20. これさえあれば……!
「おい、何か会議館の方でイベントやってるみたいだぜ」
「何それ~? どうせトリアングルム教の啓蒙でしょ~」
「いや、ちょっと見てきたけど、教会のヤツはいなかった。俺っちもよく分からないけど、実力が伸び悩んでいる連中に、強くなれる秘訣を教えてくれるらしいぜ」
「そんなもんに頼らなくても、俺たちはとっくに実力あるっての! な、キシュ」
「……でもクベール、もし次の進級で滑ったらヤバくない?」
「あぁ、万が一ってこともあるしね」
「おいおい、ナジまで……」
「私たちはただでさえニンジンのせいで足を引っ張られてるんだよ~。ちょっと試してみるくらいならいいんじゃないの~?」
「そうだな。ショヴァンカの言う通りだ。行くだけ行ってみよう!」
♦
会議館があるのは学園の近くで、学生以外はあまり通らない場所だ。
そして案の定、参加者のほとんどが学生や若手冒険者。どこからともなく流れてきた『実力が伸び悩んでいても、簡単に強くなれる方法がある』との噂につられてきたのだろう。
数十人ほどが集まり、口うるさい大人の姿もないので、会場にはかなり騒がしい。
そのような中で、やがて俺が登場。前方にある壇上へとあがった。
ちなみに、姿態を覚えられないように、軽く変装している。変装とはいっても、せいぜいヤ〇ターマンくらいの差であろう。
もっとも、この町で俺を知っているのは、メドベさんか“満腹の美学”という宿の受付嬢くらい。だから、大した問題はないと踏んでいる。
さて、やってきたのがまだ若い俺ということで、場内はますます騒がしくなる。参加者はてっきりベテランの冒険者や魔術師が来ると期待していたのだろう。
「おいおい、なんだアイツ。俺っちとあんま歳変わらないんじゃね?」
「あーあ、せっかく来てやったのに。時間を返せよ」
「そもそも、あんなヒョロヒョロしたヤツが強いとかありえないんですけど」
「フンガフンガ」
うるさいなぁ。
「――うるさい」
「「「…………は?」」」
壇上から喧しい観衆を見下ろしていたが、つい心の内が漏れてしまった。会場は一瞬にして静まり返る。皆、疑念や苛立ちを含んだ目を俺に突き付けてきた。
ま、言ってしまったものは仕方がない。覆水盆に返らずだ。
俺は決意半分、諦め半分で口を開いた。
「失礼。………えー、今日ここにお集まりいただいた皆さんは、武術ないじ魔法を駆使して将来の飛躍を目指しているにもかかわらず、なかなか結果につながらない。そういった方々が多いと思います。そこで、今日はこの私が、皆さんに強くなれる方法を教授しましょう」
「んなもんあるわけねーだろっ」
「そうだそうだ!」
第一声で機嫌を損ねたせいもあってか、会場の至るところから野次が飛んでくる。
しかし俺は、そんなものを意に介さずに続ける。
「はいはい。まあ落ち着いてください。皆さんの疑問はもっともです。こんなモヤシみたいなヤツが本当に強いのか、にわかには信じがたいと思います。
まずは、私が実際に強いことを皆さんの目の前で証明してみせましょう」
言って、最前列にいた適当な少年を指す。俺より2,3ほど年下だろう。
「では、そこの君」
「え、俺っちですか?」
「そうだ。君、ちょっと私に攻撃してみてくれ」
突然の申し出に、指名された少年は戸惑いを見せる。この子もファンニと同じ学校なのかな?
「いや、俺っちは魔法使いですよ」
「大丈夫。君が剣士だろうが魔法使いだろうが関係ない。どうせ結果は同じなんだから」
俺のぞんざいな物言いに、少年はムッとして壇上にあがった。
「ナジ~、頑張って~!」
「おうよ! 見てろよキシュ!!」
隣の席の少女から声援を受け、少年は俺に杖を向けて呪文を唱え始める。
この歳でリア充とかませてるな。小賢しい。
「〈万物の根源たる火よ 彼の物を焼き尽くすため 我に力を与えたまえ ファイヤーボール〉!!」
「バカ、屋内で火の魔法を使ったら……!?」
参加者が動揺するが、俺は眉一つ動かさずに平然と魔法使いの少年をみつめたまま。皆、固唾を飲んで見守っている。
少年から放たれた火球は至近距離にいた俺に炸裂し、被弾した愚か者は大勢の前で醜態を晒し――
「んなっ!?」
かと思いきや、火球は俺の前で消滅してしまった。俺は何事もなかったかのように、その場で佇んだままでいる。
それを見た観衆は、さらに喧騒を大きくする。
「お、おいっ。アイツ、何ともないぞ!」
「どうなってるんだ? 全く動いているように見えなかった」
「目にもとまらぬ速さで魔法を打ち消したのか!?」
他方、魔法を放った少年は、憮然とした面持ちで相手を凝視している。
おそらく、彼は自身のある必殺技をぶつけたのかもしれない。それが、埃を払うかの如くあっさりと消されてしまったのだ。
彼は顔をゆがませて元の位置へと戻っていった。友人たちが彼を慰めるが、それがなおさら腹立たしく感じるらしい。
「これで私の力を分かってもらえたと思います。もし、彼の実力が足りなかっただけという力自慢の方で、我こそはと思う方はこちらへ」
「よしっ、俺がやってやる!!」
今度は大剣を持った少年が現れた。
彼は鞘から抜き放った刃を向けて俺に向かう。
