27. 狂気の足音
【マショディック】という町で衣類や防具を販売している『ネムヨール商店』という店がある。
その店の奥にある一室で、店主であるハーニンゲレムは頬杖をつき、ペンでトントンと机を叩いていた。
「うがーーーーー! ああ!!」
やがて彼はワケもなく叫ぶと、机の上にあった書類をまき散らした。
目に付いた書類をとり、それを引き裂き、丸めてから投げつける。紙のボールが狙ったところから大きく外れたことは、彼の怒りをさらに増幅させた。
この1,2ヶ月で、店の売り上げが大幅に減少していた。元々、この世界の人々にとって衣類とは、一度買ったものを長く大切に使用していくもので、頻繫に購入するものではない。
そのため、ネムヨール商店も品物を大量に売りさばくというスタンスはとっていなかった。ただでさえ材料費や製作費がかさむ服の、1着当たりの原価率(ほとんど人件費)を下げることで、多大なる儲けを生み出している。そうして、安定した利益を維持してきた。
ちょっと値段が高くなろうが、他にネムヨール商店と肩を並べるような同業者もなく、ハーニンゲレムの機嫌が市場を支配しているのだった。
そんな中、いつもより店を訪れる客が少ないように思われた時があった。
ハーニンゲレムは当初、一過性のものにすぎないと楽観的に考えていた。数日も経てば、また以前のように賑わうだろうと。
ところが、日を重ねるごとに客足は減り続け、とうとうゼロになった。もう10日はまともに客が来ていない。
従業員を怒鳴り散らしてその身内を客としたこともあったが、結局は徒労に終わるのだった。
もっとも、商品を売りつけようと思っても材料の仕入れが滞っているため、在庫分しか売ることができない。
ある日突然、販売停止を通告されたのだ。
理由を尋ねても、「お宅にはもう売らない」との一点張り。贈り物も効果はなく、他に適切な対処法は思いつかなかった。
さらに、隣接する工場の作業員の空前の辞職ラッシュにより、商品を作る者もいなくなった。
作業員が半分以上辞めてからは、辞表を持参した者へ賃金の引き上げを提案して説得を試みたが、引き留めることはできなかった。
ついには販売員を雇い続けるのも厳しくなり、彼らは店の方から解雇した。
店にいるのはハーニンゲレム自身と、共に美味しい思いをしてきた親しい重役が3名。今は全員が、店頭ではなくて談話室に集合している。
「おい、何でこうなったんだ!?」
「「「………………」」」
ハーニンゲレムの問いに、皆が苦い顔でソファに腰を下ろしたまま目を逸らす。
そんな部下たちに、ハーニンゲレムは舌打ちをした。
「ドハニゾ、原因を説明しろっ」
名前を呼ばれた男は躊躇していたが、ハーニンゲレムの眼光に刺され、恐る恐る答えた。
「何でも最近、小さな店の方に客が向かっているみたいです」
「それぐらい俺でも知ってる! 俺が聞いてるのは、どうやったら金を集められるかということだ!!」
理不尽極まりないが、怒りを募らせたハーニンゲレムは手元にあったペーパーナイフを投げつける。ナイフはドハニゾの頬をかすり、彼の隣にいた男の前を通り抜けてから壁に刺さった。
やがてハーニンゲレムは立ち上がり、退室しようとした。
「…………クソが」
「て、店長、どちらへ」
行き先を尋ねてきたドハニゾでない部下に、吐きつけるように言った。
「偵察だ」
「わ、私めも……」
「フンッ」
ネムヨール商店がある通りからしばらく歩いたところにある一画。
とある建物の前に、多くの女性が群がっているのをハーニンゲレムは見た。そこは、細々とやっているはずの女性服の店だった。なお、彼は店の情報を知らなかったので、後を付いてきたドハニゾから聞いた。
ネムヨール商店が開店して以来、これほどまで客が殺到したことがあっただろうか。少なくとも、ハーニンゲレムがネムヨール商店を知ってからは一度たりともない。
一言くらい文句を言ってやろうと、ハーニンゲレムは足を向ける。
場に似合わないハゲの到来に、人だかりが2つに割れていく。皆、ハゲと近づきたくないという気持ちからだったのだが、彼は自分を崇めているように思えて気を良くするのだった。
ところが、店まであと数歩というところで、警備をしていた冒険者に行く手を塞がれた。
「おい邪魔だ、そこをどけ。それとも、この店は客を追い出すような輩がやってるのか」
長身の冒険者は下品な笑みを浮かべるハーニンゲレムを見下ろしながら、静かに告げる。
「他のお客様のご迷惑となるのでお帰りください。ここは女性向けのお店です。アナタのような客は、レディたちに怖がられてしまうので」
