25. プレゼント
俺が『満腹の美学』に入ると、丁度ラウラとファンニが下りてきたところだった。
2人は俺の姿に気が付くと、そのままこちらへ来た。
「キリル、お帰り。どうだった、何かつかめたかしら?」
「ちょっとはね。とは言ったものの、相手が相手だけに確実性には欠けるかな。とりあえず、計画は思いついたんだけど、果たして上手くいくかどうか……」
「キリルなら大丈夫よ。だいたい、やる前からあれこれ考えてても仕方ないわ。考えるだけ考えて、結局は行動に移さないような人じゃないでしょ、キリルは」
「ラウラさんの言う通りです。キリルさんならできます」
ラウラの言葉に、ファンニがコクコクと頷く。
だが、期待が大きい分、余計にプレッシャーを感じてしまう。それに、ラウラが蔑んだ人物像は、彼女と出会う前の俺に他ならない。
「私たちはこれからご飯食べに行こうと思うんだけど、キリルはどうするの?」
「あー。俺は疲れたから、帰りに弁当でも買ってきてよ。最近は外に出る時間が多いからね」
「そ。分かったわ」
軽く返事をしたラウラだったが、ふと俺が手に持っている小さな袋に目が留まった。
彼女はそれが気になったようで尋ねてくる。
「それ、何か買ってきたの? まさかと思うけど、ネムヨールじゃないでしょね」
「違うよ。色々あってね。俺が持っててもしょうがないからラウラにあげる」
「そ、ありがと」
ラウラが受け取った袋の中を確認すると、目を見開いた。
そして、取り出したものについてさらに問う。
「ちょっと、これどうしたの?」
「買ってきた」
やべ、無駄遣いしたって怒ってるのかな。特に、今のラウラはお金に対してシビアになってるし。
一方、ファンニは目をキラキラさせてブローチを見つめている。そんなに面白いものなのかね。
「いや……。これ、1つ2万フォートくらいするでしょ」
「そうなの? 5,000フォートだったよ」
相場を知らない俺に対し、ラウラは経済的に厳しい家庭で育ったとはいえ年頃の女の子だ。アクセサリーの大まかな相場くらい把握していてもおかしくない。
値段を聞いたラウラは赤くなっていた顔を青くさせた。恐る恐る俺の顔を窺ってくる。
「……もしかして、盗んできたの? それとも恐喝?」
「キリルさんのことですから、お家芸の詐欺じゃないですか?」
「それよファンニ!」
「やってないから。お家芸って何だよ。てか、俺がお金をそこそこ持ってることは2人とも知ってるよね」
ラウラだって懐が温かくなったはずだが、元が貧乏性だけに高価な品へ畏怖の念を抱いてしまうようだ。
素直に受け取っても良いのかと、躊躇した様子を見せる。
「いや、でも、こんな高価な物……」
「どれどれ……。おお! こりゃまた良い物をもらいましたな。いらないならお姉さんが頂いちゃうよ」
そこへ宿屋のサボーがひょこんと現れ、ラウラの掌に乗っているブローチへと手を伸ばした。
ハッと気づいたラウラは慌てて手を上げ、それを回避する。
「あ、あげませんからっ」
「(手を)上げてるじゃん」
「キリルは黙ってて!」
買ってきたのは自分なのにな〜と思いつつ、俺は立ちはだかる階段へ挑もうとする。もう今日は疲れたんだよ。
そんな俺の背中に、ラウラが声をかけて呼び止めてきた。
「あ、キリル!」
「ん、何?」
「えっと……、あ、ありがとぅ…………」
俺は肩越しにラウラを見たまま、小さく会釈する。
「こちらこそ、いつもありがとうございます」
ラウラのおかげで、実家を追い出されても野垂死なずにすんだ。ラウラのおかげで、ヒキニートだった自分が外に出て生きていけるようになった。コミュ障も幾分は改善された。
たしかに俺はラウラが抱えていたトラブルを解決したとはいえ、それ以上に彼女から受け取ったものは大きい。
過去の自分について話すことはまだなかったけど、自分なりに感謝を伝えるのに丁度良かったのかもしれない。
普段の俺なら、決して口にすることのない台詞だろう。しかし、連日の外出と労働で、判断力が停滞していたらしい。
俺はすぐに向き直って階段へと歩き始めたので、ラウラの表情を窺い知ることはなかった。さすがに気障なことを口走ったせいで、面と向き合うのも気まずいし。