「さっきは魔法使いだから、同じ魔法使いで格上のアンタにやられたんだ。剣士が相手ならそうはいくまい。喰らえ、そりゃーーーっ!!」
剣士の少年は勇ましく俺へと切りかかる。
しかし、その刃いとも簡単に受け止められた。しかも、俺が立つ位置は、剣士がいる場所から数歩離れたところだ。
「クッ、まだだ……!」
剣士はそれから何度も打ち付けようとするが、全て跳ね返される。
ただ、いくら繰り返しても結果は分かり切っている。ずっと同じ光景だと飽きてしまうかもしれない。そう思って俺は適当にマイムマイムを踊ってみた。
…………これ、何も知らない人が見たら、雨乞いでもしてるとか思われそう。剣士もしつこいし、そろそろ終わってもらおっと。
「あー、君。もういいよ。席に戻って」
「ハァ、ハァ……何だ、疲れたのか? 俺はまだできるぞ!」
彼は肩で息をしながらも、まだ闘志を見せてくる。今なら俺でも倒せそう。
「いや、ずっと変化がないせいで皆さんが退屈してきたようです。それに、今日の目的はアナタのチャレンジ大会ではありません。もう十分に私の力を証明できたと思います」
「そうか、アンタが疲れて降参するってんのか。なら、終わってやるよ」
あーダメだコイツ会話できねえ。
剣士は仰々しく下りていった。誰の目にも彼の敗北は明らかで、片意地を張る様が彼の惨めさを増していることに、本人だけが気付かないでいた。
「さあ、皆さんは今の私が何をやったのかわかりましたか?」
観衆は皆、黙って首を振る。
いいねぇ。元神様のおかげとはいえ、この優越感は快い。
「これは、世間ではあまり知られていない特殊な魔法を用いたのです。相手の攻撃を打ち消し、その隙にこちらから向こうに攻撃することが可能です。魔法使いは魔法を使うその時が最大の弱点。この技を使えば、皆さんも相手の意表を突くことができるようになるのです」
大まかな台本を用意してはいたものの、いざ本番となるとほとんど忘れてしまった。その場のアドリブでやり過ごしている。
今はギルドで仕事に励んでいるメドベさんがこの場にいたら、きっと胃をキリキリさせていたことだろう。
「では、どうすればこの技が使えるのか。そもそも、こんな魔法を使いこなすだけの魔力が自分にもあるのか。……ちょっと待ってください。ここで皆さんは思い違いをしているのです。魔力がないから自分は弱い? そうじゃないんです。
たしかに魔力には限界があります。個人に備わっている魔力だけでは、どうしても天性の素質には抗えない」
緊張と羞恥で顔が紅潮しているのが、自分でも分かった。けど、観衆からすれば熱弁に昂っているように見えるはずだ。
半ばやけくそになりながらも、俺は話を止めない。時折机を叩いてさらにヒートアップ。
「強いものが勝つのか、否、勝った者が強いのだ! では、どうすれば勝てるようになるか? そう、それは技術を磨くことだ!!
だが、今世間で大きな顔しているのは、振り回すしか能がない連中ばかり。だが、力そのものに限界があったとしても、使いようによっては脳筋どもの自称エリートに打ち克てる!」
“自称エリート”に勝つという言葉は、観客は大いに力を与えたらしい。
実際のエリートたちは自らそう名乗らず、この場にいる者どもが勝手にそう見立てているだけだ。しかし、劣等感を刺激された者たちはそう思わず、対抗意識を燃やすのだった。
「私は幼い頃に自分の限界を感じ、それでも勝つ術を模索してきた。そして、様々な技を編み出してきた。そんな私が考えた、戦闘で勝てるテクニックを詰め込んだ本がこちら」
そこまで言い切ると、俺は机から数冊の本を手に取って掲げた。
「これには、皆さんでも使える秘蔵の魔法テクニックがグッと詰め込まれています。全3巻となっており、ここにいる皆さんだけ、特別にお譲りしましょう。お値段は1冊5万フォート!」
観客は提示された本に視線を集めたが、俺が値段を言った途端にガッカリした空気が会場を覆いかけた。
「――と言いたいところですが、皆さんはまだ若い方が多いようです。仕方ありません。出血大サービスで、1冊あたり1万フォートにします! 特別ですよ。まだ、ここ以外の人には知られてない秘伝の魔法を学べるチャンスです。これを逃したら次はない!」
「私、全巻買います!」
俺が大胆な値下げを宣言すると、最前列にいた亜麻色の髪の少女が真っ先に手を上げた。
「はい、1部お買い上げ! さあ、数に限りがあるので、申し訳ないですが早い者勝ちとさせていただきます。ご購入を希望される方はこちらです」
「俺も買います!」
「私も。……とりあえず1巻」
「僕も買う。全部だ」
「ちょっと俺、家に行って親の金を取ってくる」
それを皮切りに、次々と買い手が殺到した。
「おおっと、順番を間違えたら意味が分からないですよ。あと、友達と折半しても構いませんが、同時に練習したらかなり時間がかかりますよ。気を付けて! 一度読んだくらいじゃ習得できません。何回も繰り返して読み込むことが大切です!!」
俺は魔法使いのことしか話していなかった。なのに、剣や弓を得物とする者までもが列に群がっている。
最初に買うと言い出した少女が、事前に配置されたこちら側の人間であることに気付く者はいなかった。
ラウラに体験談を語らせれば良かった……。




