24. クレーム対応
「あー。ついこの間までグータラ生活だったのに、最近は社畜みたいに働き詰めだな~。将来は大きな店でも建てて、従業員に働かせて自分はゴロゴロするような人生を送りたい。
お金をたくさん稼いで貧しい人に配れば、今度は地獄送りを回避できるよね?」
母子の店を出て、俺は宿に帰るべく、ひとりぶつくさ言いながら道を歩いていた。
「あ、お前は!」
「ん?」
道中で背後から声をかけられ、俺は振り返る。
向くと、そこにはファンニと同世代の少年がいた。少年は俺に人差し指を向け、口をパクパクさせている。
何かトラブルでも発生したのかな?
「……えっと、どうかしましたか?」
「どうかしましたか、じゃねーよっ。ワケの分からない本を売りつけやがって!」
「ははーん。さては君、クレーマーだね」
どうせ、俺が魔法の学習本と謳った小冊子を買った被害者(笑)の1人ってところだろう。
好きな玩具を取り上げられた幼子のごとく、少年は往来の真ん中であるにもかかわらずに癇癪を起こす。
「ちげーし。バカなこと言うんじゃねー。なあ、俺っちもあの不思議な魔法が使いたいんだよ。教えてくれ」
「え? ヤだよ」
その言葉に、生まれてこの方まともに叱られたことがなさそうな少年は、地面を何度も蹴って怒りを露わにする。
そこで気が付いた。この子は俺が見世物にした魔法使いの子だ。うん、最前列で可愛い女の子とイチャついてたから覚えてる。
あの時はすまし顔をしていたくせに、ここではすっかり化けの皮が剝がれているね。女の前ではカッコつけるタイプとかクソじゃん。
「お、俺っちは貴族だぞ。平民ごときが、黙って俺っちに従ってればいいんだ!」
奇遇だね。俺も元貴族だよ。
てか、この歳で凝り固まった選民思想の持ち主とかどうなん?
「貴族って国民の税金でご飯を食べさせてもらってるくせに、偉そうにふんぞり返って威張り散らしてるクズ共のことだろ。君のお父さんたちがまともに仕事してたら、世界はもっと発展してるよ。
それに、俺が君の命令に従わなければならないと言うなら、その根拠を示してよ。そういう法律はあったっけ?」
「はぁ!? 平民が貴族に従うのは当たり前だ! 大人しく貴族のために働いて、税金だけ払っていればいいんだっ」
過激な思想に取りつかれた少年は、今にも殴りかからんとする勢いで俺に詰め寄る。
だが、俺は動じない。だって、とっくにバリアを展開しているから。大人の余裕たっぷりに言い返す。
「一方的に利益を受け取るだけって、それは食い逃げと変わらないじゃん。君の言う貴族とは、食い逃げとかコソ泥とかの類なのかな?
世の中では、人々はお金を払って物やサービスを受け取る。裏を返せば、お金をもらったら相手にちゃんと何かを与えなければいけない。税金を取るだけ取ってその上に胡坐をかくようなヤツなんて、泥棒と同じだよ」
「ふざけんな! お、俺っちは貴族なんだ。偉いんだぞ!!」
「大昔の先祖が残した功績だけが取り柄なのに? 先祖が貴族なら、無能でも貴族だもんね」
少し前までは俺も貴族の御曹司ということで、食っては寝るを繰り返すだけの生活を送っていたけどね。
言葉だけならブーメランとも思えるが、俺は人生を無駄にしていた過去の自分を諫めるような心だった。
「な、な……、お前なんかに何が分かる!」
「分かるさ。俺の父親も貴族だからね。自分だけが特別だと思うなよ」
「うるせーっ!! どうせ男爵だろっ。俺っちのパパっちは子爵様なんだ! さっさと魔法を教えろっ」
「俺っち、パパっち、たまごっち? 人に命令する前に、まずは自分で努力することを学びな。苦労知らずのボンボン野郎」
「うるさい、うるさい、うるさーーい!! 〈ファイヤーボール〉!!」
そう叫ぶと、少年は火の魔法を俺に向けて飛ばした。
しかし、当然俺には当たらない。いや~、バリア張ってて助かった~。
それを見た少年は自棄になり、周囲に打ちまくる。
住宅街の真ん中だったことで、魔法は家の壁を破壊したり、通行人に怪我を負わせたりしている。住宅の多くが石造りであることで、被害の拡大は少なからず防がれていた。
生憎、俺のバリアでは広範囲を守ることはできないので、ただ見ているしかない。
「おい、そこで何をしている!?」
そこへ、巡回中だった3人の憲兵が異変を察知して駆けつけた。
すると、憲兵たちに向かって少年が叫ぶ。
「おい犬、俺っちはウィベルメシュ子爵の息子だ! そこの不埒者を捕らえろっ」
“犬”という憲兵の蔑称を叫ばれるも、憲兵たちは慣れているのか気にした素振りも見せず、俺に槍を向けた。
