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16. 油断の先に

 翌日(結局、俺がごねたせいで前日は何もせずに終わった)、ラウラはメドベさんの指導の元で、魔物の討伐に行くことになった。

 【マショディック】の近くには、魔物が生息するという森がある。


 俺たちはメドベさんとの待ち合わせのため、門の外でウロウロと待機していた。

 長い槍を抱えた熊面の大男が来たのは、ほぼ予定の時刻通りだった。


「おう、待たせたな」

「メドベさん、今日はよろしくお願いします」


 ラウラにつられ、俺もペコリとお辞儀をする。

 そんな俺たちの服装を一瞥すると、メドベさんは眉をしかめた。


「お前ら、これから魔物と闘いに行くってのに、そんな軽装で大丈夫なのか? ラウラは魔法使いだからまだいいとして、キリル、お前はパジャマのまま来ただろ」

「よく分かりましたね」

「見りゃ分かるわっ!! ……ったく、少しは悪びれろよ」


 俺が堂々と肯定したせいで、メドベさんに呆れられたようだ。

 実を言うと、今朝も俺が寝坊したことで、着替えるゆとりすらなかったのだ。


「はぁ、お前は危機意識がなさすぎだ。そんなんじゃ、いつ大怪我してもおかしくないぞ」

「ご心配なく~」

「いや、心配するわ」


 ため息を挟み、メドベさんは俺の肩にポンと手を乗せた。


「いいか、魔物が()むエリアでは、常に警戒を怠ることはできない。自信過剰な若者ほど早死にする。ビビりくらいで丁度良いんだ。これまでにも武器ばかり見栄を張って、防備をおろそかにする若手はいた。…………それでも、パジャマで探索に行こうとするヤツなんて、俺も初めてだがな」


 いいじゃん。誰もやらないことを誰かがやったから、文明は目覚ましい発展を遂げたんだよ。飛行機だってスマホだって、誰かが実行しなければ、いつまでたっても誕生しなかった。

 これまでに同じことをした人がいないからからって否定するのは、人類の歴史を否定するに等しいと思う。


「あの、キリルならこれでも大丈夫ですよ」


 延々と語り続けようとするメドベさんに、ラウラが口を挟んだ。

 それを聞くと、彼はさっきよりも大きなため息をこぼした。


「お前な、これから魔物を討伐しに行くってことは、常に危険と隣り合わせなんだ。そういう小さな油断が命取りになるんだぞ」

「もし不安なのでしたら、一度試してみたらどうですか?」

「試すって、何言ってるんだラウラ……?」

「その槍でツンツンって」


 メドベさんはキツネにつままれたような顔をした。が、何やら思いを巡らせた後、槍を構えた。向こう見ずの若手に冒険のリスクを思い知らせるには丁度良いとでも思ったんだろうか。


「……いいんだな?」


 コクリとラウラが静かに頷く。

 そして、メドベさんは俺に向かって槍を繰り出した。


「んな……!?」


 キーンという音と共に、メドベさんの槍は進行方向から逸れた。何が起きたのか、彼は即時に理解することはできなかった様子。


 俺はというと、言葉を漏らさなかったものの、一瞬だけ背筋を伸ばした。

 槍が届かないと分かっていても、やはり攻撃が迫る恐怖が消えるわけでもない。目薬を差す時に目を閉じてしまいがちになるようなものだよ。


「そりゃあー!!」

「え? ちょっ!」


 てっきり、1回やって終わりのつもりだった。だけど、メドベさんは今の出来事に納得できなかったのか、もう一度と槍を突き出してきた。

 さっきは手加減していたのか、今度は勢いも増している。反応が遅れ、思わず転びそうになった。


 キィィンと、さっきよりも甲高い音が響く。

 しかし、何度繰り返そうが結果は同じ。

 さすがにメドベさんも不可能だと悟ったようで、槍先を空に向けた。


「……俺の負けだ。キリル、その格好で冒険に行くことを認めよう」

「あ、ども」


 今度こそ受難が過ぎ去ったと、俺は安堵の息をこぼす。


「では、今日の計画を整理しよう。まず、主要目的はラウラの魔法使いとしての訓練だ。今回の依頼であるオークを始め、様々な魔物を討伐していく。そして布陣は先頭からキリル、ラウラ、俺の順で行く」

「はい!」

「……え? 何で俺が一番前なんですか?」


 ラウラが元気よく返事をした。それに対し、俺は嫌そうに片手を上げる。

 メドベさんは「うん」と一言置いてから説明する。


「今攻撃して分かったが、お前は防御に優れている。ならば急襲に備えてキリルが先頭に立ち、その後ろからラウラが攻撃するのが理にかなっている。俺は一番後ろで敵の不意打ちに対処するというわけだ。良かったな。これでお前も盾になれるぞ」


