17. 転がり落ちた救世主
俺は行軍の先頭を進み、その後ろでラウラとメドベさんが冒険者談議に花を咲かせている。冒険者云々に関心のない俺は蚊帳の外。
こういうおじさんが好みなんかね。なんかモヤっとするわ。
談笑するのはいいけど、敵への警戒を怠らないでよ。いくら囮が前にいるとはいっても油断はできないんだから。
「キリル、前方にゴブリンが2体来るぞ」
「は~い」
メドベさんに注意を促され、俺はバリアで敵に備える。
すると、すぐに草陰から2体のゴブリンが飛び出し、正面にいる俺に襲い掛かってきた。
ブギャー! フギッ!?
ゴブリンたちは獲物めがけて棍棒を振りかざすも、見えない壁によって阻まれる。
「よし、今だラウラ!」
「はい! 〈ウォーター・ピストル〉!!」
一体のゴブリンは、ラウラが繰り出した水魔法を頭部に受けて転倒した。そこへ彼女が抜刀し、倒れたゴブリンにトドメを刺す。
もう一方のゴブリンはその様を見て逃走を試みるも、ラウラはすかさず魔法で背後から攻撃する。
「逃がさない。〈フローズン〉!!」
ゴブリンは凍ってしまった。出来上がった氷像をラウラが剣で殴ると、氷像はバラバラに砕け散った。
「やった! やった!」
「さすがだな。見事だ」
「ありがとうございます!!」
「スゴイスゴ~イ」
ラウラは倒したゴブリンの討伐証明部位を回収した。
まだ魔物の気持ち悪さになれないので、俺は傍観に徹する。
「ただな、今のままだとどうしてもラウラの負担が大きくなる。仲間を増やすか、キリルも闘えるようにしないと、この先いつか行き詰まるぞ」
「どうせ俺は攻撃力ゼロですよ。それに、攻撃するだけが冒険者じゃないですし」
「おいおい、俺はお前のために――」
小言もそこそこに、俺は草をかき分けて先に進もうとする。
「おい待てキリル! そっちに行くな!」
「…………ふぇ?」
しかし、彼の警告は間に合わなかった。
進む先は崖になっており、俺は足を踏み外した。
「うわーーー!!」
絶叫と共に、俺はコロコロを傾斜を転がっていった。
「おわっ! いてて……」
「え? な、何……?」
幸いにもそれほど高くなかったため、かすり傷すらできずに済んだ。
落下地点のそばには、1人の少年がいた。突然俺が落ちてきたせいで驚かせてしまったようだ。よほどビックリしたのか、尻餅をついている。
「あーもう、急に地面が無くなるんだもん。少年よ、怪我はない?」
「え!? ……あ、うぅ……」
俺は腰を押さえて立ち上がり、傍らにいた冒険者らしき少年に手を差し伸ばす。ルビーのような赤髪が特徴的で小柄な子。
能天気に話しかけたはいいものの、全身に泥をかぶっている様を見て、自分のせいではないかと罪悪感がこみあげてきた。
「う、う、う…………」
「ん、どした?」
赤髪の子は座り込んだまま、俺の方を見て震えている。俺、そんなに悪い顔してる? 前世よりもよっぽど美形だと自負してるんだけど。
だが、よく見ると、脚を怪我していることに気付いた。これにせいで過度に怯えているらしい。
「うわー、ヒドイ怪我だね。お兄さんが治してあげよう」
「……ろ、……ぃ……」
自分の責任を軽減させるためという意図は否定できない。それでも、やらない善よりやる偽善。
患部に手をかざそうとすると、赤髪の子は震える手を懸命に上げて俺の後方を指した。
「ん、何?」
「……ろ。う、しろ……」
「後ろ?」
俺は自分に伝えようとしていることを理解し、肩越しに後ろを振り返る。
そこには、見たことのない化け物が迫っていた。
「わっふぉーい!!」
咄嗟にバリアを展開し、間一髪のところで化け物の攻撃を防ぐ。
オーガだ。実家にいた間に、図鑑で見たことがある。まさか、こんなにデカいとは思ってもみなかったけど。
「ん……。ちょっ、わっふぉーい!?」
さすがの俺も、一瞬だけ死を悟った。だが、バリアが間に合ったおかげで、攻撃を受けた感覚はない。
赤髪の子が恐る恐る閉じていた眼を開けてみると、オーガは少し離れた所からそれ以上こちらへと近づいて来ない。
まるで透明な部屋に閉じ籠っていて、オーガは自分を引き出そうとしているような構図に見える。