ハーニンゲレムをはじめ、ネムヨール商店の面々はブラックリストに登録されていた。
お店の妨害を見越しての処置だろう。
「キャー! ウチらのことレディだって。ピエール様ステキー!!」
「ちょっと、あの汚いハゲは何よ。目が穢れるから帰ってくれない」
「ネムヨールのおっさんでしょ。あそこ、態度悪いから嫌だったのよね。何かこう、売ってやってるんだぞ、って感じで。あと臭いし」
店の前にいた女性客からは甘いマスクの冒険者に向けた黄色い声と共に、ハーニンゲレムに対する非難の声が上がる。小心者のドハニゾは、上司を置いてさっさと戻ってしまった。
ハーニンゲレムは顔をしかめ、冒険者を睨み付ける。
その時、冒険者の肩越しに店内の様子が見えた。
「…………!」
そこには、接客をしている亜麻色の髪の女性の姿が。仕草からしてバイトの売り子だ。同業者だからこそ、それが分かった。
そして、ハーニンゲレムはその女性に見覚えがあった。
少し前に、自分の店へクレームを言いに来た女だ。思えば、あれからしばらくして店の雲行きが怪しくなってきた。
彼は悟った。アイツこそが諸悪の根源だと。
気付いた時には、彼は冒険者の脇をすり抜けていた。制止を振り切って歩みを進め、懐から護身用の短刀を取り出す。
歩きながら抜刀し、標的へ狙いを定める。
「そうなんです。この上からこうやって羽織ると――――っ!?」
売り子の女性は寸でのところで迫りくるハーニンゲレムに気付き、咄嗟に短刀を躱した。ターゲットを外したことで、刃は空を泳ぐ。
しかし、ここは人で溢れかえっている建物の中。標的の隣にいた女性の腹部へ、凶刃は根元まで突き刺さった。
「グリータさんっ!!」
肉を抉る感覚と共に、鮮血が舞う。
憎らしいクソ女は殺し損ねたが、その顔には絶望の色が見える。
してやったり。ハーニンゲレムの目はそう語っている。
直後、ハーニンゲレムは駆けつけた冒険者たちに取り押さえられた。
♦
「お母さんっ! お母さんっ!」
突如現れた変質者に刺突されて負傷したグリータは、店の奥にある寝室へと搬送されていた。
傍では娘のジェシカが泣きじゃくっている。
「お母さんっ、しっかりして!」
「ジェシカ……、ゴメンね……」
「キリル! キリルはまだなの!?」
ラウラはキリルの名を叫ぶが、彼はグリータの店から離れた宿に籠っている。いくら絶対的な回復魔法でも、死者を蘇生させることはできない。
止血しようと患部を強く押さえるが、深い傷から血は止まる気配を見せず、ドクドクを溢れ続けている。
(絶対に死なせないんだから!!)
ファンニを呼びに行かせたが、キリルの到着が遅れていることにラウラは苛立ちを感じる。
自分が躱したためにグリータが瀕死の重傷を負ってしまったと、彼女は自分を責めた。また、他に応急処置ができる人もいなかったことで、ラウラはグリータの傍にずっと寄り添っていた。
「ジェシカ……。お母さんは、ちょっとだけ早く、お父さんのところに行ってくるね……」
「お母さんっ! そんなこと言わないで!」
「大丈夫よ……お星さまになって、あなたを天から見守ってるわ……。ジェシカと出会えて、お母さん幸せよ…………」
「お母さーん! 死んじゃイヤー!!」
「グリータさん、あんまり喋っちゃダメです」
そこへ、ようやくキリルがやってきた。
だが、部屋の前で構えていた冒険者に阻まれる。
「すみません。今はちょっと」
「はぁ、はぁ……。お、俺は……」
「その人を通して! 早く!」
喉から出血するんじゃないかと言うほどにラウラが叫び、冒険者は驚いて入り口を開放する。
「患者は?」
「キリル、ここよ。お願い」
「ん……」
ラウラが幹部から手をどけ、替わりにキリルが手をかざす。
息が上がっていることと、緊急を要することで呪文は省略。
「お母さん! お母さん! ……………………え?」
ジェシカはいつの間にか母の傷口が塞がっていることに気付き、思わず息を飲む。グリータは顔色も良くなっており、今はスヤスヤと寝息をたてていた。
医学に疎いジェシカでも、グリータの命の危険が去ったことは理解できた。
「キリル、もう大丈夫みたいよ」
「はぁ、良かった……。じゃ、おやすみ……」
そのままキリルは床に倒れこんでしまった。
それほど懸命に駆けつけてくれたのかと、ラウラはキリルの寝顔を見つめて優しく微笑むのだった。
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