21. 金銭による平和的解決
「ということで、予め用意しておいた200冊が完売したので、今回の売り上げは200万フォートになりました!!」
「わー!」
ラウラが歓喜の声をあげ、ファンニは黙ったまま一生懸命に手を叩く。
この町での収入を得たことで、一行は個別に部屋を借りた。宿そのものを替えるという手もあったのだが、なんやかんやで立地が良くてお手頃価格の『満腹の美学』を上回る宿を探すよりは、同じ宿の方が良いということになった。
「こりゃスゴイ。俺の給料だと何カ月分だ。苦労した甲斐があるというものだな」
「それにしても、あんな滑稽な内容の本がよくも売れたわね」
「そこは俺の頑張りでしょ」
「“俺たちの”な」
メドベさんが訂正すると、俺は眉をひょいと上げた。
会場となっている会議館はギルドが管理しているので、職員であるメドベさんのコネを使って押さえた。
ラウラとファンニは学園やギルドで噂を流し、会場ではサクラとなって購入を申し出る。
事前の打ち合わせではラウラに続いてファンニも手をあげる手筈だったが、そうする必要もなく事は進んだ。ファンニが大勢、それも自分を蔑ろにしてきた学園生たちの前で目立つ行為に及ぶことができるか不安だっただけに、こちらとしては助かった。
あとは、道化の演説次第。
すでに俺の口八丁を目の当たりにしたラウラは信頼してくれていた。けれど、出会って間もないメドベさんたちは、本当に上手くいくのか、もし発覚したらどうしようかとか、ずっと胃を痛めていたみたい。
終わってみれば、目の前には金貨の山。いつも小銭を惜しんで細々と暮らしてきた面々は、興奮冷めやらぬ様子。
「てか、よくギルド職員が加担してくれましたね。いいんですか、冒険者に仇成すようなマネして?」
「おいおい、首謀者がよく言うぞ。………まあ、あの本を買ったのはほとんどが学園の生徒で、冒険者で買った輩も問題児ばっかりだ。どうせ親や仲間の金をくすめてきたんだろうよ」
「クラスの子、いっぱい買ってました。皆お金持ちです」
この世界に義務教育はない。子供を学校に通わせるには相応の資産が必要である。中にはファンニのように無理をして金をかき集めて送り出すところもあるが、ほとんどはお金に余裕のある富裕層の子女ばかりだ。子供が金貨を持つような層も限られる。
当然、俺もそれを見越しての価格を設定していた。
「とはいえ、あんな薄っぺらな本だとすぐにウソだとバレるだろ」
俺たちは全3巻として自作(印刷技術が発展・普及していないため、短期間だと手書きの方が早い)の本を売りつけたが、その中身はそれぞれ『裸の王様』、『ウサギと亀』、『ヘンゼルとグレーテル』となっている。
物語の大綱を記憶している俺がはじめに全て書き、他のメンバーがそれを写していった。
あんな薄っぺらい本1冊に1万円。こりゃあマジメに働くのがバカらしくなりますなぁ。濡れ手で粟とはこのことよ。
「ま、そうなる前に俺たちはこの町を去るんで問題ないですよ。それに、ちゃんと変装してましたし」
「髪型と服装を少し替えるだけで変装と言えるなら、世の中スパイだらけよ」
「いやー、キリルはラウラと違って目立たないから大丈夫だろ」
心外だなぁ。メドベさんは軽い気持ちで言ったかもしれないけどさ。
「それじゃあ俺の影が薄いみたいじゃないですか」
「うん? 俺、何か間違ったこと言ったか?」
「…………」
なんでチョットナニイッテルカワカンナイみたいな顔してんのさ。ムカつくなぁ。
「……でも、大勢の前で派手な演出やったから記憶に残るんじゃないですか?」
たしかに、俺が魔法使いや剣士の攻撃をいともたやすく防いだことは、観衆にとって衝撃的だったはず。しかし、一度見ただけで他人の顔を明確に覚えることは難しい。町の中で追い回されるリスクは小さい。
「あの本から学ぶことだってあるよ。教訓を込めたつもりだし。
まあいいや。……それでは、この内100万フォートを分配しようと思います」
「ちょっと待って。あとの100万フォートはどうしたのよ? まさかキリルが貰うって言い出すんじゃないでしょうね? 今日はスゴイ緊張して私の方ばかり見てきたのに、こういうところは図々しいんだから」
「ちょっ……! だってラウラしか知ってる人がいないんだもん」
今日俺が会議館で熱演している時、ラウラは最前列にいた。そこで何度も登壇者である俺と目が合っていた。
