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18. 学園の魔人

 今回の探検の目的であるのオークの討伐は未了だが、救助した赤髪の子・ファンニを町へ送り届けようということになり、俺たちは帰路に就いた。


「なんてことだ」

「ヒドイ。許せない……!」


 道中でファンニの事情を聴くと、ラウラやメドベさんは憤慨した。しかし、どこかリアリティーに欠けるせいか、同情はしたものの、俺はさほど怒りを感じなかった。


「ホラ、キリルも何か言ってよ」

「ん? あぁ、どこにでも身勝手な連中はいるもんだね」


 俺がお茶を濁すと、ラウラにギロっと睨まれた。


「俺が学園に行って教員どもに抗議してくる」

「メドベさん、私も行きます」

「え、あ、うぅ……」


 2人がいきり立っているが、それを見たファンニはオロオロとしている。

 誰かを思い、自分の正義に基づいたやったことが、必ずしも本人のためになるとは限らない。むしろ、返って本人にとって悪い結果をもたらすことだってある。


 ファンニの様子から、メドベさんたちの学園への講義は余計なことだ。

 どうせ教員どもも、ファンニへのイジメを知った上で敢えて放置しているのだろう。

 抗議したところで何か変わるのだろうか。むしろ、学園内でのファンニの状況を悪化させるものでしかないのではないか。


「さすがにそれはやめておいた方がいいんじゃないの?」

「何でよ。キリルはファンニのことをほったらかしにしろって言うの?」

「そうだ。俺たちはイジメを見て見ぬふりすることなんてできない」


 俺だって学校に数年いた経験がそれなりにある。事なかれ主義の日本人の性とか関係なしに、ファンニへの悪影響が危惧される。

 しかし、俺の懸念は2人に伝わらない。


「いや、他の方法を――」

「なら、どうすればいいか今すぐ教えなさいよ」

「それは、そのぉ……」


 咄嗟に代替案を出せるはずもなく、俺は言葉に詰まった。


「じゃあ今から行くわよ。キリルも付いてきて」

「おう。思い立ったが吉日だ」


 あ、これダメなやつ……。




   ♦




「まあ、それは大変ご迷惑をお掛けしました。今後このようなことが無いように、ウチの生徒たちにはきつく言っておきます。ファンニさんも、今まで辛い思いをさせてごめんなさいね」




 という展開を期待して、一行はファンニが通う学園へとやって来た。られっ子に、委員長と近所のおじさん。あと傍観者。

 荘厳な門の前で校舎を眺めていると、ファンニの姿を認めた女性が中からやってきた。世界名作劇場に登場しそうなオバサンだ。


「ポラーニ先生……」


 ファンニがその女性の名前をボソッと呟く。

 その表情に陰りが見えることから、そのオバサンに対してあまり良い感情は持っていないようだ。


「ファンニさん、どこに行っていたのですかっ」


 ファンニがポラーニと呼んだオバサンは開口一番、噛みつくように声を上げた。キンキンした甲高い声が頭を殴る。


「他のグループの皆さんはとっくに帰ってきているのですよ。無断行動をしてはいけないと、あれほど言いましたよね」

「あ、うぅ……」

「大丈夫だ。俺からちゃんと説明する」


 ポラーニは同伴者3人の存在を無視して、ガミガミ叱りつける。

 俯き加減に縮こまっているファンニを励ますようにメドベさんが声をかけた。そして、小休止したポラーニに向かって話しかけた。


「すみません。私は【マショディック】のギルドに勤めているメドベと申します」


 そう言うと、メドベさんは自分の身分証をポラーニに見せた。彼女はそれをジロリと見やって、迷惑そうに俺たちを見た。

 鼻に乗せた小さな丸眼鏡のからは向こうからは、鋭い眼光が突き付けられる。


「そうですか。では、そのギルド職員さんとやらが、この学園に一体どのようなご用件で」

「はい。私たちは【マショディック】近郊の森で、怪我を負っているこの子を保護しました」


 それを聞くと、彼女はメドベさんから再度ファンニへと視線を移した。


「見たところ、どこにも異常はないようですが」

「それは、そのぉ……」

「秘伝の薬を使ったんですよ」


 ポラーニの指摘でメドベさんが言葉に詰まったので、俺が助け舟を出した。

 このまま猪突猛進のおっさんを放置して口を滑らされるよりは、適当に誤魔化しておくに越したことはない。


「それはそれは。こんな子のために、そのような高価な物を使わせてしまって申し訳ありません。それでこの子を連れてきてくださったのですね。ありがとうございます。あとはこちらで何とかしますので、もう結構ですよ」

