22. 羊頭狗肉
ファンニは学園を退学することに決め、ラウラに連れられて冒険者としての活動に必要な装備品を購入しに行った。俺は他に宿でやることがあるので留守番だ。
なお、これからは3人組の冒険者パーティとして活動するということなので、『フェルール』というパーティ名を冠することになった。由来は、消しゴム付き鉛筆についている金具のアレだ。特に深い意味はない。強いて言えば、なんか響きがカッコいいから。
俺からすれば『モヤシ炒め』を回避できただけで上々。提案者は……言わなくても分かるよね?
「あ、おかえり……それとメドベさん、こんにちは」
ラウラたちが帰還した時には、すっかり空が紅く染まっていた。
さらに、その後ろには見知った熊面の男が。
「もうこんばんは、だろ」
「そんなの、どっちでもいいんですよ。キリル、やることって終わったの?」
夕方の挨拶について議論が始まる予感がしたが、そうなる前にラウラが2人のやりとりを遮った。
「うん、ちゃんと出してきたよ。数日後には向こうに届くって。ま、あのオバサン1人に報復したところで根本的な解決にはならないけどね」
ファンニをいじめていた生徒たちや、それを黙認していた生徒たちへの報復は、金を吸い取るという形でファンニなりの意趣返しをした。
あとは、いじめを助長した教員を陥れるための手回しだ。俺はそのために、むしり取ったお金を注ぐことを提案して仲間の同意を得ていた。
「少しでも反省してくれればいいんだが」
「メドベさん、それは淡い期待ですよ。心根の深い所から腐っているので、更生は無理でしょう」
「辛辣ね。キリルはもう少し人を信じるべきよ」
身内に裏切られておきながらそういう思想を抱けるのは、これまた人が良いというか、学習能力がないというか。
「騙されて損するお人好しに俺はなりたくないね。お人好しと正義はイコールじゃないんだよ。……それよりファンニ、買ってきた物を見せて」
俺はファンニに促したのに、ラウラが誇らしげに荷物を袋から取り出した。
出てきたのは、黄色を基調としたベストのような防具だ。
「これはなんと、ミノタウロスの革でできているそうなんです! なのにお値段1万フォート!」
「え、それって安いの?」
俺はこの世界の常識に欠けているため、いまいち感覚が分かっていない。
そんな俺に、主にラウラのせいで空気になりかけていたファンニが説明する。
「……ミノタウロスは頑丈で、倒すの大変だから高いはずです。かなりお得」
「へ~。てっきり牛みたいなもんかと思ってたよ」
実家にいた頃、図鑑で見た記憶がある。肉がおいしいってことくらいしか覚えてないけど。
「たしかに、ミノタウロスは一見すると牛に似ている。だが、草ばかり食べる牛と違って凶暴で、高ランクの冒険者が束になって挑まないと倒せない。そういった事情もあって、ミノタウロスの素材を使った製品はかなり高額なんだ」
傍らから、モンスター事情に詳しいメドベさんが解説してくれた。
彼もファンニの防具に興味を持ったらしく、早速手を伸ばした。
「ちょっと俺に見せてくれ。ミノタウロスだと、その10倍はするだろ。よく買えたな」
「そこは私の交渉力ですよ」
「お店の人が、安くするからって」
「んんん?」
一抹の不安を感じるのは、俺の気のせいだろうか。
メドベさんは革のベストを受け取ると、鑑定士のようにじっくりを眺めた。
そして、驚愕の事実が発覚する。
「ラウラ、これはミノタウロスじゃなくて……ただの牛の革だ」
「……………………え?」
「これじゃ、せいぜい5,000フォートといったところだな。お前、騙されてるぞ」
メドベさんの言葉に、ラウラは石化した。
ファンニも金魚のように口をパクパクさせている。学校を辞めると決めてから、表情が豊かになりつつある。
「まあ、同じようなものだから」
「…………月とスッポンだぞ。それくらい知っとけよ」
なんでも、この世界では牛肉の消費が多く、それ比例して革も大量に生産されている。供給量が多ければ、それだけ価値も低下する。
他方、やはりミノタウロスは強いだけあって、その革はとても丈夫で、冒険者や騎士たちに重宝されているんだとか。
「というと、ラウラたちは人を騙して稼ぎ、良い気になったところで今度は自分が騙されたと」
「……そうなるな」
さすがのメドベさんも呆れ顔。
「アホだ、この人。馬に乗っても口車に乗るなよ」
「お前が言うのか、それ……」
「俺は乗せる側なんで」
直後、硬直が解けて倒れかけたラウラが絶叫した。
「いやーーーーー!!」
「ど、どうしましたかっ!?」
ラウラの悲鳴を聞いて、宿屋のサボーが乗り込んできた。
ここは4階の角部屋ということで、受付から最も遠いところにある。そのため、サボーは部屋の近くで待機していたのではないかという疑念が起こるが、そんなことより誤解を解く方が先決だ。
「ま、まさか……4人で……!? そ、そそそんな過激な……」
「違うからっ! 何でもないわっ」
ラウラはサボーに反論を許さないように言い切ると、意を決して立ち上がった。
「私、今から文句を言ってくる!」
「え、ウチの宿がどうかしましたか? 部屋を替えたのにベッドが小さい? そりゃ4人も一緒ならねえ。せめて3に――」
