28. 忍び寄る魔の手
「ネムヨールのハゲだが、殺人未遂で終身刑は免れないだろう」
俺たちは、ギルド職員のメドベさんからハーニンゲレムへの処遇を知らされた。
なお、今度こそ町を発とうということで、メドベさんや快復したグリータさんたちと共に『満腹の美学』の食堂で晩餐会を開いている。
「当然ですよ。極刑でもいいくらい」
「同感です」
ラウラとファンニが頷く。
動機はライバル店に対する逆恨みなので、情状酌量の余地はハーニンゲレムの毛ほどもない。
「やっぱりキリルに頼んで正解だったな」
「俺は便利屋じゃないんですけどね」
俺はそうボヤくが、実際のところ、俺に対する評価はそれなりだと感じていた。
戦闘での実力がものを言う世の中で、攻撃手段を持たない人間が蔑ろにされないのは、極めて稀だと言えよう。
「いやいや、材料を押さえるのにもキリルが尽力したらしいな」
「そうよン。キリルちゃん、とっても格好良かったわ♡」
アンナさんには仕入れ先へ案内してもらうため、俺に同行してもらっていた。仕入れ先がある村までは馬車で2泊かかるため、道中で一緒に宿泊したことになる。きっと間違いなんてなかった。
交渉相手となった業者について俺は当初、こちらの要請に応じてくれないなら不正をでっちあげて脅迫しようと考えていた。
ところが、幸か不幸か相手のお偉いさんが病気を患っていた。そこで回復魔法の出番だ。お偉いさんは俺に恩義を感じ、喜んで協力を申し出てくれた。
「偶然が重なった結果ですよ」
「まあ、そういうことにしておくか…………。それにしても、上手にできてるよな、これ」
「本当に、捨てるのがもったいないくらいです」
「ジェシカが頑張ったもんね」
「うん!」
メドベさんの手には、グリータさんたちの店を宣伝するチラシがある。
ラウラとファンニが文字を書き、ジェシカが絵を加えたものだ。
ラウラたちは1枚1枚に文章を書いていったが、さすがにジェシカはそのようなことはしていない。
まずは下絵を描き、それに合わせて複数の薄い板に穴を削る。そして文字が書かれた用紙に板を乗せ、板に応じた絵の具を注ぐことで着色する。
印刷機が無いなりに工夫した成果だ。
そうやって鮮やかなチラシが完成した。それを家々に配って回ったものだ。
ラウラたちがジェシカの手法を知った時には、すでにほとんどのチラシに文字を書き終えていた。
そのため、何でこの方法を教えてくれなかったのかと、俺を締め上げたものだ。もちろん、俺だって知らなかった。
ちなみに、チラシにはラウラが絵を描いたものがあるが、それは晩年のピカソのような出来栄えになった。それは、俺が本人に知られずに保管している。捨てるのはもったいない。
ファンニも印象派のような絵画を描いていたのだが、自分でどこかへやってしまった。危機察知能力には長けているらしい。
「コマーロムさんたちにも、色々と頂いちゃって」
「いいってことよ。お前さんたちのおかげで儂らも商売の喜びを知ったからな」
「そうですよ。私なんか、命まで救っていただいて。一生かけても返せないほどの恩をいただきました」
コマーロムさんが髭の隙間から歯を覗かせ、グリータさんは深々と頭を下げる。
彼からは、ラウラやファンニの防具や、冒険で役立つ便利グッズをもらっていた。グリータさんからはラウラの普段着を。
アンナさんも俺に自分が見繕った服を送ろうとし、採寸を測るという名目で裸に剥かれたのは記憶に新しい。
「なんやかんやで、この町にも長くお世話になったわね」
「いっそ定住するのもアリかな?」
「ファンニが嫌がるんじゃないかしら?」
「そんなことありません。たしかにボクは、この町でずっと辛い思いをしていました。だけど今では、皆さんに出会えたこの町も、ちょっぴり良いかなって思います」
俺たち3人の言葉を聞いて、メドベさんたちが快活に笑う。
「ハハハ。お前たちは、この町を縁がある。運命はまだ引き留めようとするかもな」
「やめてくださいよ~。縁起でもない」
そこへ、ウエイトレスをしているサボーが全員分の飲み物を運んできた。病み上がりのグリータさんを除く大人たちがお酒で、俺たちはジュースだ。
ラウラもお酒を希望していたが、俺の強い反対によって願いは退けられた。俺は学習する子なんでね。
「それでは、皆の旅立ちに乾杯!」
「「「「「「「カンパ~イ!!」」」」」」」
グラスを合わせ、一息に飲み干す。
「ぷは~~~! …………ん?」
ふと、世界が歪むのを感じた。
頭を振って気をしっかりさせようとするが、ラウラたち他のメンバーがテーブルに突っ伏しているのが分かった。
そして、彼女たちの背後に鎧を着込んだ兵士らしき影が。飲み物に何かを入れられたみたいだ。
意識が消えそうになった時、俺は自分に回復魔法を使って解毒した。
すでに、物理的な場面で頼りになるメドベさんまでもが取り押さえられている。自身も肩を押さえられる感覚が伝わったので、俺はバリアを諦めて、眠っている振りをすることにした。