「あー。早くどっか行ってくれないかな~」
俺のバリアは透明なボールの中に入るようなもので、ずっと居続けると酸素が減って息苦しくなる。
さらに、3Dよりもリアルな化け物が間近でガンガンとバリアを殴り続けているので、気を抜くと失禁してしまうかもしれない。
「〈ウォーター・ピストル〉!!」
バリアの中でオーガが諦めてくれるのを待っていると、どこからか魔法による攻撃が飛んできた。それはオーガの足元らへんに当たり、そいつは小さく呻く。
さらに振り返ったところへ、オーガの顔面目掛けて新たな魔法が炸裂した。
グオォォォ
オーガはおぞましい声を上げて地面に転倒する。
「おりゃあー!!」
そこへメドベさんが現れた。彼は倒れたオーガの頭めがけて槍を突き出す。
穂先は、オーガの脳天を貫いた。
「キリルー!!」
「助かったー」と息を吐いていると、駆けつけたラウラの声が聞こえてきた。
「キリル、大丈夫?」
「うん、助かった。ありがとう」
「間一髪のところだったな。ひとまず大事が無くてなによりだ」
メドベさんも寄ってきて、俺たち3人は無事に再会できたことを喜んだ。
「間に合って良かったわ。それで、その子は?」
「おー、そうだった。今治したげる」
ラウラの指摘を受けて、俺は怪我人を放置していることを思い出した。
オーガの襲撃で、すっかり頭から抜け落ちてしまっていたのだ。
「うわっ、これは酷い怪我だな。生憎、俺はこんな大怪我に効く傷薬を持ってない。早く町に連れていこう」
「あ、キリルがいるんで大丈夫です」
メドベさんが赤髪の子を抱えようとしたが、ラウラによって引き留められる。
傷口からは大量の血が溢れ、肉がはみ出ている。まともに目を向けることができないほど痛々しい。
「何を言ってるんだラウラ。手当てが遅れれば、それだけ取り返しのつかないことになるんだぞ!」
「大丈夫、大丈夫です。ほらキリル、早く早く」
メドベさんがやや苛ついてラウラに食って掛かる。彼女はその勢いに押されつつも、俺に治療を促した。
「あいよ~。えっと、〈ヒーリング〉?」
「……なんで呪文が疑問形なのよ」
「なんとなく」
呪文らしい文字列を並べて格好つけようとしたが、咄嗟に言葉が出てこなかった。
だが、不毛なやり取りをしている間に俺の手から柔らかな光がこぼれ、赤髪の子の傷口を包み込む。
すると見る見るうちに傷口が元の形に戻り、始めから怪我なんてなかったような綺麗な白い足が現れた。
「…………っ!?」
「お、おぉ……!!」
俺の回復魔法を知らない2人は、声にならない感嘆の声を上げる。
「回復魔法……。キリル、お前、まさか……」
「いえ、俺はフリーですよ。教会とやらは関係ありません」
「……そ、そうか」
俺の言葉に、メドベさんは歯切れの悪い返事をする。
「あ、くれぐれもこのことは内密に」
「……ああ、分かっている」
「君もね」
そう言われた赤髪の子は、黙ったままコクコクを何度も頷いた。
もし俺が回復魔法を使ったことが露見すれば多額の金銭を請求される。この少年から情報が漏れることはないだろう。
となると、メドベさんが口を滑らすことが無いように後で脅し、ゲフンゲフン……説得しておかないとな。
俺がよからぬことを考えている内に、ラウラが怪我の治った赤髪の子の傍でしゃがみこみ、土まみれの頭を優しく払った。
怪我や汚れで気付かなかったが、冒険者の子は濁りのないルビーの煌めきを放つ髪を持っている。きちんと手入れをしたら、ハリウッドスターに匹敵するくらいの輝きを放ちそうだ。
「さ、もう大丈夫だよ。立てる?」
その子は差し出されたラウラの手を取って立ち上がると、俺の方を向いた。
「ん、どした?」
「あ、ありがとぅ……」
「…………!」
潤ませた目で見上げられ、弱々しい声でお礼を言われると、何やら新しい世界への扉が開きそうになるのを感じた。
いかんいかん。俺はホモでもロリコンでもないんだから。
そう言い聞かせて自分の頬を叩くと、ラウラたちから訝しむような視線を送られた。
ち、違います。俺は断じてMなんかじゃ……。
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