 してやったりと言わんばかりに、メドベさんはサムズアップ。


「うげぇ~」


 バリアは常時使用することはできない。だけど、それを説明したところで、先程の2度目の彼の攻撃を防いだことを持ち出されれば、それ以上言い返すことはできない。

 抵抗を試みたところで無駄だろ。大人しく諦めよう。




   ♦




 5人の少年少女は前日に引き続き、再びモンスター狩りのために森へ来ていた。


「〈ファイヤービーム〉!!」


 ナジが火の魔法を繰り出し、ゴブリンに命中させる。

 ゴブリンが弱まったところでキシュが抜刀し、一刀のもとに切り伏せた。


「やった!」

「さすがは俺っちとキシュの連携プレーだ」


 調子が良いのか、既にこの日はパーティー全体でゴブリン5体を倒していた。


「今日は調子が良いな。今の俺っちならもっと先に進めるぜ! 行ってみないか?」

「え~。魔の森の奥部は強力な魔物が出るから、行っちゃダメってポラーニ先生が言ってたよ~」

「でもショヴァンカ、特進クラスの子がこの前奥部で魔物を倒したって聞いたわよ」


 ナジの提案にショヴァンカは不安を示すも、キシュは乗り気だ。


「それは本当か!? なら俺たちだって行けるはずだ。特進の連中くらいの実力はあるんだからな!」

「もう、クベールまで~」

「どうしたショヴァンカ、怖いのか? 別に無理して付いて来なくていいんだぞ」


 ナジにからかわれ、ショヴァンカは「むぅ~」と頬を膨らませた。


「分かったよ~。私も行くよ~」

「おっし。じゃ、決まりだな」


 そうして、少年少女たちはまだ見ぬ森の奥部へと進んでいった。

 一行の一番後ろを、体いっぱいに荷物を抱えた赤い髪の子は、不安そうな面持ちでトボトボと付いていった。


「おいニンジン、ノロノロ歩いてないでさっさと来い!」

「……は、はいぃぃ!」

「全く、ホントとろいんだから」

「仕方ないよ~。ニンジンだも~ん。人間様には敵わない~」

「そうだったな、ハハハ」


 初めてとなる森の奥へと進んでいくと、オークやコボルトといったモンスターと遭遇する。

 幸い群れとは遭遇しなかったため、4人がかりで立ち向かえば負けることはない。

 ビギナーズラックが続いているだけなのだが、少年たちは自分の実力と思い込み、さらに慢心を大きくしていった。


「ショヴァンカ、何も怖がることなんかないんだよ。俺っちたちでもちゃんと倒せる魔物ばかっしだぜ」

「そうだね~。ナジがいれば私も安心だよ~」

「よせやい。そんなに褒めるなって」

「……ねえ、そんなとこでイチャついてたら置いてくわよ」

「キシュ~、待ってよ~」


 少年たちは冒険に夢中になり、さらに奥地へと入っていった。


「お、また何かいるぜ」


 先頭を行くナジが行軍を停止させる。一行の先には、魔物らしき影が見えていた。


「どうぜオークとかだろ。おいナジ、アイツが気付く前に先制攻撃だ!」

「分かってる。〈ファイヤービーム〉!!」


 クベールに応じて、ナジが火の魔法を放つ。

 その火は真っ直ぐ伸びていき、魔物に当たる。


「やった! 当たった!」


 魔法を放ったナジは歓喜の声を上げる。

 が、ショヴァンカはいつもと違うらしいと、異変を悟っていた。


「ね~。全然効いてないみたいだよ~」

「え? 何言ってんのよ、ショヴァンカ。アンタたち、早くかかりなさいよ」

「おい待て。ショヴァンカの言う通りだ。様子がおかしいぜ」


 ナジの火魔法は、魔物を一撃とまではいかなくとも、ギリギリまで大幅に体力を削ることができた。相手がこれまでに闘ってきた魔物なら。

 だが眼前の魔物には、大して効果が発揮されたようには見えない。

 そして、攻撃を当てられたことで敵の存在を知った魔物が、少年たちの方へと振り返る。


グルルルル

「ちょっと何よ、アレ……」


 それは赤い肌をした人型の怪物だった。頭部には円錐型の角が生えている。


「あ、アレって……オーガなんじゃ……!?」


 オーガ。オークやコボルトよりも強力かつ危険なモンスターであり、経験の浅いナジたちのような子供が敵う相手ではない。

 学園でも、万が一遭遇すれば真っ先に逃げるように言われていた。


「に、逃げろーー!!」

「「「うわーーーっっ!!!!!」」」

「わ、え、な……」


 ナジの声で、4人は一目散に走りだした。

 赤髪の子は、パーティーメンバーに押し付けられていた荷物のせいで出遅れる。


 少年たちは懸命に走るも、オーガの方が足が速い。

 このままではすぐに追いつかれ、パーティーは全滅するだろう。


「あ!」


 その時、後ろの方を走っていたショヴァンカが転倒した。


「わ、大じょ――」

「チッ、〈ウィンドカッター〉!!」


 最後を走っていた赤髪の子が停まり、ショヴァンカに手を差し出そうとする。

 すると前にいたクベールが、赤髪の子めがけて魔法を放った。


「痛っ!」


 クベールの魔法は赤髪の子の脚を切り、ブロンドの子は顔から転んだ。


「ショヴァンカ、今のうちに」

「うん……」


 その間にキシュがショヴァンカの手を取って、その場から去っていってしまった。

 残された赤髪の子に、オークが迫る。


「お父さん、お母さん……!!」

「おわっぷ!」

「っ!?」


 赤髪の子の命運もこれまでかと思われた時、その子の前に1人の人間が転がってきた。


「いてて……」

「え? な、何……?」

「あーもう、急に地面が無くなるんだもん。少年よ、怪我はない?」

「…………!?」




【読者の皆様へ】

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