さもありなん。貴族なんぞ、カネと権力にものを言わせて美女を好き勝手やったりできるのだ。子供に美貌が受け継がれるのは当然だろう。これが暴飲暴食と運動不足に溺れれば、あばたや脂肪によって醜く変貌してしまうのだが。
ここにアンナさんがいたら、黄色い声援(?)をあげていそう。
「パパっち。コイツだよ、俺っちをバカにしたのは! へっ、ざまあみやがれ」
こちらを見るや否や、少年が声を上げてくる。
パパっち子爵の方は冷ややかに俺を見下ろし、もったいぶった感じで口を開いた。
「ふん。儂の息子から金をだまし取り、それを問い詰めたら逆に冤罪をかけようとしたそうだな」
「事実が歪曲されているようですね。俺は自分たちで作ったものを販売し、そちらが購入を希望したから売っただけ。それに、住宅街の中で魔法をぶっ放して人々に迷惑をかけたのはそちらですけど」
「うるせー! 俺っちの言うことが正しいんだ! 嘘つきはお前なんだっ!!」
あーダメこいつ会話できねえ。俺以上に社会性が欠けているんじゃない?
「だ、そうだ。親であるなら子の言うことを信じてやらんとな。そうだろう、愚民よ」
まさしく子は親の鏡。親であるならば、子供がおかしな方向へ逸れないように矯正する義務があるでしょうに。虐待や育児放棄をする親に次ぐ毒親だよ。
「平民の分際でこの我が愛息のナジマガスを陥れようとした。相応の報いは受けてもらおうぞ」
そう言うと、パパっち子爵は一足先に帰っていった。
ずっと息子のお遊びに付き合うというわけにもいかないらしい。仕事のためか、何かお楽しみのためかは知らないが。
パパっち子爵が去ると、少年・ナジマガスが俺に近づいてきた。だが、数歩離れた所でストップ。
「へへん。お前は怪しげな魔法を使うからな、お前を痛めつけることはしてあげないよ。俺っちは頭が良いからな。その代わり…………」
そこまで言って、ナジマガスは指をパチンと鳴らした。
予めナジマガスから指示を受けていたのか、兵士の照明魔法によって部屋が明るく照らされる。
「んっ」
ずっと暗い地下室に閉じ込められていたところへ急に光がやってきたので、俺は思わず目をギュッと閉じて顔をそむけた。
すると、壁側には何やら人影が。目が光に慣れてくると、その正体が分かった。
「…………あ!?」
そこにいたのはラウラとファンニ。2人とも床の上に倒れこんでいた。少し距離があったとはいえ、ラウラたちが衰弱しているのは分かった。
俺はナジマガスが気付かないように、椅子の上からこっそり回復魔法を使って元気づけておく。この程度の距離なら何とかなる。
「こいつらはお前の仲間だろ。おおっと、よく見たら腐ったニンジンが転がってるじゃないか!
そうか、コレがお前と手を組んで俺っちを陥れようと企んだのか。せっかく同じグループで色々と面倒を見てやったのになぁ。…………クックック、そうかそうか」
ファンニを見てそのように発言したことから、ナジマガスが学園でファンニをいじめていたことが分かる。そんなクズ相手に容赦する余地はない。
ナジマガスは、脱出しようと座ったままバタバタする俺の傍に来て笑った。その顔は、まだ子供とは思えないほどに醜悪な物だった。
「お前の代わりにアイツらをたっぷり可愛がってあげるよ。そこから眺めて楽しみな」
「クッ……」
その時、俺の手を縛っていたヒモがほどけた。
俺は立ち上がって椅子をつかむ。そして、その硬い椅子で重いきりナジマガスを殴りつけた。
「うぎゃああああああああああああ!」
鈍い音がしたかと思えば、頭部から血を流しているナジマガスの絶叫が地下室の中で響く。
床に倒れこんで足をバタつかせているナジマガスを見下ろし、俺は言い放った。
「ファンニがお前たちから受けた痛みはな、その何倍も大きいんだよ」
「うが、が、あああああああ! 殺せ! コイツを殺せーーー!!」
ナジマガスが命令し、部屋の中にいた子爵家の私兵たちが俺を囲い込もうとする。
俺は兵士たちを見て、ポケットからゴムボールのようなものを2,3個取り出して投げた。
「うわっ!」
「なんだ!?」
「ア゛ーーーーー!!」
これはコマーロムさんからもらった催涙弾だ。投獄される際、武器を所持していないか身体チェックをされたが、ポケットに入った小さな玉までは気付かれなかった。
床に当たったゴムボールから吹き出した煙は部屋の中に充満し、ラウラたちもろとも兵士を襲う。
兵士たちが悶絶している隙にラウラたちのところに駆け寄り、回復魔法を使って催涙弾の苦しみから解放した。
女性だから非力と思われたのか、拘束を受けていないのは不幸中の幸い。
「キリルー!!」
「おっと!」
緊張の糸が切れたのか、ラウラが俺に抱き着いてきた。
自分たち以外は目をやられているから見られないとは分かっているが、それでも恥ずかしさがこみ上げてくる。ほら、ファンニが隣で見てるよ。
「ラウラ、早く脱出するよ。立てる?」
生憎、回復魔法を心の問題に使うことはできない。高まる鼓動を抑える術を知らない俺は、紅潮した頬を落ち着かせるために冷えた手を当てながらそう言った。
「…………ん」
「ラウラさん、行きましょう」
良くも悪くも残忍な仕打ちに慣れているのか、ファンニはそれほど動揺した様子はない。
ファンニがラウラを支え、3人は地下室を脱出。太陽を求めて地上を目指し始めた。
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