「ねえキリルくん、宿のおねえちゃんには何かないのかな?」
「いつも仲良くしてるおじさんに買ってもらったらどうですか」
「あ、あれかな? ここの店長のことかな?」
「店長もですか」
「………………」
俺は知ってるぞ。『満腹の美学』の食堂には、サボー目当ての客(中高年男性)が多いことを。そして、サボーが彼らから色々と贈り物をもらっていることを。
だが、俺は知らない。彼女が与える贈り物の対価を。
♦
翌日、俺は前日の母娘が営むお店を再訪した。この日の主たる目的は、ネムヨール商店に対抗する味方を集めることだ。
昨日と違ってラウラとファンニが同行している。
俺は1人でよいと言ったのだが、「仲間だから一緒に行くのは当たり前」と主張して譲らなかった。
「いらっしゃい。……あら」
俺たちを出迎えたのは、母のグリータ。後ろの2人を見て手を口に当てる。
彼女が何を思ったかはさておき、俺は彼女に声をかけた。
「あの、例の2人は……」
「はい。もうお見えになってますよ」
グリータさんに連れられて建物の住宅部分に入ると、昨日彼女に頼んでいた通り、そこには2人のおじさんの姿がある。2人のおじさんの姿がある。(誤記ではない)
「ども、こんにちは」
「おう、お前か。ネムヨールに対抗しようっていうバカは」
開口一番に俺をバカ呼ばわりしたのは、古代ギリシャ人みたいな髭を蓄えたおじさんだ。
初対面で自分をけなされてもイヤな顔を見せまいと努め、俺はやや口元を緩ませて挨拶をする。
「はい。キリルと申します。ワケあってネムヨール商店を叩くことになりました。今日は皆さんにご協力をお願いしたいと思って参りました」
「ワケありって、何だか怪しいわ。坊やはワタシたちを利用しようとしているんじゃないかしらン?」
今度はもう一方のおじさん。きっとおじさん。あの筋肉と青髭からして、女性と呼ぶのは厳しいだろう。
俺を疑っていることを隠そうともしない2人に、グリータさんは苦笑いだ。
「まあ、利用しないって言えば嘘になりますからね。お2人が不審に思われるのも仕方がないかと」
そう言うと、女性陣(マッチョを含む)は驚いたような目で俺を見、髭は肩をすくめた。
「ただ、俺が考えていることがうまくいったら皆さんの利益にも繋がります。お金はこちらが出すので、皆さんは労働力を提供していただければ」
お金はこちらが負担するということで、髭たちの態度が軟化したように見えた。
ここに集まっている大人3人は皆それぞれの店を構えているが、その経営はいずれも芳しくない。
俺の誘いに応じて、もしそれが成功すれば利益を得ることができる。失敗しても自分たちは出資をしないなら、これ以上マイナスが増えることはない。彼らにとってはローリスク・ハイリターンだ。
「まあいいや。とりあえず、アンタの作戦ってのを聞かせてくれ。ああ、儂はコマーロムだ。この近くで防具屋をやってる。といっても、客は全然いないがな」
そう言って自嘲気味に笑ったのは、ギリシャ髭の方だ。
彼に続き、マッチョも名乗った。
「ワタシはアンナよ。素敵な男性なためにお洋服のお店をやってるから、坊やもぜひ遊びに来てね♡ 今ならワタシがトータルコーデをサービスするわよん」
K(絶対行かない)
R(筋肉すごい!)
F(男の人……?)
この人の場合、繁盛しないのは別の理由があると思われる。そんなアンナの服のセンスは、大阪のおばちゃんに匹敵する。
初めて来店するラウラたちもいるので、彼らに続いてグリータさんも名乗った。娘のジェシカは今は不在のようだ。
ラウラたちも簡単に名乗り終えると、コマーロムさんが口火を切った。
「前置きはやめて、さっさと本題に入ろうや。坊主、お前はどうやってネムヨールと闘うって言うんだ?」
ギリシャ髭の問いに、俺は間髪入れず即答した。
「やっぱり独占ですね」
「「「「「独占??」」」」」
【読者の皆様へ】
ここまでお読みいただきありがとうございます。
少しでも「面白い!」「続きが読みたい!」と思われましたら、ブックマークや評価をお願いします。
評価は広告の下にある【☆☆☆☆☆】をタップorクリックすればできます。