「ちょっと待ってください。ファンニのケガについてお話ししたいことがあるんです!」


 ポラーニがファンニを連れて学園に戻ろうとしたので、堪らずラウラが引き留めようとした。一旦は背を向けたポラーニだったが、もう一度向き直った。


「……何でしょうか?」

「実は、この子のグループの子が禁止エリアに侵入してオーガに襲われ、ファンニに怪我を負わせて囮にしたんです」


 オーガという言葉が出てきたところでポラーニは眉をほんの少し動かしたが、すぐに眉間の皺を増やした。


「他の子たちからは、この子が勝手にグループを離れてどこかへ行ってしまったと聞いておりますが」

「そんなっ」


 同級生たちが自分を陥れるための虚偽の報告をしていたと知り、ファンニは思わず声を上げた。

 そんなファンニに対して、ポラーニは蔑むように一瞥する。


「どうせ自分から危ないところに足を踏み入れて怪我をしたのを、他の子のせいにしようとしているのでしょう」

「ポラーニ先生、本当です。ボクはクベール君たちに――」

「いい加減にしなさいっ! そんな言いがかりをこの私が真に受けるとでも思っているのですか!!」


 ポラーニがピシャリと言い切り、ファンニは押し黙ってしまう。

 そんなファンニのを見て、ラウラが声を絞り出すように言った。


「……自分のとこの生徒を信用しないんですか?」

「惨めな落ちこぼれ1人よりも、私は優秀な4人の子たちを信じます」


 その言葉で、メドベさんの怒りのボルテージが上がっていくのが、傍にいた俺たちにも伝わった。

 ギルド職員として、ベテラン冒険者として、彼は多くの若手と接してきた。その中には、手のかかる問題児だって当然いたはず。そんな彼だからこそ、今の言葉は到底看過できないものなんだろう。


「たとえ優秀じゃなかったとしても、1人1人の生徒と真摯に向き合うのが教師ってもんだろーが!!」

「私1人が指導するにはどうしても限界があります。出来の悪い子を平凡にしようとするよりも、優秀な子の才能を伸ばすことに尽力した方が合理的です。足を引っ張るような子なんて切り捨てた方が、この国の未来のためにもなるんですよ」

「おい、おまっ――」

「ちょっとメドベさん、落ち着いて。実力行使はダメですよ」


 感情が昂ったメドベさんがポラーニに殴りかかりそうな気配を見せたので、空気をなりかけていた俺がサッと彼の行く手を塞いだ。

 ポラーニは剣呑な気配を感じても、たじろぐ様子を見せることはなかった。それどころか、彼を野蛮な猿と見下すような目をした。

 折角の俺のさりげない気遣いアピールも、こんなところでは焼け石に水だ。


「ハァ……。そもそも、この子が弱いのがいけないんです。全てこの子の責任になりますわね。

 実技だけでなく座学も下位。いっそ貴方たちが助けない方が、この子のためになったかもしれません」

「学校の成績だけで人の価値が決まるわけじゃないわ! だいたい、人の命を何だと思ってるんですか。結果が出ないことで一番悩んでいるのはファンニのハズです。辛い境遇にありながらも一生懸命に生きている人をバカにすることなんて、誰にも許されませんよ!!」


 先日まで家庭の問題を華奢な体に乗せていたこともあってか、言葉がかなり熱を帯びているように感じられる。


「でしたら、貴女がこの子を成績が伸びるまで手取り足取り指導すればよろしいのでは。私は無駄な雑務から解放され、この子は専属の教官が付く。まさか、私にだけ何十人といる生徒全員を、個々に合わせて面倒見ろと言っておきながら、自分はただ外から見て文句を言うだけなんてことはされないでしょうね」


 だが、ポラーニには響かない。


「そ、それは……」


 ラウラだって、自分の人生がある。この町に留まって、ファンニに付きっきりになるということはできない。

 ただ、この発言は詭弁(きべん)だ。ポラーニは教員として、賃金をもらって生徒たちの教育に当たっている。にもかかわらず、生徒であるファンニの指導という職責を放棄したのだ。それを咎めたラウラに役務を押し付けようとするのは、支離滅裂と言わざるを得ない。

 無責任なのはポラーニに他ならないのだが、今のラウラにはそれに気付く余裕がなかった。


「これ以上、私が貴方と話すことは何もないようですね。そもそも、これは学園内の問題なんです。身勝手な行動をして報いを受けた子に、たまたま鉢合わせた方が深入りして良いことではないかと」


 そう言ってポラーニは学園へ戻ろうとしたが、何かを思い出したかのように歩き始めたばかりの足を止め、肩越しに冒険者たちの方を見た。


「そうそう。学園内は部外者の立ち入りが禁止されていますので、絶対に入らないでください」


 ポラーニの言葉を受けて、いつの間にか両サイドに控えていた警備兵が、鎧の音を立てて来訪者を威嚇する。


「クッ……」


 俺たち3人は、ファンニがポラーニに学園の中へと連行されていくのを見送るしかなかった。





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