だが、バリアによって穂先は跳ね返され、俺は呆然としている憲兵の間を抜けていく。
「お、おいっ。お前、止まれ!」
しかし、当然俺が憲兵の指示に従うことはない。さらに数歩進んでからしゃがんだ。
俺を取り押さえようと勇み立つ憲兵たちだが、そこで起こった出来事にハッとする。
俺に前には、少年が無造作に放った魔法によって負傷した女性が地面に座り込んでいた。
その女性は脚に魔法が直撃したようで、肉がえぐれて目も当てられないような状態だ。そんな患部に手をかざし、俺は一言呟く。
「〈回復〉」
すると、見る見るうちに傷が塞がり、何もなかったかのような白い脚が現れた。
女性は半信半疑といった様子で、骨まで見えそうになっていた脚を触って確認する。
「え? あ、ありがとうございます……」
「いえ、お気になさらず」
俺は女性からのお礼に頷き、次の被害者のところへ移る。
10人近くが少年の被害に遭ったが、皆が俺の回復魔法によって完治したのだった。
「おい、犬ども、何してるんだっ。早く捕まえろよ!」
俺を野放しにしている憲兵たちに苛立った少年は、リーダー格である女性憲兵を指してもう一度命令した。
憲兵たちは逡巡しながらも、俺を囲い込もうとする。
「あなた方は市民を守ることが仕事でしょ。それなのに市民を傷つけ、あまつさえ自分たちを蔑むことは当たり前と思っている人を庇うとか……。皆さんはその仕事に誇りとかないんですか? そんなんだから犬呼ばわりされるんだ」
「「「………………」」」
一か八かの賭けだった。怒らせて自分を窮地へ追い込むか、はたまた矛先を変えるか。
やがて、リーダー格の憲兵が他の2人へ目で何かを指示する。
そして、部下の2人が少年の両脇を抱えた。
賭けに勝ったと頬が緩みかける。しかし、俺はそんな気持ちを悟られまいと、ポーカーフェイスを意識して引き締めた。
「お、おいっ。なんで俺っちを捕まえるんだ!? アイツを捕まえろよー!」
だが、憲兵たちは少年の訴えに耳を貸さず、無言のまま連行していく。
「この平民がっ! 俺っちのパパっちは子爵様なんだ。お前ら全員クビにしてやるぞ!」
「子爵様なら、お前が壊した家の賠償を取りっぱぐれることはないな。安心しろ。俺たちは相手が子爵様だろうと、ちゃんとお前がやったことを詳らかに報告してやるから」
憲兵の言葉に、自分の権力が及ばないと悟った少年は色を失う。
足を引きずられながら夕日へと進んでいった。
「君、できれば場所を移して事の詳細をお聞きしたいのだが」
少年を見送り、他に被害者がいないことを確認していると、憲兵トリオのリーダーが俺に声をかけてきた。
意外にも、それは女性の声だった。てっきり屈強なおっさんを想像していた。
「道を歩いていたら平民のくせに自分の前を歩くなとか、気に食わないとか難癖を付けられて、いきなり攻撃してきた。俺はよけたけど、周りに被害が出た。それじゃダメですか?」
「いや、そんなことはない。しかし……」
「てか、どうやらあの子、誰か別の人と俺を間違ってるみたいなんですよね。さっきは全く聞く耳を持ってくれなかったから、申し訳ないですけど兵隊さんからも伝えておいてください」
「あ、あぁ……」
憲兵としては、当事者である俺に同行してもらって事情聴取をしたい。こちらも相手の気持ちを理解した上で、何とか時間をいたずらに浪費することを忌避しようと試みる。
「あ、あと俺は教会とは関係ないんで、回復魔法のことは内密に。一応、被害者さんたちにも言っておいたんですが、できれば教会との揉め事はお互い避けたいですよね?」
貴族でも退治することを嫌悪する教会を持ち出されては、憲兵も深入りしたいと思わないだろう。
こちらから関りを避けたいと言われ、面倒事から逃れられると内心では安堵しているかもしれない。
「相手が貴族だからって、お咎めなしとかはやめてくださいよ」
「ああ。私もできる限り責任を問いたいところだ。……ただ、一介の憲兵では上の意向に逆らえない。そこは分かってほしい」
「十分ですよ。さっき、アナタは権力に屈せず、自分の正義と信念に従って行動しました。この町には変な人が多いですけど、アナタみたいな人がいれば大丈夫です」
俺の言葉に、憲兵はアメジストのような瞳を輝かせた。
「ありがとう」
そして、彼女はその場を後にし、先に行った仲間たちを追った。
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