さすがに天井や壁の方ばかり見てるのは印象悪いと考えたが、見ず知らずの少年少女の瞳を見返すのは、俺にとって至難の業だった。あーゆー場面での見知った顔の安心感よ。
「そのことはもういいぜ。それで、分けないお金はどうするんだ? どうせお前のことだ。何か考えがあるんだろ」
「勿ノ論ですよ」
意味ありげな笑みを浮かべつつ、俺は袋から硬貨を取り出して皆に配った。全員が等しく頑張ったということで、報酬は山分けだ。
入るを量りて出るを制す。それでも使う時には使わないとね。
「じゃあメドベさん。25万フォートです」
「なんだか真面目にギルドで働くのがバカらしく思えるなぁ。俺の分はいいから、もっとお前たちが取っていいんだぞ」
「そんなこと言わないでください。私たちの指導へのお礼も含まれているんですから。これからも若手の指導をお願いします!」
「そう言われちゃ、かなわないぜ」
遠慮してみせたメドベさんだが、お金の入った袋を受け取ると自然に笑みがこぼれている。目は口程に物を言うという格言を体現しているよ。
「はいファンニ、これは君が連中と闘った成果だよ」
「…………っ!」
「今まで君が失ったものと比べれば足りないかもしれないけどね」
「そんなことないです。……ありがとうございました」
俺の言葉に、ファンニは大きく首を振る。その頬には、薄っすらと水滴が流れていた。それを見て、ラウラが肩を優しく叩く。
「何メソメソしてるのよ。今夜は騒ぐわよー!」
「ちょっとお客さん。騒いでもいいけど、他の客がいることも忘れないでくださいねっ」
その時、宿屋の受付嬢・サボーがドアを開けて中を覗き込んできた。
お金を見られてはいけないと、手前にいた大柄なメドベさんを壁にして、彼女に見えないように袋を隠す。
「あ! 今、何を隠したんですか? ウチの宿で変なことしてないでしょうね?」
「いやいやいや、ギルド職員がいるところでやましい事なんかできませんよ」
「じゃあ、何を隠したのか見せてくださいよ」
「私たちは何も隠してなんかないし、部外者のアンタに口出しされる筋合いはないわ。どうしても調べたいっていうなら憲兵でも呼ぶことね」
「むぅ~~」
サボーは頬を膨らませながら、悔しそうに出ていった。
何とかサボーの襲来をやり過ごすと、俺たち4人は顔を見合わせて笑うのだった。
♦
1か月後、某学園の学園長室にて。
「ちょっと待ってください学園長。この私がクビとはどういうことですか!?」
突然の解雇宣告に、中年の女性教員は机を叩いて相手に詰め寄った。
だが、学園長はそれに怯む様子を全く見せない。
「言葉通りの意味だよ、ポラーニ先生。市民から報告があってね。この学園の教員が特定の生徒をいじめていたと。思い当たる節はあるだろう」
田舎出身の平民生徒に対して冷たく当たった覚えはあるが、解雇を言い渡されるほどではないとポラーニは考えていた。
貴族や豪商の子女が中心となっているこの学園で、貧乏人を他の生徒と同じように扱うという発想にかけていたと言ってもよい。
「いや……それは、成績が伸びない生徒に対する教育の一貫で…………」
「折檻にせよ虐待にせよ、やるのは構わないんだが、外部の者に知られた以上、私も黙っているわけにはいかない。君は伝統ある学園の品位を損ねた。そのような者はここに相応しくないんでね」
数日前、学園長室に匿名の荷物が届けられた。
その中にはポラーニを弾劾する手紙と、100万フォートが入った包みがあった。この額は彼の給料2,3カ月分ではあるが、その給料のほとんどを鬼嫁に持っていかれている。
鬼嫁を想起させるポラーニと大金。比べるまでもなく後者である。
「これはもう決定事項だ。本日をもって君はこの学園を辞める。後任はジェール先生にお願いするよ。今までご苦労さん」
そう言い残して学園長は退室し、ドアの閉まる音を聞いたポラーニはその場に崩れ落ちた。
学園教員という名誉と稼ぎ口を失い、世間からは侮蔑に満ちた目を向けられるだろう。
これからは平民と同じように働くのか。自尊心の高い彼女にとって、それほど屈辱的なことはない。そもそも再就職先があるのかどうか。
「おのれファンニめ…………!!」
彼女の顔は、ファンニに対する怒りで歪んでいた。
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