「アンタは黙ってて! キリル、お店まで文句言いに行くわよ!」
「ヤだよ。面倒くさい」
だが、ラウラは何を言いたいのか分からないといった具合に俺を見てきた。自分の尻拭いに人を巻き込まないでくれよ。
そんな俺たち2人を見て、メドベが「よっこらせ」と腰を上げる。
「大丈夫だラウラ。俺が一緒に行こう」
「え、あの……ちょっとぉ!」
必死に仲間に入ろうとするサボーを横目に、ラウラたち3人は部屋を出ていった。
「行っちゃったね。どうする、お姉さんと楽しいことする?」
「キャンセル」
「………………」
サボーは誘惑するようなお色気ポーズをとったが、俺は容赦なくドアを閉めた。
♦
ネムヨール商店というのが、ラウラとファンニがベストを買った店の名前だった。もう遅い時間帯ということもあり、店頭では数名の従業員が店じまいの支度をしている。
そして、店の奥で何やら書き込んでいる禿げ頭の男性をラウラが指した。
「メドベさん、アイツです。アイツにこれがミノタウロスだといって買わされたんです」
「そうか、分かった」
メドベが店の中に足を入れ、近くにいた店員に声をかける。
「おい、ちょっといいか」
「あ、お客さん。今日はもう終わりです。また明日お願いします」
「買い物じゃない。奥のハゲ親父に用があってきたんだ。アイツを連れてきてくれ」
その店員はメドベを追い返そうとも思ったようだが、彼の放つ威圧感に負けて大人しく言うことに従った。
従業員に話しかけられたハゲは、訝しむような眼を来客に向ける。そして、何やら従業員に指示をした。
メドベたちのところに来たのは、ハゲではなくて同じ従業員だった。
「あの、店主が奥で話を聞くと言ってます。どうぞこちらへ」
メドベはラウラたちと目配せをし、彼に続いて進んだ。
店の奥へ行くと、談話室のような部屋で店主というハゲが座って待っていた。
メドベも彼の向かいに腰を下ろす。ラウラとファンニは彼の後ろで立ったまま。敵地に潜り込んでいるので、警戒は緩めない。
「それで、ご用件とは何でしょうかな」
ネムヨール商店の店主であるハーニンゲレムは、横柄な態度で口火を切った。
そんなハーニンゲレムに対して、メドベはファンニから受け取ったベストをテーブルの上に置いた。
「これが何か分かるか?」
「うん? 防具ですな。これがどうかしましたか」
そんなくだらないことのために自分を呼びつけたのかと言わんばかりのハゲを見て、メドベは眉間の皺を深くさせる。
「これは、後ろの2人が今日この店で買ったものだ。“ミノタウロスの革でできている”と言われてな」
「これが、ミノタウロスですか……」
ハーニンゲレムは出されたベストを手に取って首をかしげる。彼の一挙手一投足が、ラウラたちの感情を逆撫でしている。
「とぼけないで! アンタがコレはミノタウロスだって言うから買ったんじゃないのっ!!」
堪りかねたラウラが前に出て、テーブルを叩き抗議した。
だが、ハーニンゲレムは微塵も動じない。
「もう私も歳のせいか、いちいち客の顔など覚えてませんよ。それで、私が“牛の防具”をミノタウロスだと言って売ったからと、何か問題があるのですか?」
「大ありよ! このガラクタを返品するからお金を返して!」
ハーニンゲレムは白目がちな眼でラウラを見上げ、退屈そうに言う。
「だいたい、ミノタウロスがこの値段で買えるわけがないじゃないですか。買った方だって違うと分かって買ったハズですよ」
「そんなの分かるわけないじゃないっ! ミノタウロスなんて滅多に見られるものじゃないんだから!」
「冒険者ギルドの職員としても抗議させてもらう。こんなものを若い連中に売りつけられたら、たまったもんじゃない。アンタは自分の利益のために騙したヤツの命について責任を負えるのか?」
メドベは、ネムヨール商店がファンニ以外にも高級品と騙って粗悪品を売りつけていたと考えていた。
もし質の悪い装備が広まれば、戦闘で負傷する危険が増してしまうのだ。場合によっては落命することだって起こり得る。若手の未来を想う彼だからこそ、怒りは人一倍だった。
「大袈裟ですね。そもそも、虫の良い話を鵜呑みにした方にも負い目があるでしょう。社会経験に乏しい方々にすばらしい学習の機会を与えたんだから、ギルドから感謝状を贈られてもよいくらいだと思います」
最早メドベは呆れ果てて、言い返す気力も削がれてしまった。
ハーニンゲレムはそんな彼を論破したと思い、気を良くして続ける。
「仮に私がアナタたちを騙していたとしても、こんな安値で売っていたんだから文句を言われる筋合いはありません」
相場よりも倍の価格で売りつけているのだから、彼の主張は失当だろう。
しかし、それを指摘される前にハーニンゲレムは立ち上がって従業員を呼んだ。
「ヴェス、お客様がお帰りだよ。ああ、そうそう。この“牛の防具”を返品したいそうだから、お金を渡してやってくれ」
「いらないわよ、そんな端金!」
ラウラはそう言い切ると、店を出ていった。
メドベ、そして取り残されたベストを取ったファンニが彼女の後を追う。
横目で見送ったハーニンゲレムは、あくびを噛み殺すような顔をして仕事へ戻っていくのだった。
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