23. 一難去ってまた一難
「この町の人って、そんなんばっかなの?」
「うっ、……面目ない」
結果報告を聞いた俺は、ほとほと呆れて呟いた。
この町の人であるメドベさんが、申し訳なさそうに謝罪する。
「メドベさんは違います。【マショディック】の希望なんですから。
それよりキリル、何とかしてよ。私たちに付いて来なかったってことは、何か良いアイデアを考えてたんでしょ」
「無茶を言わないでよ、ラウラ。平気で人を騙すような輩のところに行くなんておっかないと思っただけ。てか、ちゃんと金もらってきなよ。なんで断ったの?」
ファンニが支払ったお金は、いじめっ子たちをやり返して得たものだ。
不当に取られたとしても、それを返してくれるというのであれば素直に受け取っておくべきであろう。
「だって、お金で私たちを黙らせようという態度が気に食わなくて……」
ファンニをいじめた連中への報復として金銭をせしめる行為を嬉々としてやったのはどこの誰だったか。
とはいえ、お金を取られたのに、このまま黙っておくわけにもいかない。
「俺はそろそろこの町を発とうかと……」
「いいじゃない。どうせすぐ休みたがるんだから」
それだけじゃないんだよなー。
俺は学園生たちからお金を巻き上げるため、顔を衆目に晒している。人口の多い町とはいえ、見つけられるリスクは否定できない。まあ、そもそも騙されたと気付いたかさえ怪しいんだけどね。
そうしたこともあって、可及的にこの町から立ち去りたいと考えている。
「キリル、俺からも頼む。あの店を野放しにしておくと、他にも被害を受ける連中が後を絶たないだろう」
「いや、そもそもギルドからきちんと抗議したり、その店で買わないように勧告したりすればいいのでは?」
頭を下げる相手を間違ってまっせ。俺なんかよりお偉いさんを説得した方がよっぽど有用でしょ。
「そりゃ、できなくもない。でも、そんなことしたらつまらないだろ」
「おいおい………」
おじさんの個人的な恨みに付き合えと言われたようなもので、どうも釈然としない。
「それに、あーいう輩は一度痛い目を見るべきだ。そうだろ? なに、ちょっとは手伝うぜ」
「………………」
「キリルさん、お願いします」
ファンニにまで懇願され、渋っていた俺も遂に折れた。
「俺1人に押し付けないで、皆も何かアイデア出してよ。
あーあ、次の町に行くのがさらに延びたなー」
言って、俺は気怠そうに床へ寝転がった。
それを見たラウラたちは、嬉しそうに顔を見合わせるのだった。
♦
「さて、どうしたものか」
翌日、まずは相手となるネムヨール商店について調べるため、俺は単身で店を訪れた。
他の面々は顔が割れているので別行動。
ネムヨール商店。主に戦闘用の防具や、日常で着る衣類を取り扱っている。
とりあえず店に入ったはよいものの、これといって目的があるわけでもない。適当に品物を物色している体を装ってはいる。パリとかだったら、一旦店に入ったのに何も買わずに出るのはマナー違反だと聞いたことがあるが、俺にマナーを求める方が間違っている。
ネムヨール商店で扱われている商品は頻繫に購入するようなものではないが、店内には客の姿がそれなりに見られる。
店員が他の客の相手をしているのを確認して、俺はそっと店を出た。
以前、ラウラの借金問題を解決するために、ボチャーナト商会を相手取って一儲けしたことがあるが、その時と同じような手口が何度も使えるとは思わない。当時は取り急ぎお金を稼ぐ必要があった。けれど、今はある程度は懐に余裕がある。みすみす危ない橋を渡ることは得策と言えない。
などとあれこれ考えていると、俺はとある重要なことに気が付いた。
「………………迷った」
この世界に転生してからというもの、俺は単独で町を出歩いたことがほとんどない。勘当されてからは、いつもラウラに付いていくだけだったから道を覚えようと思ったこともないのだ。
「えっと、多分こっちだと思うから、とりあえず行ってみよ……って、行き止まりじゃん」
こうなっては誰かに尋ねるしかないと、近くにある適当な店らしき建物に入ってみる。聞くは一時の恥、聞かぬはラウラの小言だ。
「すいませ~ん」
「いらっしゃーい。お母さん、お客さんだよー」
俺の姿を認めると、中にいた10歳ほどの少女が店の奥へ呼びかけた。
買い物に来たのではないので訂正しようとするが、それより先に少女の母らしき人物が出てきた。
「は〜い」
てか若っ!