俺は学習する子。だけど、しばしば何かが欠けている。
♦
「入れ」
「うおっと。…………ったく、もっと丁寧に扱ってくださいよ」
眠った振りもすぐにバレて、俺は乱雑に薄暗い地下牢へとぶち込まれた。他の面々とは別々の檻だ。
手にはしっかりと枷が嵌められている。
「全く、これだから傭兵は…………」
「やあ、久しぶりだな」
「うん?」
てっきり牢屋は1人部屋かと思ったが、檻の中には先客がいた。声からして女性のようだ。
薄明りで相手の顔を確認すると、それは見覚えのある顔……。
「あ、アナタは! ……………………誰でしたっけ?」
囚人は俺に向けて片手を上げた。しかし、言葉を最後まで聞いたらガクッと崩れた。
忘れられているとは思っていなかったらしい。
「私だよ私! 忘れた!?」
「ワタシワタシ詐欺?」
「違うよ。ハァ……、私に憲兵の誇りを説いたことを覚えてないのか?」
「ん? あ、ああ! あの時の」
俺は以前、往来の真ん中で貴族の御曹司に絡まれ、駆けつけた憲兵に少年を連行させた。
その時、市民に危害を加えた少年を捕まえる決断をした憲兵トリオのリーダーだ。あの時は甲冑にかくれて見えなかったけど、かなり整った顔をしている。
「やっと思い出してくれたか。全く、君はそう簡単に捕まるようなヤワじゃないだろ。どうしたんだ?」
「それが、飲み物に薬を盛られまして」
「ああ、睡眠薬か。タチが悪いよな、お貴族サマは」
憲兵リーダー、今は元だが、彼女は吐きつけるように呟いた。
端整な顔立ちからは想像もつかない乱雑な物言いに、俺は少しばかり戸惑いを感じずにはいられなかった。そもそも、婚前の男女を同じ牢屋に入れる時点でどうかとも思うが。
「しっかし何でまたこのタイミングで?」
「あー、子爵はしばらく王都の方に滞在していたからな。私も昨日、突然捕縛されて驚いた」
「なるほど」
おおよそ、久々に再開した父親に泣きついたというところだろう。
「この町にいる限り、平穏とは縁がないようです。ところで、あなたがいるってことは、やっぱりナントカ子爵関連ですか?」
「ウィベルメシュ子爵だ。何だ君は、知らないで来たのか」
少年に絡まれて以来、貴族のような方々とは接点が全然ない。
まさか、この期に及んで襲来するとは予想だにしなかったのだ。
「そうですよ。ついでに言うと、俺はあなたの名前も知りません」
「ああ、そういや名乗るのがまだだったな。私はニコレット・カルツェグ。元憲兵だ」
「ニコニコさんですか。俺はキリルといいます。孤高の旅人です」
拳を胸に当てて名乗った俺を、ニコニコさんは奇妙な物でも見るような目で見つめてきた。
「孤高って、一緒に連れてこられたのは仲間じゃないのか? あと、ニコニコはやめてくれ」
「仲間ですね。そうだニコニコさん、連れて来られたのは何人ですか?」
俺の返答に、今度のニコニコさんはアメジストのような目をパチクリ。表情が豊かな人のようだ。
「…………君を入れて3人だよ」
おおよそラウラにファンニといったところか。
グリータさんたちは、俺たちを捕縛するための巻き添えを喰らった形になる。
「それにしても、私は真面目に仕事したせいで、こんなことになってんだ。殺人未遂犯を捕まえたら不敬罪だと。ホント、嫌な世の中だな」
「すみません。俺が余計なことを言ったばかりに」
俺は無差別に魔法で市民を攻撃した少年をきちんと処罰するようニコニコさんに頼んだ。しかし、結局は貴族だからということで釈放されていた。
同じ罪状でも、平民のハーニンゲレムは終身刑が確実とされ、貴族の御曹司は無罪放免。
どこの家に生まれたかで、この世界の人間の人生はほとんど確定してしまう。子爵家ならいけるんじゃないかと淡い希望を持ってみたが、結局ダメだった。
「いや、君は悪くない。アレは私が自分の意志で――」
「ファ~」
ニコニコさんが話している時、不意にあくびが漏れてしまった。
噛み殺そうとはしたが、睡魔の力にはかなわない。
「おいおい、眠そうだな」
「そりゃ眠いですよ。ここには窓がないけど、今頃は外も真っ暗です」
「そうなのか。ずっと地下にいたせいか、私はとっくに時間の感覚が狂っているらしい。終夜起きているわけにもいくまい。何かあれば私が起こす。とりあえず、今は寝ておくといい」
「そうします。おやすみなさい」
素直に寝転がろうとしたが、ふと忌々しそうに手元の枷を見た。
ニコニコさんにはないというのに、これはあんまりだ。兵士共は、監獄の中で羞恥プレイが繰り広げられることでも期待しているのだろうか。
「…………これ、何とかならないですかね。ニコニコさん、ちょっと外してくれませんか」
「いや、さすがに私でも無理だぞ。仕方ないさ。少しくらい我慢しな」
手は塞がり、垂直抗力が異常なまでに大きな床でまともに眠れるもんかと思っていた。それでも昼間に活動して疲れたのか、横になるとすぐに夢の世界へと飛んでいくのだった。
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