現れたのは婀娜っぽい女性で、とても大きな娘がいるとは思えなかった。年の離れた姉妹と言われた方が納得できる。
まあ、高齢出産が珍しくない現代日本と異なり、この世界では若くして子を儲けることは一般的だ。
「あら、こんなお店にようこそ。ゆっくりしていってください」
「いや、俺は、そのぉ……」
俺は女性からの視線を耐えきれずに横を向いた。すると、店内の景色が目に入ってくる。
眼前にはコルセット。周りにはワンピースやスカートにコタルディが。ここってレディース向けのアパレルショップじゃん。ミスったわ。
「フフフ、間違ってここに来たんですよね。いいんです。久々のお客さんだから、私もつい楽しくなちゃって」
「あ、いやぁ……」
赤面した俺に、女性は優しく声をかけてきた。
ホント申し訳ないです。
「でも、ここに来たのも何かの縁。彼女さんにプレゼントとかどうですか?」
「……いないですよ、そんなの」
俺が口をへの字に曲げると、女性はいたずらっぽく笑った。1つ1つの仕草が魅惑的だ。
「それなら、お母さんにこのペンダントとか」
「お兄ちゃん。アタシのおすすめはコレとコレだよ」
「……じゃあ、その両方」
俺が指したのは、少女が右手に持ったブローチだった。右手にある雪の結晶のような形をしたそれは、中央から外にかけて5種のガラス細工が施してある。左手のは花を象ったようなデザインで、温かい色合いだ。どちらも目が引き寄せられる。
どちらか1つだけを選ぶことは難しく、懐にもゆとりがある事から、俺は2つとも買うことにした。
「これはね……1つ1万フォート!」
「えぇ!?」
「ウソウソ、娘なりの冗談です。4,000フォートですよ」
それでも高いよ。相場は知らんけどさ。
そう思いつつも、俺は懐から8,000フォートを取り出して少女に渡す。そして、女性の方に声をかけた。
「こんな良い物を売ってるんだから、もっと宣伝すればいいんじゃないですか?」
「ありがとうございます。でも、ネムヨール商店の勢いに押されて全然ダメなんですよ。ウチは細々とやっていくのが精いっぱいで」
少女はブローチを梱包してくれた。俺はそれを受け取ると、頤に手を当てて思案する。
「えっと、もしかして他にもここと同じような状況のお店ってありますか? ネムヨールに客をとられているところ」
「ええ、ありますよ。男性向けの洋裁店をやってるアンナさんや、防具のコマーロムさんが」
大方、それらの店でもネムヨール商店に客をとられて閑古鳥が鳴いているだろう。
「こういう商品って、どこから仕入れてるんですか? 地方の工場から運んできてるとか?」
「いえ、材料を仕入れてから私が作っています。服はだいたいオーダーメイドですね。他のお店でもそうですよ」
オーダーメイドの服は高級というイメージがあるけど、この世界では当たり前のことらしい。たしかに、日本でも既製服が一般的になったのは戦後になってからだった気がする。
ラウラの弟妹はヨレヨレの服を着ていたけど、あれはお下がりか古着ってところかな。
俺は天井を見つめてしばらく思い悩んでいたが、やがて女性へと向き直った。
「闘ってみませんか、ネムヨール商店と」
「「?」」
キョトンとした顔で、母娘は俺を見つめてきた。
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